水の部族
グウィンの一言で二人の男は顔を合わせ、一言二言交わしたあと付いてくるように指示を出す。
なので、リョウとグウィンはおとなしく付いていくことになり。
新たなメンバーと共に歩き出したせいか、どこからともなくレジーナが飛んできてグウィンの肩にとまる。
そんな状況下で、リョウはまず、前を行く二人に目が釘付けだった。
「水の部族ってみんなあんなに綺麗、なの?」
つい出てしまった言葉は完全なる独り言だったのだが、意外に声量があったようでグウィンがリョウの方をちらりと見ながら。
「純血種だからな」
なんて丁寧に答えてくれる。
短く整えられたプラチナブロンドは一人はさらさらと歩く動きに合わせて揺れながら月明かりを反射し、もう一人は軽くウェーブがかかっていて柔らかく艶やかに光っている。あんなに見事なプラチナブロンドはまずお目にかかれない。月光を集めたような色彩だ。
細身ですらりとした体型も、弱々しいなんてことはなく不思議な力強さを感じる。
グウィンは「近衛か」と訊いていたが……そしてその出で立ちや立ち居振舞いはまさにその通りなのだろうが、戦士らしからぬ細くて長い指。どちらかというと芸術家を思わせる。
……グウィンなんか剣を持ちなれているせいか大きくてごつごつした手をしてるもんね。
リョウは隣を歩くグウィンの手をちらりと見ながらも思考は完全に前方の二人のことでフル稼働。
だいたいあの瞳……! さっき間近で見たときは息が止まるかと思った。
カレンも綺麗な青い目をしているけど、そういう青じゃない。混じりっけのない澄んだ青。よく見れば個人差はあるのだろうが、黒やグレーといった色合いの一切入らない青だったのをリョウは二人の背中を見ながら思い出す。
「いいなぁ……あれは絶対純血でいなきゃダメよね。……あんな見事な色をしてるなんて……」
もはやリョウは自分が声に出しているという自覚すらないのだろう。うっとりとした目で前方の二人を眺めながらこれまたうっとりと独り言を漏らしている。
そういえば。
ひとしきり前方の二人に熱い視線を送ったあとで、リョウがはたと我に返る。
「ねえ……あそこで名乗って大丈夫だったの?」
グウィンのマントの端をちょいちょいと引っ張りながら囁く。
「え? 何がだ?」
グウィンは緊張する様子もなく全くもっていつもの様子だ。
「何が……って。だってヴァニタスがいたかもしれないわけでしょう? 竜族の頭が二人揃ってて、しかももうひとつの部族がここにいます、みたいな発言しちゃって大丈夫だったの?」
それを隠すために今まで苦労してきて、しかもリガトルを倒すのも竜の力に頼らなかったんじゃなかったっけ?
「ああ、それな。……あそこであいつらが堂々と出てきた段階でどっちにしてもバレることだろ?」
グウィンが前方を行く二人を顎で指す。
「あ……」
そうか。
見るからに人間離れした格好の二人。
そもそもこの極寒の地域であの軽装。実際、武器を携帯しているとはいえ防寒着らしきものは一切着ておらず身軽である。
それに「人間が来る所ではない」という威嚇の言葉。
どれをとっても……もし竜族を探しているんだったら誰だってピンとくる。
そう考えると。
むしろさっきのリガトルの団体はリョウやグウィンを狙って差し向けられたものというよりは水の竜の部族を探すためのものだったのかもしれない。もしくは見張っていたのか。
だとすれば。
「ここも見つかってしまっていることになるのかしら……」
リョウが呟く。
「その可能性はあるかもな。……まぁ、水の部族は見つかったところでそれに臆するような部族じゃないと認識してはいるが」
その言葉にリョウは思わずグウィンの顔を見上げる。
グウィンはいたって真顔だ。
……さっきの好戦的な様子といい……つまり、彼らは、戦闘を得意とする部族だとでもいうことなんだろうか……。
気が付けばリョウとグウィンは、雪を掻き分けて進むような場所を抜け、開けた地に立っていた。
開けた地。
そして夜が明け始めたせいで、わずかに差し込んできている日の光が反射して目に入ってくる光景は。
リョウは思わず息を呑む。
雪はなくなっている。
が、代わりに地面は凍りついており、山の岩肌にはしっかりと氷が張り付いている。これは太陽が出たからといって溶けるようなレベルの氷ではなさそうだ。
立ち並ぶ木は……これに至っては生きている木なのだろうか。完全に氷で覆われておりその枝から下がるおびただしい氷柱がさらに視界を遮る壁のようで、とはいえ光を反射しているのでこの上なく美しく幻想的な空間を演出している、そんな場所だ。
だいたい、光が当たった透き通った氷自体、単体でも綺麗なものだが、ここはそれが上から下までひしめき合っているのだ。
どこからともなく水の音が聞こえてくるのと、今まで歩いてきた道と立っている場所の傾斜具合からしてこの先をもう少し登りでもすれば滝でもあるのではないかと思われる。
「水の部族の住む地ってこんなに綺麗な所なのね……」
見たことのない景色につい我を忘れて見入ってしまいながらリョウがうっとりと囁いた。
「ここでしばらくお待ちいただけますか」
不意にそんな声がかけられてリョウがはっとすると、先頭を行っていた片方の若者がそう言ってさらに奥に消えていくところだった。
もう一人残った若者は見張りのつもりなのか腕を組んだまま後ろの氷の壁に上半身をもたれた体勢でこちらを見ているが、気付けば表情は先ほどまでの厳しいものとはうってかわってかなり柔らかい。
かけられた声の調子や言葉遣いが予想以上に丁寧だったことや、残った一人の表情が柔らかくなっていることに戸惑いを覚えてリョウが隣にいるグウィンを見上げる。
と。
「……お前のせいだろ」
と、ぶっきらぼうな言葉がぼそっと返ってくる。
「……へ?」
リョウはどうにも間の抜けた返事をしてしまい。
「……やっぱり無意識かよ……。あのなぁ……まぁ、悪いことじゃないから構わんが……見るもの見るもの片っ端から綺麗だとか凄いだとか誉めすぎなんだよ。まぁ、あれだけ誉められて気を悪くするやつなんかいないだろ」
「……! ええ! そうなの? 私そんなに口に出してた? ……でもやっぱり綺麗なものは綺麗なんだもん! 水の部族の人も綺麗だしここも凄く綺麗よ。てゆーか、これ、綺麗とかいう言葉で収めちゃ駄目だと思う。なんだろう……こう、荘厳とか崇高とか……」
一応小声で言っているつもりではあるのだが。
グウィンが居心地悪そうに視線をそらす。
おや……? と、リョウが前方の見張りの若者の方を見ると……彼もふいと目をそらす。が、よく見ると頬が赤いのが分かる。
小声とはいえ、興奮気味のリョウの声は小声と言い切っていい声量かどうかは定かではない上、そんな声は周囲の氷に反響するから……聞こえてしまうのだということにようやくリョウも気付いたのは言うまでもない。
危うく目を輝かせたリョウが見張り役の若者に駆け寄って握手のひとつも求めるのではないだろうかという勢いをどうにか食い止めたグウィンと、自分の言動が思いもよらず場を和めていたとはいえ、この場には思い切りそぐわないものだったことにどうしようもなくおどおどし始めたリョウが背筋を伸ばしたのはその少しあと。
「風の竜と、火の竜……待たせましたね」
そんな声がかけられて、近付いてきたのは一人の背の高い男だった。
美しいプラチナブロンドは肩の辺りまで伸ばされており、身分のある者らしく薄い青に銀色の縁飾りのあるマントを身に付けている。
リョウたちを案内してきた若者たちに比べて、さらに年を重ねていると思われるその男はグウィンよりは若干細身ではあるが良い体格をしている。そして、顔立ちはやはり整っていて目尻には少々のシワが刻まれており、その瞳は美しい青だ。
「ああ、久しいな。……ラザネル」
グウィンがリョウの一歩前に出て男に答える。
ラザネル、と呼ばれた男は特に友好的な目を向けるでもなく表情をやわらげるでもなく、グウィンと目を合わせ次いでリョウの方を一瞥する。
……ラザネル。名前があるということは水の竜ではないのか。でも、剣に付いた石からはグウィンに初めて会ったときと同じような共鳴の反応を感じるんだけど。
そう思いながらリョウは真っ直ぐにその男に視線を返すのだが、妙な視線を感じてその視線を落とす。
「……え?」
思わず小さく声を漏らしたリョウの視線の先には。
「ふうん……火の竜は女なのか」
……かっ、かわいい……!
リョウは再び我を忘れそうになる。
ラザネルのマントの端をつかんで、その後ろに隠れるようにしながら彼の腰まで程度の身長の女の子がこちらを見上げているのだ。
いい加減見慣れてきたとはいえ、細く柔らかそうな真っ直ぐ伸びたプラチナブロンドの髪を背中まで伸ばして、華奢な体に透き通るような肌。青く澄んだ瞳に、小さく形の良い可愛らしい唇をぎゅっと引き結んでこちらを見上げる子供は、よく見ればやはり身分のある者を思わせる銀色の縁取りのある薄紫色のローブをまとっている。
そして、リョウがうっかり我を忘れてその子に近寄り、しゃがんで目線を合わせながら声をかけそうになるのを、なぜかグウィンがさりげなく左腕をその前に出して制する。
「リョウ……彼女が水の竜だ」




