旅立ち
グウィンはグリフィスと強く握手してから肩を抱き合い、別れを惜しんだあと、リョウに先立って司の部屋をあとにした。
予想される戦いの厳しさを言葉にせずともそこにいた三人が知っていた。
リョウはグリフィスに頭を下げてから無言でグウィンを追いかけ、建物を出たところでハナが近くに寄ってくるのを迎える。
「グウィン、そういえばあなたの馬は?」
考えてみたら、リョウはグウィンが馬をつれているのを見ていない。
旅をしているならつれていないと不自然だ。
「ああ、俺のは城壁の外にいる」
グウィンはそう言うと、最も近い南の門に向かって歩き出す。
なのでリョウはハナを引いたまま、そのあとについて追いかける。
「その馬は……どこで見つけた?」
おや。ハナに引っ掛かるなんて、やっぱりグウィンにも分かるのかしら。なんて思いながらリョウが答える。
「調教師のところにたまたまいたんだけど……」
「なるほど。……乗り手として選ばれたということか」
何かを考えるようにしながらグウィンがゆっくり言葉を返す。
そして。
「今度の戦いで、本領以上の力を見せてくれるかもしれないな」
独り言のようにそう呟く。
城壁を出たところでリョウは息を呑んだ。
「……凄い……!」
見張りについている兵士たちも、見張りなんか忘れて見入ってしまっている。
グウィンを待っていたのは、真っ黒な馬だった。
しかも、ハナはもとより一般的な馬より一回り大きい。そして毛並みは艶やかで怖いくらいに美しい。
「ああ。俺の馬でニゲルだ。それと」
ひらりと馬にまたがったグウィンの肩に、バサリと音を立てて大きな鳥がとまる。
「……鷲?」
「こいつはレジーナ。恐らくグリフィスとの連絡役も果たしてくれる」
うわあ……!
リョウは目を見開いた。
見張りの強化のために篝火が多くなっているお陰で、よく見えるのだが、それは本当に美しかった。
ニゲルも黒くて大きくて、気品があり、夜に見ると怖いくらいの美しさだが、レジーナはまた違った美しさ。
一点の混じりっけもない真っ白な鷲で、どこにいたらここまで白い状態を保てるのだろうという艶やかな羽をしている。
鋭い目付きや、力強そうな足の爪に至るまで「完璧」という言葉がぴったりだ。
リョウは少しでも近くで見たいという衝動に駆られて、ハナに乗ってグウィンの乗るニゲルに近づく。
「ああ、こいつは気位が高いから手は出すなよ?」
グウィンがそう言うのでリョウは出しかけた手を引っ込める。
「……そうなのね。失礼致しました。……しばらくご一緒させていただきます。お見知りおきを」
そう言って、ハナの上でレジーナに頭を下げてみて。
それを見たグウィンが面白そうに笑い。
「ほう……こいつが威嚇しないなんて初めてだな……礼儀正しければ良いのか?」
なんて呟く。
旅の仲間が増えるのは楽しい。少しでも気分が和らぐ。
そんなことを思いながらリョウは門の上方にある窓を見上げる。
「……じゃ、行くぞ」
グウィンはそう言うと都市を西から回り込むようにして動き出す。
東の森から流れてきている川に沿って北に向かうのだ。
リョウはそのあとについて行きながら、窓の方に向かって最後の視線を送る。
ずっと一点に向けていた意識の集中を解きながら。
この時点で結界を解けば、どう頑張っても彼が私に追い付くことはない。生きて帰る保証はない。もう二度と顔を合わせることはないかもしれない。
胸の中に沸き上がろうとするいろんな思いに蓋をして、気付かない振りをする。
今は必要ないのだから。
やるべきことがある。
やらなければいけないこと。
……命を、懸けてでも。