9 狼前院日中は陰の支配者との邂逅を果たす
お久しぶりです。
前回は[小さな王国]のリーダーが戦いをふっかけられて、戦闘になった話でしたね。
狼前院 日中
[一天]のリーダーの女。冷徹。
狼前院 朝日
日中の右腕で兄。冷徹。
狼前院 深夜
日中の部下で弟。
[陰の支配者]
???
「その傷をどうして負ったのかわかりますか?――お前が愚かだったからです」
貴様はどうしてそんなにも愚かに生まれついてしまったのか、そう嘆くような声が聞こえる。それと同時に、それと正反対の音――人が人を蹴る、シンプルでわかりやすい暴力の音が日中の耳に入った。
「朝日さんッ、すみませんッした!」
「そうですね、申し訳ありませんが、私には屑の言葉はわかりかねます。単独行動をして[小さな王国]に喧嘩をふっかける。その上、身長が低いと言って[小さな王]の地雷を踏み抜く。その身に傷ひとつ負わせることなくおめおめと帰ってくる。……まったく、どうしてそんなことができるんですか?私には理解できません」
「お兄ちゃん、リトルなんて言っちゃだめだよ。略すにしてもロードって言わないと、王様怒っちゃうよ」
日中の隣にたたずむ深夜が戯言を呟く。
日中はフッと笑った。
虎牙峰勇魚の身長は低い。日中は正確な値は知らないが、160cmあたりなのではないかと予想をつけている。
彼自身そのことがコンプレックスらしく、彼の前で「小さい」などという単語を出しただけでアウトだというのは、誰もが周知の事実だ。[小さな王]という、日中からすればふざけたような二つ名も、略す場合は「ロード」とされている。リトルなどと彼の前で呼ぼうものなら、彼の能力の前にその身をさらすことを覚悟しなければならない。
だが、たとえ虎牙峰勇魚が激昂したとして、自分――すなわち[一天]の右腕ともいえる男にどれだけの傷をおわせられるというのか。
「おい」
「は、はいぃッッ」
朝日が日中の声を聞き、無造作に蹴りをいれていた足をどかした。震える男は、怯えながら日中を見上げる。
この男が独断専行し、虎牙峰勇魚に特攻を仕掛けたことに、日中は大した感慨を抱いていなかった。怒りを抱いてもいなかったし、心配してもいなかった。無事生き残ったことに対する安堵もなかった。どうでもよかったのだ。
しいていうならば、馬鹿だと思った。日中は仮にも部下となったものは、すべて把握している。あの虎牙峰勇魚にこのような雑魚が勝てるはずがない。それさえも理解できず、ただ闇雲に立ち向かったのは、愚かとしか言いようがない。
「お前はもういい」
「は?」
呆けたような顔で男がこちらを見上げてきた。
男がちゃんと理解できるまでその目を、感情をこめず見返してやる。時間を与えられればゴミであっても何が起こったかはわかるようで、徐々にその目は見開いていった。
ヒスを起こしたかのようにぶつぶつと呟く声が耳に入る。
「え、なんで、俺、でも今までやってきて、お、おれ、ふざけんなよッ、こんな簡単に役目御免ってことッスか、ひなかさ――」
ゴスッ。
朝日はその能力上、後方支援が多くなる。だが、だからといってその細見の体が、女性のように柔らかい肢体であるわけではないことを日中は知っている。そのスーツの下にはしっかりとした筋肉が隠れているし、大陸各地の格闘技にも精通している。
意識すれば、大の男を蹴り上げることができるぐらいには。
「ぐあッ。ぐほッゲホッッ」
「汚い屑が日中様の名前を呼ばないでください」
朝日に蹴り飛ばされた男は、路地裏のビルの壁に激突し、ずるずると地面に倒れこんだ。そして小さく恨み言を口にする。
「チクショウ……俺が今までどれだけ尽くしてきたと思ってんだよ…」
日中には彼が何を言っているのかわからなかった。この屑が、虎の威を借りるように[一天]の名を借りて威張っていたのは記憶しているが、[一天]のために何かをした記憶は全くない。彼の[一天]への加入を認めたのは、単なる数合わせにすぎないのだから。
だが、次の一言は無視できなかった。
「全部売ってやる…」
「何を」売ってやるのか、すぐに解かった。つまり、[一天]の情報を、だ。下っ端にすぎない彼が何をどれだけ知っているのかはたかがしれているが、紛争中であるいま、それが打撃にならないとも限らない。
「朝日」
「はい」
小さく名前を呼べば、朝日は小さく頷いた。そして男の髪をつかみ、無造作に上に持ち上げる。
「仕方ありません。話したくなくなるまで、私とお話しましょう」
「気を付けてね。知ってると思うけど――お兄ちゃんの拷問、けっこうキツイから」
深夜がにっこりと笑う。彼が腕に抱きかかえた大きなテディベアは、まだ成長途中にみえる彼の容姿には即していた。深夜はそのぬいぐるみの腕をつかみ、横にふる。
「バイバイ」
「ヒッ」
「私の弟がわざわざ見送ってくれてるんです。さっさと行きましょう。――日中様、それでは失礼いたします」
いまだ片手で男の髪をつかんだまま、器用に朝日が一礼をする。
「ああ。お前たちも帰れ」
「ハッ。……朝日様は?」
「私のことは気にするな」
日中が声を投げかければ、朝日は髪から襟へと男を持つ場所を持ち替えて、その場を立ち去った。そのままアジトに行って、朝日のためだけの拷問部屋へと直行するのだろう。
その背に、今まで静かに動向を見守っていた部下たちも従う。
その場には、日中と深夜たちだけが残された。
「今日はね、友達と新しくできたパン屋さんに行ったんだ。僕どれにしようか迷っちゃったよ」
「ああ」
深夜が「友達」と呼ぶのは、[一天]内の日中の部下たちであり、年がまだ若く、ポジションとしても深夜に近い連中である。
深夜は学校には行かせていない。行ったとしても、まともな友達など、できたその一瞬しかいないだろうが。これは深夜が日中の弟だからではない。単なる彼の性質だ。
「日中お姉ちゃんの分も買ってきたんだよ。えっと、チョコの入ったヤツ。お姉ちゃん、それ好きでしょ?」
「……」
「明日の朝はそれ食べようね」
「ああ」
「夕暮お姉ちゃん、明日は帰ってくるかな」
「まだだろう。今だって違う都市でライブの真っ最中のはずだ」
「そっか……」
深夜は少し不安そうな顔をしたが、そのすぐ後に、
「日中お姉ちゃん、飴食べる?」
がさごそとポケットからを探っていると思ったら、飴玉の缶がひとつ、目の前に差し出された。
「ああ」
「えへへ。僕も一個食べようかな」
適当に掴んで手にとった飴は紫色だった。葡萄はそこまで好きではなかったし、その紫色は毒々しく、食べ物の色だとは到底日中には思えなかった。だが別に好んで食べようと思ったわけではないので、黙って口に放り込む。
これはただの時間つぶしだった。
「俺も一個貰えるか」
時間をつぶす必要は、あまりなかったが。
深夜に声をかけた男は、気がつけばそこに立っていた。黒いインナーと黒いパーカ、黒いパンツに黒いスニーカーという黒づくめの格好で、さらにフードをかぶっているために、その容貌を見ることはできない。日中としても別段、知りたいわけではない。
その男が[陰の支配者]――そう呼ばれるだけの能力を持っていることこそが重要なのだ。
民衆たちは、[一天]トップである日中や[小さな王国]のリーダーである虎牙峰勇魚が、この男に対し不干渉を貫いていることから、[陰の支配者]などという呼び名をつけて揶揄しているらしい。
もっとも日中としては、そのような下らない呼び名――日中が誰かに支配されている――などというものを肯定するつもりはさらさらない。
だが、奴が日中を殺そうと思ったら簡単にできるという事実を否定するつもりもなかった。
「あ、えっと……どうぞ」
ちらりと日中を見上げた深夜は缶から男が飴を取り出したのを確認したあと、ぱっと日中の後ろに隠れた。実際、何の能力も持っていない深夜は、[陰の支配者]などと下らない呼ばれ方をしているこの男に、少なからぬ恐怖を抱いているらしい。確かに、その正体を知っている日中としても、敵対はしたくない相手だ。
「……」
男は無言で飴を口の中で転がしている。
「いつからここにいた」
日中は口をきった。無為に時間をつぶすつもりはなかった。
男は言葉すくなに呟く。
「残念ながら、さっききたばかりだ」
「ということは、転移系か……」
転移で現れたのだろうと日中はあたりをつけたが、男は首をすくめた。
奴は会うたびに違った能力を披露する。だが、複数の能力が一人の人間に宿ることはないはずなのだ。深夜が日中の服を握り締めるのがわかった。得体の知れなさを感じているのかもしれない。
ガリ、と飴を噛み砕く音がした。日中のものではない。
視線をあげた先では、男がポケットに手を突っ込んだまま、壁にもたれかかっていた。
「能力者が現れた」
日中は目を見張った。
日中は男と、数日、数週間に一度は――つまり不定期に、だが必要だと思ったときには――邂逅を果たしている。別に約束をして会っているわけではないが、こうして暗い路地裏で一人、もしくは信用できるものとだけいれば、男は姿を現した。
[陰の支配者]などとくだらない呼ばれ方をしているこの男と、[一天]のトップである日中にひっそりとした、だが確かな交友関係があるということは、巷には知られてないが事実なのだ。
会っているからといって、争いあっているわけではない。互いに情報を交換する程度だ。
まわりに並び立つものがあのリトルぐらいしかいない日中としては、軽い息抜きともいえる。
そのような関係にある男と日中だったが、このように唐突に本題に入るのは初めてだった。男は常に冷静を維持し、そのフードの奥を決してみせることはしなかった。
何か焦っている――もしくは、苛立っているのか?
「能力者はどこにだっている。ここは紛争中だが……だからこそ、自分の力を過信し誇示したい連中は山ほど入ってくる」
「俺が脅威と思う能力者だ」
「……は?」
日中は男をしっかりと見た。彼の視線の先になにがあるのかは――全くわからない。
「俺を殺せる存在が、この町に現れた」
この男の実力を、日中はよく知っている。
奴が脅威に思う存在が、現れただと……?先ほど感じたのは、恐れ?しかし、この男が何かに恐れを抱くなど、あり得るのか――?
だが、奴はいま、確かに言った。
[陰の支配者]を、殺せる存在。
昨日であった少女について情報を得ようと思っていたが、そのような曖昧で他愛もない話は、日中の中でかき消された。
口の中では、まだ紫色の飴が転がっている。
この甘ったるい味が口の中から消えないのではないかと、日中はふと不安に思った。
ということで、佐山まりるでした。
ちょっと不穏な感じが漂ってきたんじゃないでしょうか。
個人的にはこの兄弟たちが大好きです。
どうでしょうか、ちゃんと魅力的に書けてますかね?(汗)
次はれもん、楽しみにしてるよ~