23 五瀬早水はため息をつく
こんにちは、佐山まりるです。
「ふざけるな!」
女の怒声が下にまで響いてきて、びくりと五瀬早水は肩を揺らした。
それも当然。どの怒声を発生した主は、七瀬たちのリーダー――狼前院日中なのだから。
「……日中さん、今日はお怒りなのか?」
ぼそりと呟いた言葉は、隣の同僚に聞こえていたらしい。
「さーね。最近の日中さん、何か変だし」
「変って何だ?」
そう言いながら、早水は操作板に手をふれて、新たな的を作り出した。
田園の中に突っ立っているのがふさわしいような、見事なカカシ。
一天のアジトの射撃場にしては、どうにもシュールな光景だ。
「なんでこの的ってカカシなんだろうな」
「そりゃ、あれでしょ。四六さんの悪戯心」
そう隣に立つ同僚が答える。
かつてこの町を支配していた狼前院四六は、日中さんのようなカリスマ性と、朝日さんのような冷徹さと、夕暮さんのような奇人ぶりと、深夜のような子供心を兼ね備えていた。この的は、彼の悪戯らしい。
早水は彼が消えた後から一天に入ったから実際のところはわからないが、同僚がそう言うならそうなのだろう。
右腕を上に突き立てると、手のまわりに「風」が集う。前方に向かって腕をはらえば、風は渦を巻きながらカカシに向かっていき、
そして、何もないところに着地して爆発を引き起こした。
横目で同僚――古井戸桜を見る。着地点がずれたのは、彼女の仕業だ。彼女の能力が、風の渦を目的とは違う地点に引き寄せたのである。
こうなったら、シンプルにどちらの能力が強いかという勝負だ。
また風をつくり、今度は左右からカカシに飛ばす。
「で、変ってなんだよ」
「新人が入ったの、知ってるでしょ?」
「ああ」
最近この町にやってきた少女だと聞いた。
「あれね、無能力者なんだって」
「はあ!?」
集中が狂い、風は早水たちのすぐそばで暴発した。余波の風が早水たちの顔に直撃し、髪を荒らしていく。隣で練習していた人間たちからも、煩わしそうな目で見られた。
目線だけ下げて謝罪する。
早水はまだ若く、能力も安定しておらず、よって地位も高くないのだ。
だが、[一天]においては余計な言葉による謝罪は不必要だ。そんなことをしている暇があったら自分の力を高め、今度は上手くやれということだ。よくいえば効率主義で、悪くいえば他人に興味がない。
それに、こんな失敗は練習場では日常茶飯事。古井戸も、別段気にした様子もなく話を続けた。その声音が煩わしそうなのは、早水に向けられているわけではないだろう。
「無能力者が、なんで[一天]に……?そんなに肉弾戦が強いのか?」
「いーや。ただの女の子」
「じゃあ、参謀型?」
「そんな風にも見えなかったけど。前にすれ違ったとき、怯えられたし」
怯えた?
古井戸は[一天]の古参だが、外見は普通の女だし、能力もただの攻撃誘導で、恐ろしいものではない。その少女は、古井戸のいったい何に怯えたのか。
そう思って古井戸を見ると、肩をすくめた。
「失礼な話でしょ。でもちょっと聞いたとこだと、誰でもかんでも怯えてるらしいんだよね。まったく、そんな子が[一天]に入るなんてさあ……」
「日中さんは、何を考えてるんだろうな」
予想に反して、古井戸はあっさり答えた。
「日中さんの思惑は明らかだよ。ていうか、直接言われたしね。守ってほしいんだって」
「は?」
「その子を、私たちに、守ってほしいの。まあ、日中さんのことだから、何か考えがあるんだろうけど。日中さんの言葉だしね」
ぶつぶつ言いながら、結局は日中さんの言葉に従うのだろう。早水もそうだ。
だが早水は、少しほっとした気持ちもあった。早水はある事情から、[一天]トップの4人と同僚より深く関わっている。そして思ったのは、彼ら四兄弟の中で、最も「人間らしさ」がないのは日中さんだということだ。朝日さんは弟妹思いだし、夕暮さんは少し変わっているが、だからこそ人間らしい。深夜は言わずもがなだ。
そんな日中さんが誰かを守りたいと思ったのは――早水にはその是非はわからないが――大きな変化なのではないだろうか。そして、朝日さんが止めない以上、問題はないのだろう。
そんな思いを巡らしながら、早水の攻撃と、古井戸の妨害の練習を続けていると、練習場に大きな声が響き渡った。
「早水ッ!!」
早水は古井戸と顔を見合わせて苦笑する。どうやら怒声を浴びていたのは、彼だったらしい。
早水は前方上空に出していた風を霧散させ、振り返った。
「どうしたんだ、深夜」
「ほんと、姉さんがひどいんだって!」
むすっとした顔で立っていたのは、狼前院深夜だった。
いつもは大事そうに抱きかかえられているテディベアは、引きずるように片手にぶら下げられている。
互いにタメ口の早水と深夜。深夜は誰にでも人懐っこく接するが、早水も深夜に対しては口調が緩くなる。[一天]幹部とヒラという違いはあるが、友人同士だからだ。先ほど言ったある事情というのはこういうことである。
正確にいえば、早水は朝日さんによって深夜の友人候補として引き合わせられたのだが、それは今は関係ない。
「さっき怒鳴られてたのって、やっぱりお前だったのか?」
「そう。ひどいんだって。僕、せっかく手がかりを掴んだのにさあ……」
そう言う深夜の服がところどころ敗れていたり、焦げた様子があるのは見ないことにした。壮絶な姉弟喧嘩があったらしいが、今こうして普通に話しているということは、冷静さは取り戻したのだろう。
「手がかり?」
古井戸が口を挟んできた。
「そう。王国の人間が死んだ件だよ!」
「……それ、けっこうすごくないか?」
「当たりでしたらね」
そう言う彼女の口調が敬語なのは、狼前院一家への忠誠を誓っているからである。普通は親しみやすい深夜であっても、早水のようにタメ口を使うことは許されないのだ。
口ではそう言っても、古井戸の目は興味深そうだった。
だがそれも、深夜の話を聞くにつれて、しかめっ面へと変わっていった。
「………だから、[小さな王国]が、人殺しの罪を[一天]に被せるために自分たちであの男を殺したんだよ!それをさも僕たちが――姉さんが犯人であるかのようにあげつらって!僕は許さない!」
テディベアの手が、深夜の手によってぎゅっと潰される。
「……深夜さん」
「何?」
古井戸は嫌そうに深夜の言葉を遮った。
「道端で会っただけの男が、信用できるんですか?」
「……だって、[一天]に入るために調べてるって」
「それが真実だという根拠は?」
「…………」
「仮にその男に悪意がなかったとして、その男の勘違いという可能性は?[小さな王国]の中に犯人がいたとして、全体の合意でなかった可能性は?紛争と関係のない、ただの事故や金銭関連などのトラブルという可能性は?自殺というのを[小さな王国]の中に犯人がいると表した可能性は?」
「……それ、姉さんに言われた」
「どれが?」
古井戸の反論を許さない喋りに深夜と共に圧倒されていたが、興味があって早水は口をはさんだ。
返ってきたのは納得できる言葉。
「……全部」
「成程」
「まあ、私は日中さんが考えそうなことを考えているだけですから」
古井戸がさらりと言う。
「そういうわけで、そんな不確かな情報を持ってきて主張したら、日中さんが怒るのも当然ですよ。報告だけなら、まだよかったんでしょうけど」
「うー……だって…」
うー、などと言って似合うのはこの男ぐらいだよなあ、と早水は内心思った。そもそもテディベアを抱きかかえて違和感がないのも深夜ぐらいだろうが。
「だって?」
「だって、[一天]が馬鹿にされてるんだよ?そんなことするはずないのに、あるはずない罪を擦り付けられてる。そんなのっておかしいでしょ?
僕の家族が侵されてるんだ。
そんなの許せないよ!」
その深夜の思いは、誰もが抱えているものだった。だからこそ、何も言えない。
早水は古井戸はこっそり顔を見合わせてため息をついた。
深夜と仲が良いものたちは、これを機に暴走する可能性がある。一天]でやっかいなのは、大抵そいつら――早水は例外だ――だから、問題だ。抑えるにしても暴走の後始末に回るにしても、今から頭が痛くなる。
(それにしても、こっちにこれだけ混乱を起こしておいて、王国はどうなってるんだか……あっちは平静だったらキレるぞ)
読んでくださりありがとうございました。
大学生になりましたよね?わかりますか?そうです、期末テストです!真っ只中です!
ということで、勉強とサークルの合間に頑張って書きあげました。
そろそろ王国も書きたいのですが、なぜか一天が出てくるのですよね…。
さて、次はれもんです。どうぞ。