0 男は死んだ
佐山まりる担当。プロローグ的なもの。
男は死んでいた。
タンクトップを着た彼の左腕には赤と黒のタトゥーが刻まれている。生前は常に厳つく他者をあざけり威圧していた顔は、すでに面影がない。地面に叩きつけられたらしい頭はぐしゃりと潰れて赤い花を咲かせているのだから。これで生きているならば人間ではないだろう。蘇生の能力者は未だ見つかっていないため、彼が再び光の下を闊歩できる可能性は皆無だった。
順当に考えれば、傍らの廃ビルから堕ちた――自殺したと考えるだろう。しかし、能力者が跋扈するこの町では、一見予想だにしないことが平気で起こるのだ。重力操作系の能力者が頭だけ潰した可能性もある。もしくは転移能力者が上空数十メートルに体を移動させたのかもしれない。あるいは、精神干渉系の能力者が、彼の体を操ったという可能性もある。
真相を知る者は見当たらなかった。
彼が倒れていたのはエリュオン・シティと呼ばれる都市だ。この町は現在、二つの能力者グループによって紛争が行われていた。これはもう二年も続く。――頂点を決めるための紛争が合法とされてから、紛争中の都市は珍しくもないが、これだけ長く続いているのは有数だ。
そして男は、片方の能力者グループ[小さな王国]に所属していた。
能力者同士の戦いは、その過激性に反し光の中で行われる。一方男が倒れているのは、その陰というべき場所だった。だが今回の紛争のせいではない。狼前院日中の養父が数十年前にトップに立ったときに行われた紛争の名残だ。だからこそ、男はいまだ誰にも発見されずにいる。周囲のビルに明かりが灯る様子はなく、人も通る気配はない。残念ながら、男が死んだ瞬間を見ていた者もいるはずがなかった――彼を殺した者以外は。
狭い通路、乱雑に建てられたビル。エリュオン・シティのみの風景ではない。ある程度紛争が続いている町ならば自然とこうなる。発火系、破壊系、変形系、雑多な能力者により破壊された建物や道路は、同様に、変形系、創造系、再生系によって復元される。穴埋めのようなものだ。一部分のみ周囲から浮き出たものとなり、それらが積み重なって奇妙な町が生まれる。
しかしそんな紛争中のシティの中で、二年も続いているエリュオン・シティはやはり独特というべきだった。今は狼前院日中が率いる[一天]が優勢と考えられている――彼女の養父の勢力が残っているからだ。しかし、住民たちや、何より都市議会に好かれているのは、無能力者を受け入れ甘ちゃんと呼ばれる虎牙峰勇魚たちのほうだった。現在の状況は拮抗している。どちらが紛争に勝ち、都市議会と並んでこのシティのトップに立つのかは予想がつかない状況だ。
そんな混沌とした紛争が続くエリュオン・シティだが、紛争によって死んだ者はいない。それは、ノウスシティ連合において、殺人のみが紛争における唯一の犯罪だからだ。しかし、それだけではない。そうはいっても、紛争によって死人が出ている都市は多い(そしてそれを理由に、都市議会に権限を奪われている)
この二年間、エリュオン・シティにおいて殺人が起きなかった、その事実が抑止力となっていたのだ。
そして今、男が死んでいる。
虎牙峰勇魚率いる[小さな王国]所属である男が。
彼の死という小石は、大きな波紋を呼ぼうとしていた。
これから頑張って書いていきたいです。
もう一話書かせてもらいます。