第15話、旅立ち。
この世界にも春夏秋冬は存在し、一年が365日であり、1月から12月まであるという所までそっくりそのままらしい。
そして、今は10月の終わりで秋の中ごろだそうだ。
現在時刻は朝の六時前、外気は肌寒く、俺も上下長袖の服に黒のコートを羽織っている。
以前に依頼の報酬で購入したものだ。
依頼でも使えそうな、作業着的な役割の上着を買いに行ったのだが、特にこだわりも無かったので、中学校の卒業式で着た長ランを思い出させるようなこのロングのコートを購入した。
今日、早朝から町の門まで出てきたのは依頼のためではない。
3組の出発当日ということで見送りに来たのだ。
門の前には護衛含め役10台ほどの馬車が並んでいる。
ただ、その馬車を引くのは馬ではなく、茶色味がかった岩の様な体表を持つ四足歩行の土竜と呼ばれる魔獣だ。
その名の通り、かつてアニメなどでもよく目にしたドラゴンを思わせる爬虫類独特の凶暴そうな顔つきだが、臆病な性格で、きちんと躾けられていれば馬より扱いやすい。
馬は基本的に高級品扱いらしく、スピードでは土竜に勝るが、継続的な走行に置いては土竜に劣るので実用面でも土竜にプラス評価が付く。
さらには、草食の馬と違い、土竜は雑食なため食料も選ばないですむ。
こうなればわざわざ高い金を払ってまで馬に乗りたがる者も少ないだろう。
よって、今回俺達異世界人としては腰が引けつつも、この恐竜のような魔獣をチョイスしたのだ。
といっても俺は竜車に乗り込まないのだが。
この竜車でこれから一月かけて王都に出向する予定のメンバーは、ちょうど積荷の最終確認と点呼を終えて俺のほうに向かってきていた。
「そろそろ出発か?」
クラスの先頭を歩いてきたサトシに問いかける。
「そうだな、荷物の積み忘れも無いようだしケイ君に挨拶が済んだら出発だね。」
準備は無事に完了したみたいで何よりだ。
「お前のことだからリスクヘッジは用意してるんだろうが、道中何が起こるかわかんねーし気をつけろよ。」
異世界に来てからの交流で、今のコイツに限って準備不足などということはありえないと俺は評価している。
想定し得る限りの事態のすべてに対応策を練ってきているはずだ。
とはいえ、この異世界において不測の事態は必ず発生するだろうということは、逆に誰でも予想できる。
魔獣の存在もそうだが、やはり人攫いや盗賊の類はどこにでもいるそうで、今回も比較的高い賃金で良い護衛をつけている。
護衛で対応しきれなくなってしまうと、簡単に言えば詰みなので心配はせざるを得ない。
まず3組連中は力をもらってはいるが、素人を戦力として数えるのは得策とは言えないからだ。
「本当に何が起こるかわかったものじゃないからね。僕にできたのはお金で何とかできる面に手を回すことと、後は全員が無事に旅を終える事を祈るくらいだよ。」
言いながらサトシは三組の全員が着ているのと同じ革メインにところどころに金属のプレートが縫いとめられた鎧を指でコツコツとつつく。
今回の旅のために、新調したものだ。
生存性を考えるとフルプレートメイルのなるのだろうが、なにぶん平和ボケした日本人がいきなり身に着けれる重量ではなかったので、このハーフプレートメイルを選択したそうだ。
それでも3組の、特に女子はその重さに早くも気がめいっている者もいるようだ。
外から見れば、黒髪揃いという奇妙な点はあるものの、見るからに新米冒険者の集団といった所でこの世界に溶け込めている。
「私達の心配もいいけど、考えなしのあんたが一番危なっかしいんだからね?」
「そうそう、無茶して俺達を泣かすなよ?」
「ユウキ君も泣くのかな?もしや、ホモなのかなー?」
「ホモじゃねーよ!ツレが知らないところでコロッと逝きやがったら泣きもするだろ!」
出発直前となってもこの三人組といえば緊張感もなく全くのいつも通りだ。
よくよく考えてみればどいつもこいつも変に根性が座ってるやつらだ。
三人のいつもどおりの光景を傍らでいつも通りに微笑みながら眺めているサクラもやはり肝が据わっていると言えるだろう。
「はいはい、コロッと死んでもお前に泣かれるのはキモイからやめろよ?」
「んだよー、男泣きくらいいいじゃねーかよー!」
「やーいホモ泣きー!」
サヤカは相変わらずユウキをいじるのが好きなようで、これなら道中も、何事もなければだが、楽しくやっていけそうで少し安心する。
まぁこいつらの事だから俺に心配かけまいといつも通りを演じている可能性も無い事は無いのだが。
「ケイくん、王都でまってるからね。死んじゃだめだよ?」
「わかってるわかってる、冗談だ。また手紙でも寄越せよ。」
「わかった、毎日送るね!」
「いや、そのお金はどっから出てくるんだ。月一回くらいにしとけよ。」
この世界では製紙技術がまだまだ未発達で紙自体も高く、また移動手段としても竜車がメイン、良くて馬車レベルなのでその送料も高くつくのだ。
毎日送るとなればそれはそれは生活が厳しくなる事だろう。
「えへへっ、ちゃんと返してよ?」
「当たり前だ。お前らサクラの事はちょっとの間任すからな、変な男が寄り付いて来るようなら問答無用でヤッちまえよ。」
「まかせろ!俺の魔法で丸焦げにしてやんよ!」
「お前だけは変な力もって調子に乗りそうだから不安だわ。」
とはいえ、空気の読めない典型的なお調子者ポジションのユウキだが、その内心はしっかりと物事を考えている事を長年の付き合いで俺は知っている。
「下手だけは打つんじゃねーぞ。皆も道中だけじゃなく、王都に付いてからも気をつけてな。俺が王都に行ったときに一人でも欠けてたらユウキぶっ殺すから。」
ユウキは理不尽だのなんだのと喚いていたが、そろそろ時間らしく、みな口々に俺に挨拶やら、森の件でのお礼やら、再開の約束をして竜車を並べてある所へ向かっていった。
みなが竜車に向かう中一人残ってくれたサクラに声をかける。
「サクラ、ホントに気をつけてな。お前がいなくなっちまったら俺はこの世界で生きる意味がなくなっちまう。」
ユウキと馬鹿な話をするのはもちろん楽しい。
コトノが俺にツンツンしたりデレデレするのを見るのも嫌いじゃない。
サヤカは。まぁ変なやつだが俺もあいつは俺達五人組に欠かせない友達だと思っている。
五人組どころか、このクラスの誰一人かけてはならない存在である事は間違いない。
だがその中でもサクラは別格だ。
もし俺のいない間にサクラが死ぬような事になれば、俺は本当に生きる屍と言っても過言ではない状態になると思う。
せめて俺の目の前でサクラが死ぬというなら、その時は既に俺が死んだ後だろうからまだ良いが、サクラの死を後々知らされれば、クラスの皆を残してサクラの後を追うこともできないし最悪なのだ。
「ありがとう。でもそう思ってるのは私も一緒だからね。ケイくんも気をつけて。」
微笑ながら俺の身を案じてくれるサクラが、これから長い間会えなくなり、下手をすれば二度と会う事ができなくなってしまうと思うと、この瞬間ほど大切な一瞬はないと思えた。
だから俺はサクラの背に両手を回して抱き寄せた。
「サクラ、好きだ。」
「それも私も一緒だよ。」
たぶん俺達は今顔を真っ赤にしてるんだろうと思う。
サクラと触れ合っている体も、顔も鎧越しにもかかわらず体温が移ってきたかのようにあったかい。
少し先では、クラスの皆がニヤニヤしながら俺達を見てるんだろうと思うと、目が合うのが恥ずかしくて自然と目をつぶってしまう。
「俺達、七ヶ月も付き合ってるのにチューもしてなかったよな。」
「ケイくん、意外とそういうとこシャイだもんね。」
「ああ、したことねーからな。」
俺もサクラもお互いそういった経験に疎く、サクラに関しては彼氏ができたのも初めてだったらしく、体どころか唇を交えることもなく過ごしてきた。
それでも楽しいと思えたし、不満は全く無かった。
ビビッてたって言うのもチューをしなかった理由の半分くらいは占めているのだが。
「サクラ、再会できた時にチューしよう。」
「うん。」
「だから絶対また会おう。」
「うん。」
「よし、行って来い!」
俺はそう言うと、サクラの背に回していた手を離し、頭をぽんぽんと撫でてやった。
「うん!」
満面の笑みで返事をすると、サクラも皆の下へと駆けていく。
先ほどまで感じていたサクラの温もりが秋風に奪われて冷たくなっていき、一層寂しさが募ってしまう。
クラスの面々を見るとニヤニヤしている思っていたが、それどころか、皆真剣な表情で、感動してか涙を流してくれている子までいた。
コトノはちょっと、いやかなり悔しいようで、遠めに見ても明らかに歯を食いしばり綺麗な顔がゆがんでいるのがわかって面白かった。
サクラが戻ると、事前に決めていた竜車に乗り込んでいき、全員乗り込んだのを確認した後、サトシが最後に乗り込み御者に出発するよう伝える。
竜車につながれた土竜たちは御者に逆らうことなく、ゆっくりと歩き出し、徐々に離れていってしまう。
サクラもコトノも、ユウキもサヤカも皆俺に大声で別れを告げているが、一斉に言うのでまるで何を言ってるか聞き取れない。
「お前ら、元気で王都で待ってろよー!!」
俺もとりあえず返してみたものの、きっとあいつらも俺が何を言っているかは聞こえなかっただろう。
でも、聞こえないにしても、俺達はお互いにきっと同じ事を思い、同じような事を言っているんだろうとわかる。
寂しくはあるが、今この瞬間、理不尽に殺され、他に成すすべもなくこの世界に飛ばされた俺達は、この世界での一歩を確実に歩みだした気がして、それが嬉しく感じた。
元の世界には戻れないが、俺達はこれからこの世界で生きていく事ができる。
今は皆と離れ離れになってしまったがいつかきっと再会できる。
そう思えばより一層、俺は強くなるために頑張れる気がした。
それぞれ乗り込んだ竜車の中から、皆が俺に手を振ってくれているのを、俺は皆の無事を祈りながら見送った。
いやぁ、ここまで来るのに長かった気が。
これからは、ケイと三組がどう成長していくのか、ご期待ください。