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友を助けに

「リョウ……力なんだけどね……」

 レンブラントとグウィンを見送ったあとセイリュウ片膝をついてリョウを支えながら静かに口を開いた。

「あ……もうやらなくていいわよ?」

 リョウがにっこり笑って拒否する。

「え……?」

 きょとん、とするセイリュウに。

「だってさっきの流れ込んできたエネルギーだってまだ体に馴染んでいないもの。多分、これ竜族相手に、しかも属性の異なる者相手にやることじゃないんじゃない?」


「なんだ、分かってたのか」

 セイリュウが困ったような顔をして笑う。

「いや、きっと火の部族はもともとエネルギーの塊みたいな存在だから僕の力をその場しのぎで使ったあとはうまく飲み込んで消化してくれるかなと思ったんだけど。……でもさすがにこれ以上ダイレクトに注ぎ込むのはどうかなと思って。さっきはレンブラントを安心させたくてああ言ったんだけどさ」

「そうね……」

 なんとなく、リョウもそんな気がしていたのでつい彼の言葉をそのまま流す程度の相槌を打った。


 それより。

「スイレン……大丈夫?」

 先程の短剣を渡すための言葉以外はもうずっと黙りっぱなしのスイレン。

 リョウは気になって仕方がなかったのだが。


 声をかけると、立ったままのスイレンはちょっとだけ顔をあげてリョウを見るが、目が合った途端またすいと目をそらす。

 しかもその瞳は潤んでいる。


「え……ねぇ、スイレン? どうしたの?」

 リョウは立ち上がろうとしてもまだ多少ふらつくせいでうまく立ち上がれずに、支えられて座り込んだままスイレンの方に手を伸ばした。

 すると、スイレンはリョウの伸ばした手をおずおずと握りながら、ほろりと涙を流し。


「……リョウ、悪かった! もっと早く気付くべきだったのに……私が一番近くにいたのに……全然気付いてやれなくて……! リガトルの軍を焼くのに使った力の配分だっていつものリョウらしくなんかなかった! ハナはちゃんとリョウのことを知っていて戦わなくて済むようにヴァニタスの軍を避けて地上から離れたのに……私は!」


「え……! やだ! スイレン!」


 そんなことで、今までずっと声も出せずにいたの?


 あんなに良く喋る子が、一言も声を出さずに、今までずっと、そんなことを考えながら、黙っていたの?


 そう思うと。


 握られた手を、リョウはぐいと引き、その拍子に倒れかかってきたスイレンのほっそりした体を受け止める。

 それはちょうどリョウの胸の辺りに納まり、リョウはぎゅっと抱き締めた。


 途端にせきを切ったようにスイレンが泣き出した。


「ごめんなさい! リョウ、ごめんなさい! ……私だけはいつでもリョウの味方だなんて思ってたけど! ……全然味方になってなかった!」


 そう声をあげて泣くスイレンにリョウはつい自分まで目が潤んでしまいそうになりながら。

「いいのよ。スイレン、あなたは本当にいつも私の味方でいてくれてるわよ? 私はそう思ってるからね? ……それに、さっきのはあの段階で気づかれたんじゃきっと全てが上手くは行かなかったわよ。あなたは間違ってない」


 リョウの言葉を聞きながら嗚咽をこらえたスイレンが顔をあげる。

「でも……でも……リョウが死んでしまうところだった……!」


 そう言うと再び、わああああん! と声をあげて抱きついてくる。


 ありゃ。これは落ち着くまでちょっとかかりそうだな。

 とリョウはスイレンの背中をさする。


「あ、そうだ! スイレンには大きな借りだって出来たのよ?」

 思い出したようにリョウが声をあげる。

「……借りぃっ?」

 半分しゃくりあげながらスイレンが聞き返してリョウから身を離す。

「そう。だってザイラのためにあの剣を渡してくれたでしょう? あんなこと私だって思い付かなかったもの! しかもあの剣、水の部族の頭にとってはかなり大事なものでしょう?」

「いや……でも、あれは……」

 スイレンが頬を赤くしながらうつむく。


 あ、可愛い!


 リョウが思わず再びスイレンを抱き締めると。

「え……! なんだ? ……なんで今抱き締めるんだ!」

 スイレンがじたばたしだす。

「ふふ、だって可愛いんだもの」

 リョウが抱き締めたスイレンの耳元でそっと囁いた。


「じゃあ、スイレンの機嫌も直ったことだし。そろそろ行けるかな?」

 しばらくの間二人のやり取りをなんとなく、居心地悪そうに見守っていたセイリュウがついにそんな声をかける。


 いつの間にかリョウも支えがなくても大丈夫になっているようだし。

 ……だいたいなんで男の僕が、女同士がいちゃつくのをここまで間近で見守らなきゃいけないんだ?

 なんて内心思いながら。


「あ、そうねっ!」

 リョウがセイリュウの方に改めて目をやり、声をあげた。

「リョウ、立てるのか?」

 スイレンはそれでも心配そうだ。

「もう大丈夫よ。……なんかスイレンに元気をもらった気がするし!」

 えへへと笑ってリョウが立ち上がる。


 それを見た二人は安心したように微笑み、そこにハナが近づいてくる。

「ハナ、心配かけてごめんね」

 リョウがハナの首をさすりながら声をかけて、ハナに乗る。

 セイリュウはテラに、スイレンは馴れた様子でレジーナに乗る。



 城壁の門までやって来て、都市に入り。

 都市に入ってリョウとセイリュウはその様子に目を見張った。


「思っていたよりひどいな……」

 セイリュウがこぼす。

 リョウは思わず上空のレジーナに目を向けた。

 こんな状態はスイレンには見せたくないな、と思ったので。

 レジーナはかなり上空を飛んでおり、必要に応じて降下するつもりのようだ。

 都市の中は駆け回る騎士や兵士がおり、まるで竜巻が通った跡でもあるかのように部分的に建物が大破しているところがある。

「ヴァニタスが、通った道なのかな……」

 セイリュウが呟く。

 だとしたらこれをたどっていけば倒すべき敵に行き着くはず。


 リョウが壊されている建物の方向を見定めようとしていると。


「……リョウ?」


 背後から知った声。


「クリス! 無事だったのね! ……ハヤトは?」

 クリストフが一人でいることを確認して声をあげたリョウは先程まで、つまり城壁の外で戦いが始まる前まで彼と一緒だったハヤトのことが心配になった。

「ああ、あいつも無事だよ。今リガトルを追いかけててね。ちょっとはぐれたんだ」

「リガトル……?」

 リョウの隣でセイリュウが声をあげる。

「ああ、ヴァニタスが十数体のリガトルを連れて都市に侵入したんだ。で、それぞれがバラバラに暴れててね」

 周りの壊れた建物に目をやりながら忌々しそうにクリストフがそう言う。


 そんな言葉にリョウの背筋にゾクリと悪寒が走った。


「クリス! ザイラはっ?」

 リョウが叫ぶように訊く。


 それぞれがバラバラに……って、それ、明らかに陽動作戦じゃない!


「……え、ザイラなら駐屯所に」

 意味が分かっていないかのようなクリストフに。

「まさかと思うけど、ヴァニタスの狙いについてザイラから聞いてない、なんてことはないわよね?」

 リョウはクリストフの目をじっと見る。


 とたんにクリストフは動揺し始め、記憶を探るように視線が宙に浮いた。

「……なんの……はなし……だ?」


 聞いてないんだ!

 ザイラってば!


「ヴァニタスの狙いはザイラよ! ラウの部族の貴重な末裔で、なおかつやつらの狙いはザイラの受け継いだ能力なの! 急いで!」


 リョウがそう言うとクリストフがざっと青ざめた。


「そういうことか……!」


 夫婦という間柄だ。クリスだって何か感じるものはあっただろう。

 心配をかけないように、もしくは都市を守る隊長である人を、自分のために使ってはいけないとでもザイラは思ったのだろうか。……十分あり得る。

 リョウはそんなことを思いながら血相を変えて馬を走らせ始めたクリストフの後を追う。



 ……そして、駐屯所にたどり着く。


「……何これ」

 リョウがまず自分の目を疑い、クリストフは言葉を失い、セイリュウは息を呑んだ。


 目の前には仮設テントの群れ、の筈がその大半がひっくり返ったりひしゃげたりしている。

 これ、中で寝ていた人たちはどうなったんだろう……!

 リョウはそう思うとゾッとする。


「リョウ……これ……多分もともと人は入ってなかったんじゃないかな」

 セイリュウの冷静な声でリョウが我に返った。

「だって、ここで人が犠牲になっていたらそれなりに汚れると思うんだよね……その、血痕……とかさ」


 あ、そうか。

 そういえばここで人が虐殺されたような痕跡はない。

 リョウは少し安心するのだが。


「でも! この感じ、人間の仕業じゃないだろ!」

 クリストフが馬では進めないのを見てとって馬を降りて歩き出した。


 テントやベッドの残骸のせいで足場が悪く、とてもじゃないけど走ることは不可能だ。

 クリストフの「人間の仕業じゃない」の一言にリョウの視線が建物の方に向かう。もともと中庭だったところと建物を隔てていた壁が破壊されている。その先に見えるのは医務室の棟。


「ハナ! 飛んで!」

 リョウが叫ぶと同時にハナは有翼獣の姿をとり、リョウの髪と瞳の色はそれにつられるように変化する。

 そして。

「クリス! 乗って!」

 駆け出すハナの上から前方を行くクリストフに向かって手を伸ばし、引き上げる。聖獣の形をとったハナの力は尋常ではない。

 鎧を身につけた騎士が本来の乗り手の後ろに、どん、と乗ったところでびくともせずに羽ばたいた。


「……テラ。このガラクタは蹴散らしても良さそうだよ?」

 セイリュウはテラにそう声をかけると、もう既に使い物にはならなさそうな状態になっているテントやベッドをがしがしと蹴散らしながらリョウの後を追う。


 ハナがひとっ飛びで医務室の棟まで来ると、その壁の部分は破壊され、大きな穴が開いていた。

「ザイラっ!」

 リョウより先にクリストフが妻の名を叫んで飛び込んだ。

「わ! クリス! 待って!」

 リョウが慌てる。

 中の様子を確認もせずに飛び込んだりしたら……!


 ガシャン!


 そんな大きな音と共に。

「クリス!」

 中で上がるレンブラントの声と。

「きゃああああああ!」

 ザイラの悲鳴。


 駆け込んだリョウの目に映ったのは。


「クリス!」

 思わず叫んでしまう。


 破壊された壁の内側にはこれまた山のようなベッド……だった物の残骸があり、それに足をとられそうになりながら中に駆け込んだリョウの足元に、勢い良く先に入っていったクリストフが倒れている。


 何者かがクリストフをはね返したのだ。


 倒れているクリストフを抱き起こすと、鎧の胸の辺りに裂け目ができている。


 リョウが怒りに満ちた目をあげた先には。



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