追想
花びらが散っていた。
限りなく白に近い薄紅の、小さな花びら。
それは散り積もり、地面を真っ白に染め、それでもまだ散り続ける。
そっと伸ばした手のひらに、次々と舞い落ちるその花びらは「サクラ」という木の花だと誰かに聞いた気がする。
手のひらに落ちた花びらは、微かな風にのってすぐにまた舞い上がり、今度はまた別の花びらが舞い降りてくる。
見上げると、頭上を覆う花。
周りを取り囲むように立ち並ぶその木は、花を散らすそばからまた、小さなつぼみをつけ始める。
この不思議な空間に「時の移り変わり」というものはないように思えた。
そこに1人の少女が座っている。
黒く長い髪を美しく結い上げて、花びらと同じ色のゆったりした服に身を包んだ少女。服の裾には金色の刺繍が入っており、何か特別な、高貴な者であるかのようにも見える。
少女は一心に、目の前に浮かんだ大小様々な風船のような、シャボン玉のような物を目で追い、手をかざしたり息を吹きかけたりしながらそれらが在るべき場所に存在する状態を維持するよう手助けをしているようにも見える。
その少女がふと、顔をこちらに向ける。
「あなた、火の竜ね」
「どうして知っているの?」
困惑したように答えるのは、その少女とさほど年も変わらないだろうと思えるほどの少女。
肩につくかつかないかの髪は一見黒髪のように見えるがうっすらと赤い光沢を持ち不思議な色彩。その髪には先程から舞い散る花びらが舞い落ちては滑り落ちる、を繰り返しており、滑り落ちた花びらはまるで借り物でもあるかのような少し大きめの、なにかの儀式用とも思える真っ白い服の少女の肩へと着地してはそこから地面へ再びひらひらと舞い降りている。少女の胸にはひときわ目立つ大きく赤い石の首飾り。
「私はカロというの。ここで時守をしているのよ。まだ始めたばかりであまり慣れていなくて。間違えてあなたのことを落っことしちゃったみたい」
カロはそう言うとちらりと舌を出す。そして、付け足す。
「大丈夫。ちゃんともとに戻すから」
「もとになんか戻さなくていい」
ぽそり、と「火の竜」と呼ばれた少女が呟く。
「あんなところ、帰りたくないもの」
今にも泣きそうな顔をしているのに涙なんか一粒だって出ない。
「……そう」
カロはなぜか理由を聞き出そうとはしない。
そして、少女には似つかわしくない深いため息をひとつつく。
「でもね、帰らなきゃダメよ。ここはあなたのいるべき場所じゃないから。そのかわり……」
そう言うと、目の前の自分と同じ年ほどに見えている少女の手を握り、その目をまっすぐに見つめて微笑む。
「どうしても辛くなったらいつでも遊びに来ていいわ。あなたのために道を残しておきましょう。あなたを落っことしてしまった償いに」
その微笑みは、少女のものとは思えないほど大人びたものだった。