第12話、もう一度。
あれから一週間クラスの面々はこのカナートの町に徐々に馴染んできている。
黒髪揃いの一団は今でもやはり大いに人の目を引き、物珍しげな視線は止むことはないが、最初の頃のようにちょっとした人だかりができたり気味悪がられる事も少しずつ減ってきている。
服装もこの世界で買ったシンプルな服を身にまとい、高校の制服も各自泊まり込んでいる宿にしまっている。
その際の金の事だが、神様に貰った金をみんなで使ってやりくりしている。
今後も安定した収入が得られるようになるまではこの方針で行く予定だ。
しかしこれも一応は金を貰ったクラスメイトに後々は返却していくという事になっている。
金を貰った者たちはどうせ貰い物だし必要経費だから返しもらわなくてもいいと言ったが、後腐れが残らないようにと言う事でこうなった。
またこの一週間の間にクラス全員が身分証代わりのギルドタグを発行してもらっている。
その名の通りドッグタグに類似したもので、サイズは少し大きめだ。
特徴としては表面に記魔石《アーカイブストーン》という魔力に反応する透明な石がはめ込んである。
これがどうも優れものらしく、ギルドでは専用の機材で個人情報をこいつに書き込みしてくれ、普段から身につけていれば勝手に所有者の魔力からステータスを数値にして表してくれる。
さらに本来の所有者以外がギルドタグをつければ記魔石《アーカイブストーン》が砕けギルドタグとしての価値を失うというセキュリティ面での徹底ぶり。
なるほど、これが身分証になるというのも納得のいくものであった。
しかしこれがギルドの門外不出の魔術によって製造されるらしく、ギルドタグの発行には大銅貨2枚とこの世界において安くない費用がかかる。
ちなみに皆の一番の関心であったランクについてだが、金で動くギルドらしく、石、鉄、銅、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコンと貨幣と同じランク付けとなる。
タグの素材もランクアップに伴い変化していくそうだ。
ランクはその人が一つの仕事で稼げるだいたいの金額を示していて、ありていに言えばオリハルコンランクの人なら一つの仕事でオリハルコン貨を稼ぐことすらできるという。
だとすればその人物は単身で戦略級の戦力に成り得る、と言う事になり、いつかそんな人物を見てみたいものだと思う。
そんなこんなで俺たちは揃って石のギルドタグをつけている。
だが異世界でわざわざ戦いたいと思う者も少なく、神様に戦闘能力に関係の無い物をもらった者にとっては化石となりそうだ。
かくいう俺は強くなるためにこの一週間様々なクエストを受けてきた。
実はこの一週間、俺たちのクラスはこの世界で何をするかを決める猶予期間、また情報収集の期間として自由時間にすることを決めている。
だが向こうの世界で喧嘩が唯一の取り柄だった俺はこの前の巨大猪、角付き狼と戦ったことでこの世界における自分の弱さを実感していた。
更にコトノにサヤカ、ユウキに間一髪の所を助けられたことで神様に戦闘能力をもらった者たちにも戦力としてかなり劣ることを気付かされた。
こんなことではこの世界でサクラを守ることなど到底出来ないと考え至った俺は、ギルドで日銭を稼ぎながら強くなることを決めたわけだ。
とは言っても現状石ランクの俺が出来ることは町の中でのお手伝い的な依頼ばかりだ。
派遣でいろんな仕事に飛ばされているような気分になる。
『愛しいミィちゃんが迷ってお家に帰ってこないの!』、『有能なパン生地コネラー募集中』、『我が家が雑なる草兵に包囲されている、援軍求む!』etc...。
石ランクの依頼はよくもまぁ揃いも揃ってふざけた依頼名が思いつくものだ、と思わず関心しそうになる依頼ばかりだった。
掲示板に雑多に貼り付けられる依頼用紙の中で少しでも目立とうとユーモアを出しているのだろう。
一つ目の依頼に関しては、依頼主と顔合わせした時点で猫も帰り道が分からなかったのではなく、溺愛する飼い主の暑苦しさに耐え切れず飛び出したのだろうと容易に想像がついた。
そんな依頼をこなすこと十回。
ようやく俺も鉄ランクに昇格することが出来る。
原則としてランクアップの制度は、各ランクの依頼を30回達成させることが最低条件となっている。
しかし石ランクに限ってはギルドにとってもお試し期間のような扱いで、10回こなせば鉄ランクに昇格することが出来るのだ。
そういうわけで今回の『鶏をシメて内臓を引きずり出すだけの簡単なお仕事です!』というなかなか精神的に来る約3時間ほどの依頼を達成した俺は、依頼主の養鶏場の親父のサインをもらった依頼用紙を握り締めてギルドにきていた。
「はい、依頼の達成を確認致しました。それではこちらが報酬です。」
そう言って石貨8枚を寄こすギルドの受付嬢はベレットさんと言うそうだ。
あまり名前を覚えない俺だがこの人は名札を付けているので何とか覚えている。
ギルドの受付嬢は数人いるが、毎度毎度違う人というのも面倒なのでベレットさんがいるときはいつもベレットさんに対応してもらっている。
褐色の健康的な肌にさっぱりとしたショートカットのベレットさんだが、お約束通りの美人で愛嬌のある笑顔も荒んだ冒険者達の癒しとなって憧れの的となっている。
とはいっても他の受付嬢も皆引けを取らない美人揃いだ。
どうやらギルドの受付嬢というのはあちらの世界でいうキャビンアテンダント的な職業らしく町娘達の憧れで在るそうで。
求人など出すまでも無く就職希望者が列を成すためにギルド側は選り取り見取りとなり、最終的には顔採用、ということになるらしい。
こんな世界だ、採用後、もしくは採用前でさえ『ぐへへ、良いではないか×2。』的な展開も当たり前にあるんだろうな、と思うとなんとも目の前のベレットさんを見ていたたまれない気持ちになってしまう。
「な、なんですか、ケイさん……。」
俺の気持ちを鋭く察し、口元をひくつかせなが問いかけてくるが、何でもないですと答えてランクアップをしたい旨を伝えた。
「かしこまりました、それでは明日には出来上がりますので、また明日以降に取りに来てくださいね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
用事が済んだので俺はそういって席を立つ。
「またのご利用をお待ちしてます!」
その後俺はちょうどギルドを出たところでユウキ達に出くわした。
一週間の猶予期間が終了し、今後の方針を決めるための第三回クラス会議があるのだが、予定時間ちょっと前になっても来なかった俺を探しにきてくれたそうだ。
軽く謝罪をすましてから俺たちはマリーさんとその娘であるキャルが切り盛りする“眠る夢魔亭”に足を運ぶ。
異世界初日に来たときはマリーさん一人しか見当たらなかったが、早い目の時間にいくと娘のキャルも笑顔を振りまいて楽しそうに飯を運んできたりするのだ。
“眠る夢魔亭”はクラスの中心であるユウキ達が泊まっていることもあり、3組のメンバー同士でご飯を食べるときなどはここが良く選ばれていた。
俺もこの一週間、依頼が終われば一人で刀を振り続け、夜になるとおっさんとここに飯を食べにきている。
余談だが、おっさんはカナートの町に着いたとき、最初に出迎えてくれた事もあり、クラスメイトにとっても俺の居候先の相手として顔が知れてきている。
店に入ると俺たち以外のメンバーは皆あつまり、料理を目の前に着席していた。
ここでも俺は遅れた事を謝罪して、空いている席、というより俺たち五人のために空けておいてくれた席に固まって座る。
ちょうどそのとき朝の6時から2時間おきに計7回なる最後の鐘、つまり18時の鐘がなる。
町の中心の時計台から鳴り響くその鐘の音は、店の中でも十分に聞こえる大音量だ。
その音を合図にサトシが立ち上がる。
「それじゃあ、全員集まった事だし、第三回目のクラス会議を始めよう。」
サトシの言葉に特に誰かが返事を返すわけでもなく、会議は進行する。
「今日の議題は、一週間前にも言った通り僕達がこれからどうやって生きていくかだ。どんな職業を目指すか、と言い換えてもいいかな。」
そう、いくら神様にもらったお金があったってこれから一生何もせずに生きていけるわけではない。
そのもらったお金はただの生活費ではなく、俺たちが職を探すための資本金といってもいいものだ。
だけど、とサトシは続ける。
「僕もこの一週間、この世界でどんな仕事に就くかじっくり考えてみた。いろんな人に話を聞いて回ったり、図書館で調べてみたりもした。
その結果として、僕はこの世界でこれになりたいと思ったものを見つけられなかった。
その一番の理由が、たとえ何かをしたいと思っても、その職業につく方法が分からなかったからだ。
僕達にはこの世界で身寄りがなく、知り合いもいない。身分を証明するのはこのギルドタグだけだ。」
サトシは首にかけられた石のギルドタグを握り締めている。
「この世界で今すぐなろうと思ってなれるものなんて、冒険者くらいしかない。
だけどいくら神様が僕達の成長に補正をかけてくれているとしても、冒険者にしかなれないからといって冒険者になって、せっかく拾ったこの命を無駄にはしたくない。
皆にも無駄にして欲しくない。」
クラスの皆は一様に暗い表情で目を落としている。
だがサトシは自分達のトラウマに触れてまで言いたい事があるんだと皆が理解しているようだった。
ちなみに成長補正の件だが、神様が俺たちを純粋な日本人のまま転生させてすぐに死なれては意味が無いという事で、元の世界で頑張ったことに関しては、こちらの世界で対応する技能の成長が早くなるというものだった。
例をあげるとすると、向こうの世界で喧嘩ばかりしていた俺は、戦闘センスの伸びに成長補正がかかっている、という事になる。
また勉学を真面目にしてきたものには魔術センスの成長補正を、といった具合だ。
「この一週間で、何かになりたいと決める事ができた人もいるかもしれない。
もちろんその道を僕は否定したりしない。むしろ応援する。
でも僕は皆の多くはまだ決めかねていると思うんだ。
もう見つけた人にはそれを後押しできるような、まだ見つかってない人には、今すぐには見つからなくても、いつか見つけられるような、そんな環境で僕は皆と過ごしたい。」
そこまでサトシが言って、幾人かのクラスメイトはサトシが言おうとしている事に気付いたようだ。
俺もうすうすだが気付いている。
「だから僕は皆と――」
クラスメイト全員の目を集めながらサトシは最後の言葉を言った。
「――もう一度学校に行きたい。」
ここまで来ましたが、サクラがほとんど喋っていない事に気付きました。
一対一の対話でも難しいのですが、多人数での談笑を描写するのがなかなかに苦手な用で申し訳ございません。
そのうちサクラもしっかりと入れますので!