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結界の反動

 コハクは聖獣としての力を発揮している上、レンブラント本人は銀の矢の射手であり、剣の腕も並みではない。

 とはいえ。

 グウィンとセイリュウはともかく、レンブラントは生身の人間。

 ということを考えると、リョウとしてはレンブラントがヴァニタスの中で戦う姿を見るのはやはり気が気ではない。

 つい目が離せなくなる。

「リョウ、気持ちはわかるが……上にいる役割を果たさないと……!」

 スイレンが苦笑いしながらリョウに声をかける。

「役割……」

 リョウは口の中で呟く。


 そうか。

 上空から見下ろせるということは「全体」を見ることができるということだ。

 恐らくスイレンもそのつもりでリョウがあえてハナを地上戦から遠ざけたと思っている。そして、恐らくはグウィンたちも。

 彼らの戦いに加われないもどかしさを忘れるべく、リョウは眼下の様子に注意を集中する。


「……リョウ! あれ!」

 スイレンが声をあげて下方を指差すのとリョウが息を呑むのはほぼ同時だった。


 戦っている三人の騎手たちを尻目にばらばらと群れを離れるヴァニタスがいる。

 それらが向かうのは当然西の都市。その手前には待機中の軍隊が死を覚悟して待ち構えているのだ。


 ……行かせない!

 リョウの全身の毛が逆毛立つ。

 自分の中にあるすべての力を出し尽くしてでも、止めなきゃ!


「ハナ!」

 お願い! 言うことを聞いて!

 必死の願い。

 その瞬間、ハナからリョウの思いを肯定する意思が流れ込んでくる。

 そして、ハナが急旋回して群れを離れるヴァニタスを追う。

 レジーナもまたそんなハナに付いてくる。


 川岸の手前でリョウは地面に降り、ハナの上で握った剣に力を込める。

 速度を落とすことなく突っ込んでくるヴァニタスに向かって渾身の力で剣を凪ぎ払い、まずは一体が切り裂かれると同時に焼け焦げた。


 と。次の瞬間。

 聞いたことの無いような甲高い叫び声がして次の一体が宙に浮いた。


 声の主はレジーナだった。

 ヴァニタスの背後へ降下して、その足で獲物を捕らえるようにして掴み上げ、そのまま後方に放り投げたのだ。その一撃でヴァニタスが息絶えるわけではないが、リョウ一人で相手をするには多すぎる数だった。時間稼ぎにはなっている。

 レジーナの首に振り落とされないように器用にしがみつくスイレンはだいぶレジーナに乗りなれてきているようだ。


 それにしても。

 リョウはもう一度別のヴァニタスに斬りかかりながら周りに目をやり、焦る。


 これじゃ、きりがない。


 その一体の相手をしている間に、そして、レジーナが次に飛びかかってくる別のヴァニタスを掴み上げて後方に放り投げている間にまた別のヴァニタスが攻めてきて……今度はあっさり川を渡り始めてしまった。

 リョウは川向こうで待ち構えている軍の方に目をやる。


 ……ごめん! 防ぎきれなかった!


 間もなく川向こうで戦いが始まるのがわかる。

 彼らにとっては覚悟していた戦いだとしても。

 リョウとしては回避させてやりたかった。

 でも、せめて、都市の中の人は無事でいられるように結界に向けている集中力を研ぎ澄ましていく。

 剣を握る手に力が入りきらなくなってくるのも感じられるが、こうなってくると、こんなところでちまちまと一体ずつ片付けている場合じゃない。


 ここで力を使ってこの敵を「まとめて」しかも「確実に」片付けるとなれば現時点で残っている全ての力を使い果たすことになりそうだ。それも一発で効率よく、根絶やしにしてしまわなければこちらの体力がもたない。


 ……おそらく、一度そういう力の使い方をしたらもう私に後はない。

 ということは、つまり。


 ここが私の、命の捨てどころ、か……。


 レジーナが目前に迫るヴァニタスを掴み上げて、作ってくれたわずかな合間にリョウは覚悟を決める。

 と、その瞬間。


「おい! 何やってんだリョウ!」

 物凄い勢いで目の前に、ニゲルに乗ったグウィンの背中が立ちはだかる。


 そして巻き起こる突風。

 思いもよらぬ風圧で押し寄せてくるヴァニタスの群れは動きを止められ、その瞬間、地面を割くような勢いで飛び出してきた木の根や枝がその一体一体を貫き通し、地面の裂け目に引きずり込んでいく。まるで大地の怒りを見ているようだ。


 目の前のヴァニタスが壮絶な光景と共にぬぐい去られるのを目にしてリョウは、ほっと、息をつく。

 あとは川を渡ってしまったヴァニタスを片付けなければ。


「リョウ!」

 不意に名前を呼ばれた。

 大好きな、レンブラントの声。

 そして、そう認識すると同時にリョウの体はハナの上でぐらりと揺れる。


 あ、これは……まずい……かも。


 状況を把握したくて周りを見回そうとするのだが、リョウの体はいうことを聞かずそのまま地面に落下……は、しなかった。

 グウィンの風から身を守るべくグウィンの背後、リョウの隣に駆け込んできていたレンブラントがリョウの異変に気付いて腕を伸ばしたので。

 それでも自らの力ではすでに身を起こしてはいられないリョウの体を思ってか、ハナは器用に前足を折ってリョウをそっと降ろそうとする。

 レンブラントも慌ててコハクから降りて改めてリョウの上半身を抱き起こす。


 ……あれ?

 なんだか大変なことに、なっている?


 リョウはのろのろとそんなことを考える。意識がないわけではない。視界もちゃんとクリアに見えている。


 なのに、体が動かず、声も、出ないみたいだ。


 心配そうに顔を覗き込みながら名前を呼んでくれるレンに「大丈夫、心配しないで」と言ってあげたいのだけど。


 だってまだ意識だけは失うわけにはいかないのだ。


 川を渡ってしまったヴァニタスがいる以上、例え力を使い果たすとしても都市に張った結界を解くわけにはいかない。

 結界を解くときに体が受ける衝撃を考えたら、そのあとに起こるかもしれない、いかなることにも責任が持てない。

 ヴァニタスが完全に全滅したことを確認しなければもう結界を解くことすらできないのだ。


「リョウ! 馬鹿かお前は! 今すぐ結界を解け! 死にたいのか!」

 グウィンが叫んでいる。


 あら、ばれちゃったのね。


 なんて、これにもリョウの頭はのろのろとした反応をする。

 都市に向かっていったヴァニタスが城壁の手前で弾き飛ばされるところでも見ちゃったのかしら。


「ちょっとどいて!」

 そんな声がしてグウィンがリョウの視界から消える。

「あのね、リョウ。僕のこと忘れてるでしょ! もう! なんだって一人で全部やろうとするのかなぁ!」

 なぜか拗ねたような口調のセイリュウがリョウの顔を覗き込む。


 そして、リョウは何かが自分の体の中に入ってくるのを感じる。


 暖かい、流れ。


 と、同時に思考がはっきりとしてくる。

 暖かい流れは土の竜の生命力だ。


 セイリュウの右手はリョウの左肩に置かれておりそこから力が注ぎ込まれている。まるで足りなくなっていた血液が心臓から全身に一気に行き渡るような感覚。それと同時に鉛のように重くて動かなかった体がスッと軽くなる。


「……セイリュウ、凄いねその力」

 リョウはそう言うと、すぅ、と息を吸い込む。

 あ、息が出来た。それに、声も出た。


「リョウ!」


「え? あれ?」

 視界が遮られてリョウが焦る。

 体を抱き起こしてくれていたレンブラントがリョウの体をそのまま抱き締めたのだ。

「まったく! どうしてあなたはいつもそうなんですか! 死んだら……死んだりしたらどうするんです!」


 ……やだなぁ! 大袈裟よぅ。

 なんて笑って言う、こともできなかった。


 抱き締めてくれているレンブラントの腕が小刻みに震えているので。

 なのでリョウはそっと腕をレンブラントの背中に回す。鎧越しだからこの腕の感覚は伝わらないかな、なんて思いながら。

 そして。


「ごめんなさい」

 と小さな声で謝る。


 そんなリョウの肩に温かくも力強いものが乗っかる。

 力強く乗っかり……。

「あ、あだだだだ! 痛いんだけど!」

 そんな声をあげてリョウが振り返ると。リョウの肩を鷲掴みにして、物凄く、怖い顔をしたグウィンと目が合った。

「お取り込み中悪いんだけどな! 力が戻ったところでとっととあの結界を解け! 早くしないとまたへばるぞ!」

「あ、そうか。えーと……」

 リョウはどっこいしょ、と自力で体を起こして。


 確かにさっきより格段に体は軽い。なんせ自力で動ける。

 とはいえ、体が「動かせる」という程度だ。……これ、あの結界を解いた時に来る衝撃を受け止められるだろうか。

 かといってずっと張りっぱなしなんてことしたら、ただ力が無駄に失われていくだけだし。


「……リョウ?」

 自力で身を起こしたとはいえ肩に回ったレンブラントの腕はまだしっかり添えられており、心配そうに顔が覗き込まれる。

「あ……うん……大丈夫」

「あなたの大丈夫、は信用できません」

 レンブラントはそう言うとグウィンの方に目をやる。

「もう少し休ませてからの方がよくないですか? セイリュウの力は確かに即効性がありますが、完全に体に馴染むまでには時間がかかりますよ」


 あ、やっぱりそういうことか。

 経験者のレンブラントがそう言うのなら。何となく今感じている体の違和感が理解できるような気がした。

 力はあるのに自分のものとしては使えない、そんな感じ。


「……いや、しかしな……リョウ、お前あんなでかい結界張ったこと無いんだろ?」

「うん」

 城壁の方に目をやりながらグウィンが聞いてくるのでもうここは素直にリョウは頷いてしまう。

「あのな……レンブラント。今のリョウの状態を分かりやすくいうと、腹に剣かなにかを突き刺されてるのと同じだ」

「……は?」

 レンブラントが眉を寄せる。

「剣なんてもんを突き立ててればいずれ体力は無くなるし、出血だってするからじわじわと死が迫る。結界を解かせるのはその剣を引き抜くのと同じだ」

「……! 駄目じゃないですか! そんなことしたら一気に出血して死んでしまう!」

 レンブラントは具体的にイメージできたようでリョウの肩を抱く腕に力がこもる。

「だからってその剣をずっと刺しっぱなしになんかするか?」

 グウィンの言葉にレンブラントが絶句した。


「あ、えーと、レン? 私、大丈夫よ? そんな一気に死んだりは……」

 だって竜族の体力と治癒力あるし。と、言いかけたのだが。

「あなたの大丈夫、は信用できないと言ったでしょう!」

 あわわ。

 リョウが次の句を失い、グウィンが苦笑する。

「まぁ、そんなわけで、俺としてはとっととその剣を抜いてやりたい。こいつに力が残っているうちならあとは自力で回復することもできるはずだ。そこは竜族の治癒力と回復力に期待できるから安心しろ」

 そう言うとレンブラントの肩をポンと叩く。

 グウィンの言葉に少し気を取り直したのかレンブラントの視線がそろそろとリョウに戻る。

「……本当に、大丈夫なんですね……?」

「うん……その筈」

 もう「大丈夫」を大安売りしないようにしなきゃ、とリョウは内心思った。

 そして。

「川を渡ったヴァニタスって……」

 川向こうの様子が気になり、リョウがそちらに顔を向ける。

「片付いたみたいだぞ」

 グウィンがそう答えると。

「多分、負傷者は出ているだろうから早く都市の中に入れるようにしてあげた方がいいんじゃないかな」

 なんてセイリュウがぼそっとこぼしてから。

「それにもし、これでまたリョウの体力が尽きたらまた力を分けてやるよ」

 と付け足すと、レンブラントの方を見てにっこり微笑む。


 そうか。


 それなら(・・・・)


 早く解いてしまおう。


 リョウは軽く目を閉じて、一度息を全て吐ききる。

 体の芯にしっかり力を入れて反動に備え……都市に向けていた集中力を、解いた。


 何かが叩きつけられるような、大きな音がした。

 そして、地面がその振動を伝えてくる。


 その瞬間。


 リョウは息ができなくなるような衝撃を受ける。

「リョウ!」

 肩に回されていたレンブラントの腕にさらに力が込められて、引き寄せられるままにリョウの体はレンブラントの胸に寄りかかる。

 周りで皆が息を呑むのが伝わってくる。


「……だ……いじょうぶ……って言わない方が良いのかな……?」

 衝撃を受け止めつつ、自分の体がまだちゃんと無事であることを確認するように、リョウは自分の体に手を回しながらそう言うとレンブラントの顔を覗き込む。

 レンブラントの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 リョウが微笑み、その場の全員が胸を撫で下ろしたように息をついた。


 そんなようやく一息ついたところで。

「……なんだ?」

 グウィンがすっと立ち上がり、都市の方を振り返る。

 リョウが身を起こし、それをレンブラントが支える。


 警笛の音。


 リョウの顔色が変わる。

 レンブラントがグウィンと目を見合わせて、それからセイリュウの方にも目をやる。


 まさか。



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