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経過録4日目

 ねぇねぇ、アルが珍しくぼくにビデオを渡してくれたんだ。なんでも、"お前は忘れっぽいんだからたまにはこれで覚えておきたいことを言っておけ"だって。


 キニアンさん……キニアンともずっとドライブしてるよ。キニアンさんは"私のことはキニアンって呼んで"って言ってたから、ぼくはこれからキニアンって呼ぶよ。キニアンさんって呼ばれると、何だか恥ずかしいみたい。キニアンさんはキニアンさんなのにね。


 昨日はずっとドライブしてて、キニアンは疲れたみたい。今は後ろで寝ていて、代わりにアルが運転しているよ。ぼくもベーグルを食べてからウトウトしてたから、今どのぐらい走ったのか分からないや。街を抜けて、だだっ広い荒野の中を走っている。キニアンは後ろの席で目いっぱい伸びをしていた。もうお昼になるからなのか、お腹が空いたよ。 


 遠くからゴロゴロ音が聞こえる。ライオンの唸り声みたいな音だ。ぼく達を追いかけるように、音は響く。車のサイドミラーから大きな影が見える。あれは……あれは……! 

「ジェマー……先生」

ぼくがそう呟くと、アルは焦ってアクセルを全開にした。砂煙をあげて、ぼく達が乗ってる車は激しく揺れる。ジェマー先生の乗る車が猛スピードで走ってきた。車の後ろから、鉄の棒を持った男の人が出てくる。ギンピィ。男の人はそう名乗っていた。ギンピィの鉄の棒が火を吹くと、ぼく達が乗る車に衝撃が走る。ぼく達の車がふらついた隙に、ジェマー先生の車は一気に距離を詰めて、体当たりをしてきた。アルが窓から放り出されて、地面に叩きつけられる。ぼくも鳩尾を打って、その場にうずくまった。キニアンもこの異常事態に驚いて、車を降りる。キニアンの白い額に、黒い棒が突きつけられた。

「これはこれは、キニアン女史じゃないですか。こんな田舎にドライブとは、休暇ですかな?」

ギンピィはキニアンの顎の下に、鉄の棒を当てる。キニアンは手を上げながら、ギンピィを睨む。

「あなたこそ、ここまで追いかけてくるなんてね。休暇をとってバカンスに行った方がいいわよ」

あの黒い棒は危ないもののはずなのに、キニアンは笑っている。だけど、あの笑顔はなぜだかすごく怖かった。ジェマー先生の笑顔みたいだ。すごく、背筋が凍るような冷たい笑い方だ。ジェマー先生はアルの頭の毛を引っ張る。もうぼくの知ってる先生の姿はどこにもない。アルは目を細めてジェマー先生を見た。

「フィールドワークなんて、アンタの性に合わないだろ」

「最近運動不足でね。たまには外も歩きたいんだよ」

ジェマー先生がアルのお腹を蹴る。アルは小さく呻いた。ぼくは考えるよりも先に、アルの前に出る。足が震えて、立っているのがやっとだった。

「やれやれ、少しは賢くなったと思ったんだがね。危険察知の本能まで失くしたのかな?」

ジェマー先生がナイフのような物を取り出して、ぼくの首元に突きつける。

「ジェマー! 何をするつもり!? この二人は連れて帰るだけじゃなかったの!?」

キニアンが叫ぶと、ギンピィは鉄の棒を押し当てる。ナイフの先端は、ぼくの首筋に痛みと赤い点を作った。

「おやおや、キニアン。残念だけど、この二人はもういらないんだ。かと言って野放しにするのも何かと都合が悪いからね。片付けに来たんだ」

銀色のナイフは不気味に鋭く光った。ぼくはこの光景を以前にも見たことがあるような気がする。

 あれはしゅじゅつの時だ。ジェマー先生は、怖がるぼくに柔らかい言葉をかけていた。注射で何もかもがぐちゃぐちゃになった世界で、先生はぼくの頭にナイフを入れた。痛みも何も無い頭の中。ただただ、脳みそを掻き回されている感覚に吐き気を覚えた。そうだ、先生は……ジェマーは、アイツは僕の頭を切り刻んだんだ!

 僕はジェマーのナイフを押さえて、頭突きをする。ちょっと頭がクラクラしたけど、ジェマーの方がふらついていた。ナイフを掴んだ手が切れたけど、痛みは興奮で消し飛ぶ。僕はアルを抱えて、ジェマーにナイフを向ける。

「油断したよ。君の頭にこれだけ脳味噌が詰まっていたなんてね」

「アンタのせいだ! アンタのせいで僕はっ……!」

忘れていた感情が、胸の奥から一気に噴き出す。どうして僕がこんな目に遭わないといけないんだ。どうして僕は自分が分からないんだ。癇癪を起こした子供みたいに叫ぶと、目頭が熱くなる。

「チャリ……お前……」

アルが頭を押さえながら僕を見る。いつも伏せがちなアルの目が、今まで見たことがないくらい開いていた。

「調子に乗るなよ、ツギハギ頭。もう一度脳味噌に穴を開けられたくはないでしょう?」

ギンピィが僕に目掛けて黒い棒を構える。あの黒い棒を見ると、火照った体が凍りつく。あれは危険な物だと訴えかけるように。ナイフを持つ手が震える。

「ダメよ! ギンピィ! 彼を殺さないで!」

さっきまで冷静だったキニアンが、取り乱したように叫ぶ。キニアンはギンピィの鉄の棒にしがみつく。だけど華奢なキニアンの体は、すぐに振り落とされる。

「キニアン!」

僕は叫ぶと同時に、ギンピィを突き飛ばす。鉄の棒が火を吹く危険も顧みずに、僕はキニアンの元に駆け寄った。あの男がキニアンに暴力を振るった途端、強烈な怒りが込み上げてきたんだ。ギンピィはバランスを崩して、鉄の棒を落とした。

「キニアン! 逃げよう!」

僕はキニアンの手を引いて、車に駆け込む。後部座席にアルを寝かせて、僕は運転席に乗り込んだ。

「逃すと思うかい?」 

ジェマーとギンピィも車に乗り込む。エンジンのキーを回して、僕はキニアンの車を走らせた。アクセルを踏み締めて、僕は道なき道をひたすら駆ける。


 橋に差し掛かった時、後ろから耳を打つような音がした。追いついたギンピィの棒が煙を上げている。タイヤが吹き飛び、ホイールが火花を散らす。橋の上で、僕達か乗る車はスピンする。

「危険運転とは、感心しないね」

ギンピィが棒を構える。バランスを崩した車に、僕は翻弄され続けた。柵の金網にぶつかり、車は無数の切り傷を刻む。キニアンはアイツらに修理代を請求した方がいいよ。

「アル、チャリ。このままだと車ごとアイツらにやられるわ。川に飛び込むわよ」

「おいおい、アンタの車だろ。乗り捨てていいのか?」

アルがゆっくりと起き上がる。キニアンは名残惜しそうに車内を見渡して、軽くため息をつく。

「その元気があるなら泳げそうね。いいわよ、車ならもっと良いのを買うんだから」

キニアンは窓越しに橋の下を見る。緑色に濁る川は底が見えない。飛沫をあげて、こちらを手招きしているみたいだ。

「いい? 私がドアを開けたら、車から出るわよ」

キニアンがドアに手をかける。もう片方の手で僕の腕を掴む。バックミラーからは片目を瞑り、こっちに狙いを定めるギンピィが見えた。   

「さよなら、脳なし御一行様」

「今よ!」

キニアンがドアを開け、外に飛び出す。僕も手を引かれて、アクセルから足を離した。外に出ると同時に、けたたましい音が響いて、車が吹き飛んだ。爆風に押されて、僕達の体は宙を舞う。煙が黒雲を作って、部品の雨を降らせた。雨に混じって、僕達は川に落ちる。手足をばたつかせて、僕は水面に上がろうとした。だけど、体が重くて力が上手く入らない。大量の泡を吐きながら、僕は意識ごと水底に沈んでいった。

 

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