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零の新章  作者: ぱうぇん
第一章
5/7

第03話 ‐山賊‐

 私は呆然と立ち尽くしていた。

 見渡す視界に映るのは、荒野、荒野、荒野、時折岩山と枯れ木。背後を向けば、薄く茶色に濁った川がある。川幅は山にあった川と同じくらいだろうか。

 これが殺風景と言うのだ。

 というのが正しいと言わんばかりに、見事に何も無い。

 見慣れた森の木々も草花も、飲水を汲みに行っていた綺麗な沢も、岩魚を捕まえに行っていた大きな河川も、ここにはまるでない。

 目が覚めたら、そこは見知らぬ世界だった。


 熊に襲われて落ちた川の下流は、こんな何もない場所ではなかったはずだ。

 祖父に内緒で、鍛錬と称して川沿いに下流へ下りた事があるのだから間違いない。

 あの川の下流は森を抜けたところで田畑が広がり、さらにその先には街が広がっていたはずである。


「どこ?」


 気づいたら見知らぬ土地に立っていた不安からか、そう呟いてしまう。

 自分がなんでこんな場所にいあるのか、まるで見当がつかない。

 このまま、ここで待っていれば祖父が迎えに来てくれるだろうか?


 祖父の事を思うと、とたんに寂しさが胸を襲う。

 祖父は病で床に伏せていた。

 まともに動けない祖父は、今頃どうしているだろう。

 いつまでも帰ってこない私を心配して、無理を押して探してくれているだろうか。

 あの厳しいがとても優しい祖父ならば、きっとそうしてくれているだろう。

 しかし、そんな祖父に無理をさせるのは偲びない。

 まずは自分で出来る事を探さなければいけない。

 そう思い、まずは状況の把握に務めることにした。


「とは言っても、何も無い場所に私がいるって事くらいしか分らない……ね」


 改めて見渡した景色に、早くも絶望感が募る。

 そんな絶望感を振り払い、今度は衣服の確認をする。

 服は濡れて薄汚れてはいるが、破れたところはない。綺麗な水で洗って乾かせば、十分使用に耐えうるだろう。

 水場を探して、背後の川へと目をやる。


「こんな水で洗ったら、汚れが余計酷くなるよね」


 ハァ……と溜息を吐き、とりあえず洗濯は断念した。

 他に確認する事はあるだろうか。

 少し思案した後、重要な事を思い出す。


「刀!……は、あるわね」


 ずっと腰に下げていた刀に、今更気づくのも遅いと思いながらも、川に流されているうちに刀を無くしていなかったことに安堵する。

 刀は二振り。ともに腰に下げられている。

 二振りの内の一本を、慎重な手付きですらりと鞘から抜く。

 鞘の中に川水が侵入したのか、刀身は濡れていた。

 それを振るう事で水気を飛ばし、鞘の中の水分も、強く振って大まかに抜き取る。完全に水気を飛ばすには、清潔な布で拭き取り、しばらく乾かさねばならないだろうが、一先ずはこれで良いだろう。

 二本目の刀にも同じ作業を行い、再び刀を鞘に納めた。


 とりあえず、思いついたすべき事を終え、途方に暮れかけた時、空腹を告げる音が腹から鳴った。

 そういえば、朝からまともな食事をしていなかった。精々、食料調達の際に摘んだ木の実が数個程度しか口にしていない。

 空腹具合から見て、気を失っていたのは長くても一日程度だろう。

 空を見上げれば、太陽が丁度真上に来ているため、正午くらいになるだろう。

 となると、ほぼ丸一日以上は食料を口にしていない計算になる。

 食料の確保を急ぎたいところだったが、それよりもまずは飲水を探すのが先決だ。

 祖父が助けに来てくれるとしても、こんな見知らぬ場所ではいつになるか分らない。そもそも、私が川へ落ちて流されただなんて、祖父が知るはずも無いのだから、しばらくは自分ひとりでなんとかしなければならない。その結論に至って、再び絶望感が襲ってくる。


「でもまぁ、死にたくないし、なんとかしなきゃ」


 頭を振って、絶望という難敵を頭の片隅へと追いやる。

 祖父に教わったことを駆使すれば、一人でもなんとかなるだろう。なんとかしよう。

 その為には、やはり飲水の確保が優先だ。

 私は、もう一度背後へと目線を向ける。


「いざとなったら、これを飲むしかないか」


 背後に流れる赤茶に薄汚れた川、こんなのを飲んだら、一発でお腹を壊しそうだ。

 その光景を思い浮かべてしまい、思わず辟易する。


「この川を遡れば帰れるかなぁ」


 以前確認した時とはまるで違う場所だったのでのぞみは薄いが、現状で取れる唯一の方針だろう。

 と、その時、遠くの方から何者かが近づいてくるのが確認できた。

 ただっ広い荒野なのだから、周りには遮るようなものはなく、実に見晴らしが良い。

 まだ相手との距離が半里はあろうかというのに、人数が分かるほどなのだから。ただ、砂塵が上がっていることから、その後方の確認までは出来なかった。


 確認出来るのは五名。五名がそれぞれ馬に乗っている。

 およそ人がいるかもという期待を抱けない場所なのにも関わらず、その集団は真っ直ぐと私の方へ向かってきている。ということは、相手の方も私の姿を確認しているということだろう。

 私は見知らぬ土地で人と出会えた事への安心からか、相手集団の危険性なんて全く考慮していなかった。

 ここで逃げるか隠れるという選択をしていれば、もしかしたらまた違った結末を迎えていたかもしれない。

 まぁ、逃げる場所も隠れる場所も無かった訳だけど。


 相手が近づくにつれ、その容貌がはっきりと見て取れた。

 人数は最初に確認していたのと同じ五名。

 髪型や服装は各々違うが、ある一点に置いてのみ共通点がある。

 穏便な表現は思い浮かばないが、口悪く言ってしまえば小汚い服装。だが、服の作り自体はとても丈夫そうに見える。一名のみは鎧のようなものを身につけてはいるが、破損が酷い上に、さらに所々が黒く変色していた。そして、全員が腰に剥き出しのままの鉈を差している。鎧を身につけている一名だけは、鉈の他に剣らしきものを背負っていた。

 容姿は全員が全員、いかついを体現したような顔立ち。祖父は言うまでもなく、稀に出かけていた街で見かける人々とも全然違う容貌だった。

 祖父が買ってくる小説に、似たような格好の人達が登場していたような覚えがある。

 素行が悪く、人に迷惑をかけて日々の生活の糧を得る集団。

 一言で言うならば山賊。

 おそらく全員が男性であろう。

 あの容貌で女性が混じっていたのなら、全てをかなぐり捨てて逃げ出したくなる。

 ああ、こんな時に街へ行ったある日のトラウマを思い出してげんなりしてしまった。


(なんか、あまり良い予感がしないなぁ)


 胸の中で呟き、今更ながら自分の不注意さを嘆いた。

 この場に祖父がいたら、こっ酷く叱られていたことだろう。

 「一人で居る時は、周囲への警戒を怠らない」という祖父の教えを、すっかり忘れていた事が悔やまれる。

 相手方は馬という事もあり、時間を置かず私の側までやってきた。

 そして、私を取り囲むように展開。

 近くで見ても、山賊っぽい印象は拭えなかった。

 悪い予感がずばり的中してしまった事に私は嘆息した。


「チッ……。旅人かと思えば、ただのガキじゃねーか」


 偉く威圧的な鎧を身につけた男が、私を見るなりに苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。

 他の四名も、私の姿を舐めまわすように上から下へと見続ける。

 それにしてもガキとは失礼な話だ。

 私はこれでも十五だ。

 確かに、祖父からはチビチビと揶揄われているが……。


「見たことねぇ格好だが、それにしても汚ったねぇ服だな」


 確かに背後の川水を吸って薄汚れてはいるが、それよりも小汚い彼らに言われたくはなかった。

 とりあえず、胸中に渦巻く釈然としない気持ちを押し込め、会話をしようと一歩前に出る。

 こんな山賊っぽい集団でも、もしかしたら実は良い人達なのかもしれない。

 警戒だけは解かず、左手で腰に下げた刀を押さえる。鉄拵えの二本の鞘がチャキっとなった。

 山賊っぽい彼らが一斉に目聡く腰間の刀に目を向けた。


「金目のもんは、その腰のだけか」

「みたいっすね。服も売りゃあ、それなりの値が付いたかもしれねぇっすけど、こうも汚れてちゃぁ」

「ガキでも売れねぇもんすかね? どっかの物好きだったら高値で買ってくれるかもしれねぇ」

「う、うるくらいなら、お、俺が欲しいんだな」

「なんだ、てめぇそっちの趣味かよ」


 鎧の男が発した言葉を皮切りに、取り囲んでいた男達が下卑た笑いとともに、銘々に好き勝手な事を言い始める。

 それにしても、山賊っぽい人達はどうやら予想通りの人達だったみたいだ。

 捕まればとても悲惨な目に遭うだろう。私としては不本意だが、小さい女の子が好みの特殊な性癖の男もいるようだし。

 いつでも身動きが取れるように、さっと取り囲んだ山賊を見渡し、その中で狩猟格っぽい鎧装備の山賊に問いかけた。

 警戒は解かない。

 まともな答えが返ってくるとは思えないが、とにかく情報が欲しい。


「一つ、聞きたいことがあるのですが……」

「あ?」


 言葉に詰まらぬよう、相手に怖気付かないよう、精一杯声を張り上げようとしたが、馬の上から見下ろされるのはとても威圧感があり、御陰で尻すぼみな言葉になってしまった。

 それでも虚勢を張るように言葉を続ける。


「ここ、何処ですか?」


 私の問いに、山賊の首領(っぽいと私が勝手に決めつけた男)は、一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに大声で笑った。


「ハッハッハ! てめぇ、迷子か! ハッハッハ!」

「ま、迷子ちゃんはかわいそうなんだな……。お、俺が一緒に居てあげるんだな……」

「こんな何もねぇ荒野で迷子か! 親に見捨てられたんじゃねーのか!」

「グヒヒ、おかあちゃんとはぐれて可哀想でちゅねぇ」


 再び好き勝手に言い始める山賊達。私をどうあっても子供扱いしたいらしい。

 「どうせ、私はチビですよ」と山賊達に聞こえないよう自虐する。


「迷子なのはいいとして、てめぇ……自分の置かれてる状況がわかってねぇのか? 脳みそたりてねぇガキなのか?」

「ギャハハハハ。白痴のガキか! そりゃ親にも見捨てられるわ!」


 山賊達はこっちの事情などお構いなしなのだろう。知識としてはそういう人種だとわかっていたが、ここまで話が一方的になるとはなんともはや。

 自分でも理解出来てない事を行ったところで信じて貰えるわけでもないし、そもそもその辺を説明する気にはなれずにいた。

 早くも山賊達から情報を引き出そうとするのに疲れてきた。会話らしい会話が出来ないのが理由である。


「状況はとりあえずわかっています。ですが、こっちも止事無き事情というものが……」


 「ありまして」と続けようとした瞬間に、狩猟格の山賊が背から大きな直刀を抜き、私の眼前に突きつけた。

 私の目の前、数ミリの所に切っ先を向け、それと同時に鋭い眼光も向ける。


「状況がわかってるなら、その腰のもんを置いて去れ。バラされたくはねぇだろ? こっちは相手がガキだろうと容赦するつもりはねーぞ?」


 低く凄みを利かせた野太い声。

 バラすとは殺すという事だろうかと考え、一瞬鳥肌が立ったが、こっちも負けじと鋭く睨み返す。

 下手を打てば斬り合う事になるだろう。熊と比べてどっちが強いだろうか?

 狩猟の行動に端を発して、私を取り囲んでいた仲間達が、下品な笑みを浮かべたまま腰の鉈を構え出す。


 相手は五人。

 実力はわからない。

 馬に乗っているため、囲いを破って逃げ出すのは困難。

 状況は、現状で未確定な要素は多いが、不利なのは確か。

 何よりも、こちらに土地勘はまるでない。

 斬り合うにしても、不安材料が多すぎて気を失いそうになる。

 必死に意識を留め、相手を睨み続ける。

 どれだけの時間そうしていただろう。

 不意に、狩猟格の男が剣を引いた。


「気の強ぇガキだ。俺の睨みで泣き出さねぇガキは初めてだぜ」


 引いた剣を背に戻し、豪快な笑い声をあげる。

 狩猟格のの男は一頻り笑ったあと、こちらに手を差し出してきた。


「どうだ? てめぇ、行く所がねぇなら俺らと来るか?」

「……はい?」

「俺らの仲間にならねぇか?って事だ。もちろんガキのてめぇをただで養ってやるわけじゃねぇ。仕事は手伝わせるし、雑用もさせる。だが、飯だけは食わせてやる」


 突然の誘いに、私は間の抜けた返事を返していた。

 それにしても、追い剥ぎをしようとしていた相手をいきなり仲間になれと誘うだろうか?

 何かの罠?

 相手の表情からは裏も表も読み取れない。というか、人付き合いが少なすぎて、相手の顔色で相手の心の内など察せられない。

 百歩譲っても悪い事にしかならないだろう。

 山賊達のアジトに連れて行かれ、あられもない姿でアレコレされるのかもしれない。しかし、現状を打破するには誘いに乗るのも一つの手だろう。


「どういうつもりですか? こんな小娘を仲間にしても、そちらに得があるとは思えませんが」

「まぁ、そうだわな。そこのデブを除いて、てめぇみてぇなガキなんざ抱きてぇ奴らもいねぇだろうし。気まぐれって言っちまえばそれだけだが。ただ、てめぇの俺に臆さない根性が気に入った。この商売の一番大事な所は、誰相手にもビビらねぇ、その一点だけだからな」


 狩猟格の男は至極真面目な顔で言い放つ。嘘をついているようには見えない。

 私は少し悩む素振りを見せた。心の中では、もうこの山賊達に従いていこうと決めているが、即決して変に勘ぐれられるのも不味いと思ったからだ。

 十分に熟考した素振りを見せ、私はこの男の手を取った。


「そうか。一緒に来るか」

「はい。どうせ行く宛があったわけでもないですし、ここが何処なのかもわかりませんから…」

「ハッハッハ! アジトに帰ったら色々教えてやるよ!」

「お願いします」


 男は握った手をグっと持ち上げ、自分の馬の後ろへ放り投げるように私を乗せた。いくら小柄な私とはいえ凄い膂力だ。

 腕を引っこ抜かれたような錯覚に襲われた私はビックリした顔で肩の当たりを摩る。

 そんな私の様子を見て、男は再び大きな笑い声を上げた。

 笑い声を上げながら、男は仲間に帰投の支持を出す。やはり、最初の印象通りこの男が首領格だったのだろう。

 仲間も「へい」と短く答えた後に馬を走らせ始めた。


「おめぇ馬は初めてか? 言葉遣いが無駄に丁寧だからどっかの貴族の子だったのか? つーか名前はなんてぇんだ?」


 男は、先に行った仲間達を追い抜くように馬を走らせた後、矢継ぎ早に質問を繰り出す。


「そんな一辺に言われても答えられません。ていうか、私はあなたの名前も知りません」

「ハッハッハ。まだ名乗ってなかったな。俺はこの当たりを根城にする夜爪団の頭目、名を『奉元ほうげん』と言う」

「ほうげん…さんですか。私は神奈と言います」

「カンナ…か。……どういう字を書く?」

「あ、え~っと…。こう言って通じるかわかりませんけど、旧暦の十月の神無月の『神』に、『奈』は…なんて言ったらいいだろう?」


 『奈』の部分をなんて説明していいか分からず、宙に指で字をなぞる。それで通じる訳も無く、結果その部分に関しては口篭る形になってしまった。


「まぁ、名前を付けてくれたお爺ちゃんはそこから取ったって言ってました」


 慌てたように言い繕い、内心のドキドキを隠しながら、奉元の背を見つめた。

 それを聞いた奉元は、頭にはてなマークを浮かべながら渋面を作っていた。どうも合点が言ってないようだ。私の説明が下手だったというよりも、どうも喩えた例が悪かったらしい。 しかし、すぐにどうでもいいと言うように笑い声を上げ、「カンナ、カンナ」と連呼し始めた。


「なんですか、もう…」


 自分の名前で笑われた気がして、抗議の声を上げる。しかし、どこか困惑した声は小さく当の奉元には聞こえなかったらしい。


「おい、てめぇら!こいつの名前はカンナだ!てめぇらも名前を教えてやれ!」


 いつの間には前を行く仲間に追いついていた奉元は、並走する仲間に怒鳴る。奉元の言葉を受け、隣を並走していた四名が殆ど同時に自己紹介をする。だから、どれが誰の名前なのか全く分からなかった。


(ああ、こんな感じで上手くやっていけるのでしょうか…?)


 先ほどまでとても威圧的だった彼らは、今はとても慣れなれしく話しかけてくる。その殆どが私を揶揄うような物言いだ。

 出会った時から、ガキと言われ続けたので思わず否定し年齢を告げたら、その揶揄いが一層酷いものになってしまった。

 それからはさすがに辟易し、揶揄われるままになっている。

 揶揄われ続け、泣きそうなになっている顔を隠し、私は決意を新たにした。


(これ以上酷くなったら、なんとしても逃げよう…)


 結局、その泣きそうな顔も仲間の一人に見られ、尚更揶揄われる羽目になってしまうのだった。


ちょっと長くなったので分割

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