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勤務

「リョウさん、今日からよろしくお願いします!」

 夜になり、ザイラと別れてハナを連れ、城壁の外に出ると。

 待ってましたと言わんばかりの若者に出会う。

「ああ、シン。よろしくね」

 シン。潔く刈り込んだ短髪が印象的な長身の二級騎士。ちなみにリョウと同じ第八部隊所属で、隊長のレンブラントを敬愛している。

 今日からの勤務ということで、簡単な説明を受けるために集まった騎士たちにリョウが軽く会釈をすると真っ先にシンが駆け寄ってきたのだ。

「俺、リョウさんと組むことになったんですよ! 色々教えてくださいね。こないだはうっかりはぐれちゃってリョウさんの戦いっぷりを見れなかったから、今日は楽しみにしていたんです!」

 うっかりはぐれたこないだ……というのは、前回の山間の町での戦いのことだろうな……。

 などと思いながらリョウは思わず苦笑する。

 何しろ、はぐれるも何も、完全なる別行動をしていたのだから。

 それはそうと。

 リョウは先程から周りの視線が気になっていたりする。

 そりゃあ、言うなれば新参者。そんなこんなで初めて共に戦うチャンスさえある意味棒にふって、仲間意識を高める機会を逸した存在で。同じ二級騎士なのにこうも大きな声で持ち上げられたりしたら。……どんなやつが来たんだろうという目で見られます。しかも女騎士。周りから見たら、それは面白くないだろう。

 一応、リョウも笑顔なんか作ってみて視線を合わせようとしたけれど、ふいと目をそらされてしまう。

 ……まぁ、仕事さえちゃんと出きれば問題ないか。

 と、リョウはあきらめた。


「皆さん、お疲れさまです。簡単な説明をしますね」

 気付けば、いつの間にか、集まった騎士たちの前方に栗毛の馬に跨がった隊長が騎士たちを見下ろしている。

 癖のある明るいブラウンの髪を首の後ろ辺りでまとめて、髪と同色の優しい色をした瞳のレンブラント隊長。


 青い騎士服の背中には特別に訓練した者でしか扱えない大きな銀の弓と矢がある。

 もちろん、彼の所持する武器はそれだけではなく騎士が皆持っている剣も腰にある。訳あって最近新調したばかりなので施された銀色の装飾はまだ使い込まれた感はなくきれいな状態で、柄に埋め込まれた青い石はよく見ると少々いびつな形をしており、どことなく意味ありげな様子にも見える。

 ちなみに、騎士たちは大抵自分の剣にある程度のプライドを持っており各自がそれぞれに鞘や柄に装飾を施し、家の紋章を彫り込んだり、家に伝わる石をはめ込んだりして、ある意味自分の分身のようなものとしている。

 リョウがいつも身に付けている剣は、一見皆とさほど変わらない、柄に赤い石がはめ込まれている簡単な装飾の施された剣だが、よく見ると鞘はほんの少し湾曲しており、鞘から抜けば剣は片刃だ。特殊な金属を鍛えて作った物で一般的な剣とは比べ物にならない強度があり、そのため重量がある。

 女が持つには少々重すぎる、ということを懸念してか軽量化を図るための工夫が施されており、鞘は装飾でごまかされてはいるが一般的な鞘のような金属製ではなく木製。抜いた剣は刃の付いていない側に美しい彫り込みがしてある。そうはいっても削りすぎれば強度が失われるわけで、そのバランスが見事な職人技だったりもするのだ。


 隊長であるレンブラントからの指示はいたってシンプルだった。

 まずは、誰がどのエリアで見張りにつくか。

 第三駐屯所は都市の南側の、一部東の森に接するエリアを受け持っており、リョウとシンはその一番東寄り、つまり森に接するエリアが割り当てられた。

 ……まぁ、いいんだけどね。

 リョウはちょっと視線を落とした。

 準一級の人たちの視線が突き刺さるので。

 何しろ、二級騎士の中の準一級の騎士たちは一級試験を受けるために日夜励んでいる人、もしくはすでに試験を受けて落ちたことがあり、その悔しさを共有し、更なる合格を目指すためのいわば仲間意識のようなものが芽生えている人たちなのだ。

 この時間帯に見張りにつく二級騎士というのは、二級の中でもそういう者たち。

 そこに試験には興味がなく、受ける気すらないリョウが入ってきたもんだから……なんだこの知らない人。知らない、ということは昇級試験も受けるようなレベルじゃない二級のなりたてとかそんなレベルだろ? という目が向けられており、しかもその女が一番危険度の高い、いってみればこの中でも一番レベルの高い者が受け持ちそうな場所を割り当てられたのだ。

 さすがのリョウも少々居心地が悪い。

 まぁ、見ようによってはシンが準一級の中でもずば抜けている、とか見えたらいいなぁ……なんて。ただ、そのシンは二級騎士にしてはかなりの若手で、実際この場にいる者の中でも最年少であること間違いなく……ずば抜けていると周りが評価するには若すぎるかもしれないのだけど……。


 リョウがそんなことを考えている間にもレンブラントは説明を続けていた。

「ちなみに、今後の時間帯の引き継ぎは各自で行ってもらうことになりますので集まる必要はありません。僕は隊内の一級騎士と共に夕方から朝の時間帯で森の方の見張りにつくことになっています。何かあればもちろん駆けつけますから各自自分の責任を果たしてください」

 なるほど。

 一級騎士が少ない分、隊長自ら見張りにつくのか。しかも夕方から朝。

 一日の時間帯は四つに区切られており、朝から昼、昼から夕方、夕方から夜中、夜中から朝、となっている。なのでレンブラントはその中の二つの時間帯を続けて引き受けている、という事になる。つまり、今はちょうど自分が受け持つ時間帯の真ん中で、見張りを抜けてこのミィーティングをしているという事になる。

 レンブラントの背にある弓と矢からもそれはうかがえた。

 第三駐屯所でもこんな特殊な武器を扱えるのは彼くらいだが、重量があるのでこういったものは普段からは持ち歩かない。剣は騎士としていつも身に付ける物だがこういう武器を持つのは戦に出る時など本格的な装備が必要な時くらいだ。


 説明を受けたあと、騎士たちが一斉に各自の馬に騎乗して持ち場に向かう。リョウとシンもそれに続く。

「……あれ?」

 持ち場に向かいながらシンが意外そうな声をあげた。

「あら、リョウ! ……と、シン君だっけ?」

 続けて聞いたことのある声が上がった。場所としては西寄りのエリアだ。

「カレン?」

 暗がりで、その相手を確認したリョウが名前を呼ぶと。

「やだ。このあとの時間帯なの? しかもそっちに行くって……森の方のエリア?」

 なんだか今まで浴びてきた視線に近いものを感じながらリョウが頷く。

 暗がりとはいえ、篝火が焚かれており、そこに浮かび上がるように見事な金髪の女騎士。

 リョウより少し年下にも見える彼女の緩やかなウェーブのある金髪は、騎士の規則に従って後ろで一つにまとめられているのだが、騎士という仕事でありながらも女性らしさを失わず美しく編み込まれている。もっと明るければ手入れの行き届いた艶やかさや、透けるような白い肌に青空を思わせる澄んだ碧眼というおまけがつくほどの美貌が拝めてしまうという彼女は第七部隊の二級騎士だ。

「……そっか。第七部隊から二級騎士の加勢が来ているって聞いたけど」

 リョウがそう言うと、カレンは嬉しそうに。

「そ。あたし以外にも十人くらい来てるわよ。隊長に頼まれちゃったの」

 語尾にハートマークがついていそう。

 彼女は自分が所属する第七部隊の隊長ハヤトに夢中なのだ。

「あたしはこれで上がるから、後はよろしくねぇ。……それにしてもお宅の隊長さん、森の見張りにまで駆り出されなきゃいけないなんて大変よねぇ」

 そう言い残すとカレンはさっさと引き上げていってしまった。

 それを見送るシンはなにか言いたそうな顔で……リョウは苦笑混じりで「ほら、急ごう!」と声をかけ、持ち場に向かった。


 持ち場につくと、思っていたより明るいことに気づく。

 篝火の数が断然多い。以前は夜間の見張り用として城壁の周りには等間隔で焚かれていたが、今は各エリアの境目と東の森の手前にもそれがある。先ほどカレンとすれ違ったのは都市に近い場所だったが森に近い方には重点的に篝火が配置されており、こちらの方が明るいくらいだ。

 おかげでシンの表情がよく見える。

 シンの表情……カレンの言葉に引っ掛かっているようで、まだむすっとしている。

「うちの隊長は優秀よね。一日の半分も森の見張りにつけるなんて」

 リョウがシンを気遣ってレンブラントを持ち上げる話題を提供してみる。

「ですよね!」

 思った通り、シンは顔を輝かせた。

「うちの隊に一級騎士が少ないのは、別に隊長が悪い訳じゃないんですから、あんな言い方しなくたっていいと思うんですよね!」

 確かにレンブラントが何か悪いことをしたというわけではない。


 レンブラントの出身が問題なのだ。「風の民」と呼ばれる民族出身のレンブラントはその独特な背景ゆえに西の都市に来てからかなり差別を受けて育ったらしい。

 そんな人物が隊長ともなると、誇り高い騎士としてはその下で働く事にいささか問題が生じるのだ。本人の意思はさておくとしても、親族や周りからの圧力があって騎士としての仕事に差し障る者については、一級試験をパスした段階で隊の移動申請ができるのでそれが受理され、第七部隊がその受け入れをしていたらしい。なので第七部隊は一級騎士の人数が異例に多い。


「それに今、隊長クラスの人たちって凄く忙しいじゃないですか。その中で見張りなんていう騎士の仕事もこなすなんて、やっぱりあの人は凄いですよ!」

 森の方に目を向けながらシンが賛辞を贈る。

 相変わらずその視線の先に本当に本人がいるんじゃないかというような目付きだ。

「そういえば……そうよね」

 今日の午後、ザイラと食事をした時のことを思い出す。

 ザイラの夫のクリストフも仕事で忙しく不在だったのだ。

「今日、俺、三級騎士の稽古の立ち会いをしてきたんですけど駐屯所も雰囲気が変わってましたよ」

「稽古の立ち会い……うわ、ハードねえ!」

 上級騎士が見張りで不在になる中、三級騎士はこれまで通り月交代で駐屯所内の雑務をこなしている。そしてそれ以外にも自分達の腕を磨くため練習試合や稽古を行うのだ。

 それまでは一級騎士が当番制で三級騎士や三級を目指す訓練生の面倒を見ていたのだが、彼らの仕事内容がかなりハードになってしまったので最近は二級騎士が代行したりもする。

 しかも以前から下の者の教育は上の者の責任、とばかりに隊長たち自ら時間を割いて教えたりすることも珍しくなかったのだが、今となっては隊長たちにその余裕すらなくなっているのだろう。

 稽古の立ち会いをしてきたあとでの、この時間の見張りの仕事……とは。さすがに若いだけあって体力があるなぁ、とリョウは感心してしまう。

「リガトルとかヴァニタスって……なんだか嫌な響きですよね。ヴァニタスの方は俺はまだ見たこともないんですけど、リョウさんは倒したことがあるんでしょう?」

「あ……ええ、まぁ、ね……」


 今まで単に「敵」と呼ばれていたもの。それは自然現象のひとつとして時として現れる獣のような性質を持つもの。切り捨てて息の根を止めれば跡形もなく消えるが、現れてしまったら人を襲い、肉体であろうが精神部分であろうが容赦なく食らうもの。

 その害から人々を守るために組織されているのが騎士隊だったのだが、数ヵ月前、新たな敵が現れた。

 この西の都市ではまだ確認されていない「生命体」だった。ちなみに、リョウは以前、ここから離れた東の都市にいたことがあるが、そこでもお目にかかったことはなかったし、その存在も知られてはいなかった。


 数ヶ月前に戦いがあった際、入ってきた情報が都市に持ち帰られ、近隣の都市の主だった人たちとの議会が開かれた結果、どうやら南方の地で生まれたらしいその「生命体」の種族は「ヴァニタス」と呼ばれており、人間社会を脅かしてきた「敵」を、そこでは「リガトル」と呼んでいたことが分かったのだ。

 そして、ヴァニタスと呼ばれるその生命体はリガトルを人工的に大量生産して傭兵のように組織している。

 ここ数年近隣都市では、今はリガトルと呼ばれるようになった「敵」の出現頻度が増えていることに悩んでいたのだが、それがどうやら大量生産に起因しているらしいということが分かって、今後の対策として、近隣の都市や町での軍事協定のための更なる話し合いが都市の元老院や軍関係者により継続的に続いているのだ。


「凄いなぁ……! でもどんな意味の言葉なんですかね」

 シンが首を捻った。

「リガトル、は『縛られたもの』つまり強制的に支配下に置かれているものを表す言葉。ヴァニタスは『空虚なる虚栄』っていう意味らしいわよ」

 つい、何となく口をついて出てしまう。

 実はリョウはザイラから聞いたのだ。

 そんな呼び方をするらしい、ということが父親のラウとの間で話題になった時に、ラウが一瞬怖い顔をして「なぜその言葉を知っているんだ」と呟いたそう。「どういう意味なの」と問う娘にラウはそんな風に説明し、もうほとんど滅んだ言葉だよ、と付け加えたそうだ。

「へぇ! そうなんですか。……でもリガトル、は分かるとして……なんで虚栄なんていう名前の種族なんですかね……?」

「さぁ……? もう滅びたはずの言語らしいからどこかで意味が伝え間違えていたりするんじゃないかしら?」

 リョウにだって分からない。

 そもそもあんな種族、どうやったら発生するんだ。

 数ヶ月前に見たヴァニタスを思い出す。

 今まで「敵」として認識していた、今でいうリガトルでさえ軽く人の身の丈の二倍はあり、腕力も脚力も恐ろしく強い。全身の色彩は黒で骨格も筋肉もしっかりしているような体つき。息の根を止めると同時にかき消えるので実際の体の内部構造は分かっていないが見た目は現実には存在し得ない野獣といったところだ。人を簡単に叩き潰したり踏み潰したりできる力を持っている。

 ヴァニタスはそれよりもさらに一回り大きかった。しかもちゃんとした「生き物」。明らかな思考と敵意を持った存在で、一戦交えたが動きもリガトルの比ではなかった。

 リョウの言葉に妙に納得するシンは、リョウの考えていることなんて知る由もなく、今度はリョウをひそかに尊敬の目で見ている。

 ……強いだけじゃなくて、物知りで賢いなんて……! 凄いなぁ……! さすがレンジャー仕込みの凄腕騎士!





「リョウ! 送りますよ!」

 朝になり、次の時間帯の騎士たちとの交代を終えたリョウがハナを厩舎に連れていって帰宅しようとすると背後からレンブラントの声がした。

「え? ああ……そっか」

 そういえば隊長とはご近所さんだったな、なんて思いながらリョウが振り返る。

「きつくなかったですか?」

 隣に並んで歩くレンブラントがリョウの顔を覗き込むようにして尋ねる。

「大丈夫ですよこのくらい! 勤務時間だってぶっ通しって訳じゃなくて交代で休憩だって入りましたし」


 騎士の仕事が月交代である理由は、戦闘を踏まえてのことなのだ。万が一負傷者が多数出た場合、その者たちが通常の勤務に戻るのにはある程度の期間が必要になる。

 その間の勤務をこなす穴埋め人材をその都度見繕うくらいなら初めから月交代にして勤務が終わった後の二ヶ月をそういうときの療養期間に当てる。そのための月交代。

 そして一ヶ月の勤務がいつもその分激務になるとは限らない。特にここ西の都市では騎士や兵士が勤務に当たる際にベストを尽くせるように休憩時間などに関しても細心の注意が払われていた。

 だから、いざというときにはすべての騎士や兵士は文句のひとつも言わずにきっちり働くのだ。


「……なら良かった。あなたには無理をさせてしまっていますから少し気が引けていたんです。二級騎士の、しかも女性があの時間にあの場所なんて……」

 申し訳なさそうなレンブラントの言葉にリョウがふふ、と笑う。

「大丈夫ですって! シンなんてあの若さで私と一緒にやってるんですよ? それに……私、強いですからね。いざってときにはいくらでも命懸けますから」

 笑いながらそう言ってみたのだか。

 そしてリョウは本気で命を懸けてもいいと思っていたのだが。


「……リョウ……こんな時に言う言葉ではないとは思いますけどね……」

 レンブラントがため息混じりに言葉を挟んだ。

「あなたが、わざわざ死ぬ必要はないんですよ。死ぬために戦うようなことは……しないでくださいね」

 リョウが思わず顔をあげると、思いの外真剣な眼差しのレンブラントと目が合った。

「隊長……あの、でも私! こないだの戦いでちょっと考えさせられたんです」

 リョウは自分の言葉を撤回する気はなかった。

 先を促すように言葉を控えるレンブラントにちょっと安心してリョウは言葉を続ける。

「今までずっと……私は自分が生きていることに意味なんかないと思っていたんです。何の役にも立たないし……それどころか人を怖れさせるだけで……迷惑にしかならない存在だと。でも、私が力を使うことで誰かが泣かなくて済むのなら……それでどこかで笑っていられる人が増えるなら……そんな風にこの命を使っても良いかな、なんて」


 そう。

 前回の山間の町での戦いで得たものは実は結構大きかった。なんて思う。


 町での戦いのあと、しばらくの休養期間として町に滞在した間に、遠征していた騎士隊は町の人々からの盛大なもてなしを受けたのだ。

 リョウも個人的にたくさんの感謝の言葉を貰っていた。涙ながらに顔をほころばせて、言葉なんかうまく出てこないまま抱きついてくる女たちや老人に囲まれて、ああこの人たちの夫や息子は無事だったのだな、死ななくてすんだのだな、と感じたし、無邪気な子供たちが小さなプレゼントをこっそり持ってきてくれるのを見るにつけ「お父さん、無事で良かったね」なんて声をかけたりしたのだ。そもそも、あそこでリガトルが入り込んでいたらあの町は全滅だって免れない筈だった。家族の中の男手を失うとかそんなレベルではなかった筈なのだ。

 町の人は……いや、騎士隊を含めてほとんどの人はリョウがその戦いにおいてどれ程のことを成し遂げたかは知る由もない。だから、彼らの感謝や喜びの言葉はリョウ個人に向けられたものではなく単に騎士隊の一員に向けられたものではあったが、それでも。


 いや、だからこそ。

 人々が心から喜ぶ姿を見てそこに貢献できたことがリョウは嬉しかったのだ。

 ……ただ、嬉しかった。


 人の命というものは儚いけれど、容易く消し去るべきではない。

 過去の自分が犯した過ちをそれで償うことはできないかもしれないけれど、それでも自分にできる限りのことをして誰かを救うことができるなら、誰かが泣かなくて済むのなら、こんな命、惜しくはないと思ったのだ。


 そうやって、出来ることなら西の都市の、心優しい人たちを守りたい、と心からそう思ってしまった。


「それに、ほら、私って独りじゃないですか」

 リョウがおどけたように声のトーンをあげる。

 自分の戦う姿を見せてしまった相手だからなのか、つい真面目な話をしてしまった、と照れ臭くなってしまって。

「家族がいる訳じゃないし……ああ、ほら、隊長みたく面倒を見なきゃいけない隊員がいるわけでもなくて、言ってみればいくらでも捨て駒になれるでしょう? この強さでこの立場、結構使いものになりません?」

「リョウ……それ、本気で言ってますか?」

 せっかくおどけた口調で話したのに、かなり真面目な、もっと言えば少し怒ったような口調のレンブラントの言葉にリョウが思わず息を飲む。

「……リョウ」

 少し間をおいて再び名前を呼ばれて、返す言葉も見つからないままリョウはレンブラントの方にそろそろと視線を向ける。

「捨て駒なんて、誰も思ってませんよ? 自分をそんな風に考えるのはやめなさい。あなたは独りなんかじゃないでしょう? ……あなたに万が一のことがあったらザイラはどうするんですか……それに……」

「だって! ……だってザイラは……そりゃ彼女はもちろんいい子だし、私は大好きだけど! でもザイラは本当の私を知ってる訳じゃないですから!」


 あれ……?

 なんでこんなにむきになる必要があるんだろう?

 なんて思いながらリョウはレンブラントの言葉を途中で遮っていた。


「リョウ……」

「ああっ、隊長っ!」

 まだ何か言いかけるレンブラントにリョウがすっとんきょうな声で口を挟む。

「なっ、何ですか?」

 リョウの口調に注意をそらされたレンブラントが思わず聞き返す。

「うちに、着いちゃいました! お疲れさまです! また明日、よろしくお願いします!」

 リョウはそういうと勢いよく頭を下げて、そのまま駆け出した。


 今のままだと絶対立ち止まってでも話が続いた!

 そう思うとなんだか居心地が悪くて。


 ……大体、なんで私、むきになったんだろう?

 優しい隊長のことだ。「自分を大切にしなさい」なんて類いの言葉、きっと全ての隊員に言っているだろう。

 でも。


 自分の部屋に勢いよく飛び込んで、ドアに鍵をかけながら息を整えて、ふと思う。

 私は、他の騎士とは違う。

 そもそもが人間じゃない。

 その違いは、取り繕いようのないもの。


 他の騎士に話すように「自分を大切にしなさい」なんて話し始めた隊長が、他の騎士に話すように「あなたのことを大切に思ってくれている人がちゃんといるはずですよ」なんて言い出したら……。


 だって、そんな人、いるはずないのだ。

 本当の私を知っている人なんていないんだから。少なくとも私が戦う、あの、姿を見た人だって隊長とクリスだけだ。あんな姿を見て、友達を装ってくれるだけでも有り難すぎて涙が出るくらいなのだ。

 こうやって何事もなかったかのように、ただの人間の騎士のように付き合ってくれるのは、彼らが人格者だからなのだろうと思うけど、それに甘えてはいけないことくらい承知している。


 私はそんな存在ではない。

 そんな分かりきった事実を、改めて確認させられるのは……やっぱり怖い。

 だから、逃げてきてしまった。


 そんな結論に達しながら。


 リョウは軽くため息をついて頭を振る。

 やめよう。

 今は。

 折角、居心地の良い場所を見つけたのだから。

 ちゃんと笑える場所を、見つけたのだから。


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