旅路(近しいもの)
夜明けと共に走り出す生活。
日中はほとんど走り通しなのでリョウにとっては考える時間がたくさんある。
竜の種族とはいえ混血の身。
純血種であれば、睡眠や食事の必要もさほどないのだとか。そもそもが死のうとしても簡単には死ねないくらい強健な肉体を持つ種族なのだ。食事や睡眠は嗜好品の類。
でも、リョウとグウィンは人の血を受け継いでいる。なので、寒さや暑さに対する耐性も人間よりも格段に高いとはいえ、多少それは感じるし疲れれば睡眠や食事を欲する。
それなのに、グウィンは「混血は強い」と言った。
それは、肉体的なことではなく精神的なことなのだという。精神面の強さは竜の力に直結していたりする。芯の強さがないと力をコントロールすることができないのだ。
どんなに切れ味のいい素晴らしい剣でも、子供に持たせたら危険であるだけなのと同じで、どんなに強い力を持っていても内面の強さを持っていなければそれを正しく使いこなすことはできない。
人との混血であるゆえに、ぶつからなくてもいい壁にぶつかることがある。
それゆえに強くならざるを得ない。
グウィンもそうだったのだろうか。
リョウはふと、そんなことを思う。
目の前を行く彼の背中を見ながら、この人があちこちを旅しながら経験してきたであろうことを想像してみようとする。
例えば、西の都市の司殿との友情。
とても強い友情を感じたけれど、恐らくその始まりは数十年前。
いずれ死に行く人間と絆を持ってしまうことの切なさを、この人は知っている。
なのに繋がりを持とうとする。
それは、本当に強いからできることなのかもしれない。
そんな強さを私もいつかは身に付けることができるのだろうか。
なんて考える。
いずれその人の死を見る事が分かっていても、その人を愛することが出来るほどの強さ。
「さすがに少し寒くなってきたな」
昼食のために休憩をとりながらグウィンが空を見て呟く。
そういえば日差しが暖かかった空はいつの間にかくもりがちになっており、空気がひんやりしている。
「……そうね。この先だんだん草もなくなってくるのかな。……ハナやニゲルのための草ってどうなるんだろ?」
リョウが、グウィンから手渡された保存食のパンを頬張りながらそんな言葉を返す。
保存用に作られたパンは、ふわふわのパンとは違ってぎゅっとつまっており、干した果物や木の実がたくさん入っていて、少量でお腹に溜まるようになっている。
「……へ? 草? いらんだろそんなもん」
グウィンが、リョウの方を見ながらそんな答えをよこす。
「……え?」
手にしていたパンを落としそうになりながらリョウはグウィンを凝視する。
「あ? お前……そうか、知らないのか」
グウィンはそう言うと、少し離れたところにいるハナとニゲルの方を見ながら。
「聖獣ってどういう意味か知らなかったか?」
なんて訊いてくる。
リョウはちょっと首をかしげ。
「……そういえば考えたことなかったけど。聖獣……聖なる……獣……?」
「聖なるっていうのは『特別な目的のために分けられた』って意味の言葉だ。つまり、野生の動物や人間用の家畜なんかとは異なる目的のために創られたっていう意味だ」
「異なる目的?」
「ああ。こないだお前が言っていたようにこんなものを創り出したのは風の竜の仕業かもしれんが……つまりは、竜族が使役するための特別な獣ってことだ」
そう言うとリョウの方に向き直る。
「……え。そう……なの?」
リョウは改めてハナとニゲルの方を見やる。
見た限りでは、今のところ二頭とも今までより少なくなってきた草を食んでいる普通の馬に見える。
「ああ。竜族は元々食べることが必要不可欠な種族じゃないだろ? だから竜族が使役する動物も同じような体質を持つんだ。ハナは純血ではないかもしれないが、それでもあの感じなら聖獣の血はかなり濃いと思うぞ。今あいつらが食べたりしているのはたまたまそこに草があるってのと、俺たちが食事のために休憩しているからそれに付き合っているってだけだと思う」
「ええ! 付き合ってくれているの?」
リョウは驚いて声をあげる。
と、グウィンはくすくす笑い出す。
「ああ、そうだな。……聖獣ってのは乗り手の気持ちを敏感に感じとるからな。……お前みたいにうまそうに何でも食べる乗り手がいると自分も食べてみたくなるんじゃないか?」
「……!」
うそ! 私、そんなにがっついてる?
そう思うとリョウは顔が赤くなるのを感じる。
そりゃ、グウィンが持ってきてくれる食べ物は例え保存食だとしても美味しくて嬉しくなってしまうのだけど。
「……だいたい、ニゲルの奴まで感化されるなんてな……今まであんなに草を食べるニゲルなんて見たことないぞ」
「……!!」
リョウは右手で口元を押さえながら左手の食べかけのパンに目を落として動けなくなってしまう。
そんなリョウを見るグウィンはついにこらえきれなくなったのかくすくす笑うだけにとどまらず、愉快そうに声をあげて笑い出した。
「……そんなに笑わなくってもいいじゃない! ……だいたい乗り手に影響されるんでしょ?ニゲルが私に感化されるってどういうことよ!」
むきになるリョウに、グウィンは笑いを噛み殺そうとしながら。
「悪い悪い。……お前に直接感化されているというより、あれだな……お前と食べていると俺が食べ物をうまいと感じるから、なんだろうな。俺は今まで食事をそんな風に楽しむことがなかったから」
なんて言う。
「……なによそれ。……結局、私が食い意地が張ってるみたいじゃない」
納得いかない、という顔のままリョウが呟く。
「まぁ、拗ねるな。持って来たもんをそんな風に食べてくれるやつがいればこっちも嬉しいもんだ。……それ、残さずに食べろよ?」
食べかけたまま、次の一口が食べにくくなってしまったパンを見つめるリョウにグウィンが、そう促す。
……まぁ、食べるけどね。これ、美味しいんだもん。干した果物も木の実も、それにパン生地自体も、噛めば噛むほど味があって粗食なんていったら失礼なんじゃないかっていう代物よ?
そう思いながらリョウは遠慮なくパンを頬張る。
そもそも、保存用の食料というものは、こういう収穫の少ない季節を乗りきるために少量でも満腹感が得られて尚且つ栄養価が高い物として作られているのだ。栄養価が高い、ということは……美味しいということである、とリョウは思う。
ここしばらく続くこの時代、旅は危険なものになっているから旅人自体が減り、需要がないので旅人のための備えなんてそう手軽に手に入るものではなくなってしまった。昔はいろんな目的で旅をする者が多くて自由な時代だったものだ。リョウが子供だった時代にはその名残でレンジャーだったあの人も気ままに旅をしていた。あの頃はこういう携帯に便利な食料はどの町に行っても旅人のために売られていて手軽に手に入ったものだった。
そしてふと、グウィンの言葉を頭のなかで反芻する。
食事を楽しむことがなかった……。
それってどういうことなんだろう。旅をずっとしていて一人でいることが多かったから誰かと食事をすることがなかった、ということなんだろうか。友となる人間はいただろうに。
「ねぇ、グウィン……なんで食事を楽しむことがなかった、の?」
どうしてだろう。
こんなことを聞いてもいいのだろうか、という雰囲気さえあったグウィンの言葉だったのに、リョウはどういうわけか率直に訊いてしまっている自分に驚いた。
多分今までの自分だったら……というより今まで接してきた相手だったらこんな風に遠慮なく問うことなんか出来なかった。
「……そう、だな。食事ってのは家族と楽しんだ記憶が鮮明だったから、かな」
驚くほど素直にグウィンは自分のことを話し出す。
「家族……」
意外な単語にリョウは少し戸惑った。
リョウには決して無い記憶であり、感覚として理解できない概念だ。
「ああ。今はこんな風に旅して回っているが一応俺にも家族はいたんだ……いや、いるんだ。風の部族は方々に散っているから部族自体がどこかに落ち着いている訳じゃないんだが……それでも俺が生まれたときは親族の間でも大変だったらしいぞ。この石を抱えたまま産まれてきたらしくてな」
そう言うと胸元に下がっている白い石を大事そうに手のひらに乗せて眺める。
「……石を持って産まれてくるの?」
リョウは他の部族の事情をほとんどというより全く知らない。
「ああ。石の継承の仕方はそれぞれ違うらしいな。純血種なんか親族から代々受け継ぐことが多いんじゃないか? 世襲制だろうし。俺たちみたいに混血だと、いつどこに力の強い子供が産まれるか分からないだろ。俺みたいに産まれた時に抱えていて、この子が次の頭なんだって親が騒ぐケースとか、産まれて間もなくいつの間にか手にしていて、ああ、先代が今逝ったんだ、なんて周りが悟る。っていう話を聞いたことがある」
「そうなんだ……」
リョウの場合は儀式的に継承した記憶しかない。
「ちなみに、産まれた時、俺はこの石みたく真っ白な髪に金色の目をしていたらしい。成長するにつれ今の色になったがな」
竜族としての本来の姿がそれなのだろう。リョウも子供の頃は今と違う色の髪と目をしていた。
「で、まぁ……うちは兄弟も多くてな。妹や弟が全部で五人いたんだ。そんな中で食事をしていたせいか旅をするようになってから一人で食べても楽しいとは思わなくなったし……人の友人ができたところで……やっぱり違うんだよな。同族の、本当の仲間とは」
グウィンが遠い目をする。
それを見てリョウは気付く。
そうか。この人もまた、人との繋がりを持ちながら自分と同じ気持ちを抱くのかもしれない。
家族のように親しくなったところで、いずれ死に行くのを見送らなければならない。
いや、実際に見送ってきたのだろう。
だからこそ、ニゲルやレジーナとは長く付き合えることを支えにして来たのかもしれない。
「グウィンは……強い人なんだと思ってた」
ぽそっと、リョウが呟く。
グウィンは「なんだそれ」と笑いながら。
「人と関わるってのは、見なくてもいいもんを見ちまうってことでもあるんだよな。……まぁ、これだけ生きてりゃ、ある程度は割りきるようになるが。俺も若い頃は悩んだもんだ……いや、今でもそうだな……」
「……今でも……?」
リョウが、顔をあげる。
グウィンはそんなリョウを見つめながら。
「ああ。西の都市の司に納まったグリフィスな。知り合ったのはあいつがまだ小さな子供の頃だ。その後何度か旅の途中で会いに行って成長する度にいろんな話ができるようになって語り合うのが楽しくなったもんだが……今回久しぶりに会ってあんなに年を取っていたなんて……さすがにショックだった……人の一生なんてあっという間だ」
グウィンの言葉にリョウはふと思う。
もしかして。
ここまでの旅の間、立ち寄ってきた村や町。
つい、グウィンが持ち歩いている荷物に目をやり、そこから取り出されて今は自分の手の中にあるパンに視線を落とす。
立ち寄る村や町に入るに当たって彼が一人で行動するのは、そういう理由によるのかもしれない。
以前に会ってから何年、いや、何十年もしくはそれ以上経っている友人。場合によっては亡くなっていることだってあるはず。自分だったらそんな事態を直視するのは辛すぎて……事情を知らない人を連れてなんか行けそうにない。
だから一人で行って、ただ必要なものを仕入れてくるにしては長い時間をかけて戻ってくるのかもしれない。
「……お前はなんだか、察しが良くて困るな」
グウィンが唐突にそう言うと腕を伸ばしてリョウの頭をくしゃくしゃとかき回す。
「わ……! ちょっと! 何するのよ! 私、何も言ってないわよ?」
リョウは思わず頭をのけぞらせながら食い下がる。
「だってお前、今、俺が一人で知り合いに会いに行く理由を察しただろ?」
グウィンが、真っ直ぐにリョウの目を見ながら優しく問う。
……私ってそんなに分かりやすいのかな?
そう思いながらリョウは顔をしかめる。
「……まぁ、年の功ってやつだ。……お前のその察しの良さも、それだけ人と関わってきて経験を積んだから身に付いたもんだろ?」
顔をしかめた理由を察したようにグウィンはそう言って静かに笑う。
そして。
「さてと。ずいぶんゆっくりしちまったな。そろそろ行くぞ」
なんて言いながら立ち上がる。
くもりがちな空の下。
この分だと暗くなるのは早いかもしれない。夜になる前にもう少し距離を稼がなければ。
リョウは手の中に残ったパンを急いで口の中に押し込んだ。




