表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零の新章  作者: ぱうぇん
第一章
3/7

第01話 ‐新たな地で‐

第一章開始

 瞼の向こうに感じる強烈な光。それで私は意識を取り戻した。

 目を開けようとして視界に飛び込んできた光で、思わず顔を背けようとする。しかし、首は思うように動いてはくれなかった。代わりに目を細め、徐々に光に対して視界を慣らしていく。

 最初は強烈に感じていた光も、目が慣れていくにつれ、穏やかな光へと変貌していった。

 ようやくと光に慣れ、強烈だった光の正体が、ただの陽光だった事に気づく。


 私は視界だけを彷徨わせ、自分の置かれている状況を確認する。

 見えるのは、見知らぬ天井と見知らぬ壁。それと、自分に掛けられている布団。

 苦労して首を動かし、さらに周囲を確認する。

 視界が幾分か床から高い事から、どうやら寝台に寝かされているらしい事が分かる。

 調度品もいくつか見られたが、そのどれもが有り触れた物だった。だけど、ここは自分が今まで過ごしてきたどの部屋とも違う。


「……ここは?」


 疑問が呟きとなって口から出た。

 何故、私はこんな見知らぬ場所にいるのか。意識を失う前、私はどうしていたのだろう。

 覚醒したての頭は霞がかっていて、どうしても思い出せなかった。

 意識を失う前の状況と違っているということは、なんとなく思い出せるがそれも曖昧だった。

 ぼんやりとしたまま、陽光の指す方向を見やる。

 観音開きの窓が開け放たれ、真っ青な青空が覗ける。


 と、その時、部屋の片隅からギィッと木の軋む音が聞こえた。丁度、死角になっていて確認は出来なかったが、軋む音の後から聞こえる、ギシギシという規則正しい音の御陰で、誰かがこの部屋へと入ってきたことが分かった。


「ん? おお、気がついたのか」


 聞こえてきたのは、低く芯の通った男の声。

 私はその男を確認しようと身体を起こそうとしたが、不意に襲いかかる腹部の痛みで力が抜けた。


「ああ、無理はするな」


 寝台の横まで来た声の主は、やはり男だった。

 ガッシリとした躰付きから、とても力が強そうな感じを受ける。太い眉が印象的だが、無骨といえる顔の作り。さほど長くはない頭髪を後ろで結わえていて、男が動く度にヒョコヒョコと揺れるのが目に付いた。


 観察を終えた私は、怪訝な顔を隠そうともせず『誰?』という表情を浮かべた。いや、実際に口に出してしまっていたかもしれない。

 そんな私は見てか、男は豪快に笑いながら名乗った。


「私は祇弦(しげんという。まぁ、この屋敷の主だ」


 「ハッハッハ」っと笑いながら、胸を反らし自己紹介をする祇弦を見て、私は怪訝な表情を続ける。

 こんな男は見たこともないし、そもそも知っている人間と言えば、祖父くらいなものだからだ。

 尚もガテンがいっていない私の心情を察してか、祇弦は言葉を続ける。


「ふむ……。お前、ここに運び込まれる前の事は覚えているか?」


 会話らしい会話はしていないが、祇弦の登場でぼんやりとしていた頭は、次第にはっきりとし始めていた。

 意識を失う前、私は何をしていただろう。必死になって記憶を呼び覚ます。


「運び込まれる前……。意識を失う前ね?」

「そうだ」

「確か、祖父が寝込んでいたから、食料調達の為に……そう、その途中で熊に襲われたわ」

「ふむ、熊か」

「熊一匹ならなんとかなりそうだったから、まともに対峙出来る場所まで移動した所で、さらに熊が現れて……」


 現れてどうしただろう?

 そうだ、焦りから油断を招いて、増水した激流の川へと飛び込んでしまったのだった。そして、流木にぶつかり意識を失ったんだった。

 とても助かる状況ではなかったが、どうやら一命を取り留めたらしい。ここが死後の世界というわけではないのならばだが。

 そこまで説明したところで、今度は祇弦の表情が困惑へと変わった。


「本当に、覚えていないのか?」


 尋ねるべきかどうか迷った挙句の、搾り出すような問い。本当に覚えていないとはどういうことだろうか?


「私がお前を保護……というのは語弊があるが、ここに運び込む事になった経緯は違うのだ」

「え?」

「どうやら記憶が混乱しているようだから、言うべきか迷うが……。お前の為にもはっきりさせた方がよかろう」


 そう言って資源は一拍置き、言葉を続ける。


「お前は猛蘭関の手前の峡谷で、我が軍と対峙しようという時に、その剣で自らの腹部を刺して自害したのだよ」


 その言葉に私は絶句する。

 祇弦は、寝台から少し離れた所にある棚の上を指差し、さらに言葉を続ける。棚の上には、見慣れた鞘に納められた刀が二振り、丁寧に置かれていた。


「そのまま捨て置いても良かったのだがな。だが、伯州の先陣を全滅させたお前が、目の前で自害したのだ。理由はどうあれ、そんなお前に興味を持った。だから治療させ、ここに連れてきた」

「ちょ、ちょっと待って! 猛蘭関? 伯州? ……え? なに??」


 祇弦の言が、記憶と一致しない。これはどういう事だろうか?


「意識を失っている間に、夢でも見ていたのではないか?」


 苦笑するように顎に手をやり、まるで子供をあやす様に私の頭を撫でてくる。その大きな手が、遥か記憶の彼方の祖父を思い出させた。


「え? ……夢?」


 そこで一つ、疑問に思うことがあった。

 何故私は、祖父が記憶の彼方から思い出さねばならないほどに、会っていないと思ったのだろうか?

 意識を失っていた期間は分らないので考慮しないが、私の記憶通りならば、祖父と会ったのはその日の朝である。なのに、私の感情は祖父を懐かしんでいる。一日や二日会わなかったというものではなく、数年は会っていないという望郷の念だ。

 記憶と感情の間には、明らかに数年の差異がある。


 私は必死に思考を巡らせ、この空白の期間を思い出そうとする。

 まずは祇弦の言葉を思い出す。

 私はどうやら、何処かの戦場で戦っていたらしい。

 戦っていた記憶……。

 必死に記憶の引き出しを開け、それらしい事を思い出せないか試してみるが上手くいかない。記憶喪失にでもなったというのだろうか?

 戦場の記憶は一先ず置いておいて、次に自害したという記憶を探り始める。正直、自殺の事など探りたくもなかったが、記憶と感情がちぐはぐなのは気持ちが悪い。

 しかし、やはりというべきか、思い当たる節はない。思い当たる節はないが、そっと撫でた自分の腹部には鈍痛が走った。力を篭めようとすると、鈍痛は激痛に変わり、顔を顰める結果となる。


「腹はまだ痛むようだな」


 祇弦はそんな私を見て、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 その行動に、私は祖父とは違う、懐かしさの様なものを感じた。あれは、何時、何処であった出来事だろうか。

 と、思い出そうとした時、不意にちぐはぐだった記憶と感情が、パズルのピースを台座に収めるかの如く、カチリとはまり込んだ。


「思い出した……。確かに、私はあの戦場に立っていた」

「思い出したか」


 祇弦を見やると、どこか安堵しているような表情をしていた。本当に私の事を心配してくれていたのだろう。

 記憶が戻っても、この男の事は知らない。少なくとも、私が滞在していた国の人間ではないだろう。それは、祇弦が話していた事からも容易に推測できる。


「何故……」

「ん?」

「何故、そのまま死なせてくれなかったの!?」


 記憶が戻り、あの時の感情も全て思い出した私は、まるで童女のように喚き散らした。


「私はあのまま死にたかった! お爺ちゃんも、あの方も居ないこんな世界で生きていたくなんてなかった!」


 出来る事なら、祇弦に掴みかかって引きずり倒したかった。しかし、怪我の後遺症なのか、ずっと意識が無かったせいか、身体は動かず起き上がるだけの力も入らない。

 一番取りたい、感情に任せた行動は出来ずにいた。それがまた悔しく、私には泣き続けるしかなかった。


 祇弦に対して、一頻り喚いた後でも涙が止まる様子はない。

 本当に辛かった、あの日からの日々。祖父と離れ離れになり、着の身着のままで放り出された見知らぬ世界。私に唯一優しくしてくれていたあの方もいなくなり、ずっと一人ぼっちだったこの世界。

 国の守護神として祭り上げられいても、私はそんなに強くない。強くなんていられなかった。

 寂しい、辛い、悲しい、苦しい、もうこんなのは嫌だという思いから、自分の命を終わらせようとした。

 だけどなんの因果か、私は再びこの辛く悲しい世界で目が覚めてしまった。

 このまま生きていても、どうせまた戦の道具としていいように利用される。

 私は道具なんかじゃない。

 人間で在りたい。

 誰かに優しくされたい。


「もう寂しいのは嫌だよぅ」


 嗚咽混じりで、涙でくしゃくしゃに濡れた顔は酷いものだっただろう。

 祇弦は唐突の事に、初めこそ困惑していたが、私の心情を察したのだろう。

 何も言わず、大きな手でただ私の頭を撫で続けた。その手はやはり祖父を思わせ、私は一層酷く涙を流す。

 これほど泣いた事はあっただろうか。

 涙に限りがあったのならば、おそらく一生分は流してしまっているだろう。

 祇弦に撫で続けられていたからか、ようやくと嗚咽も収まってくる。

 落ち着きを取り戻し始めて私が思うのは、やはりもう終わりたい、死にたいという事柄だけだった。

 子供をあやす様に微笑み続ける祇弦を見つめ、私は思いの言葉を投げかけた。


「ねぇ、祇弦。私を殺して。もう、終わりたい……」


 泣き続けた枯れた喉で、私は絞り出すように言った。

 体が動かないのであれば、自分で終わらすことは出来ない。それに、私はもう自分で終われるほど強くなんてなれなかった。だから、目の前の見知らぬ男に頼んだ。

 殺してくれと。

 しかし、祇弦は微笑むのを止めて、ただ首を横に振るだけだった。

 言葉は無いが、それは明確な拒否だった。

 私は悲しみのまま「どうして?」と問いかける。


「お前は、天命を持っている人間だからだ」


 帰ってきた答えは、予想していた答えから、大きく外れたものだった。


「てん…めい…?」

「そうだ、天命だ。通常であれば、お前の傷はそのまま死に至る傷だったのだ。確かに、私はお前を治療するように医者に頼んだ。私も妻も、お前を生きさせようと努力はした。だが、それでも死ぬしかないくらいの傷だったのだ。なのに、お前は持ち直した。死の淵から舞い戻ってきたのだ!」

「死ぬくらいの事だったのに、死ななかったから天命?」

「そうだ! それが天命と言わずしてなんという! 天の意志を宿していたからこそ、天はお前を生かした! お前にはまだ成さねばならぬ事があったから、天はお前を見捨てなかったのだ!」


 祇弦は凄く興奮していた。「我が国の伝承にも、天命を持つ者の話がある」と祇弦は続けていたが、正直聞く気にはなれなかった。

 確かに、似たような事をあの方にも言われた気がする。あれは何時の事だっただろう。はっきりとは思い出せない。

 それにしても、それだけの事で天の意思と言われても、私にとっては納得できることではなかった。その思いがあるだけに……


「……勝手な言い分だよ」


 そっぽを向く様に、祇弦から視線を外す。


「まぁ、確かにそうなのかもな。だが、私はお前の天命を信じたい。我が国の伝承なんてものは関係なくな」


 「それに、お前に興味が沸くのだ」と、豪快に笑いながら祇弦は続けた。

 ああ、どうしてこの人は、どこまでもあの方と同じ様な事を言うのだろう。

 顔も雰囲気もまるで違うのに、今はもう居ないあの方を思い出させてしまう。それに、この人には祖父の面影も重ねてしまう。

 私に優しかった二人。

 二人とはまるで似つかないのに、会ってからまだ全然時間も経っていないのに、どうしても祇弦に二人の面影を重ねてしまっていた。

 そのせいか、流しきっていたと思った涙が、再び頬を伝うのを感じた。

 その姿を見て、先程までの涙とは違うと察してか、祇弦は言葉にならない声を発しながら、慌てふためき始める。

 さっきまで、彫像のように大きく、どしんと構えていたのに、この祇弦の変わりようを見て、無意識のうちに笑みが溢れていた。


「先まで泣いていた子供がなんとやらだな」


 苦笑しつつ居住いを正した祇弦が、からかうように言った。


「子供とは心外です。私はこれでも十九ですよ?」

「ほぅ? ちんまいなりだったからな。うちの娘くらいかと思ったぞ」


 「ガッハッハ」と声を上げて笑う祇弦。

 その祇弦の娘とやらが、一体いくつなのか問い正したいところだったが、どうせ再びからかわれるのが目に見えていたので、グっと言葉を飲み込んで堪える。

 そんなやりとりをしているうちに、奇妙な感情に気づいた。

 つい先ほどまで、あんなに死にたい、終わりたいと思っていたのに、今はもうそれほど強く思ってはいない。

 生きたいという気持ちが強いわけではないが、この人と一緒に居られるならば、生きていてもいいかなと思っていた。


「私……。生きていてもいいのかな?」

「ん? 何か言ったか?」


 胸の中に込めるように小さく呟いた声は、祇弦には聞こえなかったらしい。

 胸中で呟き続ける私を他所に、祇弦は聞いてもいない事をペラペラとまだ話し続けていた。意外とお喋りな性格なのかもしれない。

 印象とは違った祇弦を見つめ、私は再び無意識のうちに微笑んでいた。

ようやく本編・・・みたいな?

サブタイは後で付けます。思いつけば

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ