振り返れば
「ああ、忙しい!忙しい!忙しい!!」
年末の夕方、あたりはもう暗くなりはじめている。
今日は今年一番の冷え込みだと今朝の天気予報で能天気なキャスターが言っていたが今の俺には寒さを感じる余裕すらない。
道路工事が多く、車で行くより歩いて行った方が早い。そう思ったから会社を出て15分、早足でオフィス街を抜けて行く。運動をしなくなって久しい体では正直早足ですら息が上がる。
夕方のオフィス街ということもあってか帰宅途中のサラリーマンもいる。恨めしい。
「なんで俺だけこんな目に・・・」
そんなことを考えている暇は無い。今は急いで相手先の会社へ行かないと。
そう思い直して足に力を入れ直した時だった。後ろの方からやけに大きな足音が聞こえてきた。
「やばいやばいやばい、急がないと!」
一抱えほどの大きさのバッグを抱えてこちらの方へ走ってくるサラリーマンの姿が見えた。
「なんで僕だけこんなに忙しんだよ!」
半ば怒鳴るように叫びながら俺の横を走り去って行く。その勢いに驚き俺はその姿を呆然と見ていた。
「あっ」
何かにつまずいたのかものすごい勢いで転んだ。
俺は慌てて彼のもとへ駆け寄った。他のサラリーマンたちはこちらを気にはしているものの関わり合いになりたくないようでさっさと行ってしまう。
「おい、大丈夫か!?」
俺の声が聞こえていないのか、彼は立ち上がり再び走りだそうとしていた。
「い、急がないと・・・」
「ちょっと待った。あんた無理はしたらいかん」
彼はようやくこっちを見た。まだ若い青年だった。
「でも、急いでこの書類を届けないと」
「急がないといけないのはあんたを見ればよくわかる。だが、転んで怪我でもしてみろ、もっと遅くなるぞ」
「は、はぁ」
「俺も急ぎの仕事があるんだが、あんたを見ていると急ぎすぎてもよくないというのが嫌というほどわかった。急いでいる時ほど冷静になることが大切だ。わかるか?」
「はい、なんとなく」
「なら大丈夫だな、お互いに気をつけて行こうじゃないか」
そう言い残し、俺は歩きだした。彼もあとに続き歩き出した。
俺は今朝の天気予報のあとの星座占いをふと思い出した。
今日のさそり座の順位は8位、キーワードは『急がば回れ』だったと思う。