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本題

「ラザネル!」

 例の場所にグウィンと一緒にラザネルがいるのをいち早く見つけた水の竜は嬉しそうに声を上げて駆け出した。

 手に持ったパンケーキの皿が無事に小ぢんまりしたテーブルに置かれるのを見届けてリョウは安堵のため息を漏らし、手に持っていたもう一皿もテーブルに置く。


「ほう。意外にちゃんとしたもんを作ったな」

 グウィンがそう言いながら目を丸くする。

 テーブルの上には果物が入ったかごが置いてあり、そこから取ったと思われる物が既にグウィンの手の中で半分ほどかじられた状態だ。

 レジーナの姿はなく、建物の外に出て早速どこかへ飛んでいったのかとリョウが辺りを見回すがその姿を見つけることはできなかった。

「どうも」

 そう言いながらリョウはグウィンに笑って見せ、ラザネルの方に目をやる。

 リョウが置いた皿を水の竜は自分の前に置き、自分が持ってきた皿をラザネルの方におずおずと差し出すその仕草はなんとも可愛らしく、ふと気づくと表情に乏しいと思っていたラザネルが一瞬目を細めたように見えた。


 そんな様子を見ながらリョウは考える。

 あの厨房にいた者たちが作れない筈はないのだ。

 あの調理器具。あの食材。あの手入れの行き届いた厨房。

 多分、彼らにこんな感じの物を作って欲しいと説明すれば作ってくれただろう。

 でも、リョウが見た彼女の石の記憶は。

 ラザネルに作って欲しいと頼む彼女の姿を映し出していた。

 少なくともその時には、個人的な関心の対象として認識していなかった厨房の若者ではなく、他ならぬラザネルに作って欲しいと言っていたのだ。

 だから厨房の若者たちは「パンケーキ」という名前は知っていてもそれがどんなものか分からず、奮闘するラザネルを手助けすることもできなかったのだろう。

 それはきっと母親と楽しんだような時間をラザネルと過ごしたかったからではないのだろうか。


 大事な人に作ってもらうからこそ意味がある物もある。


 大事な人と一緒にするからこそ意味があることもある。


 きっと、そんなことなのだろう。

 だって、あまりにも。

 水の竜の表情といったら、それを裏付けているように見えて仕方ない。そして、困ったように笑うラザネルの表情は、よく見なければ笑顔とは言い切れないような微妙な表情でもあり。

 確かに、石の記憶の中で見た表情豊かな彼女の母親とは違うタイプの、いってみれば正反対のような笑顔の持ち主だが。

 それでもどうやら、その笑顔を水の竜は今、読み取っているようなのだ。



 オーガに渡されて持ってきたフォークとナイフを上手に使いながら頬を膨らます少女と、それを見守ると同時に、その味に感心しながらパンケーキを口に運ぶラザネルの姿はとても微笑ましい。

 と、リョウは思う。


 恐らく、初めてこの光景を目にする者は無表情な男の隣でどうしてこの可愛らしい少女が楽しそうに食べているのか首をかしげるのだろうが。

 そんな様子を眺めながらリョウが口を開く。

「ねぇ、ラザネル。あなた、それ、ちゃんと作れるようにならなきゃだめよ?」

 そう言いながらわずかに笑いが漏れてしまうのだが。

「え……? 私が、ですか?」

 最後の一口をフォークに刺したままラザネルが固まる。

「……火の竜……ラザネルは、本当に、料理が下手くそ、なのだ」

 一語一語区切りながら、ため息混じりに水の竜がそう告げる。

「そりゃ分かってるけど。でも厨房の人たちはもう作り方が分かった筈だから、一から教えてもらえばいいわよ」

「あ、ええ……しかし」

 すんなり納得しないラザネルにリョウは小さくため息を一つついて。

「あのね、ラザネル。こういうものは一流のレシピなんか無くったって相手を思う気持ちがあれば美味しく作れるものなのよ。……まぁ、多少の技術は要るとしてもね。それに水の竜、あなただってあの厨房のお兄さんたちが作った完璧なパンケーキが食べたい訳じゃなくて大切な人が作ってくれたパンケーキをその人と一緒に食べたかったんでしょ?」

 そう言いながら視線を隣の水の竜に移す。

 向かいでラザネルが息を呑む気配がする。

 リョウが見つめる水の竜はラザネルの方を真っ直ぐ見たままだ。

「……なんだ。お互いちゃんと相思相愛じゃねぇか」

 にやり、と笑ってグウィンが手の中に残った果物の最後の一口を頬張る。

「相思相愛って……」

 なんかこう、この人が言うと違う意味に話が発展しそうな気がしてならない、とリョウはこめかみ辺りをつい押さえてしまう。

「……いや」

 思わぬ口調の声が上がる。

 ちょっと考え込んだような水の竜の声。

「いいことを思い付いた! 火の竜がここにいてパンケーキを作ったらいい! 私とラザネルがそれを食べるのだ。いい案だろう?」

「は?」

 リョウの目が点になる。

「だから! 火の竜はここに住めばいいのだ! ……火の部族は昔、滅びてしまったと聞いたことがある。治める部族が無いのだろう? それに家族もいないのだろう? なら私が家族になってやる。伴侶が必要なら、ほらラザネルなんかどうだ? 二人が家族になれば火の竜はここに一緒に住む権利を持てる。ここで私と一緒に水の部族を治めないか? 遠い昔、竜族はひとつの地に皆で住んでいたと聞くぞ。我ながら良い案だ! そう思わぬか?」

 一気に捲し立てる水の竜にグウィンが何か言いかけてむせこみ出す。

 そしてラザネルも何か言いかけて……決まり悪そうに視線をそらす。

「おい! ラザネル! お前がそこで照れてどうすんだ! しっかりしろ!」

 グウィンに怒鳴り付けられてラザネルがさらに視線を泳がせる。

「え……あ、いや……しかし……」

 なんて口の中でもごもごと言いながら。

 リョウはどこまでこの空気についていったらいいのか分からなくなりながら先程までこめかみに当てていた右手で今度は額を押さえる。

「風の竜。お前の意見は聞いていないぞ。そもそもお前のような髭もじゃのむさ苦しい男は嫌いなのだ。火の竜の友達だから置いてやってるだけだぞ。火の竜にはお前なんかよりラザネルの方がよっぽどお似合いだ」

 水の竜の言葉にグウィンが絶句する。

 ……えーと、私の意見とかって誰か聞いてくれないの、かな?

 リョウがひきつった笑いを浮かべながらどうしたものかと思案していると。

「水の竜、そういうことはまず、火の竜本人に気持ちを聞かなければ」

 と、ラザネルが助け船になっているのかなっていないのか分からないようなことを言ってリョウの方に視線を送る。

 なので。

「あのね。水の竜。……私たち、これから行かなきゃいけない所があるのよ」

 もうこの際、本題に入らせてもらおう。

 リョウが意を決する。


「南での動きを聞いてる?」

 真面目な視線に真面目な声。

 リョウのそんな様子に、さっきまではしゃいでいた水の竜から笑顔が消えた。

「災いをなすものたちの事か」

 ああ、ここではそんな風に呼んでいるのか、なんて思いながらリョウが頷いて見せる。

「そう、私たちはそれを止めに行きたいの。そして根絶やしにして、二度と災いを生み出すことがないようにするつもり。……それに」

 一度、言葉を切って背筋を伸ばす。

 グウィンとラザネルの視線が痛いほど突き刺さる。


「水の竜。……あなたにも同行して欲しいと思っているのよ」

 ゆっくりと、それでもはっきりとそう伝える。

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