旅路 (始)
「俺のニゲルもあんたのハナも、本来の力を出せば北の山地まで数日で駆けるとは思うが……今のところは特別なことはするな。やつらに見つかったら厄介だ。せいぜいレンジャーかなんかのふりをして北上するぞ。川沿いに行けば多少の村や町はある。俺の知り合いがいるところに立ち寄りながら夜はそこを出て人目につかないところで野宿になるが大丈夫か?」
出発して早々に、グウィンが今後の予定を切り出した。
リョウはそれに異存はない。
食べ物の調達さえできれば旅はできるし、休む場所の確保なんてそう神経を使わなくても大丈夫。そんなに上品な育ちではないし。それに……確かに目立つ行動は危険だ。
知り合いがいるからと村や町で夜を過ごしたりしたら、まかり間違ってそれに勘づかれて無関係な人たちごと攻撃を受けるということだってあり得る。そんなことは何がなんでも避けなければならない。
そこにいると思われただけで町が一つ滅んだことを考えると慎重にならざるを得ない。
「北まではどのくらいかかりそう?」
リョウは何となく聞いてしまう。
「そうだな……ニゲルとハナなら一週間あれば着くだろう。グリフィスには連合軍をさっさと組織しろと言っておいたが……人間のやることだ、そうすぐに組織が出来上がるとは思えん。早くて数ヵ月……まぁ、本来なら何年もかけて出来上がるようなもんを一から作っているんだ、こっちが北と東に行って話をまとめるのとどっちが早く形に出来るかってとこだろうな……」
「そう、か。……軍事協定って簡単じゃないのね」
リョウが話を聞きながら眉間にシワを寄せる。
考えてみれば、長く続くこの時代の前には互いが敵対しあっていたような人間社会だ。それぞれに主張があり、利害を一致させるには相当の時間を要するのだろう。……例えこんな事態にあっても。
「それまでにヴァニタスの方が押さえきれないくらいに勢力を強めてしまわなければいいんだけど」
願い、にも似た相づちをうってしまう。
グウィンは、何も答えなかった。
そうはいっても、その目には強い意志が表れており、決して諦めてはいないことがうかがえる。
二人は朝になる頃、小さな村にたどり着いた。
グウィンは、二人連れだと目立つから、と、リョウを川沿いの人目につかなさそうな所に残して一人で村に入っていった。食料の調達をしてくるらしい。
「ニゲルに乗ったグウィンの方が目立つと思うんだけどな……」
彼を見送ってからポツリとリョウが呟く。
それでも、ようやくハナから降りて一休みできるのは嬉しい。ハナも休ませてあげられるし。
川は結構大きく向こう岸は遠くに見える程度で、河原に下りて水に触れると気持ちがスッキリしてくる。
北に向かうにつれ気候は寒くなるはず。
竜族は大抵の気候に耐えるがそれでも寒さは少々きついと予想される。そもそも人間なら近づけないような極寒の地だ。そうなれば、今のところは豊かな水のお陰で潤っている土地を通過中でハナやニゲルのための草はいくらでもあるが……こういうものがなくなって、雪と氷に閉ざされているといわれる北の地に踏み込んだらどうなるのだろう。
そんなことを考えながらリョウは少し離れたところで草を食んでいるハナを眺める。
北の地に踏み込んだら長居はできないということかもしれない。
上空を見上げると、レジーナが優雅に飛んでいたりする。
昼間は大抵好き勝手飛び回っていて、グウィンが呼ばなければ降りてこないらしい。姿が見えなくなっても気づけばちゃんと戻ってくるのだとか。
「少し、休めたか?」
河原から上がって草の上に腰を下ろしていたリョウに、不意に背後から声がかけられる。
驚いてリョウが振り向くと、グウィンが立っていた。
「……え? ニゲルは?」
馬の足音がしなかったせいかリョウはグウィンが近づいてくることに全く気づいていなかった。
「ああ、その辺にいるだろ?……さすがに村にあれをつれていったら目立つからおいていったんだが。ニゲルもレジーナも俺がいなければ適当にやっていけるからな。必要なときに呼ぶだけのことだ」
そう言うとグウィンはリョウの隣に腰を下ろし、肩にかけていた荷物の中から包みを取り出す。
「今のうちに食べておこう。昼の間になるべく距離を稼いでおきたいからな。次に寄れそうな町がこの先にあるが着くのは早くても明日の夕方だろう」
渡された包みを開けると、かなりボリュームのあるサンドイッチが出てきた。野菜や肉やチーズがこれでもかというくらい挟まれている。
「うわ。美味しそう……!」
つい目を輝かせてしまうリョウを見るグウィンの目は優しい。
「悪いが、都市で生活していたもんの口に合いそうな食事はそう食べられんぞ。このあとは携帯用の保存食を食べることになるだろうからな」
グウィンはそう言うと、今地面に下ろした袋の方に目をやる。
仕入れてきたのは今後数日分の保存食といったところか。
「あら。大丈夫よ。粗食には慣れているから。昔レンジャーと生活していたし」
早速、美味しそうなサンドイッチを頬張りなからリョウが答える。
粗食も苦にはならないが美味しいものは勿論大好きだ。
「そうなのか?」
自分の包みを開けながらグウィンが目を丸くする。
「うん。……子供の頃、一人でいたら拾ってくれた親切なレンジャーがいてね。あちこち点々としながら生活したわ。……この剣を作ってもらった村とか」
「……お前、もしかして……それでそんなに発育の悪い体してんのか?」
げほっ!
リョウがむせこむ。
なんですって!
「し……失礼ね!」
リョウの反応にグウィンが笑い出し。
「いや、悪い。……しかし……それならちゃんと食べた方がいいな! 俺の分もやろうか?」
「そんなにたくさん食べられるわけないでしょ!」
完全にからかわれていることを自覚したリョウが自分のサンドイッチにかぶりつきながら、グウィンの方も見ずにそう答える。
……まぁ、確かに……ザイラやカレンに比べたら……胸、無いけどね……。