前編 -猛蘭関陥落の前日-
初投稿
有り体にいえば異世界漂流ファンタジー。
オリジナルの設定を使用していますが、作品の舞台のイメージとしては、三国志みたいなぁって感じで考えてもらえれば良いかと。
だからといって、内容は三国志ではありませんのであしからず^^;
伯州の先陣五万との戦。
戦っているのは、私一人……。
いつの間にか、一緒に戦場に出ていた兵達は後方に下がって、狭い渓谷の間に築かれた関の中に篭っている。
幾度の戦によって、補修こそされてはいるが、ボロボロになっている不落と謳われた猛蘭関。
今は見る影もない。
大軍の進行を防ぎ切る事が出来なくなった関の代わりが、私……。
私の周りには、幾数千もの屍が広がっている。殆ど、私一人で殺ったものだ。
今も、正面から、敵方の武将と思われる一人が、馬に跨り、槍を携えて突進してくる。
「――の守護神! 覚悟!!」
敵将の槍を捌いて受け流し、踏み込んで、返す刀で馬の足を切断する。
馬は悲鳴を上げ、上に乗る主人を振り落としながら、地面に崩れた。
突如の出来事に、咄嗟に対応できなかったのか、それとも落馬の衝撃でどこか痛めたのか、未だに起き上がれないでいる。
これしきの事にも対応できないところをみると、さほど力を持った将ではないのだろう。
敵将は尻餅をついた姿勢のまま、私に向かって何度か槍を突き出してくるが、安定しない体勢では、満足な攻撃もできない。
私はその攻撃を数度、脚を使って左右に避けた。
攻撃の最後の突きと同時に、『半月』といわれる体捌きで槍の内側に潜り込み、右手に持った刀で槍を中程から断ち切った。身体を回転させながら、左手に持った刀で、敵将の首筋を薙ぐ。
胴と頭が切り離された切断面から鮮血が吹き出る。私は、それを避ける事もなく全身で受ける。血液特有の鉄臭い嫌な臭いが立ち込めるが、私は気にするでもなく立ちすくした。すでに私の纏っている衣服は、返り血でどす黒く汚れていた。
私は何をやっているのだろう。
あれから、どれだけの月日が流れたのだろう。
拾われた国で、いつの間にか守護神として祀られ、戦に駆り出される日々。
来る日も、来る日も、一人で戦い続けていた。
誰の為?
(あの人のためではないの?)
でも、あの人はもういない。
(既にいない人の為に戦うの?)
わからない。
(無駄なんじゃないの?)
無駄なのかな…。
(なのに、なんで戦っているの?)
あの人は、もういない。
(えぇ、いないわ)
なのに、何故戦っているの?
(それは……)
解らないのね……
(それは、あの人が愛した民の為……)
本当にそう?
(えぇ。その……はず……)
でも、その人達はあなたに何かしてくれた?
(何もしていない……。私もそれを望んではいない)
本当に? こんなにも苦しい思いをしているのに?
(……)
他の兵も、戦いはあなた一人に任せているのよ?
(……)
何故、戦う義理ももう無いこの国の為に戦うの?
(……)
戦いは他人に任せて、自分達は楽して後の平静を掴もうとしているような国のために?
(……あの人が愛した国だから)
でも、その人は死んじゃったのよ?
暗殺されたのよ。
実の母親の手によって。
(……)
あなたに優しかったのは、あの人だけだったはずよ?
(……)
もう、疲れたんだよね?
(……つかれた?)
もう、休みたいんだよね?
(……やすみたい?)
もう、終わりにしたいんだよね?
(おわり?)
そうよ? こんなに頑張っても、誰一人、労いの言葉もかけてくれないどころか、侮蔑の視線を送ってくるのよ?
(疲れた……)
あなたはすでに一人なのよ?
(休みたい……)
自分で戦わず、自分のことだけしか考えない人達を守って、あなたに何が残るの?
(もう、終わりにしてもいいのかな……)
次々と襲いかかる敵兵。動きが丸見えだ。所詮は雑兵ということなのだろう。
私は最小限の動きで攻撃を受け、急所を斬りつける。それで、敵兵は沈黙する。
「あと、五百がいいところね」
前方の部隊を眺め呟く。
敵方の先駆けて突進してきた部隊は、既に千をきっているはずだ。
もう、半日はぶっ通しで戦い続けている。そろそろ、敵の援軍が駆けつけてくる頃合だろう。
それで、この戦いに終止符を打とう。
「くっ……。この化物が!」
「化け物?」
そうかもしれない。
私にとっては、守護神も化け物も一緒だ。大した違いは無い。どちらも、人ならざるモノなのだから。
「一体、いつから私は人間じゃなくなったのかな……」
そう呟く。
目の前には、さっき化け物と私を罵った人が倒れている。
弱い。
数で成り上がった国の武将なんてこんなものなのか。確かに、戦において投入される兵の数は重要だ。
だが、雑兵・武将に関わらず、手応えすら感じられなかった。
斬り伏せた死体には一瞥もくれず、刀についた血糊を、刀を振って落とす。どんなに上手く斬っても、油と刃こぼれだけはどうしようもなく、毎日綺麗に手入れされていた二刀は見る影もなくなっていた。
前方を見ると、遠くに舞い上がる砂塵が見えた。
「やっと到着したようね」
敵方の援軍が、突出していた先陣に追いついたのだろう。
「もう、これで終わりにしてもいいよね?」
その場にいる誰に問うわけでもない自問が口をついで出る。
前方の敵部隊は、私の前方二里の所、峡谷の手前で陣形を整えているようだ。
私は、それに構わず、ゆっくりと敵部隊に歩み寄る。
敵援軍の旗印を確認。
「伯州軍じゃない?」
伯州の軍であれば、旗には[伯]の文字が掲げられているはずだ。
よく見ると、援軍と思われた部隊の兵が身に着けている鎧も、伯州の兵の物とは違った。
青塗りの鎧に、藍染の鉢巻。旗には[訃]の一文字。
「あれは……。訃祷軍か」
訃祷は大陸の北西に位置し、最近になって大国へと伸し上がった国である。我が国とは、広大な国土を抱える伯州を挟んで対極にある国なので、国交もあまり盛んに行われていなかった。
故に、たまたま戦場に居合わせるということは、まず無いはずなのだ。
(なぜ訃祷軍……)
その訃祷軍が、伯州の先陣の残存部隊を蹂躙していく。
大国という事もあり、武将や兵の質は高い。
伯州の先陣は私と戦っていた為、消耗している上に兵の質は悪い。
伯州の先陣部隊はあっという間に、訃祷軍に飲み込まれていった。
「あっけない……」
その光景を見ながらも、歩みを止めていなかった私は、訃祷軍よりも一里程離れた場所に立つ。
訃祷軍は、戦場にただ一人いた私の存在に戸惑っているようだった。
私が、しばらく訃祷軍を眺めていると、そこから一人の騎馬兵が出てくる。現状偵察だとでもいうのだろうか?
こんな、何も無い平野で?
それとも、ここに居るのが、守護神と謳われた私と知って、一騎打ちでも申し込むとでもいうのだろうか?
まぁ、そんな事はどうでもよかった。
「もう、終わりにするね……」
私は、誰に聞かせるでもなく、そう呟いて、右手に持っていた刀で自らの腹部を貫いた。
「もう、休んでもいいよね……?」
腹部を貫通し、背中から飛び出る刃。
私は、さらに両手で柄を握り、一気に刃を根元まで突き入れた。
腹部から流れ出る血とともに、体中の力が抜けていくのが分かる。
どれくらいの血液が体外に流れ出たのだろう。
すでに、踏ん張りの利かなくなった体が、前のめりに倒れそうになるが、咄嗟に両手で身体を支えようとしていた。
(やだな……。こんな時まで体が意思に反して動いちゃうよ)
両手を地面についたが、踏ん張りが利かない上に、地面にできた血溜りと両手を濡らした血のせいで、滑るように倒れ込んだ。
大地に広がった自分の血が、妙に生暖かい。
すでに聴覚が失われつつある耳に、蹄の音が聞こえてくる。
その蹄の音は、かなり近い場所で止まった。
ジャリっと砂を踏みしめる音と共に、私の側で誰かが何かを言っているが、なんと言っているのか分からない。
「終わりにしてもいいよね……?」
最後の一言で、私の意識は深い闇へと落ちていった。
無骨な冷たい腕に抱きかかえられる、微かな感触だけを残して……。
(義兄さん……)
序章前半終了!
多分コメディ風味はない。シリアルもない。シリアス……書けるかなぁ。書きたいなぁ……
数日後にでも後半をうpします。