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14.己を見失う事と科学の傲慢さ

 放課後。教室内には、ほとんど人が残っていなかった。村上アキの目の前には、立石望がいる。彼らは二人きりで話をしていた。男女のペアだが、恋人同士といった雰囲気は皆無だ。立石は少しばかり難しそうな顔をしていて、アキは呆れたようなそんな態度で彼女を見ている。

 「――今回の件で、私達のチームワークがかなり有効だって事が分かったじゃない。利用しない手はないわよ」

 そう言う立石に対し、アキは肘をつき、頭を手で支えながら、「だけど、同時に危険性も明らかになった」と返す。

 「不安要素があった場合でも、琴美の異能を利用すれば、幸運を呼べるわ」

 「いや、過信は禁物だ。仮に彼女の異能『悪運吸収』で悪運を取り除いて幸運を呼べたとしても、可能性がゼロになる訳じゃないんだから。何回も危ない橋を渡ればそのうち悪い事が起こるよ。それに、白石さんの異能は、かなり限定された状況下じゃないと使えない。松田先生の協力がない場合は、更に利用し難くなる」

 「松田先生に協力を求めれば良いじゃない」

 「毎回、松田先生が納得をするとは思えないな。あの人、ああ見えてそれなりに常識人だよ。君が何をするかによっては、協力するどころか止めに入るのじゃないかな?」

 立石はそれに何も返さなかった。彼女自身もそんな気がしていたからだ。松田は常に味方になるとは限らない。

 「なるほど。

 つまり、村上君はどうしても、私達に協力する気はないってのね?」

 「ないよ。一回の成功くらいで、慢心して傲慢になるもんじゃない。そういうのが一番、危ういんだ」

 それを聞くと立石はため息を漏らした。実を言うのなら、村上の性格からいって、彼が簡単に協力しないのは分かってはいたのだ。それでもこの日、彼女が彼にまた協力を求めたのは、自らの運気が相変わらずに高いのを確認していたからだった。

 “おかしいわね? やっぱり、彼、頑ななままじゃない。この運の高さは、一体、何なのかしら?”

 それでそう疑問に思う。それから彼女は、もう少し突いてみようとこう言った。

 「ね、少し話を変えるわね。村上君の慎重さを考慮すると、少し合点がいかないのだけど、あの上無って人に対して甘過ぎたのじゃない?

 あれだけの脅しで、本当に悪さをしなくなるのか、わたしには疑問だわ」

 それにアキはこう返す。

 「それは大丈夫だよ。ほら、協力してもらった『読心』ができる君の知らない異能力者が一人いるって教えたろう? その人に確かめてもらったんだ。もう、すっかり大人しくなっているみたいだよ。よっぽど、あの体験が堪えたみたいだ。元来、気の小さい人みたいだから、不思議ではないけどね」

 その言葉に、立石は「へぇ」とそう言う。少しだけ、その『読心』ができるという異能力者の存在が気になったのだ。もしかしたら、利用できるかもしれない。しかし、それからこの辺りで今回はそろそろ潮時だと判断したのか、彼女はこう言った。

 「チームとして活動するのは今回は諦めるけど、村上君に“貸し”が一つあるって点は忘れないでよ。最低でも、一度は手を貸してもらうからね」

 嫌そうにしながらも、アキはそれに「ああ、それは分かっているよ」と、そう返した。そしてそれから、こう続ける。

 「しかし、沙世ちゃんにしろ、君にしろ、どうしてそう野心が高いかな? 平穏に日常が送れれば、それで良いじゃないか」

 それを聞くと、意外そうな顔をして立石は彼を見た。

 「もしかして、村上君。気付いていなかったの?」

 「何の事?」

 「沙世は、単にあなたと一緒にいる口実を作る為に、あなたの異能を利用するって言っていただけよ。はっきり言って、そんな事にはほとんど興味がないはず」

 それにアキは驚いた顔になる。

 「え? そうなの?」

 「そうよ。私は直ぐに分かったけど」

 そう立石が言ったタイミングだった。

 「アキ君。そろそろ帰るわよ。一体、何をやっているの?」

 そんな声が響いたのだ。教室の入り口に、長谷川沙世が立っている。それを見ると、アキは直ぐに席を立って「あっと、沙世ちゃんと一緒に帰る約束していたから、僕はもう行くよ」とそう立石に言い、「ごめん、沙世ちゃん。立石さんが訪ねて来たもんだからさ」と、そう言いながら、彼女のいる教室の入り口に向かって小走りをした。

 去り際、沙世は挨拶代わりに少しだけ立石を見た。そしてその眼には、少しばかりの怒りが込められてもいた。

 “あんたが怒るような事は、何にもしていないわよ”

 それに立石は視線でそう返す。それだけで沙世は察したらしく、軽く首を傾げる合図を送ると、彼女の視界から出て行った。

 “あの二人、すっかり恋人同士じゃない。ったく、これじゃ、もう、沙世からの協力は得られそうにないわね”

 そして、長谷川沙世が完全に視界から消えた後で、彼女はそんな事を思ったのだった。

 

 ――新しい発見が、科学の社会に受け入れられるのは容易ではない。例えば、ニュートンの万有引力も、全ての地域で当初から正しい理論だと認められていた訳ではなかった(その時代には、まだ“科学”は誕生しておらず、“自然哲学”だったが)。イギリスでは抵抗は少なかったが、フランスでは正体不明の“引力”が宇宙空間の遥か遠くまで影響を及ぼすという考えは、オカルト的だと思われていたらしい(もっとも、実際、自然魔術方面の考え方の影響を、科学は受けてもいるらしいのだが)。

 近年でも、湿潤療法の効果を、明らかな証拠があるにも拘らず、日本の医学界がなかなか認めようとしなかったり、男性ホルモンのテストステロンが暴力の“原因”であるという俗信が信じ続けられたりと、似たような事例は数多く散見される。

 このような事例の中には、慎重にあろうとする正しい態度の結果も含まれているのだろうがしかし、“常識を信仰する”頑愚さを感じるケースが数多くある点もまた事実だ。そして、それら事実からは、科学にも一つの信念系、イデオロギーに過ぎないと捉えられる一面があるという事実が、透けて見えもする。

 この点を指摘したもので、最も有名なのがトーマス ・クーンのパラダイム論かもしれない。科学はパラダイムと呼ばれる信念系の上で通常は進化し、科学革命が起こる事で、次のパラダイムへとシフトする。そう考えるのが、パラダイム論の骨子だ。

 パラダイムシフト時、科学革命の状況下では、激しい葛藤が生まれるのが普通で、それまでの旧概念を信じる者達からの激しい抵抗が頻繁に観られる。そしてその抵抗の内容には、合理性があるとはとても思えないものも含まれているのだ。つまり、科学が、単なる信念系に過ぎないと判断できてしまうのだ。

 科学の常識として認められた事でそれが権威を持ち、権威を持ってしまった事で傲慢になり、傲慢になった事で合理性を失う。

 非常に簡単に言うのなら、そのようなプロセスがそこにはあるのかもしれない。科学とは常に疑われる事で成り立っている。逆説的に思えるかもしれないが、正しいのかどうか検証をされ、それでも正しいと認めるしかないからこそ、信頼をされるのだ。

 ならば、権威になり、疑われる事がなくなった時点で、科学は合理性が失われる危険性を帯びる、と言えるのかもしれない。この考えは“反論を拒絶する学問は科学とは呼べない”と考える“反証主義”にも通じる部分がある。

 ポール・ファイヤアーベントは、科学が宗教や犯罪者集団の文化などと同じ一つのイデオロギーに過ぎないというラディカルな主張をした事で有名な科学哲学者だが、彼がそういった主張をしたのは、科学の権威化に対する警鐘の為ではなかったのかとも言われている。

 恐らくは、このような発想は、科学以外にも適応できるのではないだろうか。

 傲慢になり、反論を拒絶するような態度が、社会、或いは人に根付けば、それは大きな間違いを犯す原因となる。人や社会は、コントロールを失い、暴走をしてしまう。

 ――村上アキが持っている人生哲学は、或いはこういったものに近いのかもしれない。だからこそ、彼は立石望の提案を拒否し続けているのだろう。

 

 「あの時、アキ君さ。どうして、あの上無って人が、本当は人を傷つける気がなかったって知っていたの?」

 長谷川沙世は、帰り道に村上アキにそう尋ねた。二人で仲良く下校している最中だ。アキは何でもないような様子でこう返す。

 「ああ、実は上無さんらしき人を、僕は前から知っていたんだよ」

 「それはアキ君の『異能察知』で、あの人を見つけていたってこと?」

 「いや、違うよ。ネット上の掲示板。戸森君に質問していたのと、同じだろう人の書き込みを前から知っていたんだ。その人はメタ異能を持つ人を探していたのだけど、それは『異能察知』じゃなくて、『異能削除』だった。つまり、本当はどうも上無さんは、自分の異能を削除してくれる人を探していたらしいんだよ。僕を見つけたのは偶々で、殺そうと思ったのは、その不安に耐え切れなくなっただけだって、だから僕は考えたんだな」

 それを聞くと、沙世はこう訊いた。

 「それだけ分かっていたなら、どうしてアキ君はあの人を罠に嵌めようと思ったの? ほら、アキ君にだってリスクがあった訳じゃない? あの人がそういう人だと分かっていたなら、まだ他にも、危機回避の為の手段はありそうだし」

 それを聞いた時の沙世の様子を、アキは少しだけ不思議に思った。芯からそれを疑問に思っているようには思えなかったからだ。少し変に思いながらも、アキは答える。

 「確かにリスクはあったね。でも、逆にチャンスでもあった。僕らは相手の計画を把握していた上に、上無さんは油断していた。それに、この機会を逃したら、次に狙って来るタイミングが分からなくなる。だから対策も立て難くなる。しかも被害者は僕じゃないかもしれない。時間稼ぎをする方が、僕には怖かったんだ」

 「どういう事?」

 「沙世ちゃんが上無さんに接触してしまった事で、僕以外の人も狙われる可能性ができてしまったんだよ。上無さんは僕以外にも、自分の罪を知っている人がいる事を把握してしまった訳だからさ。

 特に危なかったのは、松田先生とそれと沙世ちゃんかな? 松田先生は異能を無効化できるから消したいだろうし、上無さんは沙世ちゃんに強い執着を抱いていた。今は、松田先生が彼にかかった沙世ちゃんの異能『強制ツンデレ・ヒロイン』の効果を無効化してくれたから、平気だけどね」

 「ふーん」と、それを聞くと沙世は言う。それから小声で、「つまり、わたし達を護る為に、アキ君はリスクを冒したんだ」とそう続けた。アキにはよくそれが聞こえなかった。

 「え?」

 それで、そう訊いたが沙世は「なんでもない」としか応えない。アキも直ぐに聞くのを諦めてしまう。

 沙世が考えた通り、実際、もし仮に狙われているのが自分一人だったなら、アキは自らに危険が及ぶリスクを冒しはしなかったのかもしれない。松田に頼んで、取り敢えず上無の『感情感染』の効果を無効化するという一時しのぎの手段を執っていた可能性も大いにある。彼がそれをしなかったのは、何より、他の人間、特に沙世を護る為だったのだろう。

 もっとも、本人は明確に自覚していないかもしれないが。

 それから沙世はスキップするようにして、アキよりも一歩だけ前に進んだ。それでアキからは彼女の表情が見えなくなる。沙世は言った。

 「あの時さ、アキ君は、ほら、上無って人を誘き出す為に、わたしにキスをしたじゃない?」

 声が小さくて聞き取り難かったが、何とかその意味をアキは把握できた。少しだけ困った感じでアキは返す。

 「ああ、あれは、その、ゴメン…」

 沙世はそれにこう返す。やや怒った口調だった。

 「あれ、わたしのファーストキスだったんだけど?」

 「でも、沙世ちゃんが動揺していたのを落ち着かせるのと同時に、上無さんを誘き出すったら、あれくらいしか思い付かなくて……」

 そうアキが応えると、沙世は突然に立ち止まった。アキは不思議に思ったが、つられて同じ様に立ち止まる。

 「ま、あれは許すけど、でもね」

 「でも?」

 そうアキが言うのと同時だった。沙世は急に振り向くと、いきなりアキに口づけをしたのだ。

 「もう一度、改めてキスをした後……

 って、もう、しちゃったけどね」

 唇を放すと、沙世はそう言った。アキはそれに驚く。アキが何かを言う前に、沙世は歩きだしてしまった。速歩き。

 「ちょっと、沙世ちゃん?」

 アキはそう言ったが、それには応えず、誤魔化すように彼女は返す。

 「ほら、何をやっているの? アキ君、もう行くわよ」

 どうやら、彼女の様子が変だったのは、初めからこれをするつもりでいた為らしい。アキはそれから速歩きで、彼女を追いかけたが、更に彼女はスピードを上げてしまう。顔を見せるつもりはないようだ。照れた様子の二人には、まだ多少のぎこちなさがあったが、それでも仕合せそうだった。

 異能など使わなくても。

 結局のところ、人に感じられる仕合せはこの程度で限界なのかもしれない。だとするのなら、アキの言う通り、異能を使って身を滅ぼすリスクを冒す必要など、本当にまったくないのかもしれない。

 それは己を見失うリスクでも同時にあり、傲慢さによってコントロールが効かなくなる危険性とも深く結びついている。

 科学の進化から得られた教訓を、社会一般に適応させる事は、恐らくは乱暴な試みではない。

 私達は、そこから、多くを学び取るべきなのだと思う。

 主な参考文献:「現代科学論 著者:井山弘幸/金森修 新曜社」

「科学哲学のすすめ 著者:高橋昌一郎 丸善株式会社」 他、多数…


 科学哲学とかの知識をもっと一般にできたら

 とか、そんなつもりで書いてみました。自己境界線のテーマをそこに合わせたのも、ちゃんと意味があります。それは、熟読派の人用ですが。


 因みに、これの続きも考えてあったのですが、一年以上放置していたら、その内容を忘れました(ヲイ)。まぁ、気が向いたら、書くかもしれません。

 それでは、また。

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