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治癒

 

 やけに明るい光が差し込んでいる。

 目を開けるのが辛いくらいだ。

 それに……。

 なんだかやけに体がだるい。

 寝返りを打ちたいのに動けない。

 でも……心地よい温かさ。

 私はまだ眠っているんだろうか?


 ぼんやりとそんなことを思いながらリョウは深く息を吸って、そしてふぅっとその息を吐き出した。

 その自分の呼吸の音で目が覚める。


「……ん?」

 温かい……けど。

 重い……?

 腕? ていうか……

「ええ! なに? 何してんの?」

 自分の体にしっかり巻きついているのが人の腕であり、その主がグウィンであることに気づいたリョウは慌てて起き上がろうとして、さらに目の前のグウィンと自分の格好にふと気づき今度は動けなくなる。


 なんで?

 なんでこうなったんだっけ?

 ていうか……何があったんだ?

 ていうより……「何か」あったわけ?


 一旦真っ白になった頭の中を強制的に回転させ始めながら、それでもリョウは静かに混乱し続け、取り敢えず、何はともあれ、脱げかけている見覚えすらない服の前を合わせ、ボタンらしき物を探り当てとめていく。


「……ふあ……」

 あわてふためくリョウの耳に全く緊急感のかけらもないあくびが聞こえてボタンを止め終えた手がビクッと震えた。

 自分の格好に気付いて起き上がるわけにもいかず、腕の中でじたばたしていたのでグウィンの目が覚めたようだ。


「あ……リョウ? 目が覚めたのか?」

 声と同時にリョウの背中に回されていたグウィンの右腕が外れてリョウの体がふっと軽くなった。

 左腕はリョウの頭の下にあり、リョウの目の前にはあろうことかむき出しのグウィンの胸という状況。

 その事態が未だ把握しきれずにいるリョウの頬にグウィンの右手はそっと添えられ、リョウとしては何が何だか分からない以上、顔をあげることが出来ずにいたところを無理やり上に向けられる。

 目の前に、少しだけ頭を枕から持ち上げて自分の顔を覗き込むグウィンの顔。

 その目は今までになく優しく、安堵の色を湛えており。

「良かった。顔色も良さそうだな……あ? いや、だいぶ赤い? ……っ!」

 ガバッと起き上がるグウィンと同時に。

「きゃああああああ!」

 身動きが出来ずに固まっていたリョウが両手で自分の顔を覆って叫ぶ。

「え? ちょっと待て! なんで叫ぶんだ! なにもしてないぞ!」

 慌てふためくグウィンに。

「だって! なんでそんな格好なの!」

 リョウの視界にははだけられたグウィンの胸があった。

 それが起き上がるということはその下って……!

「え? わぁ! 誤解すんな! ちゃんと履いてる! 上だけだ!それに何もしてないぞ!」

「だって! なにもしてないって……え? じゃあなんで……?」

 慌てふためくグウィンの声にようやく我に返ったリョウはそろそろと顔を覆っていた手を外し、視線をあげる。


 そこには真っ赤な顔をしながら乱れた服を整え直しているグウィンがおり。

「……ったく。だから先にベッドから出ておこうと思ったのに……」

 とかなんとか聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いている。

「……ほんとに……なにもしてない……?」

 リョウが涙目になりながら小さな声で訊ねると、グウィンは深々とため息をついてから口元に優しい笑みを作った。

「ああ、なにもしてない。そもそもそんな状況じゃなかっただろうが。覚えてないのか? ……お前、死にかけてたんだぞ?」

 横になっているリョウの隣で座り直したグウィンが改めてその両手でリョウの頬を包み込んで顔を覗き込んできた。

 リョウの自分の顔を覆っていた手は所在無げに胸の前にあるがその手首についていたアザは跡形もなく消えている。

「死にかけた……?」


 ああ、そういえば。

 リョウがおぼろげな記憶をたどると、水の竜を追いかけて水に飛び込んだことや川から引き上げられて傷の手当てを受けたことがなんとなく思い出される。

 リョウ自身、ほとんど覚えてはいないが自分の周りで切迫した声がずっと聞こえていたようなぼんやりとした記憶だけはあった。


「……で、なんで一緒に寝てるの?」

 顔を覗き込むグウィンの目を見据えて、ほんの少し怒気を含んだ低い声がリョウの口から出る。

 おっと。

 そんな感じでグウィンが頬から手を離し、リョウにくるりと背中を向けるとベッドの下に足を下ろす。

「凍えて死にそうになっていたから温めてやってたんだ」

 そんな答えが返ってくる。


 ……あ。

 なるほど。

 リョウはようやく納得する。

 そういえばずっと冷たい場所に閉じ込められている夢を見ていたような気もする。


「それに、あれはお前が……」

「え?」

 何かを言いかけたグウィンの声にリョウは思考が一度止まり、改めて聞き返した。

「いや、なんでもない」

 グウィンは立ち上がり、一呼吸おいてから振り返り。

「まぁ、元気そうには見えるが……まだ起き上がって動くのは無理だろう。まずはオーガ辺りを呼んできた方が良さそうだな」

 そう言うとリョウの頭をくしゃっと撫でる。

「え? 大丈夫よ。動けるって!」

 そう言うとリョウは勢いよく起き上がるが、とたんに目眩を起こして再び枕に頭が沈んだ。

「あ、あれ?」

 目の前は天井。

 しかも何やら歪んで見える。

「ほら言わんこっちゃない。じっとしてろ」

 そんな言葉を残してグウィンは部屋から出ていった。


 ごろん。

 と、寝返りを打つ。

 あ、このくらいなら簡単に動ける。

 すぐとなりの大きな枕の上に片腕を伸ばしてみる。

 ここにいたの、グウィンだったのか……。

 私、誰かを呼んでいたような気がする。

 誰を呼んでいたんだろう。

「あの人」だっただろうか。

 それとも……。


 ぼんやりしていると、ドアが開く気配がして静かな足音が近づいてくる。

「お目覚めですか?」

 おずおずと入ってきたのはオーガだ。

「すみません。ドアをノックする必要はないと風の竜様から……」

「あ、大丈夫よ。気にしないで」

 リョウはオーガの言葉を途中で遮った。

 あまりに恐縮しているので可哀想になってしまって。

 確かに寝たままほとんど動けないのだ。ノックされたところで出ていくことも出来ないし、離れたドアに向かって返事をしようにもあまり大きな声も出せそうにない。さっき、グウィンと話したり思わず叫んだりしたせいでその後どっと疲れが出ているくらいだ。

 グウィンもそれを気遣ってそう言ったのだろう。

 そんなリョウの言葉に、オーガはすっかり安心したようで安堵の表情を浮かべた。


「傷はもう痛んだりはしませんか?」

 そう言いながらオーガはリョウの腹部に巻かれた包帯を手際よく外していく。

「ああ、もう傷跡すらなくなりましたね」

 傷のあった場所を自ら確認してそう言いながら横になったままのリョウの服を整え直す。

「オーガ、ありがとう。面倒をかけちゃったわね」

 自分より少し年上に見えるオーガは、純血種であることを考えると少しどころかかなり年上なのかもしれないのだが、一生懸命な表情を見ているとなんとなくザイラを思い出してしまってリョウはつい友達のような口を利いてしまっていた。

「いえ、面倒だなんて!」

 勢いよくオーガが顔をあげ、リョウの目をまっすぐに見つめる。

「火の竜様には本当に感謝しているんです。あの水の竜様があんなに柔らかくおなりになって……あの方を変えるなんて、しかもこんな短期間にあんなにお変わりになられるなんてこの宮殿の誰も想像できなかったことです」

「あら……」

 リョウはちょっと照れながら。そして、そういえば、と水の竜のその後を思う。

「あの子、あのあとどうしてるのかしら? 私、水の中で助けられたのはなんとなく覚えているんだけど……」


 そう。

 だから、彼女が私のことをいつまでも怒ってはいないであろうことは予想できるのだけど。

 そして、傷の手当てを受けていた間、傍に水の竜の気配も感じていたのだ。


「ええ。傷の呪いを浄化したあとはお部屋にお連れいたしましたが……今日はまだ出てこられてはいません」

「呪いの浄化……」

 ああ、それで。

 あの剣による傷がここまでちゃんと治癒したのは水の竜の力のお陰なのか。

 その辺もリョウはようやく納得した。

「じゃあ、あとでお礼を言いに行かなくちゃ」

 そう言ってリョウはオーガに笑いかける。

「ふふ。そうですね。では、早く元気になっていただかないと。料理人たちも心配しておりましたからきっと美味しい食事をつくると思いますよ」

 オーガもそう言って微笑み返す。

 そんなオーガを見てリョウは素敵な笑顔だなぁ、と思わずうっとりしてしまった。


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