旅路(遭逢)
招じ入れられたのは小さな居間だった。
「グウィン、ほんっとに変わらないのねぇ! 私が十にもならない頃に会ったのが最後でしょ?」
最初にドアを開けた女性が奥の台所から出てきながら楽しそうな声をあげる。
癖のある短い黒髪にキラキラした黒い瞳を輝かせた可愛らしい人だ。
テーブルを半分囲むように椅子に座るグウィンとリョウとスイレンの前に「残り物で悪いけど」と言いながらいろいろなパンを山盛りにしたかごを持ってきてくれる。
そのあとから彼女の母親が湯気のたつスープをトレイに乗せて三人分運んできてくれた。
長い白髪を品良く結い上げており、歳のわりにきびきびした動作が印象的な人だ。
母娘共々いかにも働き者、といった雰囲気だった。
「私たちはついさっき食事を終えてしまったのよ。来るとわかっていたらもっとちゃんとしたものを用意しておいたんだけどねぇ……あんたはいつも唐突に来るから……」
なんてグウィンを優しい目で見ながら言う。
「ああ、悪いな。ハンナもルースも元気そうで何よりだ」
ハンナは母親、ルースは娘の名前だった。
三人のやり取りを聞きながら自己紹介も済ませたリョウとスイレンは熱々のスープと美味しそうなパンに目が釘付けになり、ハンナはそんな二人に目を細め、ルースは「冷めないうちに」と食べるよう促してくれる。
リョウは一瞬、宮殿での食生活を思い出し、スイレンがこういう食事を食べられるだろうかと戸惑ったが、ふと見ると当のスイレンが「うわぁあ!」なんて可愛らしい歓声を上げてからスープを口に運んで満面の笑みになっているのを見て、ああ、この子、むしろ家庭料理が好きなんだったっけと思わず微笑んだ。
「まさか本当に竜族にお目にかかれるなんて思わなかったわ! しかも三人まとめてなんて」
ルースがにこにこしながらテーブルに頬杖をつきながら三人の客を眺める。
隣に座ったハンナはそんなルースをたしなめるように軽く咳払いをするのだが彼女の瞳にも娘同様の輝きが宿っている。
「で、ルースは結婚は?」
グウィンがパンを食べながら何気なく、といった感じで話題を振る。
「ああ。したんだけどね。旦那、死んじゃってさぁ!」
ルースのあっけらかんとした返答にリョウとグウィンがぎょっとする。
「うわ、まじか……悪い……!」
口元を押さえて視線を落とすグウィン。
リョウとしても、そもそもこの歳の女性にあの質問はないだろうと思いながらも、この家族とグウィンの親しさ加減がまだ分からない以上、どう突っ込んで良いのかも分からなかった矢先だったので思わずルースを見つめたままスプーンを置いてしまう。
「ああ、リョウさん。気にしないでいいんですよ。うちはどうも男運がないらしくてね。私も早くに夫を亡くしてこの子を女手一つで育てたんですから。それにほら、本人がいたって元気でしょう?」
にこにこと。
本当に優しげににこにこと微笑みながらハンナがそう話す。
「そ。死んじゃったもんは仕方ないじゃない? まぁ、確かに寂しくもなるけど、もう慣れたのよ。かれこれ十五年になるわ」
うふふ、と笑いながらルースがそう付け足す。
「そういえば、グウィンが最初にうちに来たときはちょうど私が夫を亡くしたばかりで力仕事のできる人が必要なときだったね。あのときは助かったよ。今じゃこの子が店を切り盛りしてくれるから私も楽が出来るようになったけどね」
「あ、ああ……そういや、そうだったな……」
ハンナとルースの様子に安心したようにグウィンが食事を再開しながら相づちを打つ。
「あらあら、リョウそんな顔しないの! ほら食べて! こんな話はもう終わりにしましょ。そうそう明日は早くに出るの? 焼きたてのパンを持たせてあげるけど」
ルースが声のトーンをあげてリョウに新しいパンを差し出しながらグウィンの方を見やった。
「ああ、早いうちに出発したいとは思っているが……旅慣れてない子を連れてるからな。多分昼前くらいになると思う」
グウィンがスイレンの方をちらりと見ながら答える。
睡眠や食事を取り立てて必要とするわけではない純血の竜族とはいえ全く疲れないわけでもないらしく一日馬に乗っていたスイレンは温かい食事をしてぼんやりしている。
慣れない事をして疲れればやはり休息は必要なのだろう。
「その方がいいわね。あんまり朝早くから動くと目立つわよ。南からの難民も暗いうちには動かない、が鉄則みたいな生活してるからね。それに……」
ルースがそこで言葉を切ると、ちょっと目をそらしてくすり、と笑う。
「……なんだ?」
グウィンが顔をあげると。
「んー……。その髭、どうにかした方がいいんじゃないかなぁ。風貌が……悪目立ちしてるのよね……」
「ぶぶっ……!」
リョウの隣でぼんやりしていたと思っていたスイレンがルースの言葉に絶妙のタイミングで吹き出した。
なので、リョウも吹き出す。
「な……!」
言葉を失ったグウィンに。
「そうね……あんた、それじゃ美人さんたちをさらってきた奴隷商だわ……」
と、ハンナのとどめが入る。
……あれ? 今「たち」って言った? もしかして「美人さん」に私も入っていたりなんかするんだろうか……?
なんていうリョウの一瞬の心の声にはお構いなしで、リョウの袖が引っ張られた。
「きっ、聞いたか、リョウ!」
笑いながらリョウの袖を引っ張っているスイレンは息も絶え絶えで、その様子は暖かい母娘共々リョウの笑いを誘った。




