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5.村上アキの異能を狙って

 猫が高校の廊下を歩いていた。

 迷い犬が学校に入って来てしまう事は多いが、猫のケースは珍しいかもしれない。その猫は一年生のある教室の前まで来ると、「にゃあ、にゃあ」と鳴きながら、教室のドアをカリカリとかき始めた。

 教室内の生徒達と教師は、その異変に直ぐに気が付く。教室内は少しざわついた。不審に思った教師が「静かに」と言いながら、ドアを開けに行く。その時、事情を察した長谷川沙世は頭を抱えていた。

 “あの子だわ、こりゃ……”

 実は彼女にはその猫の声に心当たりがあった。偶然、登校時に猫を見つけた彼女は、ふと思い付いてその猫に悪口を言ってみたのだ。

 これで効果があれば、猫に悪口を言う事がダイエット手段として使えるはず。異能を使った事で体力が消耗するから。

 そんな風に考えたのである。

 教師がドアを開けると、猫は「にゃあ」と鳴いて教室に入って来た。教師は捕まえようとしたが、猫は簡単に手をすり抜けてしまう。そして、真っ直ぐに沙世の許を目指した。

 猫は前足を沙世の足に軽くつけると、顔を上に向けてから「にゃあ」と鳴いた。その瞬間、クラスの主に女生徒達(一部は男生徒達も)は一斉に「可愛いぃ!」と声を上げた。猫はその声にまったく怯まず、彼女の太ももの上に飛び乗った。

 「ありゃあ……」

 と、長谷川沙世。

 それから次々に「どうしたの?沙世」、「餌でも上げたの?」、「沙世の飼い猫? いいなぁ」などと声が上がる。

 猫は軽く「にゃあ」と鳴いた後で、沙世の膝の上で丸くなった。そのまま、大人しくしているようだった。

 「なんだ? 長谷川、その猫はお前の猫なのか?」

 教師がそう尋ねる。沙世は言い難そうにながら、こう答えた。

 「いえ、飼い猫という訳では……。朝、登校の時に軽く撫でてやったら、妙に懐かれてしまって」

 まさか、“悪口を言ったら懐かれた”とは言えない。まいたと思っていたのに、臭いで追って来たのだろうか? などと彼女は思う。つまり、彼女の“悪口”は、猫に対しても効果を発揮したのである。

 沙世は猫を教室の外に出したが、それでも猫は教室の周りをウロウロとして離れてはくれない。仕方なく、教師は沙世に猫を抱いたまま授業を受ける事を認めた。

 恐らく、この教師は猫が好きなのだろう。仕方ないといったスタイルを装ってはいたが、少しだけ嬉しそうにしていた。結局、沙世は猫を抱いたまま一日を過ごす事になった。少し目立ってしまったが、それだけだ。彼女は少し失敗したとは思っていたが、それで何かが起こるとは考えていなかった。

 ところがその日、長谷川沙世は放課後になると、立石望という隣のクラスの女生徒から「話があるの」と呼び出しを受けてしまったのだった。空き教室。立石望は沙世をそこに連れて行った。隣の校舎にあり、ほとんど人はやって来ない。もちろん、沙世の傍らにはあの猫もいた。

 「それで、何の用なの?」

 二人が空き教室の一番奥の椅子に腰を下ろすと、沙世はいきなりそう言った。立石望とはほとんど口を利いた事がない。記憶に残っているのは、村上アキの情報をくれた時のものくらいだ。多少、攻撃的な口調になっていたのは、不審の表れだった。

 「うん。最近さぁ、長谷川さんって村上君と仲が良いわよね。何かあったの?」

 その時、沙世の膝元に猫が昇って、「なあ」と鳴いた。立石はその猫を軽く見てみる。沙世は応えた。

 「別に、何もないけど?」

 立石はそれに「ふーん」と返す。そして、沙世の膝に乗っている猫を軽く指で突きながら、こんな事を言う。

 「実はさぁ、あなたの教室で村上君を見かけたって言ったあれ、嘘だったのよね。私は村上君なんか見ちゃいない」

 その言葉に、沙世は怪訝そうな表情を浮かべる。

 「なんで、そんな嘘をついたのよ?」

 「怒らないでよ。でも、当たっていたでしょう? あなたが探していた相手は村上君だった。なら、良いじゃない」

 「良くないわよ。どうして、そんな嘘をついたのよ?」

 少し笑うと立石は、わずかの間の後にこうそれに答えた。

 「うん。実は前から、村上君の事は注目しててね。それで、あなたが教室で誰か見たか知りたがっているって聞いて、彼じゃないかとピーンと来たのよね」

 「どういう事?」

 「焦らないで、順を追って説明するわ」

 そう言い終えると、立石は掌を自分の胸に当ててから続けた。

 「私には異能がある」

 その言葉に、沙世は微かに反応した。少しだけ目を見開く。立石は今度は、自分の瞳を指差しながら更に続けた。

 「この目で“運”が見えるっていうね。私が見れば、誰にどれくらい運があるか、簡単に分かってしまうのよ」

 それを聞くと、沙世は言う。

 「“運”が見えるぅ? なに、胡散臭い事を言っているのよ」

 「私も最初は疑ったわ。でも、実際に見えちゃうのだもの。仕方ないでしょう? そして、私の友人の白石琴美には、どうも悪運を吸収するという能力がある……、みたいなのよね。もっとも本人は、ちょっとおかしいと思っている程度で、自覚はないみたいだけど」

 それから立石は頬杖をつくと、こう説明を続けた。

 「話はここからよ。もちろん、私が彼女のその悪運吸収の能力に気付いたのは、“運”が見えるから。普通は、そんなの分からないわよね? でも、ところが、それに気付いているらしい人が、他にもいた」

 それを受けて、沙世は察したらしく「それって……」と呟いた。立石は頷く。

 「分かったらしいわね。それが村上アキ君。彼は白石琴美に、悪運を吸収してしまっても、それを解消できる方法をアドバイスをした。サイコロを振って悪い目を出すっていうシンプルなものだけど、正直、凄いって思ったわ。私はそんな方法、思い付かなかったもの」

 それを聞きながら沙世は思っていた。あの村上アキなら、それくらいのお節介は焼きそうだな、と。

 「私は初め、彼が私と同じ様に“運”が見えるのかとそう思ったのよ。でも、そう思って彼を気にしている間で、少しばっかり変な話を聞いたのよね。

 あのさ、深田信司君って知っている?

 1の1で、かつては何故か皆から嫌われていた男生徒なのだけどね。ところが、ある時からまったく彼は嫌われなくなった。1の1の生徒の話だと、ある日から、彼に対して苛立ちを感じなくなったのだって。

 これってむしろ、苛立ちを感じていた前の方が異常だったと思うのよ。深田君は引っ込み思案なところはあるけど、性格は良い子みたいだから、そこまで嫌われれる要素はない。

 で、私はこんな風に考えてみたワケ。彼には“嫌われる”という異能があるのじゃないか? 私や白石に異能があるようにね。そして、以前は無自覚にそれを使ってしまっていたけど、ある時から使わないようにできるようになった」

 そこまでを聞いて、沙世には立石が何を言いたいのか理解できた。立石は続ける。

 「私は深田君に、何かあったのか、それとなく訊いてみたのよ。すると彼は、こう答えた。

 “誰かが手紙で教えてくれたんだ。僕は下を向きながら息を吐き出すと、周囲から嫌われてしまう体質なんだって。だから、それをしないようにしてみたんだ。そうしたら、本当に嫌われなくなった”

 彼は心からその手紙の主に感謝をしているみたいだったわ。それまでよっぽど辛かったのでしょうね」

 そこまでの説明を受けると、沙世はこう言った。

 「なるほど。それで、そのアドバイスを伝えたのが村上君じゃないかって、あなたは考えたのね」

 「その通り。白石へのアドバイスと違って、どうして自分だって事を隠して手紙で伝えたのかは分からないけど、彼だと考えた」

 “きっと、正体を隠すべきだって思うようになったのね”

 と、それを聞いて沙世はそう考えた。彼は自分の能力がばれるのを恐れていたから。

 「そこで私はこう思ったのよ。これで、よく分からない異能を持っているらしい人間が三人も見つかった。それなら、もっと他にいるのじゃないか?ってね。

 で、噂に気を付けるようになった。それでこの学校でも何人か怪しい人を見つけたのよ。そのうちの一人があなた。

 何故か、あなたはモテまくってる。だから深田君が“嫌われる異能”を持っているように、あなたは“好かれる異能”を持っているのじゃないかと考えたの。で、そんなところに、あなたが放課後、教室で誰かを見なかったかと訊いて回っているという話が飛び込んで来た。

 私はあなたも手紙でアドバイスを受けたのじゃないかと思って、“村上君を見た”と嘘をついたのよね。

 どうなるかと思って、しばらく見守ったのだけど、今日になって確信した。その猫はあなたの異能で懐かせたのだわ。その懐かれようは、どう考えても異常だもの」

 そう言ってから立石は、沙世の膝の上にいる猫を軽く撫でた。“変な事で、ばれちゃうものね”と、それを聞いて沙世は思う。立石は続けた。

 「ね、教えてよ。やっぱり、手紙の主は村上君だったのでしょう? あれから、あなたと村上君が一緒にいるのを見たって話を聞いているんだから」

 それを聞いて、どうしようか少し考えたが、沙世は正直にこう答えた。

 「その通りよ。わたしも手紙でアドバイスを受けていて、そしてその手紙の主は、村上君だった

 でも、一つ気になるわ。

 あなたはそれを知って、どうするつもりでいるの? 単なる好奇心?」

 「好奇心もあるわね。でも、それよりも彼の異能の利用価値に興味があるのよ。彼には誰がどんな異能を持っているか分かる異能があるのじゃないの? だから、白石や深田君の異能も分かったし、あなたの異能にも気が付いた。

 だとすれば、どうしても、私は彼を味方に引き入れたい」

 それを聞くと、沙世は軽くため息を漏らした。

 「なるほど。なるほどー

 やっぱり、人間って似たような事を考えるものなのね。でも、難しいと思うわよ。彼、そういうのを怖がってて、なかなか乗ってくれないから」

 「ほほー。

 って事は、あなたは既に村上君を誘ってみたのね」

 「まぁね」

 

 「……村上君の能力とわたしの能力って絶対に相性が良いわよ」

 長谷川沙世は、村上アキを説得するためにそう言った。再び、放課後の教室に彼女は彼を呼び出していたのだ。

 「村上君が、役に立ちそうな能力者を見つけるでしょう? で、わたしの“悪口”で、その能力者を味方に付ける。後は協力して、何かをするのよ」

 「何かって?」

 「そりゃ、まだ分からないわよ。見つけた能力者次第ね」

 それを聞くと、アキは大きくため息を漏らした。

 「つまり、君と僕の異能を使って能力者達を集めた上で組織化して、何かしようって言うんでしょう? 断っておくけど、それ、そんなに簡単な事じゃないよ。人を組織化するのって大変なんだから。コストがかかる。集めた能力者達が裏切る可能性ももちろんあるから、リスクも高い。僕の能力も隠し難くなる。すると、僕が狙われる危険も高くなる」

 「本当に心配性ね、村上君は。そんなのきっと大丈夫だって。それに、リスクを犯さないで、何かを手に入れる事なんてできないわよ?」

 「だから、僕にとってそれは、リスクを犯してまで欲しいものじゃないんだよ。僕の望みは、平穏に暮らすって事だけなんだから」

 「なにそっれ? お爺ちゃんみたい」

 沙世はそう言った後で、自分が悪口を言ってしまった事に気が付いた。アキが彼女をじっと見ている。

 “これは、効いたかな?”

 そう、彼女は思ったがしかし、アキはそれにこう返すのだった。

 「断っておくけど、僕にはもう君の異能はそれほど効果はない」

 その言葉に沙世は驚く。

 「どうしてよ?」

 「悪口ってのは、“相手が自分の悪口を言っている”と認識しなければ成立しない。ところが僕は君が、僕を籠絡する為に悪口を言っていると分かっている。つまり、君の悪口は僕には悪口としては届かないって事だ。だから効きはしない」

 それを聞くと沙世は、「そんなつもりで言った訳じゃないわよ」と、頬を膨らませて拗ねるように言った。

 

 「――なるほど。

 で、長谷川さんは村上君を誘うのを諦めたんだ?」

 長谷川沙世の話を聞き終えて、立石望はそう言った。

 「諦めた訳じゃないけど、ま、どうやって説得しようかな?と悩んではいる」

 「なら、とにかく、あなたの異能を試してみるってのも手だと思うわよ? 彼の言葉はハッタリかもしれないじゃない。もしかしたら、やっぱりあなたに惚れちゃうかもよ」

 その言葉に、沙世は少し止まった。悩んでいるようだ。しかし、

 「止めておく」

 と、それからそう答えた。立石はこう訊く。

 「どうして? 私はハッタリだと思うけど。だって、猫にはあなたの異能が効果あったのでしょう? 猫に悪口だと分かるとは思えないから、あなたが悪口だと思いさえすれば、効果があるのじゃない?」

 しかし、それでも沙世はこう言った。

 「うん、でも、やっぱり止めておくわ」

 「どうして?」

 「それでも効果がなかった場合、彼の信用を失う事になるでしょう? それに、能力の効果が切れたら心が離れるっていうのもリスクがあるわ」

 そう言い終えると、沙世は猫の両脇を抱えてその顔を覗き込んだ。その様子は、少しばかり寂しげにも思えた。

 ……この子も、わたしの能力の効果が切れれば、もうこんなに懐いてはくれるなくなるのよね。

 そんな事を思っているようだった。

 「ふーん」

 そんな彼女の様子を眺めながら、立石は言う。

 「もしかすると、長谷川さんって、案外、ピュアなの?」

 「なによ、それ?」

 「いや、いいわ。でもそうね。それなら、もっとゆっくり慎重に行きましょうか? と言うかさ、二人で協力して、じっくり彼を説得しましょうよ」

 そう言って、立石は笑った。

 「別に、いいけど」

 沙世はそう返す。秘密がばれてしまった以上、協力関係を結んでおいた方が得だ。それに立石の能力も役に立つかもしれない。彼女はそのように考えたのだ。その沙世の返答を聞いて、立石は更に嬉しそうに笑った。

 実は彼女には見えていたのだ。自分自身の“運”が強くなっているのが。つまりそれは、自分の選択が正しいという事を意味している。これから、幸運に恵まれる可能性が大きい。恐らく、慌てなくても、何かしらハプニングが起こって、いずれ村上アキの異能を活かせるようになる可能性が高い。彼女はそう考えていた。

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