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第18話、奇怪なる男。

「こんにちは、ソロ冒険者のケイ君。」


 ラビットマンに確かな致命傷を与えた手ごたえを感じ、研ぎ澄まされた集中力が途切れて地面に倒れこんだ俺のすぐ傍から、そんなまるっきり不自然な挨拶が聞こえた。

 何が不自然って、ほんの10秒ほど前までラビットマンと文字通り死闘を繰り広げていた俺の隣に人がいるはずが無い事だ。


「ッ、誰だっ!?」


 たまらずその場から飛び起きて誰何する俺の目に映ったのは、俺と似たような黒いローブを羽織った茶髪の男。

 丸メガネをかけたいかにも魔術師然とした軟弱そうな体格にもかかわらず、あまりに不自然な登場だったためにその見た目や柔らかい声音、口調から与えられる率直なイメージに違和感を感じてしまう。

 そしてそのローブの裏側が全く伺えないメガネ男は俺の質問に対してこう答えた。


「明日から君の師匠になる男さ。」


 まるで不信感しか与えない登場をしておいて、飄々と男はそういい切る。


「ん?ってことはあんたが……、名前なんだっけ?」


 今朝おっさんに聞いたばかりの名前だったが、やっぱり俺はどうも人の名前に関して記憶力が著しく低下する。

 それにしてもこの男がおっさんの言っていた人物であるなら、顔合わせは明日の夕方だったはずだが。


「カイル。ディンに君の事を紹介された森林の守人のリーダー、カイルさ。」


 カイルがディンと呼ぶ男に心あたりがなかったが、話の内容からしてどうやらおっさんの名前であるようだ。

 以前に一度聞いたものの、例によって瞬時に度忘れした俺はそのまま改めて名前を聞くのも煩わしく、ここまで一貫しておっさんと呼び続けてきていたのだが。


「あのおっさんそんな名前だったのか。」


「名前を知らなかったのかい?まぁいいさ、師匠としては明日からになるけれど、よろしく頼むよ、ケイ君。」


 差し出された手を握り返してみると、その手のひらは華奢にしか見えないその容姿とは正反対に、分厚くごつごつとした皮膚に覆われていた。



 こうしてめでたくも師となる人物と巡り会えたわけだが、その出会いからして奇妙な男だったカイルは、森からの帰り道、この世界についての知識を得るついでに談笑などしていると、殊にけったいな男であるように思えてならなかった。


 まず握手した時の手のひらの皮膚の固まりようである。

 現代においてたとえるなら、まるで毎日欠かさず素振りを千本している熱血高校球児のようであり、到底魔術師のそれとは思えないのだ。

 そこでカイルの装いを改めて観察してみると、横から見れば腹部には、まるで男性器が屹立してテントを張っているかのように出っ張っており、まさかとは思ったが臀部からもまた尻尾でも生えているかのようにローブが膨らんでいるのだ。

 こは如何に、と深く考えるまでもなく棒状のものを腰に差しているのだろう事は明らかだった。

 おそらくは剣の類であり、それが手にたこを作る原因となったのだろう。


 よくよく考えれば、初見で魔術師だと勘違いしてしまった俺だが、おっさんに依頼した師匠というのも剣の師であったのでそれも当然か、とその点については納得できた。


 しかし、だ。

 それだとこの体の線の細さ、魔術師然とした格好はいったいどういうことだ、ということになってきたのだ。

 これから弟子になろうという俺にため口で話されても怒りもせず、自分はこともなげに丁寧な口調で話してくるわ、顔には本的には常時とってつけたような笑みを浮かべているわ、同じ森を歩いているはずなのにどういうわけか俺のものと比べて異様にその足音は小さい。

 そして極め付けにその頭髪はまるでビジュアル系バンドのメンバーであるかのように青く染まっているのだ。



 最後の一点に関しては、この世界では自らの魔素の属性に対する適性に対応して髪色もまさしく千差万別にに代わると言うので不自然ではないのだろうがやはり違和感は感じてしまうといったところだ。

 ちなみにクラスのメンバーがカナートの町にたどり着いて数日間、真っ黒な髪色で不気味がられたのもそういう理由があってのことらしい。


 カイルの出で立ちやその態度など、談笑しもってぐるぐると考え続けていたのだが、いくら考えても理解できず、受け入れてしまえばなんてことはなくそういう男だと納得できるのだろうと思い、まったく何から何まで不自然な男である、と自分の中で片付けようとしたところ、当のカイルからその確信に触れられる。


「奇妙な男だと思ったかい?」


 単刀直入にそう聞いてきたのは、訝しげな俺の視線に気づいていたのか、それともそう言われることに慣れているのか。

 恐らくはその両方であろうと俺は見当をつけた。


「あぁ、まるで訳の解らない男だと思っていたところだ。」


 だから俺も遠慮もへったくれもなくそう答える。

 するとカイルは何がおかしいのか張り付いた笑顔から、むしろ本当に可笑しそうな笑みを浮かべて笑い声を上げる。


「何が可笑しい?」


「いやぁね、僕は仮にも銀ランク冒険者で、しかもカナートではそれなりに尊敬もされているからね。いくらなんでもそこまでストレートに言われるとは思っていなかったのさ。」


 そうは言いつつもまるで気分を害したような雰囲気ではなく、どうやら本当に面白いようだ。

 俺も普段なら目上の人間に対してはそれなりの節度を持って対応するのだが、どうもこの奇妙な男には目上であるのはわかってはいるのが、そういった類の遠慮というものの必要を感じなかったのだ。

 あえてそれに関しても素直に伝えてみると、カイルは嬉しそうにそれで良いという。


「何せ気味は僕の弟子になるんだからね、師匠には遠慮せずぶつかって来てくれよ。」


「あんたも変なおっさんだな、ほんと。」


「ひどいな!プライバシーだから年齢は内緒だけど、僕はディンに比べたら肌のハリも倍は若々しいはずだ、一緒にしないでくれよ!」


「わめくなよ、魔獣がきたらどうすんだ。」


 なんとも奇怪で、だが不快感を感じさせないカイルに少しずつ俺も慣れてくる。

 というかなんかもうこいつがどれだけ変な男であろうがなんかどうでもいい気がしてきて、なぜ変に勘ぐっていたのかが馬鹿らしくなってきた。


「あいつらは基本的に鼻が良いからね、僕らの声が聞こえる時には匂いで僕らに気づいてるだろうさ。それに来たとしても僕がいるんだ、問題ないだろう?」


「大丈夫かよ。会った時も気づいたら傍にいたし、やたらと足音はちっせーし、強そうな気はするけど俺はちょっと不安だぞ。」


 出会ってから小一時間ほどだが、カイルはどうも他人とは一定の距離感を保つ男のように思える。

 敬語まで使うわけではないが、やわらかさを感じさせる物腰がそれを顕著に表しているだろうと思う。

 ともすれば軽薄ともとられうる雰囲気はあるが、多分こいつは他の誰に対しても基本はこんな態度であるだろう。

 普通なら華奢で薄っぺらな態度の男の実力なんてものはまるで信用ならないときって捨ててしまうところであるが、俺にはユウキという腰ぎんちゃくを常日頃ぶら下げていたために、そういう男こそ用心ならない一面を持っている事があるとよく知っている。


 つまりは、おっさんの紹介でもあるし、銀ランク冒険者という肩書きに加え、さらに奇妙な雰囲気を併せ持つこの男は、俺の間ではほぼ間違いなく強いのは強いのだが、実際にその実力をこの目で見ていないからには安心して背中は預けれない、という話だ。


 その点に関して、ユウキは喧嘩は弱かったが、あいつになら背中を預けることが出来た。

 それは俺があいつの実力を知っていて、なおかつそれをカバーするだけの実力を向こうでは持ち合わせていたからだ。

 出来た、と敢えて過去形にしたのはつまりはそういう訳だ。

 逆に今となれば俺とあいつの立場が丸っきり逆転して背中を預けることは出来そうだが。


「そりゃ、僕の実力を知らなければ、不安になるのは仕方ないね。よし、じゃあ予定より一日早いけど、体験入門て事で僕と軽く手合わせしようか」


 などとカイルが言いだしたので今日はそれ以上の獲物を求めることはせずに町へ戻ることにした。



「あっ、ケイさん、お疲れ様です。今日は……、あれ、カイルさんとお知り合いだったのですか?」


 ギルドの受付に並んで俺の番になるとベレットさんが対応してくれる。

 この町に来てからといもの、仕事終わりの会社員が立ち呑み屋に通いつめるかの如くギルドには顔を出しているのだが、俺の高確率でベレットさんのところに並んでいるおかげか、すでに名前も覚えてくれている。

 毎度毎度ベレットさんに受付をお願いするのは、決して、ベレットさんが折れ好みのショートカットだから、というわけではない。

 決してだ。

 なにせ俺には王都に待たせている女がいるのだからな。


 ベレットさんはどうも今日は普段一人の俺が人を連れており、しかもその連れがカナートでは古株のカイルであったために驚いているようだ。


「いや、さっき森でたまたま会っただけですよ。」


 自分で言っておいてなんだが、こいつはたまたま俺を見つけて声を掛けてきたのだろうか?という疑問が浮かび上がってくる。

 いやいや、そんなはずはない、と頭を振る。

 こいつは森で俺と出会ってから特に何をするでも無く、ぺらぺらと喋りながら無駄な笑い声を響かせて帰ってきただけだ。

 こいつの目的が俺を見つけることだったとしたら、誰かが俺が依頼で森に行っており、さらに俺がどの

辺りで魔獣を狩るか大体予想つけることの出来る人間がこいつに教えたんだろうな。

 まぁ十中八九おっさんなわけだが。


 明日の晩って言っておきながら何でこんな真似をしたんだか。

 まぁその辺は本人を問い詰めるとしよう。


「そうでしたか。では今日もいつも通り依頼達成の報告で良かったですか?」


「はい。後、訓練場の使用許可を出してほしいです。」


「わかりました。こちらの書類に目を通してサインをお願いします。」



 ベレットさんが差し出してくれた書類にさっと目を通して手早くサインをする。

 この世界の識字率は、話を聞く限り30パーセントも無い様子で、しかも冒険者ともなればそこらの教育を受けているような人間は一割にも満たないだろうといった有様であるため、普段はこういう書類はギルド職員が読んでくれるものなのだが、訓練場の使用許可に関してはその例外だそうだ。

 なぜなら、訓練場とは言っているがどこのギルドでもその実態は冒険者同士の闘技場と化してしまっているために、暗黙の了解として存在する三つのルール、順番を守ること、過剰な攻撃を加えないこと、横槍を入れないこと、これさえ守れば良いのだそうだ。


 俺がサインした書類をベレットさんが受け取ったのを見て、俺は依頼書と共にかなりの重量感のある麻袋を受付のカウンターに横たえた( ・・・・)


「えぇっと……?これは?」


 それを見たベレットさん驚きを通り過ぎて、少し営業スマイルが引きつっていた。


「そう困った顔をしないでくださいよ。俺もそのまま持っていくのはさすがに無いだろうと思ってたんですから。」


 俺も苦笑しながら言うと、経緯を説明した。

 森でラビットマンに襲われ、間一髪のところで倒せたこと。

 毛皮つき全身タイツを着込んだボディビルダーのようなラビットマンだが、その毛皮は魔獣であるがゆえに耐久性に優れ、一方でウサギでもあるがゆえに保温性は高くファッション性にも富んでいる。

 そういう訳で、冒険者からも女性からも需要が高く、普通の銀ランクの魔獣よりも少し高値で取引されるのだ。

 では何故毛皮だけじゃなく丸ごと麻袋に掘り込んで来たのかと言うと、ラビットマンはその肉もまた売り物になるとカイルに言われたからだ。

 で、結果としては、さっと血抜きをして内臓を引きずり出し、魔核を傷つけないように取り出すと、後は丸ごと麻袋に掘り込んで担いできたという訳だ。


「いつも一人で依頼を受けてらっしゃるので元から実力のある肩だとは思っていましたが、まさか一人でラビットマンを倒すほどの方だとは思っていませんでした!」


 などと、事情を説明するとベレットさんは目を輝かせて興奮していた。


「いやいや、もうちょっとで死ぬところでしたからね。正直銀ランクの魔獣とはちょっと間は会いたくないですよ。」


「そうそう、未来の弟子が目の前でラビットマンに翻弄される姿を見ているのは、さすがの僕も肝が冷えたよ。」


 謙遜でも何でも無く事実だったのだが、余裕を持って受け答えが出来る辺り、どうやらこの一ヶ月死に直面する機会が多すぎてどうも感覚が麻痺しているような気がしないでもない。


 情けないからそうすることを自尊心が許しはしないが、カイルに関しては全力で、助けろよ、と突っ込みを入れたい。


 そしてベレットさんはというと、案の定というか、勝手に謙遜だと思い込んでまだテンションが収まっていないようだった。


「そういえば、今のお話はカイルさんがケイさんを弟子に取るということでしょうか?」


 依頼完了の手続きと、素材買取の手続きを済ませたベレットさんがふと問いかけてくる。

 これは普段より少し畏まった喋り方からしてカイルに聞いているのだろう。


「そうさ、とある男にケイ君を紹介されてね。本当は明日からという話だったんだけど、どうも今日話してみたら僕もケイ君のことを気に入ってしまったのさ。」


「おっさんに気に入られても嬉かねーよ。」


「またそうやって釣れない事をいう。この通りケイ君は僕の実力を見せてあげないと着いて来てくれそうに無いから、訓練場を借りることにしたんだよ。」


 仕事の為に観戦に来れない事を残念がるベレットさんに見送られて、俺とカイルは訓練場に向かった。

お久しぶりです。

諸事情により三ヶ月ほど更新をあけてしまいましたがこれからまた再開させていただきますので、良ろしければまたお付き合いください。

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