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9.長谷川沙世の調査

 長谷川沙世は納得がいかなかった。

 “アキ君のあの態度、なんかおかしい”

 彼女は村上アキのお人好しな性格を理解していた。彼は自分の異能が明るみになるのを酷く恐れている。しかし、にも拘らず、その危険を冒してまで白石琴美を助け、深田信司を助け、そして自分を助けた。果たして、そんな彼が異能で人が殺されたり傷つけられたりしている事実を知って、それをあっさりスルーできるだろうか?

 彼女はそのような事を考えていたのだ。

 “あの時のアキ君、多少、演技しているくさかったし……”

 つまり、沙世はアキが彼女らを巻き込まずに、この件を解決する気でいるのではないかと考えていたのだ。もちろん、彼女達に危険が及ぶのを避ける為に。

 そして、その考えは今日、昼休みに松田から空き教室に呼び出されて、更に強くなった。

 「村上から、お前らが無茶しないように念を押しておいてくれって頼まれてな」

 そう松田は語ったのだ。

 「ああ、例の連続殺傷事件の真犯人かもしれないサラリーマンの件ですか」

 これを言ったのは、立石だ。それを聞いた時、沙世は何も言わずにただ頬を膨らましていた。

 “しつこ過ぎて、却って怪しいのよ。さては、アキ君、何とかわたし達を関わらせないようにしているわね。

 わたしには、「友達を頼れ」とか言っておいて、自分は頼らないのじゃない。いいわよ。そっちがその気なら、わたしはわたしで勝手に行動するから!”

 そしてそんな事を考えていた。立石と松田はそんな彼女の様子には気付かず、会話を進めている。

 「思ったんですけど、松田先生が他の異能力者から、役に立ちそうな異能を奪いまくって、それでそのサラリーマンを何とかすれば、簡単に解決しませんかね?」

 立石が松田にそう尋ねると、彼は大きく首を横に振った。

 「いや、そりゃ無理だな」

 「どうしてです?」

 「実は何度か、他の奴の異能を奪って自分に付けてみた事があるんだよ。試しにと思ってな。ところが、これが滅茶苦茶に疲れるんだ。二個付けただけで、もう動くだけでもかなりきつい。ずっと付け続けていたら、下手したら衰弱死し兼ねないと思うぞ」

 それを聞いて、立石は頷く。

 「なるほど。もしかしたら、異能を複数持った人もいるのじゃないかとも思っていましたが、その疲れるってのが誰でもそうなら、可能性は低そうですね。

 いえ、もしいたとしても、死んでしまっているか、入院しているのかもしれない」

 そこまでを聞いたところで、沙世は何も言わずに立ち上がった。

 「どうしたの? 沙世」

 不思議に思った立石がそう尋ねる。沙世は「別に、そろそろ教室に戻ろうかと思っただけよ」とそう答えた。それを聞くと松田が言った。

 「長谷川。もう一度言っておくが、間違っても、例のサラリーマンをやっつけてやろうなんて思うなよ? 本当に危険なんだから」

 「分かっていますよ、誰がそんな面倒くさい事をしますか」

 その沙世の口調は、明らかに苛立っていた。彼女が出て行った後で松田が言う。

 「何を怒っているんだ、あいつは?」

 立石はこう答える。

 「さぁ?」

 しかし立石は、そう返しながらも沙世の不機嫌の原因をなんとなく察していた。恐らく、村上アキにフラれたに近い扱いを受けているからだろう。

 “あの子の、悪運が強くなっているけど、きっとその所為よね”

 そして、立石はそんな事を考えいてた。実は長谷川沙世にある黒い光、悪運はその大きさと強さを増していたのだ。更に言うなら、村上アキの悪運も同じ様に強くなっていた。それで立石は、二人はこれから別れる事になるのかもしれないと思っていたのだが。

 “ま、私の幸運は相変わらずに強いままだし、放っておきますか”

 彼女の異能『運気視覚』の最大の欠点は、その原因が分かり難い事かもしれない。

 

 教室に戻りながら、長谷川沙世は考えていた。

 “……一番の疑問は、どうしてあのサラリーマンが、わたしの家の前でわたしを待伏せしていたのかって点なのよね”

 もちろん、単なる偶然の可能性もある。偶々、あのサラリーマンが、何処かで見かけた自分を気に入り、ストーキングをしていただけ。だが、沙世にはそれは考え難いような気がしていた。

 “そもそも、少し惚れたくらいで、学校の周りで聞き込みをした上に、その恋人を襲うなんて行動を執るかしら?

 特別、危ない奴だったら分からないけど、ちょっとやり過ぎな気もする。他に別の手段がいくらでもあるじゃない”

 少し考えて、沙世は戸森守を思い出した。ストーキングからの連想だったのだが、自分をストーキングし続けていた彼なら、或いは以前から例のサラリーマンを目撃していたかもしれないと考えたのだ。あの日が初めてではなかった可能性もある。それで早速、彼女は昼休みの間に、彼を訪ねてみた。

 教室で沙世から呼び出されると、明らかに戸森は動揺した様子を見せた。

 「あの……、何か、用かな?」

 目が泳いでいる。沙世と目を合わせようとしない。好きな相手の前だから緊張している、といった反応には思えなかった。そもそも、既に沙世の異能『強制ツンデレ・ヒロイン』の効果は切れているはずだ。

 「戸森君。何か、隠しているでしょう? 白状しなさい」

 それで沙世は、そう問い詰めた。

 時間は少しかかったが、沙世が宥めたり脅したりを繰り返すと、遂に彼は白状をした。

 「実は、君の事を、ネットで知り合ったある人に教えちゃって……」

 その彼の言葉に、沙世は目を剥いて怒りながら「はぁ?」という声を上げた。

 「なにそれ? どうして、そんな事をしたの?」

 「いや、その人は異能を研究している人で、メタ異能者を知りたいって言うから……」

 沙世は瞬時に考える。その人物が、例のサラリーマンである可能性は高い。戸森から話を聞いて、自分の家の前で待ち伏せしていたのかもしれない。沙世について聞き込みをしていた不審者の存在は戸森も知っているはずだ。恐らく、戸森もその不審者がその研究者と同一人物ではないかと考えたから、ここまで動揺しているのだろう。

 「詳しく、それが誰なのか教えなさい」

 それで沙世は、更にそう問い詰めた。しかし、それを聞くと戸森は再び動揺するのだった。

 「……それが、何処の誰なのか知らなくて。ちょっと知り合っただけの人だし」

 「ちょっと待って、あなたはそんな正体不明の人にわたしの事を教えたの? まさか、他の人も見られるような、匿名掲示板とか使ってないわよね?」

 それなら不特定多数の人間が、沙世を知っている事になる。それを想像して、彼女は背筋の凍るような感覚を覚えた。

 「いや、それは大丈夫。アングラの、パスワードが知らないと入れないサイトで詳しく教えたから……」

 それを聞くと、沙世は手に頭を当てて呆れた声を上げた。

 「アングラって…… そのサイトって、相手が誰だか分からないの?」

 「その人は、自分のプロフィールを非公開にしていたんだよ」

 「ま、そりゃそうでしょうね。アングラな訳だし」

 「プロフィールの登録は必須だけど、その人のアカウントで入らないと、きっと見えないと思う」

 それに沙世は大きなため息を漏らした。“ったく、こいつ、サイテーね”と、心の中で呟いた。しかし、その瞬間、ふと思い付く。

 “ん? ちょっと待って。

 ……って事は、その人のアカウントでそのアングラサイトに入れば分かるかもしれないのよね。だったら、それができる人がいるじゃない……”

 もちろん彼女は、『オールマイティパス』の異能を持つ、藪沢卓也の事を考えていたのだった。

 

 「おい。パスワードどころか、IDもメールアドレスも分からないじゃないか。名前も顔も知らない相手なんだぞ?」

 同昼休み。パソコン教室で、藪沢卓也はそんな声を上げた。傍らには、沙世とそして戸森がいる。

 「そうね。気合でお願い」

 先輩を相手にしているとは思えない口調で、沙世はそう言った。

 「あのなぁ……」

 昼休みの終わり頃、突然訪ねて来た沙世に、藪沢は半ば脅されて強制的に協力をさせられていたのだ。異能でカンニングしていた事や、他人のアカウントを利用していた事をばらすと言われてしまった。因みに、自分のページに送られて来たメールを見たのだと沙世は彼に説明をしていた。それで藪沢は、あれからまた正体不明のメールが沙世の許に届いたのではないかと思って、納得してしまったのである。実はまだ沙世の『強制ツンデレ・ヒロイン』の効果もわずかながら彼の中には残っていたから、簡単に協力したのはその影響もあったのかもしれない。

 「大丈夫、先輩ならできるわよ」

 無根拠に、沙世はそう言った。戸森が沙世の情報を流してしまった人物とのやり取りは、彼の登録したアカウントに残っていたが、相手の情報はほぼ何も分からなかった。そのほとんど情報がない相手のアカウントで、アングラサイトにログインして欲しいと沙世は藪沢に頼んでいたのだ。

 「ほら、早くしないと、昼休みが終わっちゃうじゃない!」

 沙世にそう言われ、「あぁ、もう! 分かったよ!」と、藪沢は気合を入れて集中をし始める。血走った目で、アングラサイトのログインページを食い入るように見つめると、やがてキーボードを叩き始めた。リズミカルに、タンタンタンと。

 「これで、どうだぁ?!」

 そしてそう言うと、藪沢はログインボタンをクリックする。すると、少し時間はかかったが、やがてアングラサイトの内部のページが現れた。その瞬間、藪沢は机に突っ伏す。「疲れた」とそう一言。

 「よっしゃ! これで誰だか分かるはずよね? プロフィールは?」

 それから沙世はそう言うと、プロフィール画面を覗いてみる。すると、そこには本名ばかりか住所までもが確り載っていた。本名は上無深夜となっていた。

 “ここまであっさり分かると、こりゃ、却って怪しいわね”

 などと沙世は思ったが、その彼女の表情に気が付いたのか、戸森が彼女にこう説明した。

 「このサイト、秘匿性を保証する代わりに、プロフィールには本名と住所を義務付けているんだよ。郵便で契約書を送るらしくて、そもそも、そうしないと有料登録はできないって話だよ」

 つまり、この登録内容は信用できるという事だ。

 「分かったわ」

 と、そう沙世は言うと、書かれている住所をコピーしてそれを検索サイトの地図検索機能で検索してみた。すると、そこは“A―テクニカル”という会社の社宅にもなっている事が分かった。連続殺傷事件の犠牲者の多くが勤めている会社だ。沙世はそれで“なるほど。確かにビンゴだわ”と、そう思う。この上無という男が、少し不用心なのは、初めは犯罪に関わる気がなかったからなのかもしれない。或いは、自分の犯行がばれるはずがないと慢心をしているのか。

 それから彼女は、その名前と住所のメモを取ると、「ありがとう、二人とも」と、そう礼を言った。

 戸森はそれを聞くと頬を赤らめ、疲れて机に突っ伏したままの藪沢は、沙世に手で合図を返した。

 その瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 次の土曜、放課後になると、沙世は上無の住居を訪ねた。会社が週休二日制なら、家にいるはずだと考えて。アキ、或いは立石に相談しようかと少し悩んだが止めた。アキに言えば、確実に止められるし、立石もその可能性がない訳じゃない。一人で行動した方が良いだろうと思ったのだ。彼の住居は少し大きめのマンションで、その五階にあった。

 緊張しながら、ドアのベルを鳴らすとしばらく後にドアがゆっくりと開いた。ドアフォンでの確認はなかったが、だからこそ沙世はより深い恐怖を感じた。どうして確認しようとしないのか不気味だ。罠に陥ったような感覚を軽く覚えてしまう。よくお化け屋敷である、勝手に戸が開くパターンを彼女は思い出した。

 それからそこに現れたのは、間違いなく先日、自分の後をつけてきたサラリーマンだった。“やっぱり、あってた”と、沙世は思う。

 「やぁ、君か。何の用?」

 上無はまるで、友人が訪ねて来たのを迎えるような口調でそう言った。顔色が悪く、痩せていて、不気味だと沙世は思った。

 “気圧されちゃ、駄目”

 それから沙世はそう思うと、「村上アキ君の件」と、返す。すると、何とも言えない表情で上無は笑った。こう訊いて来る。

 「取り敢えず、入る?」

 そう言われて少し迷ったが、沙世は黙ったまま頷いた。足を進める。玄関を上がった。上無は心なしか喜んでいるように彼女には思えた。

 「それで、その村上なんたらの件ってのは、何の事かな?」

 居間に沙世を上げると、上無はそう尋ねて来た。

 「惚けないで。あなたがアキ君を襲わせたっていうのは、分かっているんだから」

 「ボクには何の事だか、まったく分からないな」

 「あなたが私の事を聞いて回っていたっていう証言があるのよ。惚けたって無駄だって思うけど?」

 「どうして、君の事を聞いて回っていると、ボクがその村上とかいうヤツを襲わせた事になるのかな?」

 「アキ君の事を恐れたからでしょう? 正確には、彼の異能を。あなたは自分の異能を利用して行った犯行を隠したいのだわ」

 その言葉に、上無は笑った。

 「ハハハ! 異能? 面白い事を言う子だ。君みたいのを、確か中二病とかっていうのだろう? 君みたいに著しいのは、初めて見るよ。面白いな」

 沙世はその彼の言葉、口調、態度、それら全てに苛立ちを覚えた。

 「あなた、わたしの事を舐めているわね。断っておくけど、あなたはわたしには絶対に勝てないわよ?」

 ゆっくりとそう言う。しかし、それを聞いても上無は態度を変えなかった。沙世の異能に、彼は当たりを付けていたのだ。“相手を好きにさせる”恐らく、彼女の異能はその類のもの。攻撃能力はない。しかし、

 「バーカ!」

 次の瞬間、沙世はそう悪口を言った。上無は大きく目を見開いた。彼女への恋慕の情が沸いたのだ。そして、次々にそれからも沙世は悪口を続ける。

 「クズ! 気持ち悪い! 卑怯者! 犯罪者! 死ね! 息吸うな! 臭いのよ! なんで生まれて来たの?…」

 ――沙世自身も、試した事はなかった。

 しかし、彼女は漠然とは予想していたのだ。自分の『相手を好きにさせる』という異能は、恐らくは精神攻撃にもなる、と。過剰に積み重ねられた“好き”という感情は、やがては苦しみに達するのではないだろうか? そして更にそれを続ければ……

 「バーカ! 脳みそ腐ってるのじゃないの? 社会の屑! ゴミ! カス! エロ! 変態! 変異体!……」

 そして、その彼女の予想はどうやら正しかったようだった。

 「やめろ……」

 ある程度まで沙世が悪口を言い続けたところで、苦悶の表情を浮かべ、自分の胸倉を握りしめながら、上無はそう言ったのだ。

 “効いている! おっけぇ!”

 そう判断すると、沙世は更に罵詈雑言を重ね続けた。もちろん、異能を使っているから、彼女の体力は削られていく。少しずつ、彼女の顔にも疲労の色が浮かんで来た。

 やがて、彼女が疲れてもう悪口を発する事ができなくなる頃になると、頭を抱えて、上無は蹲った。

 その時、彼の脳には焼き切れそうな程の沙世への恋慕の情が渦巻いていた。いや、既にそれは恋愛感情などは通り過ぎていた。ただの正体を失くした激情。真っ白、真っ赤なフラッシュが彼の中で高速で点滅していた。もう、訳が分からない。

 沙世はそんな彼に向けて言う。

 「どう? 思い知った? アキ君をまだ襲うっていうのなら、いくらだって同じ目に遭わせてやるんだから……」

 その時、村上アキの名前を出した事は、もしかしたら、長谷川沙世の失敗だったかもしれない。

 「村上アキ……」

 そう、上無深夜は言って、ゆっくりと立ち上がったのだ。

 「そんなに、あの男が好きか?」

 上無の顔は真っ赤で目は充血していた。頭には血管が浮き出ており、今にも破れて血を吹き出しそうだった。

 「何よ? まだやるの? もっと悪口を…」

 沙世はそう言ったが、それを無視して、上無は迫って来た。その迫力に沙世は思わず竦んでしまう。動けない。

 「何を……」

 そう言いかけた時だった。上無が沙世の首に手を触れたのだ。そしてその瞬間、沙世の中で何かが弾けた。凄まじい感情が、彼から流れ込んで来たからだった。

 上無深夜の異能は『感情感染』。つまり、沙世に触れる事で、苦しみを感じる程にまで高まった彼の恋慕の情が、そのまま彼女に返って来てしまったのだ。彼女は、彼の異能と自分の異能との相性の悪さを忘れていた。軽率な行動。沙世は悲鳴を上げた。

 「いやぁぁぁぁ!」

 その場に倒れ込んだ沙世を見ながら、上無は笑った。

 「村上アキ。お前は、あの男が好きなのか。いいね。感情の強さはボクの武器だ。感情が強ければ強いほど、ボクの異能は強力になる。殺意が強ければ強いほど、ボクの異能はより強力になるんだよ。

 君のお蔭で、あいつを殺したいって気持ちが、これで充分に高まった」

 それから上無は、まるで自棄になったような笑い方でしばらく笑い続けた。

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