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仲介役

 コンコン


 何かを叩くような音でリョウの目が覚めた。


 ……何だろう。

 ドアにしては近い。

 グウィンが何かやっているのだろうか。

 目の前の枕の下から抱き付いたままになっていた左腕を引き出して寝返りをうち右手で目を擦る。

 ちょっと泣いていたせいか目が腫れているような気がする。

 泣いていた……んだ、私。

 リョウはぼんやりする頭で昨日の事を思い出してみて。


 それでも、起きてみれば意外に気分はスッキリしており。

 あ、そうか。

 何しろ一昨日は一日中、相当な距離を移動して、そのあと雪の中を歩き回り、更に夜にはろくに睡眠もとらずにリガトルと戦い、で、昨日の明け方にここに着いてからはやはりゆっくりする間もなく水の竜と色々話をして……相当疲れていたんだろうな、私。

 グウィンに対して物凄く、失礼な態度をとった気が……しなくもない。

 あれって、彼にしたらそんなにたいした意味もない単なる冗談だったんだろうけど。

 物凄く、真に受けた態度で返してしまった……気がする。

 あれ、多分、疲れていて私に余裕がなかったせいだ。


 コンコン


 再び、何かを叩く音。

 何かを叩く、ノックの音にも聞こえる。

 リョウが起き上がって音のする方を見る。

 薄織物のカーテンの向こう、それもかなりその近くで音はするのだが。しかもそこにある気配の主はグウィンだとリョウの感覚は告げているのだが。


「……グウィン? 何してるの?」

 リョウは、とりあえず声を掛けてみる。

「……ああ、起きたかリョウ」

 そんなグウィンの声に続いて今度は彼がそこから退く気配がする。

 ……何を、していたんだ?

 リョウはベッドから滑り降りると、隣の部屋に向かってみる。


 窓の外は明るくなっており、既に昼になっているようだ。

 昨日のご馳走はすっかりテーブルの上から片付けられており、グウィンが椅子に腰かけて、その肩にはレジーナ。

「あれ? レジーナって……部屋の中に入ってくるの?」

 いかにも警戒心が強いといった風なレジーナが、窓は開いているとはいえ閉ざされた空間に自ら入ってくるなんてリョウには意外だった。

 リョウがそんな声をあげると、真っ白なレジーナはそっと羽を広げ、それでもそのサイズゆえにバサリと音を立てるとほんのわずかの距離を飛び。

「うわっ」

 リョウの、頭に飛び乗った。

「ちょっと……! 頭に乗るってどうなのよ!」

 リョウが慌てる。

 まぁ、分からなくもない。

 グウィンのように肩幅がある人ならその肩に乗ることもできるだろうが、リョウではレジーナが乗るほどの肩幅はない。

 とはいえ、こんな近くにわざわざレジーナが寄ってきたのは初めてだ。

「一応、お前のことを心配してるみたいだぞ。彼女なりに」

 グウィンがなんとも形容しがたい表情で、リョウと目を合わせるでもなくそんな言葉を掛けてきた。

「……え? 心配……? うわっと……ちょっと、レジーナ!」

 人の頭の上というのは、きっと止まりにくいに違いない。

 木の枝のようにしっかり掴むことは出来ないし、しかも恐らく爪を立てないように気を遣ってもいるようで、そうなると不安定な上、リョウだってバランスを取ってあげることには慣れていないのでレジーナは頭の上でじっとしても居られずに足を滑らせたり羽をばたつかせたりしながらじたばたし始め。

「リョウ、そこに座ってやれ。傍にいたいだけだと思うから」

 グウィンがソファーの方を顎で指す。

「え? ……ああ、うん。わー! 痛いってば!」

 ついにレジーナの爪がリョウの髪に絡まってレジーナも軽くパニックになり始めた。

「ったく、何やってんだよ……だいたいレジーナ、お前そういう可愛い性格してたか?」

 とりあえずソファーに腰を下ろしたリョウが頭に手をやるのだが、何がどうなっているのか分からない上、レジーナもレジーナでじっとしてはいないのでグウィンがしぶしぶ立ち上がりリョウの後ろに回る。

「頼むから二人ともじっとしてろよ? 取ってやるから。……リョウ、悪いが髪、触るぞ?」

「え? ああ、うん。お願い」

 あれ?

 グウィン、なんか変じゃない?髪に触るのにわざわざ断りをいれるなんて。……いつものグウィンらしくない、ような。

 そんなことをリョウが考えている間にレジーナは解放されたらしく、リョウが座っているソファーの背もたれ、ちょうどリョウの隣辺りに落ち着いた。

 ……そこなら確かに落ち着いていられるだろうけど……この上等そうな生地にしっかり爪を立てちゃって……大丈夫なのかな……。

 リョウはつい、まじまじとレジーナの足元を見てしまう。

「で……えーと、あれだ……」

 グウィンが、今まで座っていた椅子に戻ると今度はまた随分と気まずそうに口を開く。

「グウィン? ……なんか変じゃない?」

 リョウが眉を寄せる。

「え? ……ああ、そりゃ……」

 相変わらずハッキリしない口調で声は発するが、グウィンは右手で顔を覆って今度は黙り込んでしまった。


「な、何? ……何かあったの?」

 リョウはもう、なんだか気が気ではない。

 自分が寝ている間に、水の竜と何かあったのだろうか? それともラザネルが何か言ってきたとか? だいたいレジーナが部屋にいるということ自体ただ事ではない気がするし。

「そりゃ、そんな目をして部屋から出てこられたらこっちだって平静じゃいられんだろうが」

 そう言うとグウィンは手を顔から離してリョウの目をまっすぐ見る。

 とはいえその目はどこかおどおどしており、リョウはそんなグウィンの顔は初めて見たので思わず凝視してしまう。

「……え? 目? ……私の?」

 ちょっと間を置いてリョウが聞き返す。

「だってそれ、泣いた跡だろ。……つまり俺のせいなんだよな」

 そう言うなりグウィンは目をそらし、心底忌々しそうに自分の頭をがしがしと掻く。


 その様子を見てふとリョウは。

 ……あ。

 泣いた跡って……!

 確かに目が腫れぼったい気はしていたけど。

 そうか……見てわかるほどなのか……。

「ご、ごめん。……これ、そんなに酷いの? ちょっと冷やしてきた方がいいかな?」

 そう言いながら慌てて立ち上がろうとする。

 とたんに。

「いや! そこまで酷くない! 事情を知らなければ気付かない程度だ! ……じゃなくて!」

 むしろ、なぜかグウィンが慌てる。

 そして。

「昨日は本当に悪かった! いや、昨日といわず、今まで相当……その……酷いことを……」


 あ。

 なあんだ。


 ここに至ってリョウはグウィンの様子がおかしかった理由に気付いた。

 リョウを起こすのに、ずかずか入ってくる代わりに、恐らく部屋の境目の壁をノックしたこと。

 居心地の悪そうな顔をしていたこと。

 髪に触る程度でわざわざ断りをいれたこと。

 さらに、言うことを言ってしまってからは再び目を合わせること無く下を向いてしまっている彼の今の様子。

 そして何より、グウィンの気持ちを誰より敏感に察しているのであろうレジーナの態度。

 昨日のことを相当悔やんでいるという、ことなのか。


 なので。

 それでは。

「……この、色ぼけオヤジ」

 リョウがにやりと笑って目を細める。

「……ぐっ」

 グウィンが喉の奥で変な声を出して顔を上げる。

「今度やったら殺すから」

 そう言い放つとリョウ、器用に瞳の奥を赤く光らせて見せたりして。

「ああ! だから! 悪かったってば!」

 言葉こそぞんざいではあるものの、相当反省していることがうかがえる様子と。

 実は、多分、リョウ自身だって単に疲れていてかっとなってしまった、という要因があることを自分でも知っているので。

「お前のご主人のあれ、ちゃんと反省している態度なのかしらね? レジーナは女の子だから私の味方よね?」

 なんて会話の対象をレジーナに移してみる。

 レジーナは言葉を解するようなタイミングでリョウの方に更に近づき、解けた髪をついばむように羽繕い紛いの仕草をし始めた。

「あはは! レジーナ、メチャメチャ可愛い!」

「……なんだレジーナ、その、これ見よがしな態度……」

 くすぐったくて思わず声をあげたリョウと初めて見るレジーナの自分以外の存在を受け入れるような仕草に、グウィンがわざとらしく大きなため息をついて見せる。


「さっきラザネルが一緒に食事をしないかと聞いてきたぞ。行けるか?」

 ひとしきりリョウとレジーナがいちゃつくのを見せ付けられたグウィンがそう言って立ち上がる。

「え? そうなの?」

 リョウも慌てて立ち上がり。

 レジーナが再びリョウの頭を見据えて羽を広げようとするので。

「わ! ちょっと待って! レジーナ、もういいから! グウィンのことは許すから、あっちに止まって!」

 リョウはそう言うとレジーナの視線の先から身を翻してグウィンの方を指差す。

 狙いを定めた直後に、そのリョウにそんなことを言われたレジーナはほんの少しつんのめりそうになりながらも改めてグウィンの肩まで飛びそこに落ち着く。

 それでも視線はリョウの方に向けられたままなのでリョウは「頭はやめてね」なんて呟きながら両手で頭を庇いつつ、グウィンの後について部屋を出る。


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