リョウの願い
リョウは暗い部屋で、目が覚めた。
ふと周りを見回すと、自分の部屋だ。
どうしてここにいるんだっけ……。
やけにぼうっとする頭でそんなことを考えながら起き上がり、自分が昼間出掛けたときのままの服装で上着を脱いだだけであることに気付く。
ベッドの上、自分の足の方の端には上着がたたんでおいてあり、ベッドの脇には剣が立て掛けてある。
で、ようやく昼間の出来事を思い出した。
そして自分の醜態を思い出す。
「……しまった……みんなに心配かけちゃったかも……」
みんな……つまり、レンブラントとハヤト、それにグウィンだ。
「はぁ……」
ついたため息は心なしか震えている。
まさか、私のあの行動がそんな大それた結果を引き起こしていたなんて思いもしなかった。
大それた結果。
もう一度それを思いの中で反芻して身震いする。
償っても償いきれない、罪だ。
そして恐らく今となっては、償う相手さえいないだろう。
誰かに、はっきり責め立てられる方がどれだけ気が楽か。
死んで償えと言われる方がどれだけ楽か。
そうしたら、こんな命喜んで差し出せるのに。
竜族の頭は自らの命を絶つことが出来ない。
己の身を傷つけることができたとしても、命を無くすことが出来ないのだ。次の代の頭を継ぐ者が生まれるまでは。それは己の命に刻み込まれた自然界への敬意の名残なのかも知れない。
仮に他者によって命を奪われることがあるとしても、そもそもそんなことをしようと思う者はいないのが常なのだが、それでも仮に誰かに命を奪われる形で頭たる者がいなくなることはごくまれにあり、そんなときにはその後、間もなく部族内に頭を継ぐ者であることを特徴付ける赤ん坊が生まれて次の代の頭を継ぐ。そういうことが長い歴史の中で皆無だったわけではない。それでも部族の特色を司る者が一時的とはいえ人為的にいなくなるということは、自然界のバランスを崩させ、その都度何かしらの災いが生まれたのだ。
それが自然の理のように竜族の歴史の中で続いてきた。自然界の均衡を崩すほどの犠牲を払ってまで竜族の頭に危害を加えようなどと考えることはそもそもが正気の沙汰ではない。実質的にその事にはなんの利得もないのだ。ゆえに。
頭として生まれついた者としては、自らの役割を全うする為だけの生き方が強いられる。役割といっても、石を守るとか部族を治めるとか、リョウにはほとんど興味のない役割だ。しかも、火の竜の住んでいた村は焼き払われ、治めるべき部族なんかとうに失っている。つまりは、リョウにとって、既に自分が存在する意味さえ分からなくなっているのだ。
リョウにとっては、いつ手放しても惜しくなんか無い命。
誰かのために役に立つのなら、無駄に生きているよりはずっといい。
そう思っていた。
なのに、役に立つどころか災いになっている。
自分の存在自体が人の社会における脅威であり、災い。
それなのに、自分でその命に終止符を打つことすらできない。その悔しさ。
だからつい、リョウは自分の命をギリギリのところに追い込むような生き方をしてしまう。
こんな命、誰かに奪い去ってほしいといつもどこかで願っていた。
なのに、ここに来て、生きているのもそう悪くないなんて思うようになってしまったのだ。
あまりにも、人との関わりが楽しくて。優しい人たちに巡りあってしまったがために。
それが間違いだったのかもしれない、とも思う。
そもそも私なんかが生きていくべき場所ではなかったのだ。
こんな事態に物事が発展してしまっているのなら。
ふと、思い付いたようにリョウが薄く笑う。
そうね。
こんな風に事態が発展してしまっているのなら。
命の捨て場所をしっかり見極めなくては。
竜族の、火の部族の頭としての力がどれ程のものか。そんなこと、私はよく知っている。
この力があるのなら、使い道を間違えてはいけない。
そして、私一人が背負うことで全てが丸く収まるとしたら、そんなに幸せなことはない。
そう思うと、ほんの少し、気持ちが軽くなった。