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来訪

「よう、グリフィス」

 旧知の仲というのはこういうものなのだろう。

 部屋に入ってくるなりそんな挨拶をするグウィンをグリフィスは懐かしそうに眺める。

「久しぶりですね。グウィン」

 昔と全く変わらない友を迎えるグリフィスに、グウィンが遠慮なく近づく。

「おう……すっかり変わったな。あの頃は騎士隊を率いた若造だったが……本当に司に納まったか」

「ええ……見ての通りですよ。……そしてあなたは全く変わらない。……いつの間にか私の方が年上に見えるようになってしまいましたね」

 グリフィスがゆったり微笑む。

「ああ、竜族ってのはそういうもんだ。……人の一生は……まぁ、あれだ……」

「儚いもんですよ」

 昔、自分より年上に見えていたグウィンがよく口にしていた言葉。

 この度、もう決して若者とは呼べなくなった友の前で同じ言葉を口にするのをためらったのか、語尾を濁したグウィンに代わってグリフィスがそれを口にする。


「あのチビはどうした?お前が拾ったちっこいの。このくらいだったか?」

 話題を変えようとグウィンが声の調子ごと変えて、おどけたように尋ねる。このくらい、と、右手の手のひらを下に向けて自分の腰の辺りにかざしながら。

「そんなに小さかったですか?……もう立派な大人ですよ。今は騎士隊の隊長をしていますしね……ああ、そういえば……」

 レンとリョウのこと。

 グウィンに相談しても良いのかもしれない。などとグリフィスは思い当たり、でもそれは安直すぎるか、と言葉を切る。

「そういえば、なんだ?」

 グウィンがグリフィスの言葉尻をとらえる。

「ああ、いえ。……それよりどうしたんですか?わざわざ私に会うためにこの都市に寄ったとも思えませんが」

 ほんの少しの皮肉が込められる。

 それは長い間消息不明でいた友への軽い当て付け。

 そもそも風の竜はいつでも気ままに旅をしている。よほどの理由がなければこんなに軍備がしっかりした都市に入ってくることもないだろう。

「ご挨拶だな……。お前さんに会いたいとは思っていたさ。昔の友を訪ねてどこが悪い」

 グウィンが少しむくれて見せる。

「はいはい……で?」

 そんなやり取りを楽しみながら、先に用件を言え、とグリフィスが目で訴える。


「相変わらず人間はせっかちだな。……ここに『火の竜』がいるだろ?」

 グリフィスの顔が一瞬曇る。

 知っていたのか、という思いともうひとつ。そう尋ねてきたグウィンの表情からあまり楽しい話ではなさそうなことが分かってしまったので。

「悪いな。彼女をもらい受けたくてここに寄ったんだ」

「……会ったんですか?」

 グウィンは「彼女」と言った。

 それは「火の竜」の名の継承者が女であることを知っているからであり、そうなると……彼女がそういう者であることはこの都市において公になっているわけではないし直接会って本人に確認した、ということになる。

 これは……レンにどう説明したら良いだろう……なんて思いがまず頭に浮かぶ。

「ああ。なんだかやけにガードの固いやつらが一緒でな。彼女、ここで騎士なんかしてるのか? 『うちの隊員ですから』なんて殺気むき出しの若いのもくっついていたぞ」

 ……レンか……!

 グリフィスは瞬時に光景が目に浮かび、ちょっと遠い目をする。

「で、まあ、彼女がそういう立場にいるなら上に話を通すのが筋ってもんだろうから、お前さんを名指しで寄らせてもらったわけだ」

「彼女をどうする気ですか?」

 腕を組みながらグリフィスが尋ねる。

「南方で何が起きているか知っているだろ?」

 聞くまでもないはずだ、と言いたげなグウィンの答え。

「戦う気、ですか?」

「あれは人の手に負える相手じゃねぇ。俺たち竜族がどうにかしないと世界が滅びる……そうなると彼女の力は最低限必要だ」

 グウィンがグリフィスから目をそらし、窓の外のうっすらと残る夕焼けの方に目をやりながらそう答える。

「最低限……?」

 グリフィスはグウィンの言葉に、少し引っ掛かるものを感じて聞き返す。


 戦いに行くのに「最低限」とはどういう意味だ?

 グリフィスも昔は軍人だった。戦いにどう備えるかなんて言われなくても分かる。しかも相手が強ければ強いほど戦いの備えは万全でなければならない。南方のヴァニタス率いるリガトルの軍を相手にしようというのに「最低限」とは一体どういうことだ?


「相変わらずだな、グリフィス。……実は俺も実際にこの目で見るまではあそこがあんなことになっているとは思わなかったんだ。実際、あのヴァニタスって種族は最初は少数の突然変異みたいなもんかと思っていたんだが、どうやら増殖する術を身に付けていやがる。しかも傭兵を大量生産して完全に帝国を築くつもりだ。俺たち竜族の頭が四人束になってかかってどうにか食い止められるかどうか……ってレベルだ。しかも早く叩き潰さなければあいつらの力が大きくなりすぎてそれすら怪しくなる。……だが」

 グウィンが言いにくそうに言葉を切る。

 そしてグリフィスが続きを聞くために食い入るように見つめているのに気付き、小さく息をついて。

「俺と火の竜は比較的、人間に対して友好的だ。風とか火はそういう傾向が強い。だからあの子も話せば恐らく一緒に来てくれると思う。それにあの子の力は四竜の中でも戦いにかけては一番必要な破壊の力だ。……だが、あとの水の竜と土の竜を頭とする部族は人間に対して友好的な部族ではない。説得しにいくつもりではいるが……力を貸してくれるかどうか……わからんな」


 そういうことか。

 グリフィスは昔、彼自身の口から聞いた言葉を思い出した。


 若者だったグリフィスは、好奇心から、新しい特別な友の話を聞くのが好きであれこれ聞いたものだった。

 その中に、水の竜と土の竜の話があった。水や土というのは人と関わることなく、むしろ人によって土地や水源が汚されることに腹を立て人とは離れて暮らす部族であるという。人を毛嫌いする傾向が強く、いずれ人が滅んで自分達の時代が来ることさえも願っているという部族。

 確かにそれでは、今回の戦いで力を貸してくれるとは思えない。


「まぁ、当たってみるさ。こうなることを予期していなかったわけじゃないんだ……竜のことは竜に任せろ。でもその間にお前さんにもやってもらいたいことがある」

 一気に暗くなってしまったグリフィスを励ますようにグウィンが言葉を続ける。

「やってほしいこと?」

「ああ。連合軍をさっさと組織しろ。俺たちが残りの竜を説得しにいく間に人間なりにベストを尽くせ。ヴァニタスは無理でもリガトルの大群ぐらいなら人間でもどうにかなるはずだ。そのためにはなるべく大きな連合軍を組織する必要がある」

 グウィンの目は真剣そのものだ。

 そして、それを聞くグリフィスの目にも迷いは一切ない。何しろそれは今まさに彼自身がやっている仕事なのだ。

「それは、そのつもりですよ」

 力強くそう答えて、口元には笑みさえ作って見せる。

 そんなグリフィスに、グウィンは安心したように息をつき、そしてにやっと笑った。

 昔、くだらない悪巧みをした悪友同士の間に流れる空気が戻ってきたようだった。


「……ちなみに」

 グリフィスが昔、グウィンに向けていた悪戯っぽい視線を送る。

「?」

 一瞬身構えたグウィンに。

「あなたに思いっきり殺気を浴びせた若者が、あのチビですよ」

「なにぃ?」

 あっけにとられたグウィンが爆笑したのはその少しあとだった。


 そして、グウィンの笑い声が響く中、ノックの音がする。

「……ああ、はい。どうぞ」

 笑いを噛み殺しながらグリフィスが自らドアを開けた。

「おや」

 グリフィスの前にいたのは。

 中から勝手に開いたドアに驚き、さらに開けたのが司本人であることを認識して、さらに部屋の中で昼間見かけたレンジャーが笑い転げている様子を目の当たりにして目が点になっているのは。


「第九部隊隊長殿」

 そう声をかけてグリフィスがドアを大きく開ける。

 そこに立っていたのはクリストフと、あともう一人。

「すみません。……お邪魔だったでしょうか?」

 突然の来客に、笑い声を落として、しかもどうにかその笑いを噛み殺してしまおうとそっぽを向いて息を整えているグウィンの方を見ながらクリストフが恐る恐る尋ねる。

「ああ、いや。大丈夫ですよ。彼は私の古い友人でして」

「そうでしたか……。実はちょっとお話ししたいことがありまして」

 グリフィスが身振りだけでクリストフを部屋の中に招じ入れると、クリストフはそれに応じながら自分の後ろに立っていたもう一人の男についてくるように目で合図する。

 そして話を聞こうとグリフィスが机の向こうの椅子に腰かけると、グウィンは面白そうに入ってきた二人の男を見ながら窓枠に寄りかかる。


「あの……ヴァニタスに関する情報なのですが」

 そう言いながら、クリストフはちらりとグウィンの方を見る。

 部外者に聞かせていいのかを確認しているようだ。

「ああ、構いませんよ。彼のことは気にしないでください。そういう内容ならむしろ一緒に聞いた方が良いくらいです」

 グリフィスがにこやかにそう言うと、クリストフはちょっと目を見開いて。

 それから自分の後ろにいる男に顔を向ける。

「では、彼が持っている情報を本人から聞いてください」

 そう言うと、クリストフは一歩下がる。

 クリストフの代わりにグリフィスの前に進み出たのは、クリストフの義父である、ラウだった。




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