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式のあと

「ホントにみんな、夜中までお祭り騒ぎするのね……」

 リョウが新居の二階で窓から外を眺めながらそう呟く。


 大きく作られた窓には外に出られるように張り出した部分があり、そこから下には城の敷地内に広がる草むらが見え、その先には木々が繁る。

 その木々の向こうに城の門があって、その外の都市の賑わいが窓を開けているとここまで聞こえてくる。

 この度の式は都市をあげての祝い事でもあり、式に出席するわけではない住民たちも都市の中ではお祭り騒ぎなのだ。


「疲れませんでしたか?」

 レンブラントがリョウの後ろに歩みよりそっと尋ねる。

「大丈夫よ。前半はもう何がなんだかわからなかったけど、終わっちゃったら後はどうってことなかったわ」

 リョウがくすっ、と笑って答えた。


 少し気の抜けた柔らかい雰囲気は……もしかしたら一日の疲れが残っているからかもしれない。回復力が人のそれとは異なるとはいえ精神的な疲労は度を越すとあとまで残るのが彼女の体質かもしれないのだ。

 なんて思えてレンブラントは目を細める。

「でもさっき……結界、張ってませんでしたか?」

 レンブラントがリョウを後ろから抱きすくめながらさらに尋ねると

 その言葉にリョウが驚いたように目を丸くした。

「分かった、の?」

「何度か経験したせいですかね……セイリュウの力を受ければ体力も回復したのに」


 そう。

 セイリュウとスイレンがそれぞれの力を大地と人々に流し込んだあのとき、リョウはこっそり自分に結界を張りその影響を受けないようにしたのだ。

 それはセイリュウが言っていた「ダイレクトに力を注ぎ込む」行為ではなかったから受ければその恩恵を得られた筈だが。


「だって……レンが受ける分にはもしかしたらそれで長生きできるかもしれないけど、私がそうなったら困るじゃない」


 たかが一度や二度、土の竜から生命力を受けたからといって、どこまでレンブラントの命が長くなるかなんて分からないしそんなことはないかもしれない。でも、もしかしたら。と、リョウは思ったのだ。

 そのお陰で一緒に過ごせる時間が少しでも増えるのなら。

 自分がその分命を削っても良いくらいなのだ。

 リョウは自分の胸の辺りで組まれた愛する人の両腕にそっと自分の手を添える。


「あなたって人は……」

 リョウの言葉を聞いて初めて、先程の結界の意味が分かったレンブラントはその発想に驚き、抱き締める腕にさらに力をこめた。


 そして。

 リョウの髪にそっと口づけをしてからその腕を緩める。

「……窓、閉めますよ?」

 そう言って一旦リョウから離れて開け放っていた窓を閉め、ついでにカーテンを引く。

 開いていたところで外には人がいるわけでもなく誰からも見えないのだが。


 レンブラントのそんな行動を見ていたリョウはなんとなく緊張して、体がこわばる。


 ……あれ。どうしよう。このあとする事っていったら……。

 リョウの視線が泳ぎ始めた。

 レンブラントはそんなリョウの様子を楽しむようにゆっくりリョウに歩み寄る。

 なのでリョウは思わず。


「……なんで逃げるんですか?」

 レンブラントが訝しげな顔をした。

「え……だって……」

 後退り、してしまったのだ。


 レンブラントがぷっと吹き出した。

 そして、そのまま大股でリョウの目の前まで近付くと右手を伸ばしてリョウの腕を掴み、引き寄せ、正面から抱き締める。

「……怖い、ですか?」

 耳元で囁かれてリョウの体がびくりと震えた。その声は今までになく艶っぽかったので。

 そして思わずその胸にしがみついてしまう。

「……リョウ、この花嫁衣装……ローブの下って飾り紐だけで着付けられてるんですよね?」

 そんなことをレンブラントが耳元で囁く。

「え……あ、うん」


 そうなのだ。

 ザイラが着付けを手伝ってくれたのだが、幾重にも重ねられた薄織物や、刺繍の施された生地で出来たこの衣装は着方も手が込んでいて、途中で仮止めに使う紐は最終的には全部はずされ、着付け終わると腰の辺りの一本の飾り紐でとても上手に止められている状態になるのだ。


「これ、新郎が脱がせやすいように、そうなってるらしいですよ」

「……!」

 リョウの顔が一気に真っ赤になった。


 なななな何てことを耳元で囁くんだっ!


 そんなリョウの反応を楽しむようにレンブラントは抱き締めていた腕を離し、衣装の豪華さを演出していたローブの襟元に手をかける。

 リョウは抵抗するわけにもいかず視線だけ反らして固まった。

 されるがまま、ローブは肩から落ちその後腕から滑り落ちて床に落ちる。


 すでに部屋の明かりは落とされていてほのかに明るい程度になっていた。

 それでも面と向かって脱がされるのは……どうにも恥ずかしい。

 そんなリョウを見てレンブラントが。

「リョウ、後ろを向いてください。その方が良いでしょう?」

 と提案してくれる。

 なので、ここは素直に言うことを聞いてくるりと背を向ける。

「いい子ですね」

 レンブラントは小さく笑みをこぼしながらそう言うとリョウの背中に自分の体をぴったりとくっつけて腹の前辺りに回した両手を組んだ。

 すぐに腰の飾り紐に手をかける訳ではなさそうなのでリョウは少し安心してその組まれた手に自分の手を添える。

 背中に伝わる体温がリョウを安心させた。

 そして、レンブラントはリョウの右の首筋辺りに顔を埋めてそこにそっと口づける。


「愛してる、リョウ」


 甘い囁き。

 リョウはその声で体の力が抜けそうになる。


 そんな反応を楽しむようにレンブラントはもう一度首筋にキスをしてリョウの体が小さく震えるのを腕で確認してから腰の紐を一気にほどいた。


「……あ……」

 リョウがわずかに声を漏らす。


 それでも構わずに服が引っ張られ、リョウの肩がするりと露出する。

 反射的にリョウは滑り落ちる服を両手で押さえた。


 ……なんでこんなに簡単に落ちちゃうのよ!

 なんて思いながら。


 その手の上にレンブラントの手が重なりむき出しになった右の肩に口づけされる。


「……!」

 しまった!

 ここに来て、リョウははっとして身をよじった。


 背中の傷のこと、レンに話してない!


「あ……あの、レン!」

 弱々しいが抗議の声。

「……どうしました?」

 レンブラントが顔をあげる。

「ごめんなさい! 私、レンに言ってない事があったの!」


 リョウは必死だ。

 向きを変えてレンブラントの顔を見ようとするがそれはレンブラントの腕が許さない。レンブラントはリョウを逃がすまいとしっかり抱き締めてくる。


「なんですか、今さら」

 レンブラントはリョウが恥ずかしさのあまり言い訳でも始めたのか、という程度の受け取りようで慌てるリョウをさらに押さえ込むようにむき出しになった肩に再び唇を寄せる。

「んっ……!」

 肩に直接触れる唇にリョウは思わず声を漏らしてしまい。

「違うのっ! ……あのっ……私背中にひどい傷があって……!」

 思わぬ言葉にレンブラントの動きが止まる。

 そして。


「傷……ですか?」

「そう、なの。……だから、その。……ごめんなさい」

 リョウははだけた服の前を寄せ合わせながら謝る。

「……なんで謝るんですか?」

 レンブラントが不思議そうに尋ねてくるので。

「え……なんでって……だってお嫁さんにするなら綺麗な体の人の方がいいでしょ? ……私のは、その……醜いから……」

 もう、涙声である。


 別に騙すつもりはなかったけど。

 この傷痕はどんなに時を重ねても小さくなることも目立たなくなることもなく周りの皮膚をひきつらせていて、自分で鏡を見てもぎょっとするような傷跡なのだ。

 そう思うと本当に涙が出そうだった。


「……リョウ」


 優しい、声がした。


「大丈夫ですよ……見せてください」

 そう言うと同時に、服の前を押さえていたリョウの手にレンブラントの手が添えられ、押さえている服を離すよう促される。


 するりと。

 かろうじて肩のすぐ下で止まっていた服が曲げた肘まで落ちる。


 レンブラントは右腕でリョウを抱え込んだまま、左手でリョウの背中に落ちる長い髪をそっとまとめて左の肩から前に落とす。


「ああ……この傷ですか……」

 レンブラントがため息をつく。


 ……もうだめだ。

 きっとあまりの醜さに気持ち悪がられてる……!

 そう思うとリョウは涙が出た。そして。


「ごめんなさい……」

 つい謝る。


「なんであなたが謝るんですか?」

 レンブラントはリョウの右の肩辺りから左の脇腹辺りまで繋がっている傷痕をしげしげと眺めてから再び唇をその体に寄せた。

 今度はあえて、その傷の上に唇を這わせる。

「……! ひぁ……っ!」

 リョウが思わず声をあげる。

「大丈夫。あなたは綺麗ですよ。傷があるからってあなたが謝ることはないでしょう? こんなにされて……よく頑張りましたね……痛かったでしょう?」

 そう言いながらレンブラントはさらにその傷痕にキスをする。

「あのっ……でもっ!」

 リョウは食い下がる。

「まったく。……なんですか? まだ何かあるんですか?」

 レンブラントの声に。

「……気持ち悪く……ない、の?」

 リョウの抵抗の言葉は今にも消え入りそうである。

「気持ち悪かったらこんなことしますか?」

 そう言ってレンブラントはその傷痕に今度は舌を這わせる。

「……え、あ……んっ! ……やっ……!」

 リョウは思わず身をよじる。そんなリョウを見て、レンブラントは今度は強引にくるりと向きを変えさせた。

 正面から向き合うように。

「大丈夫。あなたに醜いところなんかありませんよ。僕が保証します」

 そう言ってレンブラントはリョウの体を眺める。

「……あ……!」

 しまった。服が完全に落ちないようにと気を付けていたけど胸が完全に露出していた……!

 リョウは慌てて両手で胸を押さえる。

「……こら、リョウ。この期に及んで往生際が悪いですよ?」

 レンブラントが意地悪そうにそう言うとリョウの手に自分の手をかける。

「離さないとちゃんと見えないでしょう?」

「う……」

 リョウがついに観念して、されるがままに手を下ろすと、今度こそ申し訳程度に肘で引っ掛かっていた服がすとんと完全に落ちた。

「……良くできました」

 レンブラントはそう言って微笑むとリョウの胸にゆっくりと何度もキスをする。

「……ん……っ!」

 リョウの声が漏れる。


 そして、何度目かのリョウの声が漏れたあと。

 レンブラントは、今度はリョウのその唇を自分の唇でふさぐ。


 深く、熱いキス。

 それはお互いの息が上がるまで続き。

 唇と舌が解放されると同時に、膝の力が完全に抜けて、自力では立っていられなくなったリョウがレンブラントにしがみつく。


 そんなリョウをレンブラントは抱き抱えて、すぐ後ろのベッドへ運んだ。

「……レン……」

 不安げに名前を呼ぶリョウに、レンブラントは着ていた婚礼の衣装の前をはだけた状態のまま覆い被さり、再び唇を重ねる。

「もう、待ったは無し、ですよ?」

 一度唇を離してもすぐ触れるような位置でレンブラントがそうささやく。

「う……ん……でも……これじゃあ不公平だわ……」

 リョウが頬を赤らめながら上目遣いでレンブラントを睨み付ける。

「……え?」

 一瞬きょとんとするレンブラントに。

「だってレンだけ服を着たままなんて……」

 半分脱げかけているとはいえレンブラントは婚礼用の衣装を引っ掻けたままだ。

 その衣装もまた装飾が多く、柔らかい素肌をさらしてしまっているリョウを抱き締めると少々痛そうだし……見た目的にもバランスが悪い。

 なんなら正装した男が襲っているようにも見える。


 意味を理解したレンブラントがくすり、と笑った。

「じゃあ、脱がせてもらえますか?」

 なんて意地悪そうに言われると、リョウは言葉につまり、レンブラントの服の襟元を握りしめていた手が震えた。

 それでもレンブラントが自分から動く気配がないので、リョウはその手を、そっとレンブラントの胸に滑り込ませてみる。


 温かい体だ、と思った。

 緊張しているリョウの手にじんわりと体温が伝わる。

 なので、そのままそろそろと手をレンブラントの服の下、背中へと回してみる。


 レンブラントはリョウの動きをいとおしそうに見つめていたが、リョウが自分の胸に密着する直前にその顎に手をかけると唇を半ば強引に重ねた。

 いきなり唇を塞がれたリョウは、息をつく間もないような深くて、少し強引で、それでも優しいキスに最初は少し戸惑い、それでもいつしかその熱いキスを受け入れ、レンブラントの体温を直接感じながら幾度となく声を漏らしてしまう。


「……怖い、ですか?」

 ほんの少し唇を離したレンブラントがリョウのうっとりしたように半分閉じかけた瞳を覗き込みながら再び尋ねてきた。

「……少し……」

 リョウがそう答えると。

「正直ですね」

 そう言ってレンブラントはくすりと笑みをこぼし。

「なるべく優しくしますから。……どうしても我慢できなかったら僕の背中に爪をたてていいですよ」

 そう言うとリョウの返事は待たずにその唇を再びふさいだ。




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