7 愛巣宮は説明する
愛巣宮 アイスクウ
お菓子の能力者少年。
林林 ハヤシリン
悦楽主義少女。
手名椎ゆゆ テナヅチユユ
臆病少女。
手名椎ゆゆの話を聞いた宮は林と、顔を見合わせ、
「「はあ………」」
深いため息をついた。
そもそも宮は、「狼前院という女の人から勧誘された」と聞いた時点で、勧誘したのは狼前院夕暮だと思いこんでいた。なぜなら狼前院日中は、確かに[一天]のトップだが、自分から進んで人材を引き入れるタイプではない……はずだったからだ。
目の前に、その反例がいる。
「ど、どうしたんですか?何か変なことでもありましたか?」
心配そうにゆゆがこちらをうかがってくる。
「いやぁ……うん、ありすぎ」
そう返答してから、宮は時計をみて時間を確認した。ゆゆの話で5分ほど時間が経っただろうか。一時間目の授業まで――それを受けなければならないとすれば――あと十分もない。
「ゆゆちゃんは何クラス?」
「わたしですか?――Mクラスです」
何の躊躇いもなく言い切ったゆゆに、先ほどとは違う意味で、二人の間に震撼が走った。
イーストシティ連合におけるスクールの話をしよう。
この国には、コミュニケーション・スクールと、通常のスクール――場合によっては区別するためにスタディ・スクールと呼ばれるが主流ではない――の二つの学習施設がある。
イーストシティ連合において、学校は義務制ではない。ただし、進学テストを受けるのは義務である。人々は進学テストを受け、合格したら次のレベルのテストを目指す。そのテストの合否によって、人々の学力レベルが決まるのである。この年齢でここまで受けなければならない、などといった決まりはないのだが、求職において何レベルの学力が必要、と決めている会社は少なくない。
テストに落ち続けると、いつまで経っても就職できない上、「この年齢でこのレベル?」と益々就職に不利になっていくわけである。就職せず結婚するにしても、あまりに学力レベルが低いと、不真面目な者だと思われてしまう。
とはいっても、何も勉強せずテストに合格できるはずがない。イーストシティ連合では、タブレット端末を通じた通信教育が主流である。あるいは、家族や近所の知り合いに教えてもらう、という手もある。いずれにしても、大体のものは自分の適性レベルのテストに、数回受験すれば合格することができる。
そうして大人になると、次は就職である。だが、いくら学力が高くても、自宅に引きこもって勉強ばかりしていると、もしかすると会話すら成立させることができない者もでてくる。
そのため通うのがコミュニケーション・スクールである。このスクールは、コミュニケーション能力の向上を求めるものたちが集まり、様々な活動を通して、その目的を果たす。指導者をたて、指導料を徴集するのが主流だが、同様の目的を持った者たちが集まり、スクールを形成する場合もある。
さて、宮たちが通っているのは、もうひとつのスクールである。
先ほど述べた通例で、問題となることがある。つまり、テストに落ち続けた場合である。自宅で勉強しているが、近所のお兄さんに教えてもらっているが、どうしてもテストに合格できない。嗚呼、どうしよう、もうこれで6回目だ――そんな場合である。
実際宮の身に起こったことなので思い起こすと悲しいものがある。
彼らはスクールに通うことになる。スクールでは講師が何人も――大きいところでは何十人も――雇われ、生徒をクラスに分けて、クラスごとにみっちりと勉学を指導することになる。しかも、その講師は教科ごとに分かれているのだ。これで学力があがらない生徒はいない。
だが、スクールの学費は高い。慎ましくしていれば、人が一人暮らしていけるほどである。それゆえ、スクールに通うのは富裕層ばかりである。残念ながらそれ以外は、必死に独学で頑張らなければならない。
結局は金がモノをいう世の中なのである。
次の進学テストに合格するまで、小遣い減額!とされて、貧乏人のような生活をしている、宮のような例もあるのだが。これでも一応は大陸中で有名な――国内だけではない――音楽家の息子なのである。
イーストシティ連合国内のスクールがすべて同じではないが、エリュオン・スクールは、3つのコースに分かれている。
裕福な家庭の子供は大抵スクールに通っているが、その全員が成績が悪いとは限らない。とりあえずスクールに入れておけばテストに落ちることもないだろうと、スクールに通う生徒もいるのだ。
ひとつは、Bクラス。Basicクラスと呼ばれている。いわゆる、とりあえず組である。
もうひとつは、Hクラス。High qualityクラスと呼ばれている。せっかくスクールに入れてあるのだから、普通の指導では満足できない、という組だ。当然成績が悪ければ入ることはできない。
実は林はHクラスだったりする。それを知ったとき宮は愕然とした。どうして幼なじみなのに、ここまで違ってしまったのだろう、と。
最後はMクラス。名前の由来を、宮たち生徒は知らない。もてなしクラスとも、Mudクラスとも揶揄されているが。すなわち、成績が悪すぎてスクールに入れられた組である。
先ほどまでの流れでわかるだろうが、宮はもちろんここだ。
ただし、現在三人がいるのは、ホームルーム教室である。すべてのコースが共通して受ける数少ない授業と、荷物を置くためだけに準備されている部屋だ。その性質から、ホームルーム内での生徒の関わりは、ほぼないといっても等しい。
ちなみに、各クラスの人数比は、5:1:2ほど。
そして、目の前の少女はきっぱりと言い張った。自分はMクラスだ、と。
それは、この学園において最下層であることを意味している。
「え、Mクラス?」
「あ、はい」
ゆゆは気軽に頷いた。
宮は自分が誤解していたことに気がついた。気が弱そうな子だから、大人しそうな子だから――頭がいいのだと思っていた。親の転勤か何かで引っ越してきて、エリュオン・スクールに編入してきたのだと勘違いしていたのだ。
「ちなみにテスト何回目?」
「次で6回目……、です」
手名椎ゆゆは馬鹿だった。
今度は気恥ずかしそうに答えた。これがなかなか珍しいことだという自覚ぐらいはあるようだ。
しかし、次で7回目の宮といい勝負である。
「大丈夫、俺っちは次で7回目だから」
「え、そうなんですか!」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないからね、宮の馬鹿♪」
林の怒り半分の声をBGMに、宮は後頭部に衝撃を感じた。
「ってぇ……」
振り返ってみれば、宮がノートサイズのタブレットを手にしている。スクールでの学習は、タブレットに映し出される教材と、ノートを併用するのが普通だ。
「ってか、それ、結構痛いんだけど!やめろよ!」
「ああ、そうだよね……ごめん、危ないよね……タブレットが壊れる危険性があるし」
「そっちじゃねえよ!」
宮の渾身のツッコミにも、林は大して反応を示さない。いや、内心「おもしろーい♪」などと思っていそうだ。宮はため息をついた。
林がタブレットをのぞきながら呟く。
「うーんと、掲示板をみると……Mクラスの授業は、一時間目は休講になったみたいだね」
「えっマジかよ!」
「うんマジマジ。よかったね~。あたしは元々、一時間目はないし。さて、と」
宮と林は顔をあわせ、頷いた。
「これでゆっくり話ができるわね」
「ああ、これでゆっくり話ができるな」
「ふえっ!?」
三人はそれぞれ椅子に座って話しこむことにした。林は名前も知らない、宮の前の男子の席に座っている。
「とりあえず、この町が紛争中ってことは知ってるよな?」
「あー、えーと、なんとなく」
「なんとなくかぁ……」
それでよくこの町にこれたな、と宮は目の前の臆病な少女をながめた。その視線に気づいたのか、少女が小さく反論する。
「えっと、一応は調べたんですけど……この町では、[一天]と[小さな王国]が争ってるんですよね」
「そこまでは知ってるんだ」
「わたし、前にここに住んでたこともあって……その時は、トップは[一天]だったんですよね。……あれ、でも、[一天]のリーダーは日中さんじゃなかったような……」
「そう、それがそもそもの発端なんだよ」
林がビシ、と人差し指を立てた。
そもそも、紛争とは何なのか。
イーストシティ連合の北に位置するフラルターン神聖王国では、たびたび内乱が起こっているが、それとは違う。そもそも連合は紛争を推奨しているのだ。
イーストシティ連合は、17のシティが集まってひとつの国を成している。それぞれのシティには都市議会という独立した統治機関があり、実際は小国が集まったような状態だ。
そして、それぞれのシティには都市議会のほかに、もう一つ統治機関がある。それが、都市議会と双璧を成す、能力者チームだ。シティの中に数多ある能力者チームのうちで、最も力の強いものが、都市議会と手を結んでシティを治める。
ただし、それぞれの分野は違ってくる。都市議会は行政・外交が中心で、能力者チームのほうは、治安維持に努める。すなわち、都市議会が政府だとすれば、能力者チームは軍である。
この、トップに立つ能力者チームを決めるための争い。それが紛争と呼ばれるものである。
紛争の勝利条件は単純である。
都市議会から各チームに配られる特別な「カード」をすべて集めること。もしくは、敵対するチームすべてが敗北を宣言することである。
紛争に際しては、様々なことが許される。町中での能力を使った戦闘の許可。(ただし壊れた建物は道路は直すことが推奨される)紛争に必要な法律違反の許可。
許されていないのは、チームに入っていない一般人を害することと、人を殺すことぐらいだ。
それゆえ、紛争が行われているシティは荒れる。
二年前まで、イーストシティ連合では[一天]がトップにたっていた。しかし、[一天]のリーダーである狼前院四六が突然いなくなったのだ。原因は依然として知れていない。ただ単純に死んだとも、病に倒れたとも、旅に出たとも、記憶を失って他のシティにいるとも、ニューハーフになるためシティを出たとも、様々噂されている。
トップを失ってた[一天]。それにつけこむかのように、[小さな王国]が名乗りをあげた。[一天]のほうは、狼前院四六の四人の養子のうちの一人、日中をトップに立て、それに対抗している。
だが、二年間も続く紛争は、いまだ決着がついていない。
「そもそも、カードがどこにあるかさえ、まだわかってないんだよなあ」
「勝利条件の、ですか?」
「そうそう」
宮は頷く。
カードは手の平サイズだ。基本的に、各チームのリーダーが持っているとは予測されるが、本当にそうとは限らない。もしかしたらアジトに隠してあるという予想もできる。どこにでもしのばせることができる大きさだ。
「うーん、隠し場所は知らないけど、どんなカードかは知ってるけど」
さらりと林が放ったひとことに、宮はぎょっとした。
“どんな”カードか。つまり、紛争が行われるごとにつくられるカードの、素材、デザイン、具体的な大きさ、ということだ。
「えっそれ教えて」
「えー、別にいいじゃん」
「いやよくねえし。てかなんで知ってるんだよ。それ知ってるのって、都市議会と各チームのトップぐらいじゃ……」
「はいはい、で、次の話ね」
慌てる宮をよそに、林は話し出した。
実際、林はどこから得てきたのか様々な情報を隠し持っているが、その全容を宮に話してくれることは滅多にないのだ。
宮はがっくりと肩を落とした。
「ゆゆちゃんが勧誘されたのが、[一天]。これは完全能力者だけを受け入れるグループなんだよね。えーと、本当に、能力者じゃないの?」
「はい。生まれたときから今日までずっと無能力者です。能力なんてふれたこともなくって」
(あーこれ俺っちが能力者だって言ったら引かれるかねぇ)
「……さっき話した中でもそう言ったんですけど」
「ごめんごめん。で、その上、実力主義。力のない奴には見向きもしない。四兄弟全員が、[一天]の中で屈指の能力者ってのがまた凄い」
「そういう奴を集めて養子にしたんだろ」
宮が口をはさんだのに、林は小さく頷いた。
「まあそうかもね」
能力で子を選ぶ。いかにも[一天]がやりそうなことだ。
事実、[炎獄の魔女]と呼ばれる狼前院日中の能力は、前トップであり義理の父でもある狼前院四六と同じ、発炎系。自分の意思で能力を選べない以上、その能力を持つ日中を養子として選んだとしか考えられない。
「あの……四兄弟、っていうのは?」
「昨日会ったんでしょ?前トップが拾ってきた義理の子供たち、狼前院朝日、狼前院日中、狼前院夕暮、狼前院深夜。日中をトップとして、[一天]の中核をなす面子なんだよ」
少しぼんやりしているゆゆは、長男と長女の顔を思い浮かべているようだ。
その二人は、[一天]の中でも特に冷徹なものとして知られている。ゆゆが話したように優しく――茶を出したり、勝手な行動を謝罪したり――というのは想像もできなかった。人違いだと言われたほうが頷けるかもしれない。
たとえスーツで眼帯の男が、この町に二人といるとは思えなくても。
「で、もう一つのグループのほう。[小さな王国]は、ある意味でいえば[一天]と真逆なの」
「真逆……っていうのは?」
こてん、とゆゆが首をかしげる。
そんな姿を見ているとなんだか可愛いなあ……とふと宮が思っていると、林に睨まれた。関係ないことを考えるな、ということらしい。
「そのままだよ。[小さな王国]は、無能力者でも歓迎する」
「えっ!?そうなんですか?」
「ああ。別に、能力者チームに無能力者がいたらいけないって法律なんかないからな。[小さな王国]には無能力者も所属しているんだ。そして、それぞれが自分の持っている能力すべてを活かして貢献する。それが[小さな王国]だ」
「[小さな王]は――ああ、[小さな王国]のリーダーの、虎牙峰勇魚、筋肉質な兄貴って感じかなあ。彼は、トップにたった後は無能力者と能力者の共生を訴えてるらしいんだよね」
「すごい、ですね」
ゆゆがきらきらした目を向ける。
しかし残念ながら、いくら民衆に人気があったとしても、紛争に勝たなければトップに立つことはできない。
「お二人は、[小さな王国]に入ってないんですか?」
「うん。あんなとこ入っても、楽しい人生になるとも思えないしねぇ」
林の“楽しい人生”は崖の下に向けてダイブしている人生のような気がする。
ゆゆの問いかけるような視線に気づいて、宮も首をふった。
「俺っちも入ってないな。どっちにも」
どっちにも、という言葉には、自分は実は能力者だよーという気持ちを込めたのだが、気づいてはくれなかった。
「そう、なんですか」
「あとね、言い忘れてたんだけど」
「あっ、そういえばそうだな」
ふと思い出したような林の言葉に、宮は頷いた。そういえば重要なことを言っていなかった。エリュオン・シティ特有のことを。
「冷酷な[一天]」
林が人差し指を立てる。
「お人よしの[小さな王国]」
今度は中指を。
「目立った活躍もない地味な都市議会」
薬指を立てて、
「それから、もう一つの勢力が、このシティにはあるんだよ」
そう言って、最後に小指を立てた。
「もう一つ、ですか?」
立てられた四本の指をみて、ゆゆが小首をかしげる。
林がにやりと笑うのを宮は見た。
「そ。[陰の支配者]がね」
ということで説明回でした。
読んでくださってありがとうございます、佐山まりるです。
一話にれもんが挿絵をいれてくれたので、最新話にとんできた方は、どうぞ見ていってください。
個人的にはイーテュンのほうが好きなんですが……というか朝日さん格好よすぎると思うんですが……(←自分たちで書いたキャラクターなのに笑)
いやでも前回の朝日さんはよかったですねぇ。きゅんときました。
もちろん贔屓はしませんよ!ちゃんとリトルロードも格好よく書きます。
(正確には「書きたいと思います」…)
あ、
実感ないけど今日ってクリスマスらしいですよ。