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1年3組異世界転生記  作者: ななしさん
第三次ティルム戦争編
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第2話、避難。

手のひらを握ったり開いたり、服に擦り付けたり、そんな奇妙な行動をしながらカナートの街へ向かう。

しかし何をしようと手のひらに残る感覚は一向に消えてくれない。

この森で数多くの魔物を殺し、自分ですら他人に二度ほど刺された事があるというのにいざ自分が人を切ったらこれだ。

何も考えずに人を殺しまくれる男になりたいとは思ってはいないが、この世界に来て意外と小心者な自分がいる事を教えられる。

いや、意外でもなんでもないか。

桜と付き合ってもう一年が経過しているというのにまだキスも出来ていないんだから。

そう思えば童貞のまま短い生涯を終えた俺に、新たなステージを与えてくれた神さんには感謝しないといけないな。

たとえ戦争に巻き込まれようと、サクラと一緒に生きていられるなら乗り越えられる。

だからこそ、今はなんとか軍隊から逃げて一刻も早く王都に向かわなければならない。


カナートの街へ着いた時後ろを振り返ってみるが、未だ軍隊の姿は見当たらなかった。


「おう、大将。おかえりさん!」


今日も衛兵として門番のお仕事中のおっさんが目ざとく俺を見つけてくる。


「おっさん、落ち着いて聞いてくれ。森から帰る途中にベルクト帝国の旗を持ってる軍隊と遭遇したんだ。どう少なく見ても多分一万はいる。」

「おいおいおい、マジなのか?」

「マジだ。冗談言ってられる時間も多分ねーぞ。」

「そうか、わかった。領主の方には俺が話に行ってくる。ケイも一応ギルドに先に報告しておいてくれ。」


百年以上も戦争がなかったと聞いていたので信じてもらえるか心配だったが、おっさんは割とあっさり信じてくれた。

始まりはタバコでおっさんを釣って利用しようとしただけだったが、気づけばこんな突拍子のない話でも信じてもらえるようになっていた。

そういえばタバコだが今は禁煙している。

持ってきていたタバコは全て吸ってしまったのだ。

無いものは吸えないと、案外さっぱり止めれたが、少しの間は修行の休憩の度にタバコが無いことを思い出しては落ち込んだりしていたものだ。


「お断りだ、俺はギルドよりマリーさんに先に知らせに行く。」

「まぁ、お前はそういう奴だよな。」


おっさんは驚きもせずわかっていたかのように納得してくれた。


「あぁ。この街はどうするんだ?」

「基本的には攻め込まれた場合応戦することにはなってるが、今回は相手が悪すぎる。マニュアルでいけば女子供は逃がして徹底抗戦することになるだろう。」

「わかった。じゃあマリーさんには街から出るように言っていいな?」

「まぁここにいるよりはその方が安全だな。」

「じゃあマリーさんに伝えたら一応ギルドにも報告しに行くわ。」

「おう、大将も街を出るなら出る前に一言声かけてくれよ。」


その言葉に俺は踵を返しかけた足を止められた。


「やっぱりおっさんは残んのかよ。」


するとおっさんは柄にもなく少し寂しそうな顔をする。


「こんなでもこの街の兵士だからなぁ。ここで逃げたら今まで俺みたいなのにも仕事を与えてくれてた領主様に顔向け出来んのよ。」

「変な意地張りやがって……。」


諦めてるわけでも、仕方なくでも無く、自らの意思で死地に残ると言うおっさんに無性が腹が立ち、俺はそれ以上何も言わずにその場を離れた。

それはわざわざこんな田舎街に残って一人毎日毎日刀の修行ばかりしている自分に似通った感情を感じた同族嫌悪に近い苛立ちだった。


「おっさんがカッコつけてんじゃねーよクソが。」


誰に言うでも無く一人で八つ当たりのように吐きすてる事しかできなかった。


眠る夢魔亭に着くとマリーさんにも同じように説明をしてやった。

幸い、一階に客はおらず人目を気にする事もなかった。


「そう、ですか。」

「お母さん……。」


いつも底の知れない落ち着きを見せるマリーさんですら動揺を隠せていなかった。

まだ小さなキャルは怯えてマリーさんに抱き付いている。

キャルも少しませているのか、普段はあまり甘えたところを見せたがらないので意外な事ではあった。


「多分この街は保たない。貴重品だけ持って早いところ逃げてくれ。」

「わかりました。キャル本当に大事なものだけまとめてきてちょうだい。お母さんはお客さんに伝えてくるから。」

「……、わかった。」


小さな子供に急に家を出なければならないと言われてもそうそう納得できるような事では無いだろう。

それでも自分の気持ちを抑えてマリーさんの言う通りにできるキャルは本当に偉い。


「マリーさん、良いんですか。多分、もうこの店に戻る事はできない。」


自分で逃げろと言っておいていうようなセリフではなかったが、なんとなく気になったんだ。

マリーさんとて、この店を旦那さんと二人で始めたと聞いていたから。

どうしてそんなにあっさりと吹っ切る事ができるのか。


「もちろんです。娘の命より大事なものがありますか?」


さも当然の様にマリーさんが言った言葉に心が洗われた気がした。


「また、どこかで会いましょう。」


物の見事に疑問が解消された俺は、すっきりと笑顔で別れを告げた。

キャルは俺としては珍しく随分と可愛がっていたから、俺が何も言わずにいなくなってる事にビックリして泣いたりしてるかも知れないな、と思うと少し笑みがこぼれてしまう。

生きてればきっとまた会える。

次に会う時はすごい美人になってそうだな。


もう少し喋っていたかったが時間的にゆっくりしている余裕が無いので俺はそのままギルドへと向かった。

道すがら街では爆発的に噂が広が待っているようで、大騒ぎになっていた。

男たちは武器を持ち、女子供は貴重品と思しき荷物を背負っている。

どうやら領主が決めるまでもなく民衆の気持ちは同じだったらしい。

父親に泣きつく子供達の姿があちこちで見受けらる。


「これこれ、ワシのようなジジイに走らせないどくれ、骨が折れてしまうわい。」


警鐘が町中に鳴り響く中、泣きつく孫をなだめる爺さん。

足手まといにならぬ様街に残るつもりの様だ。

なんでこんなに肝の据わった人間ばかりなんだか。

普通もっと慌てふためいて逃げ惑うものじゃ無いのか。

意地汚く生きようとするものじゃ無いのか。

その答えは先ほどマリーさんに教えてもらっているというのに、どこか俺の価値観とは違って納得できなかった。


ここまで街中に広まっているので分かってはいたが冒険者ギルドももちろんベルクト帝国が攻めてきているのを知っていた。

冒険者ギルドにはカナートの街の領主、オルシティ伯爵から退避組の護衛の依頼が出されていた。

街の防衛の依頼は無い。

これが意味することは領主オルシティ伯爵は完全にこの街を捨てたという事だ。

武器を持つ男共や老人達を道すがらに見てきたので、それを聞いたときには怒りが沸き起こったがどうやらオルシティ伯爵自身、この街に残るつもりらしい。

一部の兵士を避難組の護衛に付け、約500人の兵士をと一緒に街に残ると。

避難組が逃げ延びるために街ごと犠牲になろうというのだ。

頑強な要塞でもなく、歴戦の強兵がいるわけでも無いこの街に、たとえ籠城戦とは言え、万を超す軍隊を相手取る事は不可能。

誰にも気付いた時点で詰んでいるこの事態で、少しでも多くの命を救うための正に苦渋の決断と言えよう。

力がものを言うこの世界で伯爵の地位を持つ領主オルシティも恐らく武人だったのだろう。

避難組に混じらず自らも街に残る事で住民達に示しを付けるその姿が領主の性質を物語っていた。


「おーい、護衛の依頼を受けてくれた冒険者は急いで俺についてきてくれー!もう時期先頭が街を出るぞ!」


ごった返すギルド中に響く大声にふと目をやればおっさんが大きく手を振りながら声を張り上げていた。

それに続いて冒険者達も出口へと急ぐ。


「おっさん、お前避難組の方に入れたのか!?」

「おう、冒険者と一緒に行動するなら少しでも顔を合わせた事のあるやつの方がいいって事になってな、門番の十人が護衛の任に着く事になったんだ。」


その言葉を聞いて俺は心底ホッとする。

おっさんを見捨てるという選択肢は初めからなかったので、街に残らなければならないようなら殴って殴って気絶させてでも連れてくるつもりだったのだが、穏便に済んだようで良かった。


「よし、じゃあ行くぞ!」


そう言っておっさんと一緒に俺たちも東門へと走り出した。

街を走り抜ける間、街に残る住民達から家族を頼むと言うような言葉をいくつも受け、責任の重さを感じる。

俺たちのために、何千という人が犠牲になるのだ。

何としても避難組を次の街へと送り届ける。

そう決意しながら俺たちは街を出た。


隣町へは徒歩で丸一日かかる。

約二千五百人に及ぶ女子供を連れているので恐らくは1日半かかるだろう。

負担は大きいだろうが、ここで軍に追いつかれるような事があってはすべての犠牲が水の泡になる。

おっさん達は限界までペースを上げて進む事にしたようだ。


一時間ほど歩くと太陽が傾き東の空はもう薄暗く染まっている。

ふと背後を振り返れば太陽は半ば地平線に沈みかけていた。


「おい、あれ……。」


殿として最後尾についた70人の冒険者に混じっている俺は地平線をオレンジ色に染める太陽のそばで、何かが紅く光を放っている事に気がついた。


「落ちたな。」


何が、なんて言うまでもなかった。

カナートの街だ。


「門が破られてベルクト軍に押し入られた時点で町中に火を放つ手筈になっていたんだ。そうしないとあの街は敵の拠点として利用され、残された食料などもベルクトの助けとなってしまう。街を犠牲にすると決まった時からそういう手筈になっていた。」


なんでも無いように言うおっさんだが表情までは隠しきれない。

きっと違う部署でも仲のいい兵士や知り合いが居たんだろう。

太陽もほとんど沈み暗くなってはいるが、森の生活で夜目が鍛えられた俺の目にはおっさんが涙を浮かべているのをしっかりと映っていた。


俺達冒険者が殿として最後尾にいるせいで、カナートの住民達に燃え盛る街が見えないのはせめてもの救いであるような気がした。

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