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旅路(遭遇)

 剣を抜いたとして、狭い洞窟の中での立ち回りは不利だ。

 なので。

「出るぞ」

 グウィンの一言でリョウも剣を抜き、同時に後について洞窟から出る。

「あら……」

 結構な数。

 洞窟を出てすぐの場所は木も少なく開けていた。そこにぐるっとリガトルが十数体。

 リョウには腰の位置までに当たる積もった雪も、人の背丈の倍はあるリガトルにしたら膝まで程度。

 リョウの目の前、その右側に剣を抜いて身構えるグウィンの背中。グウィンの剣は彼が持つとそうは見えないが一般的な剣より少し大きい。彼自身、背が高くて体つきもがっしりしているのでそのサイズの方がバランス良くも見えるのだが、その大きな武器を扱えるということはそれなりに強いということだ。

 そしてリョウにとっては少し新鮮な立ち位置。

 いつもこういうときは先頭にいるか単身であるので。

 なのになぜかやりにくさを感じない。

 完全に右側を任せられる気がする。なので、体を左に向けて取り囲んでいるリガトルの半数に注意を集中できる。

 剣を正眼に構えて相手の動きを観察する。

 雪の中で動き回るのは不利だ。

 となると。

 じりじりと迫ってきたリガトルのうちの一体がすっと体勢を低くした。

 一跳躍で間合いを詰めてきたリガトルに向かってリョウも地面を蹴る。

 雪の中で対決する気なんか無い。

 リョウは地面を蹴るや、目の前に迫るリガトルの首をまず斜め下から振り上げた剣で切り落とす。

 屈み込んでくずおれるその体が消え去る前にその肩を足場にして、後からどっと攻め込んでくる他のリガトルに向かって剣を降り下ろすべくさらに跳ぶ。


 後続のリガトルの、肩や背中に飛び移り、それと同時に効率良く首を払い落としていくリョウをグウィンは横目で見ながら思わず口笛を吹いて。

「……そこそこどころか……ありゃ、相当の戦力だ」

 体が細っこい分、身軽ですばしっこい。相手の次の動きをちゃんと読んでいるから動きに無駄がない。……そんなところか。

「ありゃ、竜の力を使わなければ接近戦は向かうところ敵無し、だな」

 そんなことを一人呟きながらも手は休まず相手をぶった斬るグウィンはといえば。


「あれ……ずるい……!」

 リョウはリョウでグウィンを見ながらぼそっと呟く。

 体が大きくて力がある上に剣は大きい。

 となると、一振りの効率がやたらいいのだ。

 ぶんっという音と共にその一振りで相手の体は真横だろうが斜めだろうが真っ二つになる。

 あの切り方は、リョウが竜の力を使って剣に特別な力を付与しなければできない切り方だ。

 だからリョウの場合はできることなら一発で切り落とせる首をまず狙うが、それが無理な体勢だと脚や腕などに致命傷を与えて体勢のバランスを崩させてから声をあげさせる間を与えずに改めて首を落とすという手間をかけているのだ。

 相手が一体や二体なら一発で袈裟懸けに真っ二つに、ということもできなくはないが、これだけ数が多いと体力の配分を考えてそういうことはしたくない。


 そんなこんなで。

「うわっ……と!」

 ぼすっ。

 そんな音と共に。

 行く先に足場になりそうなリガトルがいなくなったリョウが、最終的に雪の中に着地して、間髪いれずに振り返る。

 ちょうどグウィンも切り進みながらそこまで来ており、リョウが振り返ったことで背中合わせになり、残るはラスト二体。

「そっちは任せたぞ」

 そう言うなりグウィンの背中が離れる。

「分かってる……けど!」

 もう!

 雪の中じゃがぜんこっちの方が分が悪いって分かってるのかな? グウィンの方は背が高い分、足だって長いからまだ動きやすそうだけど!

 そんな言葉をのみ込んで、雪の中に踏み出すわけにもいかず降り下ろされる腕を避けながらある程度雪が払われて無くなっているスペースを探し、一番近いそんな場所を、足場にすべく、目の前の一体の両足の間に滑り込む。

 で、滑り込むついでに逆手に持ち変えた剣で片足を真っ二つに切り裂き、背後に回り込むと同時に奇声が上がる前にバランスを崩した胴体を斜め下から真っ二つに。

 最後、と思うから渾身の力を込める。

 で。

「おおっ……と!」

 雪に足をとられてしりもちをついた。


「なかなか、やるじゃねぇか」

 息が上がったままのグウィンが剣を鞘に納めながらリョウの目の前まで来て右手を差し出す。

 雪の中に半ば埋もれるような格好で、最終的には足をとられてずるっと滑った形になっているリョウが自分の剣を鞘に納めて、その手を取りながら不服そうな目を向ける。

「最後の一体くらい手伝ってくれてもいいのに……」

 などと呟きながら。

「これだけの数を相手に一声もあげさせないってのも……快挙だな」

 リョウの呟きにはお構いなしで、グウィンが辺りを見回しながらそんな声をあげる。

 そういえばそうだ。

 何しろ二人とも片っ端からほぼ一息で確実にとどめをさしていったので、ある意味静かで奇妙な戦いだった。


「……ヴァニタスの気配って……する?」

 リョウは、まだ終わっていないことを思い出し、周囲に向ける気を研ぎ澄ませるために意識を集中させながら尋ねる。

「いや、今のところは……それより……」

 と。

「リョウ」

 グウィンがいきなりリョウの腕を掴み、自分の方に引き寄せたかと思うと後ろから抱きすくめた。

「えええええ! なになになに?」

 何が起きたのか分からないままのリョウは、グウィンの腕の中にすっぽりとおさまっており、翻ったグウィンのマントで視界が遮られる。

「ちょ、ちょっと! 何すんのよ?」

 そりゃ、慌てる。

 なんでこのタイミングで抱きすくめられなきゃいけないのか……って一瞬頭の中が真っ白になったリョウとしては。

 今の立ち回りで無事だったことへの安堵の表れなのだろうかとも思い当たり……それならちょっとはしんみりと付き合ったほうが良いのかなという気がしなくもないけど……いやいやいや! 今の、私的にはそんなに命がけってほど大変な立ち回りじゃなかったしな、えー、でもグウィンからしたらそのくらい心配してくれてたってことなのかな? いやでも……と思考が定まらなくなったところで。

「うわ、馬鹿! 暴れるな!」

 照れくささ半分で腕を振りほどこうとするリョウにグウィンが慌てたように声をかけ、リョウの体の向きを変えさせた。


「……!」

 向きを変えさせられたリョウの目の前にある木には今しがた飛んできたと思われる矢が数本刺さっており。

 ……リガトル、の筈がない。

 ……ましてヴァニタス、がこんな武器を使うとも思えない。

 ということは。

 矢が飛んできたと思われる方向を見ようと、リョウがグウィンの体越しに後ろを覗こうとする。


 すたん!


「わお!」

 新たな矢がリョウとグウィンの真横をかすめて同じ木に突き刺さる。

 なんて好戦的!

 そりゃ、後ろから見たらグウィンしか見えないだろうから、今の動きはグウィンの怪しい動きと見てとれたのだろうけど。


「……人間がこんなところで何をしている」


 声の主は。

 グウィンの体ごと振り返って声の主と対面したリョウは、グウィンに抱え込まれた体勢のまま思わず目を丸くしてしまった。


 雪の中に立っていたのは、いかにも戦士といった雰囲気の弓矢を持った若い男二人。

 なのだが。

 二人とも、短く整えられた髪は見事なプラチナブロンドで、透けるような肌。そして鮮やかな青い瞳。遠目にもはっきりくっきり分かる整った顔立ち。背なんか勿論すらりと高い。

「……きれい」

 リョウはつい声に出てしまった自分の言葉にも気付いていない。

 代わりにグウィンが深々とため息をつく。

「お前さん方、ここの近衛かなんかか?」

 動じること無くグウィンがそんな声をかける。

「……ここは人間が来るような所ではない。去れ」

 一人がそう言うと、もう一人が矢をつがえながら威嚇する。

「まぁ、待て。水の竜に会いに来たんだ」

 そう言いながらグウィンはゆっくりリョウを抱え込んでいる腕を解き、後ろからその両手をリョウの両肩に乗せる。

「風の竜と火の竜が来た、と伝えてくれ」

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