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2.謎の手紙と長谷川沙世の異能

 長谷川沙世は、その日の朝、登校して直ぐに自分の教室の机の中に手紙が入っている事に気が付いた。“また、ラブレターか”とそう思い、どうせ嫌いな奴からだろうと、うんざりした気分になったのだが、ラブレターにしては随分と飾り気がない点を見て取ると、大胆にもクラスメートが周囲にたくさんいる状況で、そのまま内容を確認した。

 こういうのはコソコソと見るから、却って怪しまれるのだ。普通に読めば、特別な手紙だとは思われない。

 ……というのは理屈だが、そんな態度で彼女がいられるのは、ラブレターを貰い慣れているからに他ならなかった。

 “なんだ、こりゃ?”

 その手紙を一読して、沙世はそう思う。

 そこには、パソコンで印刷したと思われる文字で、こんな事が書かれてあったのだ。

 『あなたの悪口には、相手を好きにさせる効果があります。嫌いな奴にまとわりつかれたくなければ、悪口を言わない事です。また、その能力はあなたにとって危険でもある。どんな問題を引き起こすか分からない。身の安全を考えるのなら、できる限り使わないようにすること』

 差出人は不明。

 単なる悪戯か、さもなくば自分の毒舌に対する当て付けだろうと思った彼女が、その手紙を捨てなかったのは、その内容に少なからず思い当たる節があったからだった。

 “……うーん、確かに、悪口を言った相手から、わたしは好かれているわよね。それで困っているのだし”

 それで一先ずは、それが嘘か本当か確かめる為の実験をしてみようと、彼女は思い立ったのだった。

 

 ――近代自然科学の幕開けは、帰納主義に求められるというのが一般的な考えだ。当時にはまだ科学という言葉はなかったが、科学が哲学や宗教から分化できたのは、帰納主義の登場による。帰納主義というのは、帰納的思考…… 調査や実験によって情報を集め、そこから理論や知識を得るという思考を重視するもので、フランシス・ベーコンやガリレオ・ガリレイなどが帰納主義者として有名だ。

 (ただし、ガリレオは中世スコラ哲学に反発する意味で、帰納的思考の重要性を訴えはしたが、実際の思考は帰納をそれほど重視していなかったとも言われている)

 つまりは、今現在科学的手法と思われているものとほぼ同じである。……ただし、“ほぼ同じ”という事は、違いもある訳なのだが。

 初期の帰納的思考では、仮説などを立てた上での実験や調査は問題があるとされていた。そういった先入観は、物事を客観的に捉える目を曇らせると考えられていたのである。もっとも、仮説を立てた上での実験を行ったガリレオが、帰納主義者の一人に数えられる事もあり、かつ実験科学の先駆者とみなされている事実からも分かる通り、それは厳密なものではなかった。つまり、先入観を持った上での実験結果でも、客観性があると認められたケースもあったのである。

 では、“客観性”とは何か?

 平易に言ってしまうのなら、“誰から見ても同じに見える”という事である。村上アキの『異能察知』は、彼だけにしか分からないから、そこで得られた“異能力がある”という結論には客観性があるとは言えない。ただし、彼が言った通りの異能力が、第三者の手によって実際にある事が確かめられれば、そこに客観性が現れる事になるのだが(もっとも、この手の実験は厄介で、超能力実験などのように疑似科学と見なされる事も多い)。

 アキが先に行った、手帳に集めている異能力者達の記録を分析し、新たな情報を見出す手法も、もちろん、帰納的思考の一つに入る。

 そして。

 長谷川沙世もその帰納的思考を行おうとしていた。差出人不明の手紙に書かれてあった忠告。それを“仮説”とし、その仮説を確かめる為の実験を行うつもりでいたのだ。

 

 「わたしさぁ、昔っからあんたのその人と話す時に目をひんむく癖が嫌いだったのよね。はっきり言って気持ち悪いわぁ」

 長谷川沙世がそう悪口を言った相手は、小学生の頃からの友達だった。その友達なら、仮に機嫌を損ねても後で冗談と言えば誤魔化せそうだし、感情が直ぐに表情に出るから分かり易いと思ったのだ。因みに、その言葉は彼女の本心だった。悪口が演技だと見抜かれてはいけないと考え、本心を言う事に決めたのである。

 彼女の言葉を聞くと、その友達は一瞬だけ驚いた表情を見せはしたが、直ぐに何故か顔を赤らめた。そしてそれから、戸惑いの表情を浮かべつつも、ゆっくりとこんな事を言って来たのだ。

 「そうか。そうだったんだ。自分では気付かなかったけど、そんな癖があったのね。教えてくれてありがとう。今度から、気を付けるようにするわ……」

 “おおっと。これは……”

 その反応を受けて沙世は思った。

 “予想通りの結果になっちゃったんじゃないの?”

 その友達の自分への好感度が、明らかに上がっていると判断したのだ。沙世は嫌味たっぷりの口調で言ったから、激怒されても不思議ではないはず。特にこの友達には、単純なところがあるから尚更だ。それから沙世は、更に別の実験をしてみる事に決めたのだった。

 その一週間後。沙世は自分が行ってみた実験の結果に気を良くしていた。

 “ちょっと凄いかもしれない。本当に、わたしの悪口には、人を好きにさせる効果があるっぽいじゃない”

 昼休み。教室で周囲を見渡しながら考える。

 “この能力を活かせば、これからの人生、楽して渡って行けそうじゃない? 何がなんだか分からないけど、当に天からの恵み!”

 彼女は一週間前、言い寄って来る嫌いな男達を三つのグループに分け、それぞれにA、B、Cと名付けた。そしてグループAにはこれまで以上に悪口を言い続け、グループBには優しく接し、そしてグループCは無視をするという対応を取ったのだ。

 もちろん、自分の悪口の効果を確かめる為の実験である。本当に自分の悪口に、相手を好きにさせる効果があるのなら、グループAの男共はこれまで以上に、沙世に言い寄って来るはずだった。

 そして、結果は予想通りになったのだ。悪口を言い続けたグループAの男共が最も沙世に言い寄って来たのである。反対に無視をし続けたグループCの男共は、随分と大人しくなり、Bはあまり変わらなかった。これだけ明確なら、本物であると判断した方が良いように思えた。

 人の心中は観察できないから、客観性のある結果は得難いが、行動ならば別である。心の中をブラックボックスとし、入力と出力、つまりこの場合は“働きかけ”と“行動”から理論を形作っていけばいい。彼女は自覚していなかったが、その手続きは実は行動主義心理学と同じ発想だった。

 “さぁて。どんな風にこの能力を使ってみましょうかねぇ”

 長谷川沙世は随分と浮かれて、そんな風に思っていた。自分の能力が危険だと忠告されていた事は覚えていたが、それをほとんど気にしてはいなかったのだ。だが、それから少しばかり冷静になると、彼女は懸念点を思い出した。

 “……でも、その前に、あの忠告の手紙を送って来た差出人は突き止めないとね。どうしてわたしの能力を知っているのか、どうしてわたしの能力が危険なのか。色々と聞きたい事がある訳だし。

 ……それに、もしかしたら、そいつはわたしにとって邪魔者になるかもしれないのだし”

 手紙の差出人は、沙世の能力を知っているのだ。それだけで能力を活かそうと考えている彼女にとっては脅威である。必ず見つけて、敵か味方かを判断しなければいけない。彼女はそう思っていた。

 それで、手紙が届けられた前日に放課後誰かが自分の机で何かをやっていなかったか、彼女は聞き込みを開始したのだった。少し失敗だったのは、それを直ぐに行わなかった事だろう。一週間前の事など、誰も明確には覚えていない。大体は「知らない」だけで、終わりだったのだ。しかし、聞き込みを諦め、別の手段を考え始めようとしているところで、沙世にこんな情報が入って来たのだった。

 「長谷川さん。一週間くらい前の放課後に、あなたの教室で何かをやっていた人を知りたいんだって? 村上アキ君なら見たわよ。なんか、コソコソしていたけど」

 それを教えてくれたのは、隣のクラスの立石望という女生徒だった。沙世と立石はほとんど会話をした事がなかった上に、沙世から立石に尋ねた訳でもなかった。それなのに立石は自分から沙世を訪ねて来て、勝手にそれを教えてくれたのだ。それを多少不可解に彼女は思ったが、あまり気にしなかった。

 「村上アキ?」

 「1の3の男生徒よ。ほら、なんかちょっと童顔で、人の良さそうな感じの」

 そう言われても沙世には全く覚えがなかった。ただ、クラスと名前さえ分かれば、それで充分だったのだが。

 「ありがとう、立石さん」

 沙世はそうお礼を言うと、取り敢えず、村上アキを調べてみる事に決めた。

 しかしどう調べてみても、彼には目立った特徴がほぼ何もなかったのだった。部活動は何もやっていないし、成績も運動も並。変わっているといえば、趣味でよく街中を散歩しているという事くらいで、いたって平凡で真面目な男生徒だった。

 “そろそろ、面倒くさくなってきたわ”

 長谷川沙世はある程度彼について調べると、彼が平凡という事もあって、それに飽きてしまった。それで、手っ取り早い手段に出る事に決めたのだった。

 放課後。誰もいない時間帯を見計らって、沙世は村上アキを自分の教室に呼び出した。真っ当な手段で調べなくても、自分の能力を使えば、簡単に村上アキがあの手紙の差出人かどうか突き止める方法がある事に気が付いたからだった。

 「おっ 来たわね」

 誰もいない教室に約束通りにやって来たアキを見ると、沙世はそう言った。真面目なだけあって時間には正確だ。女の子から呼び出しを受けたにしては、村上アキの表情は、曇った感じに緊張していた。告白を期待する男の表情ではない。この時点で既に怪しい。

 「初めまして、長谷川さん。

 一体、何の用かな? 僕にはまったく君に呼び出される覚えがないのだけど」

 固い表情で、そう訊いて来るアキに対し、沙世はこう答えた。

 「初めまして、村上君。実はあなたに、悪口を聞いて欲しくってね」

 それを聞くと、アキは引きつった顔になった。そのままの顔で、こう言う。

 「悪口? ははっ なんで? 変な冗談はやめてよ。お互いにほとんど知らないのに、悪口を言われる意味が分からないよ」

 そのアキの反応を受けて、沙世はにやりと笑った。

 “こいつも、直ぐに表情に出るタイプね。分っかり易いわぁ”

 「あなたには意味が分からなくても、わたしには分かるのよ。その必要があると言ってもいいわ。だから、あなたが嫌だと言っても、勝手に悪口を聞かせるから。

 じゃ、言うわよ!」

 そう言って沙世はアキの悪口を言おうとする。すると、悪口を聞かないようにする為か、アキは自分の両耳を両手で塞いだのだった。しかし沙世の口から、それから彼の悪口は飛び出しては来なかった。

 それからジェスチャーで、沙世は耳を開けるようにアキに促すと、カバンの中から例の忠告の手紙を取り出して、アキに見せた。

 「やーっぱりねぇ。この手紙の差出人は、あなただったんだ。村上アキ君」

 アキは両手を耳から放すと、強張った表情でそれにこう返した。

 「何の事かな?」

 「しらばっくれないでよ。あなたが私の教室に入って、コソコソやっていたってのを見た人がいるんだから。

 それに、なによりその態度が証明しているでしょう。耳を塞いだ時点で、わたしの能力を知っているって事じゃない」

 それを聞くと、村上アキは観念したのか、ため息を漏らしながらこう応えた。

 「ああ、まずったなぁ。こんなに簡単にバレるなんて。もっと別の手段を慎重に考えれば良かった」

 沙世はそれに笑ってこう言う。

 「おっ 認めたわね。でさ、わたしにはあんたに聞きたい事が山ほどあるのよ。順番に質問していくからね」

 すると完全に諦めたのか、アキはこう返した。

 「どうぞ。僕に答えられる事なら、何でも答えるよ。君に異能を使われたら、どうせ無理にでも喋らせられるのだし」

 「オーケー、話が早いわ。

 なら、まずどうしてわたしの能力について知っていたの? それが一番、不思議なのだけど」

 「それは簡単。僕にも君と同じで異能力があるからだよ」

 「へぇ、どんな能力?」

 「見ただけで、その人の異能力が分かるってな能力」

 その言葉に沙世は笑った。

 「なるほど、なるほど。だから、わたしの能力が分かったんだ。じゃ、次ね。どうしてわたしに忠告をしてくれたの?」

 「君が無自覚に異能を使いまくって、危険な相手を好きにさせてしまうかもしれないって思ったからだよ。というか、既にちょっと心配な相手が引っかかっているのだけど」

 村上アキが、ずっとしてこなかった忠告を最近になって彼女にしたのはその所為だった。実は異能力者の一人が、彼女に恋をしてしまっていたのである。しかも、その相手はどんな行動に出るか分からない。

 「おおっと、それはどうもありがとう。気になる話だけど、その相手が誰なのかは後で教えてね。じゃ、次の質問。どうしてわたしの能力が危険だって言ったの?」

 「さっきの理由と少し被るけど、“好きになられる”ってのは必ずしも良い事ばかりじゃないからだよ。分かり易い例だと、ストーカー被害とかさ。君に恋した相手が、君を殺してしまう可能性だってあるんだ」

 「ふーん。でもそれは、わたしが自分の能力を自覚できれば、上手くいきそうよね。時間が経てばわたしの能力の効果は薄まるのでしょう?」

 「確かに薄まるけど、どうなるかは相手の性格に因ると思う。粘着質で自己中心的な人間なら、影響は長期に渡るはずだ。

 それに、君自身が自分の異能に溺れてしまう可能性だってある。だから、君はその異能をあまり使わない方が良い。断っておくけど、使いまくる気だったら、僕は君を止めるよ」

 少し迷ってから、長谷川沙世はその意味を質問した。

 「なにそれ?」

 「その異能に頼り過ぎて、君自身が駄目になるかもって話だよ。例えば、金持ちを誑かして堕落した人生を送るとか。そういうのは絶対に駄目だ」

 そのアキの説明を聞くと、沙世は大声で笑った。

 「アッハッハッハー! なにそれ? 真面目過ぎて、馬鹿みたい。おっと、つい悪口を言っちゃったわ。惚れちゃったかしら? ごめんね。村上くーん」

 そこでアキの様子をよく見てみると、顔が赤くなっているのが分かった。瞳も潤んでいて、しかもじっと沙世を見ている。沙世はそれで“効いた、効いた”とそう思っていた。

 「でも、これでわたしのやりたい事を、邪魔する気なんて、なくなっちゃったかしら?

 あなたがまだわたしの邪魔をするって言うのなら、もっともっと悪口を言って、わたしの言う事を全部聞かせるだけよ」

 ところがアキはそれに真剣な表情で、こう応えるのだった。

 「何を言っているの? 止めるよ」

 その言葉に、沙世は少し驚く。

 “あれ? 効いてなかった?”

 しかし、それからアキはこう続けるのだった。

 「もしも、君がその異能に頼って、他の全てが駄目な人間になったとしよう。そしてある日に、突然、その異能がなくなるんだ。異能は原因不明で突然に現れた。だからその逆も充分にあり得るはずだ。すると君はどうなる? 下手すれば、そこで君の人生は終わりだよ。

 そんなリスクは負わせられない。明らかに間違った選択だ」

 その言葉を受けて、沙世はじっとアキの事を見つめる。

 “それは、つまり、好きな相手だからこそって意味?”

 それから彼女は少し考えるとこう言った。

 「なるほど。“好きになる”って一口に言っても、反応は色々とある訳だ。確かに気を付けなくちゃいけないかもね。あんたみたいな反応だと、面倒くさいわ。慎重に、能力は使うわよ」

 「分かってくれて、ありがとう」

 アキの言葉を聞くと、沙世は次にこう尋ねて来た。

 「で、最後の質問。どうして、あなたはわざわざ正体を隠して、手紙でわたしに忠告をして来たの? わたしの能力を、自分に使われる危険を考えたのかしら? それとも、自分の能力をわたしに知られるのが嫌だったとか?」

 それにアキは首を横に振る。

 「違うよ。僕は君にだけじゃなく、他の誰にもこの異能を知られたくはなかったんだ。だから少しでもその危険を排除したかった」

 「どうして?」

 「僕の異能は、自分の異能力を犯罪に使っている人間にとっては危険な能力だ。だから、もし知られれば僕はターゲットにされるかもしれない。それに、異能力者と能力が分かるって事は、色々と他にも役に立つ。情報戦で優位に立てるし、異能力者達を利用する事にも役立てられる。組織化するとかね。それで僕を利用しようって輩が現れるかもしれない。そうなると、厄介な事態になる」

 ところが、それを聞くと長谷川沙世は、嬉しそうに笑ってこう言うのだった。

 「へぇ、それは面白い事を聞いちゃった。さっきのわたしを好きな問題アリの能力者が誰なのかって事を教えてくれた後で、もっと詳しくその話を聞かせてね」

 その言葉と彼女の表情を受け、村上アキは自分の迂闊さを呪った。正直に言わなくても、適当に誤魔化しておけば良かったのだ。もっとも、彼が失敗したのは彼女の異能『強制ツンデレ・ヒロイン』によって、一時的に彼女に惚れさせられていたからだったのかもしれないのだが。

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