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復興と結婚式

 都市の復興作業は驚くほどのペースで進んでいた。


「……えーと、都市の東側の民家で修復の必要のある箇所は全て作業終了……へっ? 全て終了っ?」

 隊員から受け取った報告書を指揮官の前で読み上げていたハヤトが、自分が読み上げていた報告書を凝視しながらすっとんきょうな声をあげる。

「……ほう、さすが一級騎士が多い部隊だけはあるな。あれだけの作業を三週間で片付けたか」

 指揮官がニヤリと笑いをこぼしながら意味ありげな視線を都市の司に送る。


 場所は城の軍の指令部の部屋。

 只今、破壊された都市の復興作業のため、この部屋は再び用途に合わせての様変わりを果たしており、都市の司、各駐屯所の指揮官、騎士隊全部隊の隊長、連合軍として集まって来ていた各部隊の隊長が集まり、働ける全ての人材を組織してその作業に当たらせているのだ。


「……ハヤトのところは使える人材がやたらといましたから、まあ、計算通りですね。日頃から一級騎士の訓練にも手を抜かない隊長の方針は期待できると思っていましたよ」

 都市の司、グリフィスは第三駐屯所の指揮官の意味ありげな視線に似たような視線を返しながらそう答える。

「あとは店の被害報告に対しての必要な援助と……都市の設備の復興状況はどうなっていますか?」

 グリフィスが、いくつかの書類に目を通しながら第一駐屯所と第二駐屯所の指揮官に目を向ける。

「被害報告への援助は順調ですね。被害を受けていない地区から集まった寄付と近隣の町からの寄付で十分賄われています。驚いたことに援軍で来てくれた皆さんを支援したいという町や都市からかなりの物資が届いているんですよ」

 長いリストに目を通しながらそう答えるのは第一駐屯所の指揮官。

 それに答えるように立ち上がるのは小さな援軍を指揮していた指揮官。

「我々も命を捨てる覚悟で軍を率いてきましたが……司殿の命を無駄にしない考え方には胸を打たれました。郷里にそんな報告をしましたら、町をあげて支援のために努力は惜しまないという返事が来ましたから……」

 そんな言葉に何人もの援軍の指揮官が深く頷く。よく見ると中にはわずかに目を潤ませている者さえいる。


 ここにいる者たちは東の都市のやり方とは全く違う扱いを受けたことを、戦いが終わって一段落したところで改めて知ったのだ。


 どんな人にも大抵は家族がいる。

 戦いが終われば帰る場所があり待っている人がいる。


 そんな当たり前のことも、口に出せないような切羽詰まった状況で。そんな状況だから誰もが当たり前のように死を覚悟して出てきてはいたのだが。

 ここ西の都市では、そんな暗黙の了解に乗じて命を無駄にするような作戦は、一切取らなかったのだ。

 無駄死にさせるくらいなら軍を撤退させるとか、待機させるとか、さらには本当に戦う力のある者だけを再組織するとかして兵士一人一人を大事にしていた。

 結果、その自分が受けた扱いに心を動かされた者たちは戦いが終わってもなお西の都市に留まり、復興作業に自主的に手を貸そうとする軍隊が続出し、都市の騎士隊の指揮の下に作業部隊が再組織され共に働いているのだ。



「……民家への救援物資の方も順調なんだね」

 一通り報告と打ち合わせが終わってハヤトが自分の手元の報告書を整理しながらレンブラントの方に目をやる。

「そうですね。物資はありがたいことに豊富ですから配給の組織だけしっかり作っておけばほとんど問題はありませんしね。クリスのところも順調みたいですね」

 レンブラントも手元の書類を片付けながらそんな言葉を返す。

「ああ。さっきの報告の通りだよ。第四駐屯所が犠牲者の埋葬と遺族の援助をやってくれてるからこっちは生き残った怪我人の治療に専念できてるし……ザイラのお陰でうちの隊は医療担当って……ああ、そういえばレンのとこの二級君、相変わらずいい働きっぷりだよ!」

 クリストフがくすくすと笑いながらレンブラントの方に視線をよこす。

 その声は、仕事を終えて、和やかに雑談をしつつ部屋から出ていく者たちの声に埋もれそうになっている。

「ああ、シンですね。彼、もともと医者を目指していたみたいですからね。今後騎士の需要も減るでしょうから本格的にアルのところで働くみたいですよ」

「げ。あの人体マニアのとこで働くの……」

 レンブラントの台詞にハヤトがぎょっとしたような顔で振り返る。

「……いい人ですよ。アルは」

 レンブラントはアルフォンスをかばおうとするも、どうにも具体的な言葉が浮かばずに視線を泳がせてしまう。

「まぁ……レンだって昔は大分世話になってるもんな」

 クリストフが意味ありげにそう言う。


 そう、昔はかなり世話になったのだ。


 レンブラントがまだ騎士隊に入隊したばかりの頃。

 周りからの嫌がらせはかなり酷くて稽古のあとは医務室の世話になることが日常茶飯事だった。なのでレンブラントは医務室の主であるアルフォンスの性格をよく知っていたりする。

 とても人当たりがよく、面倒見がよく、笑顔だけで人を癒せるんじゃないかと思えるような軍医だが。 


「人の体の造りを研究することに関しては……ありゃ、医療を越える執着を感じるからな……」

 クリストフが肩をすくめた。

「……まぁ、関心があるからあれだけ熱心に仕事ができるんですよ。……いいこと、じゃないですか?」

 レンブラントが若干言葉を濁しながらそう答えると。

「ええ! 二人とも犠牲になったことないの? 俺なんか治療と称して訳のわからない実験に付き合わされたことあるんだよ?」

 不服そうにハヤトが口を尖らせる。

「ハヤトは思いっきり頑丈そうな体してるからだろ。レンなんて昔はひょろひょろだったし。……あ、でも変な薬草茶飲まされたりはしてたな……」

 クリストフの言葉にレンブラントの乾いた笑いが漏れる。



「おや、もう会議は終わったのか」

 そんな声にレンブラント、ハヤト、クリストフが顔をあげるとほとんど全員退室した部屋のドアから都市の軍総司令官がひょっこり顔を出している。

 グリフィスとたいして歳は変わらなそうな、至って人の良さそうな男である。

 そして気付けば部屋には三人以外はグリフィスだけになっていた。


「ああ、お疲れ様……そちらは順調ですか?」

 帰る支度をしながら楽しそうなやり取りを繰り広げている三人を眺めていたグリフィスが笑顔で答える。

「まあね。……しかし総司令官がお役御免なんてお前もひっどいことするなぁ……」

 言葉とは裏腹に明らかに楽しそうに言う彼は、よく日に焼けた顔をほころばせて、グリフィスの机に近づくとその上にどさりと大きな袋をのせた。


「……何ですか?」

 ごつごつした形のその袋には土がついており、机に乗せた拍子にその土がパラパラと落ちたのでグリフィスが慌てて書類をどけながら怪訝そうな顔をする。

「土の竜のお陰で、土地はおっそろしいほど豊かになった……いや、あれは豊かなんてもんじゃない。そもそもただごとじゃないんだ」

 言っていることは意味不明だが明らかに楽しそうな口調である。

「……これ……野菜ですか?」

 興味をそそられたハヤトがひょこっとグリフィスの机に近づいて袋の中を覗き込んで声をあげる。

「ああ、その通り。この数週間で収穫までこぎ着けたんだ。数週間だぞ?」

 胸を張る総司令官にグリフィスが目を丸くしながら。

「……やっぱり君は軍の上に立つよりそっちの方が適任ですね」

 なんて言いながらくすくすと笑みを漏らす。


 そんな様子を眺めながらレンブラントは。

 レンブラントも口許が思わず緩んでしまうのを自覚しながら、グリフィスのやり方に賛同の意を抱いていた。


 軍の総司令官、なんていう立場の者を都市の復興における畑地の管理者に移動させたのだ。

 それでもそれは本人が一番望んでいたことでもあった。もともと彼は体力があり、頭も切れる事から軍の総司令官という仕事はそつなくこなしていたのだが、その体力は子供の頃から親の農耕作業を手伝っていたから身に付いたものだったし、粘り強く先を見る思慮深さもその生活の中で身に付けたものだった。

 そして軍の総司令官なんていう者がそんな仕事に就くとなれば、その下で働くもともと軍とは無関係な仕事をしていた者のやる気が……圧倒的にあがったのだ。


 そこへ持ってきて、セイリュウが部分的に回復させた土地。

 セイリュウが言うには「後で本格的にやるから今んとこは都市の今の需要を賄う程度」なのだそうだが城壁の外の畑に力を使った結果、あり得ない速度と規模での収穫が得られたということなのだろう。


「この分だと土の竜の言う『本格的な』土地の回復は……ちょっと度肝を抜かれることになるんだろうな」

 総司令官はそう言うとグリフィスを見てニヤリと笑う。

「そうですね。……本来なら結婚の式典で都市が賑わう筈だったんですが花嫁がそれを嫌がるものですから……でもまぁ、その方が皆の喜びも深まるでしょう」

 グリフィスはちらっと意味ありげな視線をレンブラントの方に送ってから総司令官に頷いて見せる。

「ああ、そういえば婚約発表もしなかったしね?」

 グリフィスの視線にどう反応しようかと戸惑っていたレンブラントにクリストフがそんな声をかける。

「……婚約発表って……そんなことしてる状況じゃなかったでしょう」

 レンブラントがそう答えると。

「ま、あれだよね。リョウが帰ってきた段階でそんなの丸分かりだったからね」

 ハヤトが唇の端を片方だけ吊り上げたひきつったような笑いを浮かべながら口を挟んでくる。

「……? ……そうなんですか?」

 首をかしげるレンブラントに。

「ああ、そういえばそうだな。だって、あれっだけ『自分の上司を愛称で呼ぶなんて出来るわけがない!』って言ってた彼女が状況説明の開口一番で、しかもやたらすんなりと『レン』って言ったもんな」

 クリストフが軽く吹き出しながら説明を付け加える。

 そうだったのか、と赤くなるレンブラントに皆の笑いはさらに触発されたかのように広がり。

「まぁ……いいんじゃないか? 騎士隊隊長と守護者(ガーディアン)の手柄が祝えて、なおかつ人と竜族が再び交わるなんてそんなめでたい話はない。人の歴史に残る式典にもなるだろ」

 総司令官はそう言うと隣のグリフィスの肩をばしっと叩いてさらに笑った。



 さて。

 場所は変わって同じ城のとある部屋。


「凄いわね……あっという間に元通りになっちゃって」

 リョウが窓枠に手をかけて都市を見下ろしながらそんな声をあげた。

「そうね。司殿の采配のお陰でしょうね。ルビィもびっくりしてたわ。西の都市に来て良かったって」

 ザイラがリョウの服の裾を直しながら相づちを打つ。

 ルビィ、はルーベラの愛称だ。

「ああ、彼女、最初は東の都市で騎士隊に入ったって言っていたものね」

 リョウは黒い髪に自分に少し似た瞳の色をしたルーベラを思い出しながらくすっと笑う。


 東の都市のやり方に嫌気がさして、戦いのどさくさに紛れてこっちに来てしまったという、こんな時期でなければなかなかできないようなことをやってのけた度胸の持ち主で、リョウは会ってすぐ彼女に好感を持ったのだ。


「さて、と。……どう? 長すぎない?」

 ザイラはリョウから少し離れて値踏みをするようにリョウを上から下まで眺める。


 リョウが着ているのは、要は花嫁衣装だ。


 あまり派手にやりたくない、というリョウの希望は取り入れられ、服もグリフィスが相当派手なものを用意すると意気込んでいたようだったが頼み込んでザイラのお下がりにしてもらったのだ。

 多少のサイズ調整が必要で、さらにザイラもそのままでは気が引けるからと若干のデザインの手直しまでしてくれた。

「こんなヒラヒラした服なんてそう着ないからよくわからないんだけど……」

 リョウは困ったようにはにかむ。

「んー。歩くのに裾を踏まなければ大丈夫よ。この長さなら踏まないと思うけど、ちょっと歩いてみて?」

 なんて言われてリョウが部屋のなかをぐるっと歩き出す。


 都市の城にある最上階の部屋のひとつ。

 実はここは使われていない部屋だったのだが、都市の復興作業のついでにとグリフィスが気を利かせて造りに手直しを加えてくれたのだ。


 城壁の部屋はリョウが出たあとは新しい騎士隊員が入ったので都市に帰還したリョウは住むところがなかった。そもそも守護者(ガーディアン)を騎士と同じ扱いの住まいに入れることはできないし、レンブラントの部屋にも結婚前にいつまでもいるわけにいかず、そんな状況を見越して、いち早く守護者(ガーディアン)にふさわしい住まいとして城の一部が提供されることになったというわけだ。

 あやうく新居にどうぞとも言われたのだが、こんな大層な場所は要らないとリョウとレンブラントが力一杯断ったので、ここには数週間の滞在だった。


「こんなに眺めの良い部屋、新居にしたら素敵なのに……断っちゃったなんて勿体ないわねぇ」

 ザイラがさっきまでリョウが見ていた景色を見下ろしながらそう呟く。

「やめてよ。数日滞在するだけならともかくここで生活するなんて性に合わないって」

 リョウが照れ臭そうにくすくす笑うと。

「まぁ、でも守護者(ガーディアン)が住む場所ともなれば、ある程度は体裁があるからね」

 ザイラはそう言って城の敷地内にある離れに目をやる。


 そこがレンブラントとリョウの新居なのだ。

 城を挟んで両側にある小さな離れ。

 片方は司の住まい。片方は守護者(ガーディアン)の住まい、ということになった。グリフィスが住まいとして使っているところは元々城の一部だった区画だが、二人の新居はこの度わざわざ増築されたもの。(まつりごと)に関わるときのために廊下が城と離れを繋いでおり行き来がしやすいようにもなっている。

 この度のリョウたちの働きに対する敬意の表れなのだろう。


「式もだいぶ簡素にするらしいけど、良いの?」

 ザイラが部屋をぐるっと回って自分のとなりに帰ってきたリョウに尋ねる。

「あんまり注目されるの好きじゃないの。簡素っていったって相当派手よ? これから夜までかかるんでしょ?」


 そう。式はまもなく始まるのだ。


「あのねぇ……! 普通、こういう立場の人の式だったら一日かそれ以上かけるわよ? しかも短縮するからって午前中はあの男ども、普通に仕事してるのよね! この記念すべき式をついでみたいに扱うなんて! ……しかもその大半が……」

 ザイラが呆れたように言いかけたとき、ドアをノックする音がした。


「うう……その半日だって行きたくないのに……」

 リョウが渋々ドアを開けると。

「……うわ、まじか……」

 開けたドアの外で正装したグウィンが目を丸くしている。

 本日のエスコート役は竜族を代表して彼が勤めることになったのだが。

「……これ、レンブラントは式の間、大丈夫なのか……?」

 リョウの花嫁姿に完全に見とれているようで。

 今まで騎士として戦うための格好しかしてこなかったリョウは、この度、当たり前とはいえ最大限にめかし込んでいるわけで。


 目元に施された化粧には嫌みはなく濃いブラウンの瞳が引き立ってさらにちょっと大きく見える。頬はうっすら上気したように紅が乗っており、唇もいつにもまして艶々だ。

 ハーフアップにして編み上げられた黒髪は、あまりに艶々なので全部編み上げたら勿体ないというザイラの意見により残りを背中に垂らしている。

 この日のために徹底的に手入れをするようにと半ば脅しをかけられた上、ザイラとルーベラによって磨きあげられたという努力の結晶だ。

 そして花嫁衣装。

 幾重にも重ねた薄織物のドレスはリョウのイメージを損なわない豪華さで色合いは薄く、まるで花弁を重ねた花のよう。

 そのドレスの上から羽織っているローブは「火の竜」をイメージした強めの色が使われているがかえって中のドレスの淡い色彩が引き立ってなんとも言えない色香を漂わせている。

 

「グウィン? まさかと思うけど花嫁に手を出しちゃダメよ?」

 部屋の中からザイラの声がした。

「出すか、馬鹿!」

 グウィンは顔を赤らめてリョウの方に腕を出した。

 なので微妙な面持ちでリョウはその腕を取り、歩き出す。

「ザイラったら、変なこと言うんだから! これ、どっちかっていうとお父さんと歩いてるみたいなもんよねぇ?」

 なんてリョウが呟く。

 と、そこでグウィンがあからさまなため息をつくので。

「ああ、ごめん。お兄さんだったわね」

 なんて訂正してみる。

 グウィンは一度何かを言いかけるがそれをぐっとこらえて飲み込み、苦虫を噛み潰したような顔になり。

「そう言えばグウィン、また髭伸ばしたのね?」

 なんていう、本当に何も気づいていなさそうなリョウの言葉にこっそりとため息をついてから。

「ああ。……この方がどうも性にあってるみたいでな」

 と答える。


 そんなやり取りの間に二人は城の中の広間に到着し。

「おい、リョウ……大丈夫か? しっかりしろよ?」

 グウィンが心配そうな目を向けた。

 リョウはあろうことか緊張しすぎているようで若干青ざめてすらいるのだ。

 ……これならまだ、中にヴァニタスでもいた方が正気でいられるんじゃないのか……?

 グウィンのそんな心配をよそに、式は無情にも始まり、リョウは心ここにあらず、どころか、下手をしたら「誰か助けて!」と叫び出すんじゃないかというような顔のままその中に放り込まれた。



 式が始まって。


 レンブラントは気が気ではなかった。

 まず、リョウが広間に現れた瞬間、腕を組んで歩くグウィンに軽く殺気の入り交じった視線を飛ばしてしまうほどリョウに見とれ、いや、あれは単なる公式の役目にすぎないのだからと自分に言い聞かせた。

 そして、ようやく自分の隣に落ち着いたリョウをちらっと見て、彼女の緊張しきった顔に初めは微笑ましくも思ったのだが、式が進むにつれ、その緊張の背後にあるものに気づいてしまったのだ。


 それは、恐らくリョウが子供の頃から経験していることに基づくトラウマ。

 だからといって、この公の、厳粛な式典において彼女を抱き締めるとか、肩を抱くとか、安心させるために話しかけるなんてことも出来るわけがなく、ただただひたすら式が早く終わることを願い続けていた。


 そして。

 リョウにとってはもう、すでに何がなんだか分からない状態である。

 大勢の人の目にさらされるということに良い思い出はなく、これまではいつだって大抵そのあとに最悪の事態が生じていたのだ。


 最悪の事態。


 つまり、そこから追い出されるか自主的に出ていかなくてはいけない状況に追いやられる。

 この度は決してそうならない、と分かっていても。

 頭でわかっていることと体に染み付いた反応は別であることを実感してしまう。

 結婚式、である以上。多少は歩くとか、誓いの言葉を述べるとか、決まったタイミングで頭を垂れるとかそんなようなことは決められており、練習もしたのでおそらくそれは出来た筈だとは思うのだが。

 まったくもって、今、自分が何をしていてどこにいるかという実感がないままだ。



「リョウ……大丈夫ですか?」

 ようやく耳元で聞きなれたレンブラントの声が囁かれてリョウが我に返ったのは、結婚の儀が無事に終わってから。


 あまりにも短縮化されたものであるために、あえて取って付けた次の儀式に向かうために城壁の外に出た二人はようやく大勢の人の視線から解放され、衣装はそのままとはいえ一応、観衆の一部となっていた。


 都市を代表する騎士隊や兵士が整列し、この度の戦いに関わり、また、都市の復興にも関わった近隣からの援軍も含めた人たちが整然と立ち並ぶ中、厳かに、土の竜と水の竜が迎えられる。


 そして、グリフィスからの言葉がある。

「我々はここに、人と竜族の固い絆を結んだことを誇りに思います。人間の愚かな利己主義によって調和を乱された自然界もこの新たな絆によって均衡を取り戻すでしょう。この絆により、災いをなすものは消滅し再びこの地に平和がもたらされるのです。そして、我らの親愛なる竜族は、人と、人の地のためにその力をさらに分け与えてくれると約束してくれたのです」


 土と水の部族の正式な装いに身を包んだセイリュウとスイレンはその言葉が終わるのを待ってそれぞれが自分の内に力を満たす。


 セイリュウの癖のある黒い髪は風を受けるようにふわりとなびき、その黒い瞳は輝きを増す。全身を包むほのかな光は暖かい太陽の日差しを思わせるような輝きだ。

 そして、スイレンもまた。美しいプラチナブロンドと全身を包む静かな光はまるで月光を思わせる輝きで、(あお)い瞳はやはり輝きを増していた。


 その二人がそれぞれに自分の内に満たした力を注ぎ出す。

 大地に向けて。

 そこに集まる人々に向けて。

 それは、浄化と生命力の力。


 一番、目に見えて分かるのは都市の周りの地面だ。戦いのせいで、そして、軍隊が行き来したせいで草もなく、すっかり荒れてしまっていた地面が一気に潤いを取り戻す。草が生え、花が咲き、折れた木が若枝を出し、空気が澄んでいく。


 そして、そこに集まる人々の体の変化。

 力を受けた人々は戦いや復興作業で染み付いた疲労から回復していくのを感じていた。そんなエネルギーまでもがセイリュウから流れ出ていたのだ。


 自分たちの周囲の植物が見ている目の前で成長していく様にざわめきを漏らしていた人々が、今度は徐々に自分の健康状態の回復を実感して歓声をあげ始める。


「凄い、わね……」

 リョウが回復していく緑豊かな土地と、活力に溢れて喜ぶ人々を眺めながらうっとりとレンブラントに囁く。

「そう、ですね。……南の地もこんな感じで元通りにしていましたよ」

 レンブラントがリョウの顔を覗き込みながらそう囁き返す。

 リョウが先に南の地を発った後、セイリュウとスイレンはあの焼け焦げた南の地を元通りにしてから追いかけてきたのだとか。

「そう……良かった」


 そこに気持ちの良い風が吹く。

 ふと見るとグウィンが美しい白髪(はくはつ)に金色の瞳でセイリュウとスイレンの間に立ち空に手をかざしている。


「これでまた、新しい時間が流れ出す。新しい時代の、明の星が今昇った」

 風の竜の宣言だった。


 それに答えるように集まった人々の喜びの声がどっと上がった。



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