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生きているということ

 リョウが目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。


 ぼんやりと、目の前の壁を眺める。

 ……どこか見覚えはあるような気がする。

 視線をずらすと窓があり、窓枠にやたらと厚みがあるのが見てとれる。


 ……あ。

 私が使っていた城壁の部屋と壁が似ているんだ。

 ……ここ、どこだろう。


 もっと周りを見ようとして。

「……っ……!」

 力を入れようとすると体のあちこちに痛みが走る。

 ……これじゃあ寝返り打つのも一苦労だな……。

 なんて思いながらため息をつくと。


 何かが頭に触れた。

 優しくて温かい、誰かの手が頭をゆっくり撫でてくれているみたい。

 はっとして振り返るように頭の向きだけ変えてみる。


「あ、レン……」

 優しい瞳と目が合った。

「気がつきましたか?」

 頭を撫でてくれていた手がそっと頬に添えられる。

 慈しむように優しく触れてくる、温かい手。

 私はこの手を……よく知っている。


 いつも優しく丁寧で、どこか遠慮のようなものさえ感じる……でも恐らくそれは遠慮というより大事なものに触れる……敬意のようなもの。

 そんな触れ方。


 窓の外が真っ暗だったことを考えると今は夜中だろうか。ということはこの人、本当にずっとそばにいてくれたんだ。

 そう思ったら嬉しさのあまりリョウの目に涙が浮かんだ。


 頬に添えられているレンブラントの手が離れないように自分の手を添える。左手をその手の甲に、右手をその手首に。もう離れないで欲しいという願いを込めて。

 するとレンブラントが優しく微笑んで、ベッドの脇の椅子から腰を浮かせてベッドの縁に腰掛け直す。無理なくリョウの顔を覗き込める位置だ。

「大丈夫。どこにもいきませんよ。ここ、僕の部屋ですから」

 そう言うとリョウの額に唇を近づける。

 なので反射的にリョウは目を閉じた。


 が。

 いくら待っても唇の感触が感じられないのでリョウが目を開けると、意外にレンブラントの顔は少し離れた位置からリョウを見下ろしている。

「……レン?」

 リョウが小さく不安げな声をあげて、レンブラントの手を捕まえていた手でその首にしがみつこうとそちらに手を伸ばすと。

 あろうことか、レンブラントが微妙な表情でその身をリョウから離した。


「……え? なんで?」

 なんで、ここで私を避けるように身を離すの……? 私、何か気に障ることでもしたんだろうか?

 リョウが不安を高まらせてがばっと起き上がる。

 とたんに身体中に走る痛み。

「っ……!」

 体を急に動かした拍子に走る痛みに息がつまって自分の体をぎゅっと押さえる。

「……っと、リョウ! 大丈夫ですか?」

 起き上がったリョウはベッドに腰掛けたレンブラントと向かい合うような格好になっており、すかさず、今度こそレンブラントが腕を伸ばしてリョウの体を抱き締めた。

「……あ……良かった……!」

 リョウが肩を震わせながらレンブラントの背中に腕を回してしがみつく。

「……え?」

 レンブラントの戸惑いの声が聞こえてきたので。

「だって! レン、急に離れるから! ……もう触れてもらえないのかと思った! 私、何か気に障ることした?」

 顔もあげずに、レンブラントの胸に顔を(うず)めながらそう尋ねる。

 不安が高まり声が震える。

「あ……いや、まさか!」

 レンブラントがリョウを抱き締める腕に力を込め直し。

「大丈夫。そんな筈ないでしょう?」

 諭すような口調でそう言いながらリョウの頭をそっと撫でる。

 リョウは全く意味がわからずに恐る恐る顔をあげてみる。そこには困ったようなレンブラントの顔があり。

「……大丈夫。ちゃんとそばにいますし、あなたはなにも悪くない。ただ……」

 リョウの顔が青ざめる。

 ただ……なんだろう? もう、一緒にいられない事情でも出来た、とか?

 そんなリョウの顔を見てレンブラントがふっと表情を和らげた。

「ああ! もう! そういう顔しないでください!」

 そう言うとリョウの耳元にレンブラントの唇が寄せられる。

「隣の部屋にクリスとザイラがいるんです」

「え?」

 きょとんとするリョウに。

「……ザイラにね。僕をこのままあなたと二人っきりにしたら絶対に結婚前にあなたに手を出しかねないから見張りが必要だ! とすごまれましてね。……しかも、その……やっぱり……」

 急に歯切れが悪くなったレンブラントの顔をリョウが覗き込むと。

「あなたを見てると、本当に抑えが効かなくなりそうなんです。……だいたいそんな格好で僕のベッドに寝ていると思うと……額にキスするだけでも……そんなことしたらそのあと自分を抑えられる自信がないんですよ……」

 レンブラントが深いため息をつく。

「え……あ……うそ……」

 リョウはようやく意味がわかって赤面した。


 そういえば、自分は見覚えのない真新しいと思われる寝間着を着ており、柔らかい生地で出来たそれは衿ぐりはゆったりしているし体のラインも少しばかり透けて見えていそうだ。


 と、そこへ。

「はい、レン、よく耐えました。えらいえらい」

 ドアの方でクリストフの声がした。

「ね? だから言ったでしょ? リョウの操はあたしが守るからね!」

 そんなザイラの声も。

 リョウがそちらに目をやるとドアは最初から開いていたのかそこから笑顔の二人が顔を出している。

「……覗くなんて趣味が悪いですよ!」

 レンブラントが真っ赤になって振り返る。

「そのための見張りだからね」

 悪びれることもなくクリストフがそう言い放つと今度はザイラが部屋に入ってくる。

 なので諦めたようにレンブラントがリョウを離し、立ち上がる。


 ザイラはリョウの目を見つめてにっこり微笑むと今までレンブラントが座っていた場所に腰を下ろし、リョウに抱きついた。

「良かった。リョウが無事に目を覚ましてくれて。……それに助けてくれてありがとう」

「ザイラ……」

 言葉につまったリョウは、ただザイラの背中に腕を回してぎゅっと抱き締め返すことしかできない。


 無事に生きていてくれたことを改めて実感するように。


「リョウ、僕も君に感謝しなきゃね。命を助けてもらった。本当にありがとう」

 気がつくとレンブラントの隣にはクリストフが立ち、リョウをなんとも誇らしげな目で眺めている。

 リョウはザイラを抱き締めたままクリストフの方に顔を向けて微笑んだ。


「ほーんとに! クリスってば無謀すぎるのよね! どう考えたって勝ち目はないのによくもあの場で飛び込んできたわよ!」

 ザイラがリョウから軽く身を離しながらクリストフの方に向き直り、そう言うと。

「あのな! 夫である僕に事情をちゃんと説明してなかった方が悪いだろ! 前もってわかってたら、もっと他に考えられたかもしれないのに!」

 呆れたようにクリストフが返す。

「だって! 前もって言ってたら、あなた、ちゃんと仕事できないでしょう!」


「はいはい。夫婦喧嘩はそこまで! まったく、なんで人のうちで夫婦喧嘩始めるんですか君たちは!」

 レンブラントが二人の間に割り込む姿にリョウがつい吹き出し、それを見たザイラがつられたように笑い出す。

 そうなるともう、クリストフも笑うしかなく、つられてレンブラントも。


 で。

「ねぇ! リョウ! お腹すかない?」

 勢いよくザイラがリョウの方に向き直る。

「え……お腹? そういえば……!」

 私いつから食べてなかっただろう!

 そんなことに思いあたると。

 ぐーう。きゅるるるる。

 盛大に食事を催促する音が鳴り響く。

「あなたが寝てる間に、たくさん用意したのよ!」

 ザイラはそう言うと隣の部屋を指差した。



 独身者用の城壁の部屋はわりとこぢんまりした造りで寝室の隣にある部屋もさほど広くはない。レンブラントの部屋もリョウの部屋と間取りは同じだった。

 リョウはザイラが用意してくれたショールを寝間着の上から羽織って、自分の部屋にあったのと同じさほど大きくもないテーブルに近づく。

 そのテーブルは四人が囲むともう限界、という大きさだ。


「……リョウ、体は大丈夫ですか?」

 リョウのために椅子を引きながらレンブラントがそっと尋ねる。

「あ、うん。多少あちこち痛いけど……お腹すいてる方が優先なの!」

 リョウは笑顔で答えてみる。

 確かに体力が完全に戻ったわけではないようで、回復力も少し弱い気がする。さっきみんなで笑ったときもあんまりお腹に力を入れることが出来なかった。

 とはいえ、怪我をしているわけではないし、食べてもう一休みすれば元通りになりそうな気がするので。

 そんなリョウを見てレンブラントも安心したようで改めてテーブルの上に目をやる。


「本当にご馳走ですね」

 テーブルの上に並ぶ料理に目を丸くするレンブラントは、リョウに付きっきりだったせいで本当に今初めてザイラが用意したものを目にしたようだ。

「でしょ? この狭い台所でここまでするのは至難の技なのよ? 心して食べてね!」

 リョウが台所の方に目をやると、そこはもうきちんと片付いていてザイラの手際の良さが窺えた。

 なのになぜかクリストフが微妙な顔をしている。

「……クリス?」

 向かい側のクリストフにリョウが声をかけると。

「え、あ……いや!」

 気を取り直したようにクリストフが表情を改めた。

 すると。

「もう! クリス、分かりやすすぎ! 良いわよ種明かししても!」

 なぜかザイラがリョウの左側でぷっとふくれた。

「え、いや。……妻のことを人前で悪く言うわけには……」

 なぜかクリストフはあらぬ方向を見て、笑いを噛み殺している。

「……リョウ、ザイラは料理が苦手なんですよ」

 くすくす笑いながらレンブラントがリョウに告げ口する。

「え? だってこれ……!」

 テーブルの上には湯気をたてた出来立ての料理が並んでいるのだ。

「それ、温め直しただけよ。あのあと、都市の復興であちこちで人が駆り出されたから城にあった昔の厨房が司殿の厚意で開放されてね。そこで作った料理が都市の中で振る舞われてるのよ。それをこっちにも回してもらったの」

 照れたようにちらりとザイラが舌を出す。

「つまり、司殿からの差し入れってことだね」

 クリストフもそう付け足して。

「……そうなんだ!」

 リョウが納得して笑い出した。


 そういえばザイラの手料理なんか食べたことなかった。いつも食堂で一緒に食べていたし。


 そして、都市の復興作業についても気になるリョウには。

「……リョウ、心配要りませんよ。無駄に出陣しなかったせいで軍隊の人材がかなり確保できてましたから彼らが喜んで復興作業に力を貸してくれています。それに」

 レンブラントが状況を説明してくれて、一度言葉を切ってから。

「グウィンやセイリュウやスイレンもしばらくは城に滞在してゆっくりできるようにグリフィスが取り計らっています」

「え、そうなの!」

 良かった。

 リョウは目を輝かせる。

 実はみんなもう散り散りに元いた場所に帰ってしまったのかと思っていたのだ。


「だって、ちゃんと見届けないと帰れないでしょ?」

 当たり前じゃない! とでも言いたげにザイラが口を挟む。

「え? 何を?」

 リョウがザイラの方に視線を向ける。

 あ、復興された都市を、かな。なんて思いながら。

「結婚式よ! 都市の守護者(ガーディアン)と騎士隊隊長の結婚式なんて、そんな盛大な式、一生に一度見れるかどうかでしょ!」

 真っ直ぐな目でザイラがリョウを見据える。

「……え!」

 うわぁ! そうなの?

 ……出来れば地味にやってほしいな、なんて思っていたのだけど……これは……無理なのかしら……。

 などと思わず考え込むリョウに。

「……リョウ、この期に及んで式を挙げないとか……言いませんよね?」

 レンブラントが不安そうに身を乗り出してくる。

 なので。

「え? あ、ああ、ううん、まさか! ただそんなに派手なのはちょっと遠慮したいかな、と……」

 しどろもどろになるリョウに。

「結婚式の計画は後で二人で立てろよ。どうせ都市の復興作業がある程度片付いてからだろ?……それより食べないか?」

 三人のやり取りを見守っていたクリストフがついにしびれを切らした。


 なので、三人は顔を見合わせて一瞬沈黙し、同時に吹き出すことになる。





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