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旅路 (火と風)

 食事のために少しの休息を取る以外、二人は馬を走らせ続けた。

 きっと普通の馬なら、こんなに長時間走らせ続けるのは不可能なことだろう。

 食料の買い出しのために町や村に寄るのも必要最低限で、それも確実にグウィンの知り合いがいると分かっている所だけという慎重さでの行動だった。

 なので、リョウはほとんど人目につかない場所でのお留守番、ということになる。

 何度かそんなことが続いてくるとさすがのリョウも、少々考えてしまう。

 ……私、こんなんでいいんだろうか。

 まぁ、何となく分からないわけでもない。

 私が人目につくと、万が一情報が流れた時に私と関わった人たちが危ない、という理由。

 そして、恐らくグウィンは私を守るつもりでいる。

 最後の戦いまで、ちゃんとたどり着けるように人目にさらさずに、無駄に動くようなことをしなくていいように。

 こんな時代だ。レンジャーみたいな人が動き回っているならともかく、女が旅して回っているというのはいささか目立つ。女のレンジャーなんてまずいないだろうし。というより、もしいたらそれはそれでかえって目立つ。

 ヴァニタスは知性のある存在だ。

 見境なく考えなしに人を襲うわけではなく、考えて計画的に行動している。

 どこかに潜んで、人間のやり取りから情報を得ているとしてもおかしくない。

 そういうことを見越してグウィンは動いているのだろう。


「でもこれじゃあ、なんだか私……役立たずみたい……」

 相変わらず川沿いの、町から離れたところで「留守番」をさせられながらリョウが一人呟く。

 空は薄暗くなりかけており、今夜はこの辺りで河原にでも降りて野宿になるのだろう。

 出発してから二回ほど人のいる所に立ち寄ったが、今日で三ヶ所目。旅に出てから五日が経った。

 ただ世話してもらうだけ、というのは意外に居心地が悪い。

 なので。

「この辺なら人目につくことはないかな……」

 リョウはグウィンが来る前に河原に降りていく。

 下に降りるとちょうど草が影を作っているので上からは死角になる場所がある。

 そこに腰を下ろして地面に向かって手をかざす。と。

 まずそこに両手で包める程度のサイズの炎が現れ、ほんの少し意識してサイズを調整すると、焚き火程度になる。薪もなにもない地面の上だが。

 寒いわけではないが、暗い中で明かりがあるというのはほっとするものではないだろうか。目立つから消せと言われればそれはそれ。その時消せばいいし。

 それに買ってくると思われる、保存用ではないパン。

「あれ、軽く焼いて食べたらもっと美味しい気がするのよねぇ……」

 パンと一緒にチーズなんてあったら、一緒にあぶって食べるというのも美味しいと思うんだけどなぁ……なんて想像していると。

「あれ? 火なんか焚いたのか?」

 頭上でそんな声がして、ざざっと音を立てながらグウィンが河原に降りてくる。

「あ、うん。……これ、目立つから駄目かしら?」

 恐る恐るリョウが尋ねると、グウィンは意外にも嬉しそうに目を細めた。

「いや、そのくらい大丈夫だろ。……やっぱり明かりがあるとほっとするもんだな」

 そう言って炎を挟んでリョウの向かい側に腰を下ろす。

「それに」

 炎を前に胡座(あぐら)をかいた体勢でリョウの方をまっすぐ見ながらグウィンが言葉を続ける。

「暗がりの中、帰ってきてお前さんを探すことを考えたらこっちの方が断然安心できる」

 にやり、と笑って。

「……何それ。私、そんなにちょろちょろしてませんけど。子供じゃないんだから……」

 リョウはささやかに言い返してみるが、もしかして心配してくれていたのかな、なんて考えてみる。

 守るつもりで置いてきたのに何かあったら……という心配。

 まぁ、私の場合……よほどのことがなければまず、大丈夫だけどね。

 などと思いつつ、グウィンが仕入れてきた食べ物の中にパンとチーズがあるのをめざとく見つけ、リョウの目は輝いた。


「火の竜ってのは……便利なもんだな」

 温かい食事にありつけたグウィンは上機嫌で、リョウもなんだか嬉しかった。

「ふふ……使えるものは使わないとね」

 リョウがそう言うと、グウィンが思い出したように脇に置いていた袋の中に手を入れた。

「……使えるもん、か」

 袋から出てきたのはここ数日食べていた保存用の干した果物。

「?」

 リョウが首をかしげると。

「じゃあ、風の竜の力も使ってみるか? ……こんなことに力を使うのは子供の頃以来なんだが」

 そう言うとグウィンは手のひらの上の乾燥した果物を見つめる。

「……ええ!」

 リョウは思わず声をあげてしまった。

 なぜなら、その乾燥した果物がみるみる水気を取り戻し、ふっくらと艶やかな、みずみずしい元の果物の姿に戻ったから。

「ほら、デザートだ」

 そう言うとグウィンがそれを放ってよこす。

「うわっと!」

 慌てて受け止めてから手の中の果物を見つめるリョウに、グウィンが面白そうに言葉を続ける。

「風の竜の持つ力だ。風という概念には時の流れという考えも含まれる。そう考えると納得なんだが、つまり時間を戻したり進めたり出来るって訳だ」

「そうなの? ……凄い……!」

 リョウは手の中の果物とグウィンを見比べてしまう。

「そりゃお互い様だろ。……お前さんだって火の力を持ってる。その力は良くも悪くも働くだろ? まぁ、使い方次第ってことだよな」

 ああそうか。

 リョウは久しぶりに食べる生の果物を早速かじりながら考える。

 火の力。こうやって明かりにしたり、温かい食事をしたり出来るだけじゃない。命を奪うことも、人を苦しめることも、恐れさせることも出来る。そしてその恐れを利用すれば人間を支配することも出来るのだ。

 風の力も同じ。そうやって個人的に楽しむことも出来るだろうが、命あるものに対して使えばやはり火と同じ、恐ろしい力となるわけだ。

「まぁ、この力のお陰で気に入ったやつらと別れずに済んでいるがな」

 ぼそり、とグウィンが呟く。

 ……え?

「……ええええ!」

 リョウ、その言葉の意味を少し遅れて理解して、座ったまま後ずさる。

「じゃ……じゃあ……あのニゲルとかレジーナって……」

「ま、そういうことだ」

 にやぁ……っとグウィンが笑う。

 ……あのニゲルとレジーナは……つまりグウィンとは「長い」付き合いだということなのだろう。普通の動物の寿命を遥かに越えて。

 ……生き物にそんな力を使って大丈夫なの、かな?

 リョウが表情を凍りつかせながらそんなことを考える。

「人間にこの力を使う気はないが、動物に使った感じだと、まぁ、今んとこ問題はなさそうだぞ? 多少……その……初めの頃とは姿が変わってきたようだが」

「それって……つまり、実験したってこと? あの子達を使って……?」

 リョウが恐る恐る尋ねる。

「まぁ、思い付いたのが子供の頃だったからな。あの頃はどっちもどこにでもいる馬と鷹だったんだ。……ニゲルはなんだか規格外のサイズになったな。レジーナなんて大きくなるだけじゃなくあんなに真っ白になるなんて思わなかったんだが……。あとは年の功ってやつなのか、どっちも俗にいう聖獣並みに賢く強くなったな」

ちなみに、鷹と鷲の生物学的な違いはサイズだ。レジーナのサイズだと鷲だが……元々はもっと小さな、鷹だったということなのだろう。

「子供の頃って……あの子達、何年生きてるの?」

 確かに普通の馬や鷲にない魅力があることはリョウも認めている。が、グウィンの言った「子供の頃」という言葉の方がリョウには引っ掛かった。竜族の寿命のことを考えると、子供の頃って……。

「……んー、ああ、そうだな三百年以上は確実に生きてるはずだが……あんまり細かく年なんか数えんからな……」

 うわぁ! やっぱり……!

 三百年以上生きてなお美しいニゲルとレジーナ。

 それが竜族の子供の実験の結果か……。

「うわぁ……でも、まぁ、こういう顕著な力を持つのは竜族の中でも頭となる者だけなわけだから……そうそう自然界が乱されるとかいうことは……無いのよね……もしかして古代から聖獣と呼ばれてきた動物たちって……風の竜の仕業だったりとか?」

 リョウが頭を抱えながらそんなことを呟く。

 それを見ていたグウィンは「そう言われればそれも一理あるかもな」なんて笑い出す。


「自然界が乱される……といえば」

 ひとしきり笑ったあとに、グウィンがふと真面目な顔になって話を切り出す。

「リョウ、お前さん……子供の頃に別の世界に飛ばされた記憶、無いか?」

「……へ?」

 突然の問いにリョウの目が点になる。

「子供の頃じゃあ……記憶に無いか? 時守(ときもり)のカロって、覚えてないか?」


「……え?ええええ?……なんで知ってるの?」


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