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10 手名椎ゆゆは戯れる

林林 ハヤシリン

 悦楽主義少女。

手名椎ゆゆ テナヅチユユ

 臆病少女。

愛巣宮 アイスクウ

 お菓子の能力者少年。

 ゆゆが入学してから数日後のこと。


「あれ?」


 放課後に、林が素っ頓狂な声をあげた。


「ど…どうしたの?」

「いや、くだんないことなんだけどね」


 林はゆゆにタブレットの画面を向けながら言った。


「YUGUREちゃん。公式ブログにスペシャルショットアップするって言ってたのに、更新ないの」

「くだんねえ…」


 宮は林にそう言い放ち、直後に鉄拳を食らった。拍手が出るほど美しいストレート。林の細い腕のどこからあんな力が出るのだろう、とゆゆは不思議に思った。

 宮は鼻血を流しながら、林に怒鳴り散らす。


「ひでえ!自分から言ったくせに、くだんねーって!」

「うるさいなー!あんたに言われるとむかつくんだから仕方ないでしょ!怨むなら自分を恨みなさい!」

「俺って何!?サンドバック!?」


 やいのやいのと言い争う二人を尻目に、ゆゆは林のタブレットに見入った。

 この街でタブレットを使用している人は多い。様々な地域のニュースはもちろん、芸能人のライブ活動、最新曲、アニメなど、ありとあらゆる情報を手に入れる唯一のも言える手段だからだ。また、スクールの授業で活用されたり、ショッピングや会議をタブレットの通信機能ですませることもできるため、子供から大人まですべての年代において高い普及率を叩きだしている。

 しかし――ゆゆはそういった電子機器を使いこなせるほど、器用ではなかった。そのため、芸能人に関する情報収集などもやったことがなかったのだ。

 そんな彼女がYUGUREに対して抱いた第一印象は――。


「……きれい」


 だった。

 かわいいというよりは、きれいといった方が良かった。「YUGURE ROOM」という文字にしなだれかかるように座っているYUGURE。彼女の髪は床の上で小川のようにうねっており、ライトの光を涼しく反射している。白い肌と対照的な黒い瞳には細かな星がきらめいていて、見る者を飽きさせない魅力があった。白くすっきりとしたワンピースが、フリルとリボンでごてごてとしている服よりもかえってすっきりとした美しさを強調していて、この上ない芸術品のようだ。ゆゆはその容姿を見て、思わずため息をついた。


「ゆゆちゃん?」


 林はゆゆのため息に気がつき、声をかけた。その言葉に我に返ったゆゆは、あわてて林にタブレットを渡す。


「何だよゆゆ、YUGUREに惚れちまったのか―?」


 宮が茶化す。ゆゆは顔を赤くしたり青くしたりしながら黙りこんでしまった。ヤンキーのような外見の宮にはまだ抵抗があるのだ。ゆゆちゃんいじめるな、と言いながら林が宮にバレットパンチを決めたときは、さすがに大丈夫かと声をかけたが。

 宮を助け起こすゆゆを見て、林は思いついたように口を開いた。


「ゆゆちゃん、この後何か予定とかある?」


 ゆゆは数秒間ぽかんとしてから首を横に降る。


「よかったら一緒にゲーセンでもいかない?クレーンの新台入ったらしいし!」


 ゆゆは三往復ほど林と宮の顔を交互に見てから、その言葉の意味を理解した。



 楽しい。

 ゆゆの心には、その三文字しかなかった。

 生まれて初めてだったかもしれない。友達とゲームセンターに行って、クレーンと格闘したり、泣きながらゾンビの映像に射撃したり、音楽に合わせてボタンを押したりするのは。九馬はこういうところへ連れて行ってくれたことがなかったように記憶しているゆゆには、見るもの触れるものすべてが新鮮で、5歳の子供に戻ったような心持だった。

 中でも一番楽しかったのは――。


『はいっ、チーズ!』


 パシャ


「…これでいいのかな?」

「うん、大丈夫大丈夫!きれいに撮れてるよー」

「うわっ俺目ぇ半開きじゃん!もう一回!」

「えー、落書きでサングラスでもかけりゃいいじゃん!」


 プリクラ、だった。

 スクールに入ったら一度はやってみたいと思っていたことを、ゆゆは1,2時間のうちにほとんどやり遂げた。憧れだった、十代らしい放課後は飛ぶように過ぎていき、気が付けばもう日が沈みかけていた。

 家路を三人でたどりながら、ゆゆはプリクラを見つめる。控えめに笑うゆゆ。敬礼をしている林。不自然なほど大きいサングラスの宮。その三人の下に、林の文字が躍っている。


『WE ARE FRIENDS』


 いくら勉強のできないゆゆでも、その意味は分かった。『私たちは友達』。ゆゆの心に春の日差しがさんさんと降り注ぐ。自分にも友達ができたのだ、という幸せが、しみじみと感じられた。これ以上いい日があるのだろうか、とゆゆが思った、その矢先――。



「よお」


 背後から、地獄の底から這いあがってくるかのような低い声がした。

 声のした方を振り返ったゆゆは、一瞬にして凍りつく。

 彼女の視線の先に、ヤンキーの集団がいたのだ。集団、と言っても5,6人程度の小さなものだったが、ゆゆからすればそれはライオンの群れほど恐ろしいものだった。誰一人として落ち着いた髪の色をしていない。露出の多いシャツに殴ったら痛そうなアクセサリー、黒をベースにしたファッションなど、相手を威嚇するような点ばかりが共通していて、それがさらにゆゆの恐怖心を掻き立てる。

 しかも――ゆゆは彼らに会ったことがない。


――これ、どう考えてもカツアゲか何かだよおおおお!


 がくがくと震える膝のせいで、逃げることもできない。ゆゆの気が遠くなり始めた、その時だった。


「あれ、シバさん?」


 宮が驚いたような声をあげた。

 シバさんと呼ばれたバリトンボイスの男は、宮に笑みを向ける。


「おうよ。久しぶりだな、宮」

「何だ、また髪染めなおしたんスか?」

「まあな。今度はちょっと青っぽくしてみたんだけど、どうよ?」

「いやー、前とすっげえ印象違っててビビったッスよ―!わかんなかったっス」

「まあ最後に会った時は蛍光イエローだったしな」

「あんときの方が人ごみん中でよくわかったけどな、ケケッ!」


 ほかのヤンキー達も会話の輪に入る。そんな光景を、ゆゆは硬直しながら見つめていた。

 ひとしきり話しあってから、シバはゆゆたちに気がつき、ニヤリと笑みを浮かべる。


「宮、少し見ない間にモテるようになったんだなー。両手に花とは、いい御身分じゃねえか」

「え!?あ、いや、こいつらは…」


 一気に動作がぎこちなくなる宮を、林が押しのける。シバに向かってびし、と敬礼すると、林ははきはきと名乗った。


「林林であります!宮の友人のようなものであります!」

「"のようなもの"ってなんだよ!?」


 宮の悲痛なツッコミを軽く受け流すと、ヤンキーの群れは林とゆゆを取り囲んだ。


「へーえ、林ちゃんか!かわいいね~名前も顔も!」

「ねえねえ、今度宮にヒミツで二人でどう?」

「ケケケ、こましてんじゃねーよ!」

「ところでこっちの子は?ずいぶんおとなしいけど…」

「君、名前は?歳は?スリーサイズは?」

「こら、そこは女の秘密だろ!」

「そうそう、聞いたらいけないいぞもっとやれ、ついでに体重も!」


 わはははは、という笑いの渦の中、ゆゆは泣き出しそうになっていた。何をされるかわかったものではないというヤンキーに対する考えが、彼女の口を麻痺させていた。ここに九馬がいたらという望みがかなう可能性も限りなく低い。先ほどまでの幸福をすっかり忘れた心は、彼女の中で身震いした。

 そんなゆゆの様子に気がついたシバが、心配そうにゆゆの顔を覗き込む。明らかに怖がっているその目を見て、彼は苦笑した。


「大丈夫、みんな言ってるだけだ。マジで手ぇ出せるほど肉食じゃないし、出したら犯罪も同然だしな。だから、安心しろよ」


 その言葉を聞いて、ゆゆは彼の深い緑色の瞳を見つめた。

 弱い者をいたわるような光に満ちた、優しい目。それは、ゆゆの心を和らげるのに十分だった。



「――ゆゆです。手名椎、ゆゆです」



 勝手に口から飛び出した自己紹介に、シバはうなずいてから立ち上がった。


「俺は柴原。柴原カガチだ。みんなからはシバさんって呼ばれてるけど、別にSMショップもスミもしてねえよ」

「金原ひとみッスね」

「そそ。アマデウスからルイヴィトンふんだくったあれな」

「宮あれ読んだのかよ、えっちぃ~!」

「えー、でもあれラストの方泣けるんスよ!」


 さっぱりわからない会話を右の耳から左の耳へと流しつつ、ゆゆは不思議に思った。自分がカガチに対して心を開くスピードが今までよりも格段に速かったのだ。九馬のことを考えていたせいだろうか。彼の目を見たとき、その光の中に九馬とよく似た感覚を覚えた、そんな気分がしたのをゆゆは思い出した。

 どうしてだろう。

 ゆゆは、自分で自分に問いかける。顔のつくりや声色が似ているわけでもないのに、と。その答えをゆゆが出そうとした矢先――。


「そう言えば宮、知ってるか?」


 カガチが唐突にまじめな顔をして言った。

 一瞬にして周囲の空気が変わる。暖かいオレンジの空気が、澄みきった群青に。

 宮は、少し前まで緩んでいた表情を引き締めると、何スか、と問い返した。


「いや、俺もさっき聞いたばっかりなんだけどさ――」


 たっぷりと間をおくと、カガチは核心に触れる。



志島生駒(しじまいこま)が、また荒れてるらしい」

「!」


 目を見張る宮。身を乗り出す林。事の重要性が分からないゆゆも、良くないことだということがよくわかった。

 ゆゆはおずおずとカガチに聞く。


「あの……志島、生駒って?」


 カガチ達はぽかんとしてゆゆを見つめる。


「あんた…知らないのか?この街に住んでるのに?」

「あ、すんませんシバさん。ゆゆ、引っ越してきたばっかなんスよ」


 宮があわててフォローする。それを聞いたカガチ達は、悪い時に来たと言わんばかりに説明を始めた。


「志島生駒ってのは、小さな王国(リトルキングダム)のはなつまみ者なんだよ」


 ゆゆもさすがに小さな王国(リトルキングダム)は理解できた。仲間意識を第一とする玉石混交のグループ。その中に居ながらにしてのはなつまみ者となれば――かなりのごろつきということが察せられた。

 カガチ達は、なおも話続けた。


「暇だからって小さな王国(リトルキングダム)の名前を語っては一天(イーテュン)の下っ端を半殺しにしたり」

「語らなくても、無能力者を馬鹿にしてカツアゲしたり」

小さな王国(リトルキングダム)内で起きた喧嘩、ほとんどあいつが原因だもんな」

「能力的には中級くらいなんだけどさ。極端に弱いわけでもないから、結構タチ悪いんだよ」

「一度小さな王(リトルロード)に絞められかけたことがあって、それ以来鳴りをひそめてたんだけど…。」


「まあ、気をつけとくに越したことはね―よ。特に、」


 と、カガチは林とゆゆの頭に手を置く。


「女はな」


 その言葉にゆゆはぞっとした。カガチの手が、他人事ではないということを彼女の頭に直接伝えていた。また泣き出しそうになるのをこらえ、ゆゆはこっくりとうなずく。その怯えを悟り、カガチは破顔してくしゃくしゃとゆゆの頭を撫でた。



「大丈夫だ」



 ゆゆはまた既視感を覚えた。幼いころに、いつもそばにいてくれた人。その人と、目の前の青年がよく似ている。どちらも同じ、優しさを持っている――。



「……銀に、してみてください」

「え?」


 ゆゆはカガチの目を見ると、にっこりと笑った。


「髪。また染めるなら…銀にしてみてください。きっと似合います」

「銀。銀ねえ…」


 二人から手を離したカガチは腕を組み、


「――考えておくよ」


 と、歯を出して笑って見せた。


 ああ、笑顔まで似ている、とゆゆの奥底で誰かが言う。

 にやにやと二人を見つめる林。からかわれ続けている宮。大笑いしているヤンキー達。それらがすべて橙に染まる中で、



 ゆゆの耳の先だけが、赤くなっていた。

はい、なんかgdgdになりました…桜木です。

なんか最近ただでさえ低い文章のクオリティがさらに落ちた気がする!

記念すべき10話を担当させていただいたことが申し訳ない!

全国の読者様とまりる様にスライディング土下座したいです…。

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