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零の新章  作者: ぱうぇん
第一章
7/7

第05話 ‐鈴‐

 長く語り続け、さすがに口の中に乾きを覚え始めてきた時、庭の片隅から砂利を踏みしめる音が聞こえた。

 とりあえず、切りの良いところまでは語り終えていたので、一先ず中断し音のする方を見た。

 私の両脇に陣取っていた二人も、私に習うように音のする方を見やる。

 目を向けた先には、庭から祇弦所有の練武場へと続く道がある。

 砂利を敷き詰めた簡素な道を、三姉弟の真ん中である『(りん)』が歩いていた。鮮やかな黒髪は短く切り揃えられており、今し方稽古を終えたのか、木剣を携えたまま前髪から滴る汗を拭っていた。

 鈴は三人の視線に気付き、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、私もいた事で何をしていたのか合点がいき、足早に近づいてきた。


「お疲れ様。剣の稽古をしていたのね」

「そうですが、あなた達は父上の言い付けも守らず、こんな所でサボっていたようですね」


 汗を拭いていた手ぬぐいを首に回した状態のまま、鈴は冷ややかな目を私達に向けてきた。正確には、私の両隣の二人にだったが、鈴から発せられる冷たい空気の余波が私にも降りかかっている気がする。

 三白眼で睨みつけられた周は、怒られると思いオロオロしだしていたが、年上の楓は穏やかな微笑みを浮かべたままだ。

 そんな状態が数秒も続き、やがて鈴が問い詰めるような視線を止めて嘆息する。それを見計らって楓が口を開いた。


「別にサボった訳ではありませんよ。今日の稽古は鈴が外出している間に済ませました」

「姉上はそうしたかもしれませんけど、周はどうなのです?」


 一時は問い詰めるような視線を解除していた鈴だったが、今度は周に的を絞っての視線攻撃を再開。それを受け、周はビクッと身を震わせた。

 その反応からするに、どうやら言いつけの稽古を怠っていたらしい。

 なんとかしようと言い訳を考えているのか、「あー」とか「うー」と困った顔で唸っている。


「周はまだ小さいですからね。ここのところ、毎日のように稽古してましたし、今日くらいはお休みさせても良いでしょう」


 そんな周を見かねてか、楓が助け舟を出す。

 こういうところにも良く起点を利かせられるのが、一番年上である楓の風格といったところだろう。

 思わぬ援護を受けた周は、楓に同調し頻りにうんうんと首を縦に振っていた。


「それに、私達も周と同じ位の歳の時は、そこまで稽古に身を入れてなかったでしょう?」

「私達は女子ですから……。周はいずれは父上の跡を継いで貰わねばならぬ男子です。一日でも早く、強く立派になって欲しいと思うのは私の我侭でしょうか?」


 鈴の反論に楓は少し困り顔だ。

 確かに姉弟の中では男子は周だけなので、家を継ぐのは周になるだろう。祇弦からもそう聞かされていた。しかし、八才というのは遊びたい盛りの年頃だ。周がここのところ毎日稽古に勤しんでいたのは私も見ていた事だったので、楓の意見に味方したい気持ちがある。

 ならば、差し出がましいかもしれないが、ここは一つ私も口を挟むべきか……。


「あと、月さん! 何時になったら私との約束を守ってくれるのですか!」


 楓と周に味方する為の言葉を、ボーッと考えながら纏めていた私にいきなり矛先が向いた。

 腰に手を当て、私を睨む鈴。

 私は少したじろいで後ろに下がる。

 それを見て、鈴は状態を屈め、追求する様に詰め寄ってくる。

 顔がかなり近い。

 私はさらに離れるように状態を倒していく。

 それを追いかけてくる、まだ幼さの残る鈴の可愛い顔。

 可愛い顔立ちをしているのに、こんなに怒っていては可愛い顔も台無しだ。でも、釣り上がった目をしている鈴も可愛いなぁっと考えていたら、倒し続けていた上体が床と接触。

 腕を使って背を引きづる様に逃げ出そうとしたら、その行動はお見通しだと言わんばかりに、鈴は腕を捕えて押さえつけてくる。

 縁側に座っていたのが仇となって、すでに逃げ場が無くなっていた。

 それでも鈴はお構いなしに詰め寄ってくる。

 遠目から見れば、鈴が私を押し倒しているように見えている事だろう。

 楓は「あらまぁ」と言いながら一歩身を引く。

 周はすでに逃亡しており、この場にはいなかった。


「楓! 見てないで助けて!!」

「いえいえ、仲良くしているお二人の邪魔なんてできませんよ」


 変わらずの笑顔だが、この笑顔は絶対にこの状況を面白がっている笑顔だ。意外と意地が悪い。

 楓の笑顔には何種類もの笑顔がある。覚えておこう……。


「さぁ! 今日こそ約束を果たしてもらいますよ!」

「そ、そんな事言ったって……。ほら! もう暗くなってきてるし!」

「まだ夕方ってだけじゃないですか! 私は明かりなんてなくても一向に構いません!」

「いや、でも……。あ、明るくないと危ないし、怖いし……」

「ちょっとくらい痛みがあった方が充実するというものです!」


 私の必死の抵抗も、こうなった鈴の前では役に立たない。

 それにしても、今日の鈴は少し激しい気がする。

 約束をすっぽかす私を追いかけ回すのは、割といつものことなのだが、ここまで執拗に迫ってくるのは初めてではないだろうか。

 これはもう観念するしかないかなと思い始めた時、面白がっていた楓が立ち上がり、鈴の背中を掴んで私から引き剥がした。


「ほら鈴。月さんが困っていますよ。今日はそのくらいにしておきましょう」


 私に覆いかぶさるような態勢だった鈴を、楓は軽々と起こし上げる。鈴に腕を掴まれたままだった私も一緒に引き起こされた。

 楓に立たされた鈴は、不承不承といった感じで掴んでいた私の腕を放した。

 私は内心、ホッと胸をなで下ろしつつ、楓に感謝すると共にすぐ助けてくれなかった恨みの視線を向けた。楓は私の視線を涼しげにスルーした。


「今日は父様も母様もいませんから、色々とやる事がありますよ? 鈴にも手伝ってもらいますのでそのつもりで」


 ピシャリと言葉を締め、私に会釈だけして屋敷の中へと戻っていく楓。

 私と鈴は、楓の背中が見えなくなるまで見送る。


「ふぅ。今日は諦めます。ですが、明日はちゃんと約束を守ってくださいね!」

「ぇ…えぇ、極力、善処します」


 フンッと鼻を鳴らしながら、鈴もまた屋敷の中へと入っていく。その背中も見送った私は、誰もいなくなった庭先で大きく溜息を吐いた。


 三姉弟の中で一番稽古に熱心なのが、十四才の鈴だった。

 祇弦曰く、剣の才能も鈴が一番らしく、両親揃って鈴には厳しく稽古をつけていた。

 鈴も性格からか、両親の期待に応えるように毎日の稽古を欠かすことは無かった。

 そんなある日、姉弟と仲良くなってしばらく経ってからの事だった。

 祇弦から聞いたのか、私の屋敷に来る前の境遇、前に滞在していた国で守護神として奉じられていた事を知ったのだ。

 最初の頃は、いまいちピンときていなかったみたいで、私にその事を頻りに聞いてきた。

 私も別段隠す気は無かった為、聞かれるままに説明してしまっていた。

 それがいけなかったのだろう。

 負けん気の強かった鈴は、私の実力を知りたいと剣の勝負を申し込んできたのだ。

 正直、その勝負を受ける気も無かった為、なにかと理由をつけて断っていたのだが、それで諦める鈴ではなく、何度も申し込む姿に根負けして、軽い気持ちで約束してしまった。

 結果、ズルズルと約束を引き伸ばし、今日のような出来事が起こってしまったのだ。


 祇弦の屋敷に来てからというもの、まともに刀を握っていない。

 そうする必要もなかったし、なにより私自身が刀から遠ざかろうとしていた。刀を握って思い出すのは、あの辛かった日々だけだったからだ。

 祇弦も杏も、私を利用するような事はないだろうと確信は持てる。

 しかし、刀を握る事が私にとって拭いきれないトラウマと化していたのだった。


「明日かぁ」


 折角仲良くなった鈴を失望させたくはない。だが、明日の事を思うと気分が憂鬱になってしまう。

 明日こそ、鈴は約束を果たすべく、朝から私を捕まえに来るだろう。

 そんな鈴から逃げ切る自身は私には無い。

 私は気持ちが纏まらないまま、誰もいなくなった庭から立ち去り屋敷の中へと戻った。

 屋敷の奥へと続く扉の前から見上げた空は、夕日の鮮やかな朱は形を潜め、夜の濃い蒼が空を占め始めている。

 今日もまた一日が終わろうとしていた。

 この時の私は、これから起ころうとしている事件をまだ知ることなど出来なかった。


次回からようやくと話が動き始める・・・かも?

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