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二人の朝とリョウの決意

 窓の外から差す光でリョウの目が覚める。

 そして、すぐ隣にある温かい体につい微笑みが漏れた。


「目が覚めました?」

「……!」

 思わぬ声をかけられリョウが顔をあげた。


 ……しまった。先に起きていようと思ったのに先を越された……!

 優しい瞳に見つめられながらも軽く罪悪感を感じて起き上がろうと身動きすると。

「あ、リョウ!……こら。まだ寝てなさい」

 レンブラントの腕が優しくリョウの体に絡み付いてきた。

「……え……でも」

 弱々しく抗議の声をあげるリョウの頬にレンブラントのもう片方の手が添えられる。

「でもじゃありません。……体、辛くないですか?……夕べは、その……あまり手加減してあげられなかったから……」

 抱き寄せられている上、頬を固定されて動けない状態でいるリョウの顔にレンブラントの顔が近付き、額と額がくっつく。


 リョウは思わず昨夜のことを思い出して、体が熱くなるのを感じて。

「……あの……平気よ。だってほら……私、竜族だから……」


 何をされたとしても一晩も寝れば回復してしまう。


 そんな反応にレンブラントはどこか安心したように息をつき、それから。

「あ、そうか……ということは……」

 リョウから少し身を離してその体を眺める。


「え……何?」

 リョウが不安げな声をあげると。

「いえ……全部、消えちゃってるんですね……」


 くすりと笑みを漏らしたレンブラントは名残惜しそうにリョウの頬に当てていた手を少しずつずらして首筋や鎖骨の辺りを撫ではじめた。

「……んっ……あ、やだっ……!」

 その手がさらに下へ進んでいくのを感じてリョウが身をよじる。


 その指先がたどっているのは昨夜レンブラントがつけた印の位置であることに気付いて羞恥心がさらに煽られ。


「残念……。あれだけ強くつけておけば朝までくらいなら残っていると思ったんですが……」

 レンブラントはそう言うとリョウの首筋に顔を埋めてきた。


「……んんっ!」

 リョウの声が漏れて、朝日の光を浴びた首筋に赤い印がひとつ浮かんだ。

 でもそれは、レンブラントが眺めている間にゆっくりと薄れ始め。


「レン……もっと強くしていいよ?」

 リョウがレンブラントの頭を包み込むように両手を添える。

「消えないように、うんと強くしていいから」

 そう言うとその頭を胸元に引き寄せてみる。

「リョウ……」

 レンブラントは促されるまま滑らかな肌に唇を這わせて鎖骨の下辺りで一度留める。

「ん……ふっ……!」

 リョウの体がびくっと震え、レンブラントの頭を抱え込む腕に思わず一瞬、力が入った。

 その反応にレンブラントは思わず笑みを漏らすと、付いたばかりの印の上に今度は優しくキスを落とし、さらに唇の位置を下にずらしていく。


「ん……あっ……やぁ……っ!」

 リョウがたまらず声をあげてのけ反ると。

「相変わらずいい声ですね。……もっと聞きたいな……」

 レンブラントが人の悪そうな顔を上げ、リョウの瞳を覗き込んできた。


 なので。

「もう……! 知らない! レンの意地悪!」

 リョウは真っ赤になって起き上がる。

 と。


「……ふーん……?」

 レンブラントの視線は起き上がったお陰で余すところなく丸見えのリョウの体の上をゆっくりと移動しており。

「え! ……わぁ! やだ、もう!」

「うわ!」

 リョウはとっさに枕をレンブラントの顔に押し付けていた。


「なんですか今さら……」

 レンブラントがくすくす笑いながらその枕をどけようとするのでリョウが慌ててそれを押さえる。

「だっ、だめだめ!……こんな明るいところで見ないで!」

「……こら! 窒息させる気ですか!」

 レンブラントが力ずくで枕をどける。


「……え! 私、そんなに強くした?」

 リョウは「窒息」という言葉に思わず手を引っ込めた。

 すかさずレンブラントはその手を掴み自分の方に引き寄せたので、リョウの体はすっぽりと腕の中に収まってしまう。

「……冗談です。……僕はそんなに弱くないですよ?」

 レンブラントがリョウの顔を覗き込む。

「……あ、うん。そうよね……」

 リョウは無理やり微笑んでみた。


 あまりにもいろんな人が、あっけなく死ぬところをたくさん見すぎたせいか、こういう言葉に過敏になっているのかもしれない。


 今まで何度となく見た、たくさんの屍が転がる情景がリョウの脳裏を一瞬よぎり、さらにはなす術もなく見守らざるを得なかったクロードの最期や、東の高山で命尽きる直前だった無惨な姿のレンブラントの姿が思い出されて、無理やり微笑んだ表情は心なしか青ざめていた。


「……レン……どこにも行かないでね。……私を置いていかないで……私、何でもするから……」


 人間の観点で考えたら、そりゃ「そんなに弱くない」レンブラントだって、竜族の観点で見たら儚い命であるのが現実だ。そんなこと、改めて口にしなくても分かっている。


 その命を守るためなら何だってする。


 それでも。

 その命を繋ぎ止めること自体は私の力の及ばないことだったりもするのだ。


 そう思うと、リョウの胸の奥はズキリと痛み、その痛みをごまかすようにレンブラントの胸に顔を埋め、両腕をその背中に回してしがみつく。

 そんなリョウを眺めながらレンブラントが、ふ、と息をついた。


「大丈夫。これからゆっくり時間をかけていきましょう。焦ることはない。……僕たちはあまりにも過激な時代を生きてきたんです。命は本来、そこまで儚くもないですよ。意外としぶといものです」


 言い聞かせるような口調でレンブラントはそうささやくと、その腕はリョウの微かに震えている肩を優しく包み込むように抱きしめる。


 それから。

 「……リョウ、こっち向いて」

 そう言うとレンブラントは片方の腕をリョウの肩に回したままもう片方の手をその顎にかけて上を向かせる。


 レンブラントが予想した通り、上を向かせたリョウの瞳は潤んでおり、心の中にある払拭しきれない不安を映し出していた。

「僕があなたを置いてどこかに行ってしまうわけがないでしょう。ちゃんとそばにいますよ。むしろあなたがどこかに行ってしまうんじゃないかと心配しているくらいです。あなたはもう、僕の妻なんだからちゃんと僕の腕の中に居てくださいね。リョウが不安に思うときがあったらいつでも僕に言いなさい。不安がなくなるまでいつまでだってこうして抱いててあげますから」


 レンブラントはそう言って微笑む。


 その微笑みは優しく、柔らかく、そして、揺るぎない。

 リョウは、レンブラントの動じることのないその強い瞳に吸い込まれるような感覚に陥る。


「リョウ……あなたには愛されることがどんなに人を強くするかを、これからもっと教えてあげます。……僕があなたを愛してあげますからね。それに、僕自身の強さも分けてあげますよ。怖がらなくていい、人間は儚いなんて考えなくていいようにちゃんと教えてあげますからね」


 その言葉は力強くリョウの心に響く。


「……うん」

 リョウは思わず頷いていた。


 たぶん、大丈夫、なのかもしれない。


 ううん、きっと大丈夫。この人となら安心して、恐れずに生きていけそうな気がする。

 私なんかよりずっと強くて、ずっと安定していて、いつでも私の一歩先を行ってくれる。

 心配しなくていいように見守って、手をさしのべて、支えてくれる。


 そんな揺るぎない確信を与えてくれる人。


 微笑むリョウの頬を涙が一筋流れる。

 そんなリョウの頬に温かい手が添えられ、目尻にそっとレンブラントの唇が触れた。


「レン……愛してる。……大好きよ」

 リョウの言葉にレンブラントが微笑む。

「僕もですよ」


 そして。


「……さて。新婚の夫婦としてはこのまま一日、ベッドで過ごすということも許されると思うんですが……覚悟は出来てますか?」


 ……え!


 リョウが一瞬固まる。

 思わず目を上げると、レンブラントの目は意外に本気そうだったりするので。


「え……わ!……ちょっと待って!」

 リョウが身を離そうとするとレンブラントの腕にさらに力が加えられ動きを封じられる。

「もう二度と離さないって言いましたよね?」

 くすくすと、意地悪そうな声で耳元に囁かれる。

「……! そういう意味じゃないでしょう!」

 リョウのささやかな抗議の声はどうにも受け入れてもらえそうにない。



 窓の外は穏やかに晴れ渡り、小鳥がさえずっていたりする。

 おそらくこの後もずっと、穏やかで、優しい日々が続くのだろう。


 穏やかでありながら、刺激的で……新しいことの発見が続く毎日。なんせ人間と竜族だ。びっくりするようなことが立て続けに起こっても不思議じゃない。


 問題にぶつかることもあるだろう。

 いまだかつて人間は経験したことがないような問題かもしれない。自分たちで解決しなきゃいけないような問題かもしれない。

 でも、きっとそんなときもお互いに手を離さなければきっと一緒に解決して行ける。

 そうやって絆を深めていける。


 人間の時間は竜族よりは短い。

 でも、だからといって刹那的ではない。


 きっと彼はそういう充実した生き方を教えてくれる。そして、リョウは彼となら一緒にそれを学んでいけるような気がした。


 彼の手なら絶対に離さないと確信できた。


 だから。


 この人と一緒に生きていこう。

 この人に自分の心を捧げよう。

 そう、思った。

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