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1年3組異世界転生記  作者: ななしさん
第三次ティルム戦争編
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第1話、強敵。

この世界に来てから約半年が経った。

俺の生活といえばサクラたちが王都に発つ前と特に何も変わってはいない。

毎日魔物を倒して日銭を稼ぎ、ひたすらに自分を鍛え上げている。

成果は上々、冒険者ランクは銀ランクまであがり、森のかなり深くまで来ているが一人でも余裕を持って戦えるようになった。

生活について違い上げるとすれば、カナートの街で冒険者としての活動から森の奥でのサバイバル生活に変わったという程度のものだ。

銀ランクに上がると同時にこの森で山籠りならぬ森篭り修行を始めたのだ。

師匠であるカイルは三日に一回ほど顔を覗かせて剣の相手をしてくれるが、今の俺は実力で言えば金ランクに近いと言われた。

だいぶ自信もついたのでこれから森から出て街に戻り、隣町に出かけたカイルが戻ってき次第王都に向かおうと思っている。


それにしても半年休む間も無く、相変わらず何度も死にそうな思いをしながら自分を鍛えて来たわけだが。


「これもう人間やめてる勢いだよな。」


俺は今刀身だけで約一メートル、重さ10キロ近い野太刀、こちらも魔核などが入った10キロほどの背囊を背負って木から木へと飛び移って移動している。

もう丸っきり忍者だ。

だが魔素を用いた身体強化術が思いの外しっくりハマった俺にとってはこの程度なら割と楽にこなせたりする。

強化術なしでも荷物がなければ出来るだろう所が恐ろしい。

元の世界の某動画サイトでよく見ていた格闘家やフリーランの動きを真似ることなどいまとなっては簡単なことに思える。


とまぁ、この世界の法則はそれほどまでに元の世界と異なる。

とは言っても半年で俺のように動けるようになる奴は人間にはいないとカイルは断言していたが。

ちなみにわざわざ木の上を走ることもないのだが、元々俺は体を鍛えることにはストイックだったせいか、特にこの世界ではつい体に負担をかけたくなってしまうのだ。


そうして二時間ほど森を高速で駆け回っていたのだが、森では感じたことのない強烈な違和感を感じた。


「人か……?の割には多すぎんな。ちょっと見ていくか。」


過去にこの森で冒険者パーティと遭遇した事や、街道を通りティルム山脈に向かう冒険者達を見かけた事はあるが、まずこの森自体が広い。

森の中にいてカイル以外の人と会うことがほとんどないのだ。

だと言うのにこれまでに感じたことの無いほど大量の気配を森の街道から感じる。

それも西から東へ、つまり山脈側からカナートの街へ向かっている。

すっかりこの森の住人となり、生物の気配に敏感になった今ならこれ程の気配を見逃す事はなかった。


できる限り気配を消して街道へと近づいてくにつれてその異常性がはっきりと理解できる。

俺が感知できる範囲だけでも恐らく千や二千ではでは聞かないだろう。

しかもその方向から聞こえてくるのは無数に重なる人の足とと金属が擦れる音。

こんな数の冒険者が集団で行動することなど考えられない。

この集団が俺の予想通りなら、これは既に相当ヤバい状況に陥っているかもしれない。

姿だけでも確認しておく為に、俺は可能な限り木を揺らさないようにして距離を縮めていった。


天に向けて無数に伸びる大木の枝から見下ろす先には、銀色の鎧で全身を固めた見るからに屈強な兵士達、積荷を運ぶ馬車に埋め尽くされている。

それが街道のずっと奥まで続いている。

これを軍隊と言わずに何と呼ぶのか。

そして何より重要な事に兵士達が所々で掲げている旗に書いてある紋章は、一度おっさんに見せて貰ったことがある。

ティルム山脈を挟んだ隣国、ベルクト帝国の物だった。


「これはヤベェ。冗談抜きでヤベェ。」


何でこんな事になっているのかは全くわからないが、アホな俺でもこのままこいつらがカナートの街に行ったらどうなるのかという事くらいはわかる。

だが俺一人でこいつらの相手なんてできるわけが無い。

異世界転生のテンプレ主人公無双小説ですらこれはキツいだろう。

勇敢と無謀を履き違えてはいけない。

今俺にできるのは全速力で街に戻りこの事を伝えることだけ。

逃げるか戦うかは後で決めればいい。


こいつらのペースを考えると確実に俺の方が早く街にたどり着ける。

三十分でも一時間でも早く伝えれればそれだけでも大きな違いだろう。

そうと決まればすぐさま行動に移すため踵を返そうしたのだが、振り返る視線の端で何故か、本当に蟻のように大量に兵士達がいるのに何故か、一際目立つ豪華な鎧を身につけた騎士がこちらを見ている事に気がついた。


「えっ?」


背筋が凍るような感覚につられて振り返ると、眼前に迫る刃。

騎士の男が馬上から投げた短剣。

嫌な記憶を思い出しながらも咄嗟に首を傾ける事で回避すると、その短剣は背後の大木の幹に根元まで突き刺さる。

ここからその男まで直線距離にして百メートル弱はあるだろうというのに、寸分違わず頭部を狙ったその技術に驚嘆する。

弓矢という物の存在意義を覆しかねないほど技だった。

今の俺がそれを食らう事は無いだろうが。


「ファック!」


こんな非常事態だと言うのに、厨二心満載の口癖を吐いてはなりふり構わず身体強化術を用いて全速力で木上を駆け抜ける。

少し遅れて、軍隊の動きも活発化するのを感じる。

敵方も情報という物の大切さをわかっているようだ。

俺を取り逃がす事でこちら側に与える猶予を少しでも減らすために。


とは言ってもむざむざ俺を取り逃がすつもりなんて毛頭無いらしく追っ手が七人ほどついてくるのを感じる。

だが俺には追いつけない。

この森でもう二ヶ月も駆け回っているのだ。

それも駆けっこの相手は野生の魔獣。

どうやら軽装の者を選んで追っ手をよこした様だが、その程度で追いつけると思ってもらっては困る。

だいぶ気配が遠ざかったのを感じてふと後ろを振り返ればもう追っ手の姿は見えなくなっていた。


だが視線を正面に戻しと、そこにはまたしても首筋を狙った刃。

その木漏れ日を反射する輝きが視界に入ると同時に反射的に上半身をひねって回避し近くの枝に飛び移る。

正に間一髪。

あと一瞬でも気づくのが遅れれば今頃俺の首は胴体から切り離されていただろう事実に嫌な汗が流れる。


「やるねぇ、冒険者君。流石、ソロで森に入るだけのことはあるね。」

「テメェ、バケモンかよ……。」


片手直剣を構えることもせず右手でぶら下げながら俺を賞賛してくるが全くもって嬉しくない。

この森の中で今の俺の速度に追い付くどころか、正面を取られること自体がまず信じられなかった。

そしてそれを俺に気づかせない技量。

背は俺よりも小さく百七十センチに届かないくらいで、装備は鎧も付けずに目に見える武器は右手に持つ直剣のみ。

明らかにスピードタイプの軍隊では珍しい格好。

今の一瞬でこの男から走って逃げ切ることは不可能だと理解させられる。


「失礼なことを言わないでくれよ。ところで君、僕の隊に入らないかい?こんなところで犬死にさせるには惜しい強さだ。」


どうやらこの軽薄そうな男はベルクトのどこかの隊長らしい。

だがそれを聞いて心の中でホッとする。

こんな奴がゴロゴロといるのであればあと二年ほど修行を延長しなければならない所だった。


「お断りだ。生憎、俺は人の下につくのが嫌いなんでな。お前の隊には入らないし、ここで死にもしない。」


俺がきっぱりとそう断るが、向こうもわかっていたのだろう。

気色の悪い笑みを崩すこともなくこちらを見据え、


「そっか、残念。」


そう一言だけ言うと姿を消す様に高速で俺に突進してきた。


見事なまでのゼロからトップスピードへの移行。

俺の戦闘スタイルと何処と無く共通点を感じる。

明らかな違いは獲物のリーチだ。

ショートソード相手に、刃渡だけで約一メートルのこの野太刀、懐に入らせなければまず負けることは無い。


カイルは腕の良い剣士同士であれば鎧など紙切れの様なもの、大抵は最初に一太刀浴びせた方が勝つと言っていた。

だから俺はカイル相手に懐に入らせずに、リーチを生かして一方的に攻撃する剣術を磨き上げてきたのだ。


「はははっ!すごいねぇ君は!変わった剣だとは思ったけど、そんな風に使うんだね!」


修行の成果か、俺の前後左右、スピードを生かして全方位から接近を試みてくるが、未だ俺の懐には入らせていない。

いくら早いとは言え、ラビットマンの脚力を超えるほどでは無い。

俺の眼が見失うほどのスピードでは無いのだ。

しかし俺も野太刀は一向にこいつの体を捉えない。

すべての太刀筋を読み切って絶妙にいなしてくる。

いなした後、体を潜り込ませてきたならば野太刀を体に這わす様に振り抜く返しの刃で打ち取れたものだが、直感で危険を察知しているのか、余裕を持っているのか相手はそれをしない。

そうして均衡が保たれているのだが、向こうも体力に自信があるのか、俺の倍以上に動き回っているのにまだ息を切らしていない。

むしろ頬が上気して戦闘に興奮しているくらいだ。


「このバトルジャンキーが!」

「どういう意味だい?」

「戦闘狂って意味だよ!」

「わぁ、そいつは僕のためにある様な言葉だね!バトルジャンキーの僕としてはこのまま剣が振れなくなるまで戦っていたいんだけど、あんまり長引かせると僕の部下達が追いついてきちゃうよ?」


そう、今や少年の様な笑顔を見せるこの男の言う通り、このままキリの無い攻防を続けていてはいずれ追っ手が追いつき、俺の死は確定する。

もはや時間は無いのだ。


「わかってんだよ、んな事!」


できればこの剣術だけで倒せれば一番楽だったのだが、今の俺では力不足だった。

こいつは全力を出さなければ勝てる相手では無い。

こいつ相手に近接戦で挑むのは博打の様なものだが、それでもやるしか無い。


俺は一度距離をとると、鞘を背中に括っていた紐を解いて納刀する。

何度も練習した居合の構えだ。

腰を低く落とし相手を待つ。

この構えを取った瞬間俺の獲物は野太刀と鞘の二本になる。

この両方にとっさの判断で対応しきれる奴はそういないだろう。


「残念だけどこれで終わりみたいだね。じゃあ、僕も本気を出させてもらうよ。」


俺の構えを見るとこいつは心底残念そうな顔をして、しかし一転してより一層笑みを深める。


そして次の瞬間にはその姿が掻き消えた。


いや、俺の眼はこいつをギリギリ捉えている。

だがもしこの戦いを端から見るものがいれば、掻き消えた様に見えたはずだ。

これこそがこいつのトップスピード。

先ほどまで俺の懐に入り込んで来なかったのは、入れないのではなく入らなかったのだと確信する。

俺の本気を引き出すために、引き出した上で自分の最速の剣で俺を切り伏せるために。

正にバトルジャンキーだった。


だが俺の居合斬りも最速という点では同じだ。

自分の持つ剣技の中で最速を誇るカウンター技。

地を這う蛇の様に低い姿勢で迫り来る男の、普通なら見えるはずの無い一挙一動を俺は見逃さない。

そのすべての動きから一瞬すら長いと思える時間の間に、相手の次の動きを予想する。

予想できてしまう。

俺はただその予想された動きに合わせて最速の太刀を抜き放った。


ショートソードでいなそうとするが、速度が速いということはそれだけ威力も増す。

流しきれず逸れた切っ先が脇腹を切り裂く。


「がっ!」


止まらない。

脇腹を裂かれてなおその笑みは陰ることはなく、突き進んでくる。

懐に入ればそこは自分のテリトリーだと言わんばかりに。


あるはずの無い二太刀目。

逆手に持った鞘を振り切るも超人的な反射神経をもって切り上げたショートソードが俺の左手から鞘を打ち上げる。


すべての太刀をかわされた俺は死に体。

隙だらけの背面に最後の一撃を加えてこの戦いを終わらせる。


そう確信しているだろうそいつに。

剣を振り上げたガラ空きの胴体に、俺は体の回転を加えた渾身のエルボーを叩き込んだ。


「かっ!?ごぼぇっ!」


前進する勢いダメージへ加算され、俺の肘を支点に一瞬空中で静止したそいつは目を見開いて次の瞬間には血の混じった吐瀉物を撒き散らし、意識を失って地に倒れこんだ。


「汚ねぇな。」


ゲロのかかったローブの右腕部分を見て少しゲンナリする。

血がかかるのは慣れたものだがゲロがかかるのは初だ。

俺はローブの右肩から先を破り捨てると、地面で伸びている男を見る。

もう追っ手が遠くに見えるところまで来ている。

こいつはカナートの街、フロディーレ王国にとって危険な存在。

つまりサクラ達にとっても危険な存在になり得るという事だ。

ここで殺さない手はない。

無いのだがどうにも手が動いてくれ無い。

刀を振り上げた手がまっすぐ降りてくれないのだ。


「クソが。右腕一本もらって行くぞ。」


ストン、と刃が地に突き立つ。

男の右腕は半ばから断ち切られ血が溢れ出る。

脇腹の出血も合わせてかなりの重症だが追っ手の奴がしっかり応急処置すれば多分死にはしないだろう。

人を殺すという禁忌に踏ん切りのつかない自分に悪態をついて、せめて無力化する為にもそいつの右腕を拾って俺は再びカナートの街に向かって走り出した。

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