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将軍との対峙

「これ以上の犠牲を出したくなければ女を渡せ」

 ハッキリした音声を発するヴァニタス。

 

「それ」は一度自分の後方にいるリョウにちらりと目を向けたが、すぐに視線を目の前のレンブラントとグウィンの背に隠れるようにして顔面蒼白でこちらを見ているザイラに向きなおった。


 リョウはまさか室内に入り込んでいるのがヴァニタスだとは思わなかったので一気に殺気立つ。


 なぜって、想像以上に小柄だったのだ。

 今まで遭遇してきたのはリガトルより一回りかそれ以上大きなヴァニタスだった。あの王たる者も例外なく。なのに下手したらリガトルと同じくらいなのではないかと思える程度のサイズ。それでも発している気配は馴れてきたとはいえ、やはりヴァニタスのそれであり外見もしかり。


 このサイズだったから軍を離れて動くのを見逃してしまったのかもしれない。


 ザイラは倒れているクリストフに駆け寄ろうとしているが、アルフォンスに羽交い締めにされてどうにかそこに留まっている状態だ。


「ザイラ! クリスなら大丈夫よ。鎧のお陰で怪我はしてないから!」

 思い直したようにリョウが叫んだ。

 少しでも目の前の親友を安心させたくて。


 ヴァニタスの一撃はクリストフの鎧を切り裂いたが体にまでは及んでいなかった。とはいえかなりの勢いで床に叩きつけられたらしく抱き起こしたクリストフは意識が朦朧(もうろう)としているようだ。


「……王を失ってなお、将軍だけが残って仕事をするなんて滑稽(こっけい)極まりないんじゃない? 言っとくけど、南の地は完全に元に戻してきたからね。帰るところなんか無いよ」

 少し遅れて建物までやって来たセイリュウがそう言いながら入ってきた。

「なに、私が王となれば良いだけのこと。より強い種族の誕生には私とその女がいれば十分だ。こちらのやり方に賛同する気がないのであれば竜族はおとなしく世界の片隅にでも引っ込んでいてもらおう。人間は私が支配する」


 王を失ったというのになんの感情も表さない口調。

 ……いや、むしろ状況を楽しんでいる。


「そんなわけにはいかないと言っただろう。悪いが竜族を代表して、ここで引くわけにはいかん」

 グウィンの金色の瞳は光を増している。

「僕もね、風の竜に同感。しかも僕たちがいたらあっという間に勝負はつくと思うけど。……ねえ、この建物って壊しちゃダメなの?」

 セイリュウがアルフォンスの方に向かって問いかける。

 ひと暴れするつもりらしい。

「……ダメッ! ここは……むぐ!」

 ザイラが叫び、後ろからアルフォンスに口を押さえ込まれた。


 その様子を見てリョウは事情を飲み込んだ。


 外のベッドが空で、この部屋のベッドを使っていた怪我人もいない。

 ということは。全員がどこかに避難しているということ。かといってそう遠くへ移動できるような状態の患者ではないだろうし時間も無かった筈。つまり、この建物内(・・・・・)にみんないるのだ。

 だから、グウィンは風の力を使って押さえ込むことができずにてこずっている。


 いってみればヴァニタスなんていう、いるだけで危険な生き物にこんなところに入り込まれた段階で、山ほどの人間の人質がとられたような状況なのだ。

 そして、アルフォンスがザイラに言葉を続けさせなかったところをみると、その状況がこの将軍にはまだ知られていなかった、と。


「……ふん。なるほどな……」


 まずい!

 リョウがそう思った瞬間、将軍は片腕を振り上げた。


 小柄とはいえそもそもが人の背丈の軽く倍はあるヴァニタスだ。天井が高い造りになっている医務室でも頭が天井に届きそうなほどである。それが鉤爪のついた腕を振り上げるとなると。

「ひっ……!」

 ザイラが声にならない悲鳴をあげ、アルフォンスがそんなザイラの視界を遮るように抱き締める。


 将軍の長い爪は深々と天井に突き刺さり……しばらくするとそこからその爪を伝って赤い液体がポタリと落ちた。


「……では、その女をこちらに渡していただこうか」

 上の階に人間がかくまわれていることがばれてしまった以上、言うことを聞かなければ全員が殺されてしまう。

 しかもヴァニタスは動きの早さが尋常ではない。接近戦に持ち込んだとたんに建物ごと破壊されかねず、それを考えるとリョウも二の足を踏んでしまう。

 リョウは結界を張って閉じ込めてしまおうか、とも思ったが今の自分の体力を考えると完全に動きを押さえ込む自信がない。それこそ結界を破られたはずみで犠牲者が出かねない。


 そこまで考えたとき。


「……あたしが一緒にいけば、ここの人たちには手は出さないのよね?」


 ザイラの声が響いた。

 凛とした、揺らぐことさえない、力強い声だった。


「駄目よ!」

 リョウが叫ぶ。

 グウィンとレンブラントはぎょっとした目でザイラを振り返っている。

 アルフォンスは眉間にしわを寄せて睨み付けるくらいの勢いでザイラを見つめて首を横に振る。


「ねえ、リョウ」

 ザイラはアルフォンスの腕に自分の手をかけて外させると、ゆったりと微笑んでリョウの方に顔を向ける。

「あなたはあたしの親友だし、私がどこに行こうとも竜族を代表して必ず会いに来てくれるわよね? ……一度でいいからあなたが会いに来てくれるならあたしは寂しくないんだけどな」


 その微笑みはリョウが知っている彼女の、一番美しい笑顔だ。


「……馬鹿なこと言わないで!」

 リョウはザイラの言葉の意味をすぐに理解した。


 一度でいいから。

 あたしを探し当てて殺しに来て。

 竜族の使命を果たすために。


 そういう意味だ。


「……ふん。美しい友情か。人と竜族がどこまで分かり合えるものか……まぁ、友人の変わり果てた姿でも拝みに来るんだな」

 ザイラの言葉をそのままに受け取ったらしい将軍はそう言って嘲るように笑う。そして、手をザイラの方に差し出した。

「駄目よ! ザイラ! 行くことなんかない!」

 リョウは思わず叫んでいた。


 叫びながら。

 アルフォンスの腕を離れて、呆気にとられているレンブラントとグウィンの間をすり抜けるように、差しのべられた腕の方向に歩み寄るザイラに。


 どん。


「……え?」

 ザイラが何かにぶつかって膝をつき、訝しげな顔をする。

「リョウ……!あなたはまた……!」

 レンブラントがはっとして、リョウの方に駆け出そうとしたところでグウィンが腕を掴んで引き止める。

レンブラントは我を忘れているがリョウと自分との間にはヴァニタスの将軍という隣を無事にすり抜けることはできない存在があるのだ。

「……そっちに使ったか……」

 グウィンがボソッとこぼす。

「ごめん、ザイラ」

 リョウが小さく謝る。

 だって、ヴァニタスなんていう存在を結界に閉じ込めるのには相当の力がいるはず。内側から攻撃されたらそれを押さえ込むのにどれだけ力がいることか。


 でも、ザイラなら。

 じっとしていてくれる分にはどうにかなる。将軍だって彼女を殺す気はない筈だから力任せに結界を攻撃して勢い余ってザイラを傷つけるようなことはしないだろう。


 なので。

「悪いけど、大事な親友をお前になんか渡す気はないの」

 抱き起こして抱えていたクリストフをそっと床に下ろしながらリョウがゆらりと立ち上がる。

「ほう。では、ここにいる者たちがどうなってもいいというのか?」

 将軍はリョウの方に向き直り、面白そうに赤い目を細めた。

「あら。じゃあザイラがどうなってもいいの?」

 リョウが動じることなくそう答える。

 リョウの後ろで事の成り行きを見守っていたセイリュウが息を飲む気配がした。

 レンブラントとグウィン、それにアルフォンスがリョウを凝視している。


「どういう意味だ……?」

 一度は愉快そうに細められた赤い目が今度は見開かれる。

「彼女はね、お前なんかに利用されるくらいなら死を選ぶそうよ。そんな親友の勇気を称えて私がその命をこの手で断ってあげることも出来るってことよ。彼女は生きたまま連れ帰りたいのでしょう?」

 リョウは今思い付いたことをそのまま口にする。


 こいつがここにいる人間を人質に取るなら、私はこいつが一番大事に思うもの、ザイラを人質にとってやる。


「親友なのだろう? そんなことが出来るのか?」

 表面上は馬鹿にしたような口調だが明らかに動揺しているのがわかる声だ。

「本人がそう望んでいるんだからやってもらわなきゃ困るわ!」

 リョウの考えが理解できたのか、ザイラが結界の中から叫ぶ。

 なので、将軍はわざとらしくため息をついた。

「彼女を生きたまま手に入れたいならまず私を始末しなさい。その結界、私が死ねば解けるわよ。他の者に手を出すようなら、すぐに、この場で、その結界の中を火の海にして焼き殺せるのよ?」

 脅しに信憑性を持たせるためにリョウは右手の手のひらを上に向けてそこに炎をちらつかせて見せる。


「……では仕方がない。竜族の頭にはあまり手を出したくはなかったが……自然界が新しい頭を産み出させるだろう」

 そう言うと将軍は一瞬でリョウの目の前まで移動してその鉤爪を真っ直ぐにリョウの腹に突き刺す……ことにはならなかった。

 リョウがひらりと飛び上がり、その腕を足場にしてさらに跳んだので。

 ヴァニタスという種族の動きの早さはリョウだってもう見慣れてきていたのだ。そして、本気を出している今、持続させることは難しくても瞬間的にならそれに見あった動きはできそうだった。

 なので、跳躍しながら剣を抜き、一気に力を込めるとその胸元に飛び込んだ。

 このサイズならうまくいけば剣を思い切り深く突き立ててそのまま袈裟懸けで、一発で仕留められるのではないかと思えたので。


 ところが。

「リョウ!」

 動きのあまりの早さに、見守るのが精一杯だったレンブラントとグウィンが声をあげた。

「きゃあああああ! リョウ!」

 同時にザイラが叫び声をあげて両手で顔を覆う。


 将軍は足場にされたのと反対の腕で飛び込んできたリョウを払いのけたので。

 ここに来て、ようやくこの二者の戦う動きについてこられるようになったグウィンがリョウに加勢しようと駆け出した。

 さらに弾き飛ばされたリョウに向かって駆け出そうとするレンブラントはその背後からアルフォンスに腕を掴んで止められる。「あなたは人間なんですよ!」という厳しい言葉はレンブラントの胸に突き刺さった事だろう。

 そして、セイリュウは。

 崩れて大きく開いた壁のところに相変わらず立っていたが、何かを察してすっと、脇による。

 こんなことが一瞬の間に起き、駆け出したグウィンが、床に激突して体勢を立て直す間もないリョウに近づく将軍の前に立ちふさがったとき。


 耳をつんざくような、動物の、叫び声がした。


 そして、将軍が崩れた壁の外に引きずり出される。

「レジーナか!」

 グウィンが叫ぶ。

 スイレンを乗せたレジーナが将軍の背後から両肩の辺りを鉤爪で掴み、そのまま力任せに外に引きずり出したのだ。そういう掴まれ方をすると特別な殺傷能力のある自慢の爪もレジーナに向かって振るうことはできずその巨体は呆気なく外のテントの瓦礫の中に放り込まれる。


「リョウ! 立てるか?」

 グウィンがリョウに背を、外へ体を向けたまま尋ね、リョウは「当たり前でしょ!」と答えて立ち上がる。

 レジーナの助けは、単にリョウが立ち上がり体勢を整えるまでの時間稼ぎにすぎないというのは言うまでもないことなので。

 案の定放り出された筈の将軍はあっという間に戻ってくる。

 その時。


「え? ……あ! おいっ!」

 セイリュウが慌てふためいたような声をあげた。

 そして。

「むう?」

 将軍が不愉快そうな声をあげて身をよじる。


「クリス!」

 全員が息を飲む中、リョウが将軍の背中に剣を突き立ててぶら下がっている男の名を叫んだ。


 つい今しがたまで意識は朦朧(もうろう)として立ち上がることさえままならなかった筈のクリストフが、自分には関心のひとつも示さずに目の前で背を向けている、将軍に力を振り絞ってその剣を突き立てたのだ。


 とはいえ相手はヴァニタス。

 その程度では致命傷にはならないようで。


「なんだ、この、人間風情が!」

 そう叫ぶと同時にクリストフを再びはね飛ばす。

 そしてこの度はそれだけでは済まず、とどめを刺すべくはね飛ばされるクリストフの体を同じ早さで追いかけたので。

「駄目!」

 リョウが叫ぶ。そして、クリストフの周りに持ちうる限りの力を集中させる。


 鈍い、音がした。


 クリストフの、誰も予想できなかった動きからここまでがあっという間で、その場の全員が息を飲んでいた。


 そして、音を立ててクリストフの目の前で鉤爪が弾かれたのを見てリョウがクリストフに結界を張ったことが見てとれた。

 さらに、今のリョウの体力では、それがすでに限界であることをいち早く感じたのが、すぐそばにいるグウィン。


 なので。

「あとは任せろ!」

 リョウにそう言うと駆け出して将軍に切りかかる。

 グウィンの大振りの剣と鉤爪が切り結ばれるのを見てリョウは焦る。

 グウィンの剣が切り結んだ形でもう片方の腕が凪ぎ払われたらグウィンは確実に絶命する……!

 なのに、リョウの体は……もう動かない。


 と、その時。


 リョウの脇を何かがすり抜けた。

 グウィンの剣と鉤爪が切り結ばれ、リョウが予想した通りもう片方の腕が振り上げられてグウィンに向かおうとしたその瞬間、小さな影が将軍の脇腹に吸い寄せられるようにぶつかる。


 そして、この度は、のもすごいうなり声が上がった。


 その声を聞いて事情を察したグウィンがその小さな影を抱えて後ろに飛び退き、将軍の最期のあがきともいえそうな攻撃からその影を守る。


「……夫の仇くらいとってやるんだから!」

 グウィンの腕の中には肩で息をするザイラが短剣を手にして、悶え苦しむ将軍を睨み付けている。

 その短剣は、いうまでもなく水の竜から譲り受けた「呪いの(やいば)」だ。


 どうらやリョウはクリストフに結界を張った拍子に、体力の限界を越え、ザイラの結界に向けていた集中を解いていたらしい。自由になったことに気付いたザイラは意を決して飛び出したのだ。


 悶え苦しむ将軍に、既に立ち上がる力もなさそうなことを見てとったグウィンはザイラをその場に残してゆっくりとその巨体に近づく。そして。

「……元は人間だったんだ。情けをかけてやる」

 そう呟くと、その首に迷うことなく剣を突き立て、それ以上苦しみが続かないように絶命させた。


 それを見届けると同時にアルフォンスの腕を振り払ってレンブラントがリョウに駆け寄る。

 リョウは膝をつき、剣を床に杖のようについて体を支えたまま動けなくなっていた。

 レンブラントがリョウの肩に手を回してもう片方の手が剣の(つか)を握りしめているリョウの手を包むとリョウはようやく我に返り、体の力を抜いたので剣が床に倒れる。

 そしてそのままぺたんと座り込みその体をレンブラントが支える。


「リョウ、大丈夫ですか?」

 心配そうに顔を覗き込むレンブラントに。

「……大丈夫、じゃないかも」

 と、リョウは意味ありげに呟いて。

「もし、これで力尽きたら介抱とかしてくれる?」

 なんていたずらっぽく笑って見せ。

 レンブラントが眉を寄せると。

 リョウは視線をクリストフの方に向ける。

 クリストフは、投げ飛ばされたときのままの場所で上体を起こして心配そうにこちらを見ている。


 結界が張られたままなのだ。


 そしてその結界は、今までになく強力な結界でもあり、今のリョウの体力では解くときの反動を何事もなかったように受け流すことは出来そうにない。


 レンブラントも意味がわかったようでリョウの肩を抱く腕に力を込めると。

「分かりました。正直に言ったご褒美に付きっきりで介抱してあげます」

 と、囁いた。


 なので。

「ザイラ! クリスの結界解くわよ」

 やはり心配そうにこちらを見ているザイラにリョウはそう声をかけてからクリストフの方に向けていた集中力を解く。

「クリス!」

 そう叫んで夫の胸に飛び込むザイラを見届けて。

「……ぐっ……!」

 リョウは低い呻き声と共に、意識を手放した。





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