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守護者

 リョウは部屋を出てまっすぐ駐屯所の厩舎に向かった。


 こんな時間でも夜の見張りの仕事がある騎士がいるので、馬を連れ出したところで誰からも不審に思われたりはしない。

「ハナ……これからまた少し働いてもらうわよ」

 嬉しそうに寄ってくるハナにリョウが声をかける。


 まだ日が落ちてそう経ってはいない。

 司殿は最近は大抵、夜遅くまで仕事をしていると聞くし、グウィンが司殿の所に行ったとなれば、まだその辺にいるかもしれない。

 そう考えながらリョウは都市の司がいる建物に向かう。

 都市の司にグウィンがどこに行ったかを聞いて追いかければ今夜中に見つけられると思ったのだ。


「さて、と……」

 建物の入り口に着いてみて、リョウがはたと我に返る。

 そういえば、どうやって司殿に面会したらいいんだろう。

 隊長クラスの人間ならまだしも一介の騎士が個人的に司に会うとなると、兵士を通さなければならないだろう。

 兵士を通すとして、面会の理由、しかもこんな時間に急を要する理由をどう説明したものか。

 そう思いながらも、門番をしている兵士の前まで来てしまった以上、何か言わなければとハナから降りて歩み寄ろうとした矢先。


「あれ? リョウ……」

 意外な声がかけられた。

「……クリス?……とラウ?」

 ええ? と目を丸くするリョウに、クリストフが駆け寄る。その後ろから神妙な面持ちのラウが付いてくる。

「……もしかして、グウィンを探しに来た?」

 リョウの出で立ちをしげしげと見ていたクリストフから意外な言葉が出た。

 どうしてクリスがグウィンの名前を知っているんだろう。確か彼が名乗る前にザイラを連れて帰ったはずだったのに。

 そんな疑問がリョウの中にわく。

「……あ、うん、そうなんだけど……」

 首をかしげながらも、肯定の返事をすると。

「彼なら司殿のところにいるよ。リョウを待ってるはずだから……行っといで」

 そう言うクリストフの表情はなんとも複雑だった。

 まるで何のためにリョウがここに来たのかを察しているかのようで、リョウはちょっと眉を寄せる。

「え……ああ、そう、なの? ありがとう」

 何にしても隊長であるクリストフがリョウを中に入れるように門番に指示したも同然だ。

 面倒な説明をしなくて済んだのでリョウにとってはありがたい。

 ハナはその辺で待っているように命令すると、おとなしく門番の邪魔にならないようにすっと脇に退く。

 ラウは終始無言である。

 ……一体中で何をしてきたんだろう。

 リョウの頭には色々な疑問がわくのだが、何はともあれ、今は余計なことを考えている場合ではない。

 二人に軽く頭を下げて、建物の中に入り、司の部屋に向かって歩を早める。



 他よりほんの少し装飾の多いドア。

 古代の城の形をそのままに改装を重ねられた建物は、事務的な仕事を行いやすいように凝った装飾はほとんど取り外されている。これもこの都市の合理的なやり方のひとつのようだ。

 シャンデリアや装飾品は手入れに手間が掛かるのでほとんどが取り除かれている。廊下を挟んで並んでいるドアもいたってシンプルなのだが、さすがに都市の司である人が働く部屋は他と違ってささやかながらも装飾が施されている。

 よそから訪ねてくる人もいるわけだから、むしろそのくらいしておかないと不便なのかもしれない。全てが同じドアではなかったお陰でリョウも迷うことなくそこにたどり着き、一度息を整えてから、ドアをノックした。


「どうぞ」

 穏やかな声がして、リョウはためらうことなくドアを開ける。

 中に入ると、司が大きめの執務机の向こうに座ってこちらを見ており、その向こうには大きく造られた窓の窓枠に寄りかかるようにして昼間に言葉を交わしたグウィンが立っている。

「……その格好、都市を出るつもりで来たのか?」

 真っ先に口を開いたのはグウィンだった。

「ええ。だって私を探しに来たと言ったのはあなたでしょう?」

 リョウの目には覚悟が表れている。

「なら、話は早いな」

「……そうですね」

 グウィンと司は目を合わせて、そう言うと改めてリョウの方に向き直った。



「お二人は……お知り合いだったんですか?」

 グウィンから、南に向かうに当たって同行して欲しいということ、さらにはその途中で水の竜と土の竜を説得しなければならないと告げられ、二つ返事で承諾したあとで改めてリョウが尋ねる。

「ああ。こいつの若い頃にちょっと世話になったんだ」

 グウィンがにやっと笑ってグリフィスを見やる。


 ああ、こんな風に竜族と人が友情を築くなんて事もあり得るのか、と、リョウは思う。

 二人の間に流れる空気があまりに自然な感じがするので。

 若い頃、ということは互いに違う時間の流れの中で生きていることを実感しているはずだ。それでもそれを悲観しているようには見えない。


「リョウ」

 そんなリョウを見ながらグリフィスが改まった声を出した。

「……はい」

 グリフィスの口調に反射的に姿勢を正して向き直るリョウ。

「あなたは、南に行くということがどういうことか分かっているんですよね」

 念を押すような口調。

 机に両肘を付き、組んだ手で引き結んだ口元を隠すようにしながら自分を見上げる眼差しにリョウは微笑んで見せる。

「勿論です。あれが人の手に負えるものではない事は承知していますし、私が動かなければどうなるかも分かっています」

「……あなたには……ずいぶん重すぎる荷を負わせることになりそうだ」

 グリフィスが重々しくため息をついた。

「あら。……私、一人じゃないですよ?」

 リョウはグウィンの方に視線を送る。

「そういう意味ではありませんよ……この都市に未練が無いわけではないでしょう? ……生きて帰ってこられるかも分からないというのに」

「……」

 グリフィスの真っ直ぐな視線にリョウの微笑がすっと引く。


 この都市に、未練。

 無いとはいえない。

 ザイラにはお別れの挨拶すらしてない。クリスやハヤトの顔も浮かぶ。語り合った仲間たち。そして誰よりも。

 血は繋がっていないはずなのに、ちょっとした仕草や言葉遣いや物腰が、先程からこの司殿とかぶるので思い出さずにはいられない人。


「でも。大切な人たちを失いたくないがために戦う必要があるのなら、それは避けて通ることはできません。……ここは、私にとって今までで一番居心地のいい場所でした。世界を守ろうなんて大それた事は言いません。少なくともこの都市を守りたいんです」


 リョウの目は負けじと真っ直ぐグリフィスの目を見据えていて迷いは一切ないことが見てとれる。


「……最も大きな力を持つ火の竜が、人を愛する性質を持つというのは……この為なんですかね……」

 グリフィスはそう呟くと、一度静かに目を閉じて。

 そして再び目を開け、組んでいた手をゆっくりと机の上に下ろすと。

「では、あなたを騎士の職務から本日、たった今をもって解任します」

「……え?」

 リョウが目を見開く。

 解任……?

「あなたには離隊していただく。……騎士隊に所属している立場では、もう負いきれないほどの責任を負うことになります。今後はこの西の都市の守護者(ガーディアン)として働いてもらいますがよろしいですか?」

 ひゅう、と脇で口笛が鳴る。

守護者(ガーディアン)……」

 リョウが答えるように呟いた。


 古代においてそんな役割を竜族が担ったことがあった。

 とうの昔に廃れた風習だが。

 まだ人と人が争うのが常であった頃、竜族の中には人の争いに荷担する者やそれを止める意図を持つ者が都市の守護者(ガーディアン)という立場をとり、災いを引き受けたりした時代があったのだ。


「ずいぶん古風な役職を持ってきたな」

 口笛の主、グウィンが楽しそうに口を挟む。

「茶化さないでください。……これでも苦肉の策なんですよ。騎士がこの都市を代表して戦うとなるとそれなりの扱いが必要になりますが、そもそも騎士という立場に見合うような仕事ではないんです。守護者(ガーディアン)、くらいの肩書きであればこちらとしても援護のために軍を動かすとか……なにかとやりやすいはずなんです」

 なるほど。

 確かにその方が身軽に動けて都合がいいのかもしれない。

 組織に属していることで縛られることが多いのが騎士、ともいえる。

 そんな風に思いながらもリョウは胸の奥でほんの少し小さな痛みを感じていた。

 解任。離隊。

 それは隊長である人との繋がりがなくなることを意味するので。

 胸の痛みの原因に思い当たり、リョウは軽く頭を振る。

 いつまでも未練がましい……! 自分から出てきたくせに!


「……それとも、騎士隊に未練がありますか?」

 グリフィスが静かな声で問う。

 それはまるでリョウの心を見透かしたような一言だった。

「あ! いえ! 未練なんて……っ!」

 そう言いかけてリョウは言葉に詰まる自分に驚く。「未練なんてありません」と口に出して言ってしまったら、その瞬間に大切にしていた気持ちまで全て打ち消してしまいそうで言葉にできなかった。

 そして、打ち消してしまいたくない、と思うほどにその気持ちが自分の中で大きくなっていることに今初めて気が付いたのだ。

「……大丈夫か?」

 グウィンが声をかけてくる。

 なのでリョウはぐいと顔を上げて笑って見せる。

 気付いたところで今さらどうにもならない、ということだって分かっている。

 今、すべき事に集中しなければ。

「……ええ、もちろん。そうと決まれば早く行きましょう。……ていうか、まずはどこを目指すの?」

 何も知らないグウィンは特に何かに気づく様子もなく「そうだな」と顎に手をやる。

「まずは北が近いな。あの山岳地帯の山麓に水の竜が住む場所がある。そのあと東の高山に行って土の竜を説得しよう」


 北の山岳地帯。

 それは東の森を流れる川を辿って行くような場所に位置する土地で、いくつもの山が連なる北の果て。北へ行くほど寒さは厳しくなるので人間が住むような場所ではない。

 そこは人間はほとんど寄り付かないような場所。

 ほとんど人が踏み込まないような地なので様々な憶測に基づいた伝説や言い伝えが物語として語られるような場所。


 東の高山というのも似たような場所だ。

 北の山地と違って、東は山が連なるようなことはなく孤立した山がそびえ立つ土地。最も高い山が「東の高山」と呼ばれており、その近くにはそれに比べれば比較的小さな山がいくつかあり、その中にはリョウが生まれ育ち今では滅びてしまった村があった山もある。

 世界を流れる川の源流は、その北の山麓と東の高山にあるともいわれている。

 この最も大きな二つの川の流れは、二つの竜族の土地に端を発することで世界を潤し命と実りを与えているという伝説もあるのだ。


「人里離れた山ばかりだな……」

 グリフィスが呟く。

「そりゃ、ここ数百年竜族は人を避けるようになってるからな」

 グウィンはそう言ってほんの少し悲しそうに笑った。




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