36 雨森九馬は身をひそめる
かなり遅れてしまいました。ごめんなさい。
細い路地の先に蠢く集団の気配を察知し、尾行を開始したはいいものの、しばらくはなにごとも起きなかった。ただ、先頭をびくびくしながら歩く少年が目に付いた。やつの後には高身長の男、そのさらに後ろには――真っ赤な髪をたなびかせた男、虎牙峰勇魚。九馬は一瞬で察した。小さな王国が、物騒なことをしようとしている。おそらく、あの少年を道案内にして一天のアジトへと行こうとしているのだろう。一見何の傷も負っていないように見えるが、あれだけ怯えているということはなにか恐ろしい脅しを受けたに違いない。少年の足はためらいよりも、早く終わってくれというかんじで歩みを進めていた。
あの男……後で殺されるぞ。
そう思い、ため息をついたときだった。
ドスッ
「!?」
何が起きたのかわからないくらいの、早業だった。ただわかったのは、クリームに近い金色が目の前を横切り、瞬く間に道案内の少年の腹に直撃したということだけだった。少年はそのまま金色に運ばれ、高層ビルの壁に激突する。ドオオン、という音とともに壁にクモの巣状のヒビが入るのを、九馬を含む全員が唖然として見ていた。
砂煙が舞う中、ひとりが立ち上がり、ひとりが倒れ伏す。勇魚たちはくるか、とばかりに身構えた。
ヒュオンッ
煙の中から風が吹く。
ドサドサッ
「なっ」
勇魚が小さく叫んだ。背後に控えていたメンバーが十人ばかり、気を失って倒れたのだ。目視しただけでははっきりとは言えないが、どうやらみぞおちをやられたらしい。
「だ、誰だ!」
メンバーのうちのひとりが叫ぶ。九馬は目を細めて、辛うじてその姿の全貌を認めた。そして息を飲む。
――まだ子供じゃないか。
そう、遠目に見てもその小柄なのがわかる少年が、メンバー達を一瞬で倒したのだ。金色の髪。あどけない白い頬。そして、闘士に満ちた大きな瞳。
――まさか。
九馬が自分の推論をまとめたのと同時に、少年が口を開いた。
「あーあ、何やってんの。道案内までさせちゃってさあ」
子供とは思えない、凄みのある冷たい声だった。九馬はビル影に潜めていた体を少し奥に縮こませた。相手から自分の存在を見られないようにするためだった。今見つかっては危ない。
「お前」
勇魚が声を出す。人形が喋っているような、無機質な音だった。
「狼前院、深夜か」
狼前院深夜と呼ばれた少年は、ゆるりと勇魚に向き合った。そして楽しそうに、子供らしく笑った。
「だから?」
それが、戦闘開始のゴングになったのだ。
それから、どのくらい身を潜めているのだろう。何度場所を変えて、彼らに近づいたかわからない。月の光が体を冷やすようだというのに、路上の炎は収まることを知らなかった。
「あははははっ!鬼さんこちら、リトル!」
「ふざけんな、ぶっ潰す!」
深夜はあれからずっと、メンバー達の攻撃を交わしながら、時々最初にやられた奴らのようにノックアウトしていた。恐ろしいほどの正確さ、俊敏さ。ああいう能力があったら、と戦闘を眺めながら思った。
しかし――
勇魚はふう、とため息をついた。ここまで近づいているというのに、だれも己の存在に気が付かないとは。勇魚の位置からは、苦悶の表情を浮かべるメンバーも、怒り狂ったリーダーも、笑い転げる少年も、手に取るように俯瞰することができた。
もう少し監視できるかな……
そう思った矢先、
トゥルルルルルル……
――げっ!
九馬のタブレットからだった。着信音をオフにしておくのをすっかり忘れていた。画面を睨みつけると――ゆゆからだった。
――なんで、このタイミングで……
案の定、突き刺さるような視線が飛んできた。しかも、複数の。
公演が終わり、打ち上げも終わり、あとは楽しい夏休み……と思いきや。
これがありましたよ!これ!
教職!
もう実習だのレポートだので忙殺されました。だれか心の休日をください_(:3」 ∠)_
次はまりるです。




