35 古井戸桜は妥協する
古井戸桜が狼前院日中に初めて会ったのは、桜が17歳、日中が12歳のときのことだった。人類、いや世界すべてが敵だというように睨む少女。顔を合わせて感じたのは、こんな少女を護衛してろなんて馬鹿みたいな話だということだった。
それから、桜が日中に忠誠を誓うまで、紆余曲折があったのだが。
それは紛争の最中に語ることではない。
ただ17歳だった桜が確信したのは、狼前院日中が自分と同じ17歳になったとき、自分とはまったく違うモノが見えているんだろうな、ということだった。
もっと遠くまで見渡し。
もっと深くまで見透し。
日中が見えるモノたちに潰されてしまわないように、自分が守らなければいけない。自分にはその義務がある。
つまり簡単にいえば、桜は日中の統治者としての片鱗、将来性を見出し、惹かれたのである。
言葉にすれば軽いが、
現在、
桜は22歳。日中は17歳。
自分が忠誠を誓った歳に日中が近づくにつれ、桜は日中の判断に絶対の信を置くようになった。たとえ、日中の決断が間違っていたとしても、彼女が読めなかったことを自分が読めるはずがない。ならば彼女を信じ、彼女の駒となるのが臣下の正しい姿だろう。
だけれども。
目の前のこのちっぽけな少女においてだけは、日中の決断をどうしても理解することができない。
こんな何もできない体的にも精神的にも弱い人間を、どうして[一天]に在籍させ、そのうえ守ってやらなきゃいけないんだろう。
本音を言えば、今すぐ追い出してやりたい。できれば王国の目の前にでも、「[一天]から追い出されました、好きにしてください」って首にぶらさげてやって。
でも、日中さんの命令だから仕方がない。
「じゃあ、カードの保管庫を開けるから。誰か見ていないか、周りに注意していてね」
「は、はい!」
まあ、見ていたところでどうせ[一天]のメンバーだろうから、どうもしないのだけれど。
暗証番号を入力し、ダイヤル式の鍵と合わせて保管庫を開ける。
「えっ……!?これが、カード……」
「そ」
保管庫の中には、桜の身長の半分ほどはありそうな、巨大な金属板が眠っていた。表面はライトを浴びると紅色に輝く銀。中央には、[一天]という巨大な文字。今は見えないが、裏には議会のマークである二重円が同じように彫られているのを知っている。
「ずいぶん、大きいですね……」
「本来一番安全なのは、日中様の隣だから。向こうもそう考えるだろうし、小さくて携帯しやすい形だったら、リーダー同士で戦って終わり、になっちゃうでしょ。他の紛争は知らないけど、たぶんそういうことじゃない?」
「[小さな王国]も、こんな風に大きいんですか?」
「さあ。知りたかったら[小さな王]にでも聞いてくれば?」
実際のところ、精神干渉系能力者によって、形まではわからないものの、長時間携帯していられないらしい、ということはわかった。持っている時間に応じて倦怠感が出るとか、凍傷を起こしそうなほど冷たいとか、そういったことだ。形まではわからないけれど、同じ条件にするためには、その厄介な能力以上の何かはないだろう。
「じゃあ、これを持って次のアジトに行くよ」
「あ、待ってください!きゅーちゃん……えっと、幼馴染を呼んでもいいですか?」
「ハア?あんたばかじゃ
「日中さんからはいいって言ってもらえたっていうか……日中さんから言いだしたっていうか……」
困ったような顔で見上げてくるゆゆを見て、桜は即座に前言を撤回した。
「構わないから早く呼んで」
「わ、わかりました」
少し離れて端末から電話をかけたゆゆだが、二、三言話すと、通話を切った。
「あの……どうしましょう」
「何があったの?」
「きゅーちゃん、深夜さんと王国の戦闘を確認しようとして、逃げそびれたみたいで、能力が飛び交う中で隠れているそうなんです……!」
まりるでした。
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