旅路(友)
そこそこ、大きな町だった。
「やっぱり難民は多いな」
スイレンが周りを見回しながらぽつりと呟く。
夕暮れ近くの時間帯であるせいか町の真ん中にある広場には泊まる場所のない難民たちがちらほらと集まってきておりそこで夜を明かすべく場所とりをしている。
「そうね」
ハナの隣で地面に腰を下ろしたリョウがスイレンに答える。
リョウの隣に座り込んだスイレンがリョウの肩に頭をのせて小さくあくびをする。
グウィンの知り合いが宿屋をやっているというので部屋がとれるか様子を見に行っている間ここで待っているように、と言われているのだ。
「昨日はハンナの家まで付いていったのに今日はなぜ駄目なんだ……。こんなところで待っているより一緒に行った方が早く休めるのに」
スイレンがリョウの肩に頭を乗せたまま呟く。
「人の一生は短いからね……」
リョウはスイレンに視線を送りなが中途半端な返事をする。
恐らく、いや、きっと。
今回の町の知り合いは、生きている可能性が低い、ということではないだろうか。
友の死を知らされる瞬間に出来ることなら一人でいたい、という気持ち。
リョウはそんなことを推測していた。
「……それにしたって!」
リョウの中途半端な返事のあとしばらく黙っていたスイレンが頭をもたげてリョウの方を向く。
「私ならともかく、リョウとは付き合いも長いだろう? リョウまで置いていくことはないだろうに。 一人で抱え込まなくったって私がハナと留守番すればいい話ではないか」
どうやらリョウの一言で事情を飲み込んだらしい。
スイレンは頭がいい。
リョウは少し目を丸くする。
ついこの間まで身も心も幼子だったのに、体の成長にみあった内面を持ち合わせるようになっている。
そういえば、リョウとグウィンのやり取りや、ハンナやルースの会話も邪魔することなく静かに聞いて話し手の気持ちを察するように努力しているようにも見えた。
水の部族の地で我先に話し出し、自分の意見を通そうとしていた彼女がこんなに変わるなんて。
それに。
今のスイレンの台詞。
「あら……あなた一人で留守番するの? ここで? 私がグウィンと二人で行っちゃっていいの?」
リョウがからかうように微笑む。
だっていつもグウィンを目の敵にしていたように思えたのに。そのグウィンと私がくっつくのを全力で阻止しようといつも割り込んできていたのはスイレンなのに。
「……別に本気で嫌いな訳じゃないぞ」
スイレンがリョウを上目使いで見ながら拗ねたような声を出す。
「グウィンは昔からラザネルと仲が良かったのだ。ラザネルは、ほら、あんなだからなかなか打ち解ける相手がいないだろう。なのに……たぶんグウィンは最初からラザネルと打ち解けた。たぶん私はそれが気にくわなかったんだと思う……私にとってラザネルは宮殿での唯一の味方で、そんなラザネルを独り占めしたいなんていう無責任な独占欲をあいつは初めて会ったときから逆撫でしてくれたのだ」
「え……そうなの……?」
リョウはちょっとぽかん、としてしまった。
スイレンたら。
ほんとに大人になってる。
自分の気持ちをここまでちゃんと分析して把握するなんて。
「それに、髭を生やしっぱなしの男なんてあそこにはいなかったからな。なんて野蛮な奴だ、と思っていた。……ちゃんと剃ればなかなか見れる顔をしているじゃないか」
ふふ、と笑うスイレンは……リョウから見てもやけに大人っぽい。
「あ! もしかしてリョウは本当はグウィンが好きだったのか? 私が邪魔なら……」
「わあ! 違う! そんなんじゃない!」
突然くるりと体の向きを変えたスイレンがひしっ、とリョウにしがみついて別の方向に話を持っていくのでリョウは焦ってスイレンの言葉を遮る。
「あ……違う、のか……」
本気で否定したのが伝わったのかスイレンはあっさりと身を引いた。
「……じゃあ、ラザネルなんかどうだ?」
なんでそうなるんだ……。
リョウが頭を抱える。
「あなたの独占欲はどうしたのよ……」
なんてついこぼしてしまう。
「あれは! そういう気持ちとは違う! 親を慕うようなそんな気持ちだ。私はたぶん……ラザネルを母さまに重ねようとしていたんだと思うが……ラザネルは昔、母さまが好きだったんだな……だからあんなに私を大事にしてくれていたんだ……」
そうか。その話もラザネルから聞いたのね。
リョウが目を細める。
自分と、自分を取り巻く人々の思いの根底にあるものを理解したようなスイレンの言葉は、ゆっくりと噛み締めるようにその口から流れ出しており、その表情は幸せそうでもあった。
「だから、人の思いの行く先を遮るのはよくないとは思うのだ。誰かを思う気持ちが本物なら、それは大切にしてやらねばならないと思う。……一応、そのくらいはわきまえているつもりだぞ? まぁ、グウィンの気持ちなんかより私にとってはリョウの気持ちの方が大事だけどなっ」
にまっ、と笑うスイレンをリョウは思わず抱き締めたくなる衝動に刈られた。
あまりに可愛らしくて。
「……私はね、西の都市で過ごした間にたくさんの人と知り合ったの。みんないい人で……」
グウィンが帰ってくるまでの間、もう少し時間があるだろうか。
なんだかこの子に自分が関わってきた人たちについて話して聞かせたい気分だった。
今のスイレンなら。
きっと、いろんな人たちの思いを理解しようという意欲がある今のスイレンなら。
こんな話をしても、大切に聞いてくれそうな気がして。そして、それが彼女をまた成長させるような気がして。
空が夕焼けに美しく染まっていくのを眺めながらリョウはぽつりぽつりと話し出す。
西の都市に残してきた心優しい人たち。
話し出したらいくらでも語れてしまいそうな人たちのこと。
期待通り、スイレンはその話を遮ることなくただ黙って聴いている。
「……ここにいたのか。人が多くなりすぎて見つけるのが一苦労だった」
背後で疲れきった声がして二人が振り向く。
いつの間にか日はすっかり沈み、夕焼けの残りが空を染め、それを背景にしたグウィンは声の通りちょっと疲れた顔をして立っていた。
広場はグウィンの言葉通り、人が増えている。
「ご苦労だったな。……で、部屋は確保できたのか?」
言葉を選ぶように声をかけるスイレンは恐らく、グウィンの友の訃報を察したのだろう。
「ああ。ただし、悪いが一部屋だけだ。ベッドは二つあるらしいから二人で泊まれ。俺はここで構わん」
ぎょっとしたようにスイレンがグウィンを見上げる。
……やっぱり、こういう所で寝るという選択肢は彼女の中には無いようだ。
それを見届けてからリョウが口を開く。
「私とスイレンが一つのベッドを使うわよ。あなただって疲れているんだからちゃんとベッドで寝た方がいいわ」
そう言うが早いかハナとニゲルの手綱を持ってさっさと歩き出す。
「そういうことだ。ありがたく思え」
スイレンがにやりと笑ってリョウの後について行く。
グウィンは言葉を失って一瞬立ち尽くし「なんでまた、あそこまで仲良くなってるんだ……?」なんて口の中で呟きながら下ろしかけた荷物を持ち直した。




