19 愛巣空はケーキを食べる
愛巣は甘党男子ではないが、甘いものは普通に好きだ。林と行動を共にすることが多いため、スイーツを出す店は多く知っているし、どこが旨いものを出すかも熟知している。ただ、成長盛りの男子として、質よりも量を優先させて評価を出すことも多々あったが。
そんな中で、いま愛巣がいるカフェは、エリュオン・シティの中でもトップクラスだ。隠れ家的な外見をした店だが、ファンは多くいる。この店一番のおすすめ、かつ人気商品は、シンプルなチョコレートケーキだった。
軽いスポンジとクリーム。カカオが名産であるカルオ・シティから直輸入されたチョコレートは、少し苦めで上品な味わいになっている。小さめのケーキは、普段の愛巣だと文句を言いそうだが、満足して「飽き」がこないようにするのに一役買っている。
そんな贅沢を味わうためだけのつくられたケーキを口に運びながら、しかし愛巣の顔は暗い。
(このケーキの味がわからないなんてこと、あるんだな……)
前の席には、今の愛巣以上の仏頂面でアイスコーヒーを飲む狼前院日中。ケーキを食べるかと婉曲に尋ねれば、無言で睨まれた。正直、生きた心地がしない。
そして、その隣では、ゆゆと銀髪の男。
「ふわあ、このケーキをおいしいなあ。幸せ!」
そう言って笑うゆゆには、狼前院日中が愛巣たちとは違うように見えていると納得して。
その隣の男もひどい。
先ほどの初対面では強い敵意を向けてきたが、ゆゆにはひどく甘いらしい。
「ゆゆ、俺のも食べるか?」
「えっ、いいの!?」
「ほら、口開けろ」
「ふえ? ん、あーん」
そんな光景を前にして、平然とケーキを食べる林も林だ。隣に座る彼女は、先ほどは狼前院日中にびびっていたが、ゆゆのおかげでこちらに危害を加えられないらしいとわかると、普通にケーキを食べだした。口数が少ないあたりが、平常通りとはいかないらしいが。
愛巣の視線に気づくと、にやりと笑う。
その目が、「すっごい楽しいんですけど!」と語っていた。
林の異常性――必要以上に娯楽を求める性質には愛巣も気づいていたが、ここまでとは思っていなかった。
(友達の選択、間違えたかもしんねえ……)
「おい、ゆゆ。口についてるぞ」
銀髪の男が、ゆゆの口元についたクリームをぬぐう。ゆゆはきょとんとした顔でありがとう、というと、そのまま平然とケーキを口に運んだ。
林がにやりと笑って揶揄する。
「2人って仲いいね。ゆゆちゃんは最近こっちに来たと思ってたけど……いつから付き合ってるの?」
え、とゆゆは首をかしげる。銀髪の男は顔を真っ赤にして反論した。
「つつつつ付き合ってないから!」
「あ、恋人ってこと?きゅーちゃんはただの幼馴染だから……」
顔を赤らめて否定するゆゆに、なぜか銀髪の男は肩を落とす。ふっ、と馬鹿にしたように狼前院日中が笑った。
なんとなく状況はわかった。
これが友人たちのことだったら愛巣も指差してげらげら笑って馬鹿にする。
だけど、この状況では固まっていることしかできない。
「それで、だ」
静かに日中が話し出す。
「私は用も無しにこんなところへ寄ったわけではない」
確かに、愛巣たちを誘ってどこかへ寄ろうと言い出したのは、日中だった。そのときの林はゆゆのようにアジトへ連れて行ってもらえるのかと思って鼻血を出しそうなほど興奮していて、抑えるのが大変だった。
だが、[一天]のトップが、愛巣たちに何の用があるんだろう?
「お前らは、ゆゆの今の状況がわかっているか?」
「今の状況……ッスか?」
頑張って敬語にしたのに、にらまれた。理不尽だ。
「王国の人間が死んだというのは、出回っている情報だと思うが」
「それは知ってるッスけど……」
「え?なになに?何か関係あるの?」
林が興奮を全面に出しながら、身を乗り出す。いつの間にか彼女の皿からはケーキが消えていた。
日中が顔をしかめる。
「……お前、面倒臭い奴だろう」
「あっ、すみません!黙ります!黙りますので、続きをどうぞ!」
確かに言葉通り黙った林だったが、その目は爛々として日中を見つめている。
(こいつ、マジで恐怖ってものがねえのかよ?)
目の前にいるのは、あの狼前院日中だというのに。
調子が崩れるな、と日中は呟いて続けた。
「私は昨日の夜、ゆゆを保護した。今朝死体で発見された――志島生駒からな」
ざわ、と胸の中で何かが脈動した。
それは不安でも懸念でも何でもない――シンプルな恐怖だ。
この知り合ったばかりの友人は、何に巻き込まれているのだろう。
「それ、ヤバいッスよね?」
「ああ」
不満そうに日中が頷く。
「本当に[一天]じゃないんだろうな?」
銀髪の男が日中に尋ねた。
愛巣もそれを思っていたのだが、それを直接聞く男もだいぶすごい。
愛巣はチャラく見えるが(自覚あり)こういうところは空気を読めるのだ。
「ああ。私ならこんな下手はうたない。上手く隠してみせる」
その言葉を聞いて、既に誰か消されているのかとぞわっとしたが、王国から失踪者は出ていないという事実に思い当たり、ほっとため息をついた。
「まあ……そうだよな」
そう言う男は、まるで[一天]であればよかったという風だ。
いや、実際そうだろう。それが最もシンプルでわかりやすい答えなんだから。事実、愛巣はまだ、[一天]がやった――それがどの程度末端の犯行かはわからないが――と疑っている。
だって、王国の人間を殺したのが、[一天]でなかったら――?
「あ!」
唐突にゆゆが声をあげ、びくっと体がはねた。
「な、なんだよゆゆ。びっくりさせんなっての」
「あ、ごめんなさい。あのね、みんな自己紹介してないなって思って」
(この状況でこれを言うのかよ!?)
だがそんな愛巣の思惑をよそに、銀髪の男はふ、と微笑んで――捕食者の笑みにしか見えなかったが――頷いた。
「そういえばそうだったな。そこの少年、名前はなんて言うんだ?」
ばっちりターゲッティングされている。
まあ、これだけあからさまに溺愛していれば(肝心の本人には伝わっていないようだが)そばにいる男が気に食わないのは当然かもしれない。
愛巣は空気に従って名を名乗った。
「愛巣空ッス。ゆゆのクラスメート」
「あたしは、林林!愛巣の腐れ縁って感じかな」
「えっとね、二人とも、スクールでよくしてくれてるの」
そう言ってほんやりとゆゆが微笑む。その微笑みのおかげで、愛巣たちの自己紹介はさらりと流されることになったらしかった。
正直ほっとする。何って、能力者か聞かれなかったことだ。
え、忘れてたとかやめてね?俺っち一応能力者だから。
それがたわいない能力だとしても、ゆゆに怯えられるのは愛巣の本意ではなかった。
「俺は雨森九馬だ。この町で何でも屋をやってる」
「何でも屋?」
そう言ってゆゆが首をかしげる。これだけ仲がいいのに、知らなかったらしい。
「ああ。まあ引っ越しの手伝いとか、探偵もどきの素行調査とか、雑用ばかりだけどな。それに、紛争が続いてるせいで人口流出がひどくて、商売あがったりだ」
明らかに日中を皮肉った言葉なのに、彼女が気にした様子がはなかった。
「ゆゆは子供の頃、こっちに住んでいてな。そのときによく面倒をみていた」
「えへへ。ありがとう、きゅーちゃん」
お互いまったく否定しないあたりが、逆に悲しくなってくる。
そして残った日中は、肩をすくめた。
「私は皆知っているだろうが、付け加えれば――」
そこで言葉を切り、愛巣たちの後方――窓ガラスを指さした。
「え?」
それにつられて振り返れば、
「えええっ!」
隣から林の悲鳴のような声があがる。
「それが私の妹だ」
画面の中で踊り、ミステリアスな笑顔を振りまいていたYUGUREが、ぺたりと窓ガラスに顔を押しつけ、こちらを覗き込んでいた。
さらさらな薄い金髪は窓越しでもさわりたいぐらいに奇麗だし、すぐ間近にある顔は人形のように端正だ。
そんなアイドルがガラス窓に密着している様子は、ひどくシュールだった。
「え……マジッスか?」
前回はひどい間違いをしてしまい申し訳ありませんでした。
今回も忙しく、まだ修正を入れていないのですが、いつかちゃんと流れに合うように正します。
今回もお読みくださりありがとうございました。




