少女と甘い誘惑(恋愛)
侑李→美紗
瀬野→佐倉
佐倉→侑李
という複雑な恋愛関係。
侑李 颯 ゆうり そう
寡黙だが優しい。よく見ると顔は整っている。
明るい美紗のことが好き。最近告白した。返事はもらってない。
春木 美紗 はるき みさ
瀬野の幼馴染み、かつ由希の親友。親友の想い人だからといってリサーチのために侑李に近づくが、好意を寄せられ戸惑っている。断ろうとするのを由希にちゃんと考えるよう言われ、悩み中。
瀬野 佑樹 せの ゆうき
由希に告白した。ふられたが、由希に協力するといって由希と行動を共にする。なかなかのイケメンで、交遊関係も広く成績もスポーツもなかなかにできるという平均的かっこいい男子。由希に明け透けに迫ったりするわりに真剣に由希のことを好き。
佐倉 由希 さくら ゆき
冷めていて、普通よりひねくれている主人公。侑李のことが好きになってから瀬野に告白されあっさりと振るものの、つきまとわれ多少うっとうしいながらも侑李のことを教えてくれるのでなんとなく許している。
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侑李に美紗が好きで告白したと言われた後教室で泣いている由希。そこにやってきた瀬野が由希の話を聞く。
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「好きなことと、好きになってほしいと思うのは違うことだと思う。...私は、好きなだけでいい。侑李が幸せになるんだったら、それで」
「...じゃあ、なんで泣いてるんだよ。なんでそんな風に、いつもいつも自分勝手な癖して臆病で」
ぼろぼろと途切れることなく頬を転がり落ちる涙を隠すように俯いたまま、唇を噛む。
そっと頭に手が置かれ、ただ優しく撫でられるのをじっと感じていた。
「でもそういうとこが、好きだ。自分勝手なままでいいよ、佐倉。俺が佐倉を好きな理由は、なんだかんだいって結局相手のことしか考えてない優しさを不器用にしか表せない奴だから。佐倉の自分勝手が優しさだって知ってるから 」
ねぇ、瀬野。私はそんな人間じゃない。本当は醜くて、ただそれを偽ることに必死なだけなんだ。
けど、振り払うには今の私にとって甘すぎる誘惑だった。身勝手にあふれでる涙はまだ止まる兆しもない。否定することもできずただ泣いていると、不意に身体が引き寄せられた。すぐそこで、普段の私なら拒否するような位置で瀬野の息をはく音がする。頭を撫でる手はそのままだということに何故かどうしようもなく安心してしまう。
だから、その静かな声は耳にそのまま入り込んで来てしまった。
「...俺じゃ駄目か?利用するにはいい人間だぞ。お前のことなんでも許してやるし、好きな風にさせてやる。自分勝手にしてても好きだっていう男がいまここにいるんだ。いつものように利用しろよ」
思わず目を上げると、否定するには熱を持ちすぎた瞳とぶつかった。澄んだ黒い瞳が、本気だ。本気で言ってるんだ。今になってようやく、私は理解した。この人は確かに、私のことを好きなんだ。縛られたように、見つめあったまま夕暮れ時の淡いオレンジ色の光が教室の窓から差し込んで、私と瀬野の影をつくっている。まるでキスでもしそうなそんな距離に瀬野はいる。
まるで恋人みたいだ、とこんなときなのに笑ってしまいそうだ。
こんなに優しすぎる誘惑を私は知らない。
弱った心が少しずつ傾いていく。
裏切らない。どれだけ無様な姿を晒しても、何故かそれを好きだって言う。分かりやすいほど特別だって、いつも伝えてくる。なにより、彼は私に恋をしているのだ。我慢することもない。
だから。
そっと手を伸ばして、髪を撫でる手を握った。
僅かに苦しげに、傷ついたように目を伏せた瀬野は本当に分かりやすい。
私は薄く笑って、手を引いたまま自然な動作で瀬野にキスをした。ちょっと踵をあげて、目を伏せたままで。
唇を離しても固まったように動かない瀬野の目を見ないまま、私はワガママな言葉を口に出した。
「...じゃあ侑李のことを忘れさせて。何も考えられないぐらい甘やかして」
忘れられるわけがない、それは本当なのに瀬野は迷わなかった。
ゆっくりと、抱き締める手に力がこもるのをやけに熱く感じた。
「それで、佐倉が手に入るんだったら」
伏せた目を覗き込んで、瀬野は笑った。
「むしろ俺は嬉しい」
余計に甘さの加わった目を間近で見て、めまいがしそうだった。
ああ。私は手を出してはいけない人に手を出してしまった。
それが罪だとわかっていても。
甘い誘惑に勝つことは、できなかった。