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経過録1日目

 俺はアル。ガタイのいいハツカネズミの方だぜ。革ジャン着て二足歩行で立ってる喋るネズミだなんてちゃんちゃらおかしいが、これにはちゃんとした訳がある。それはな......

「ねえねえ、アル。何録ってるんだよ。ぼくも喋っていい?」

今カメラに鼻を押し付けた冴えないオッサンは、俺の腐れ縁だ。

「ぼくチャリ。ピーナッツバターサンドが大好きなんだ」

この通りおつむは弱いが、多分俺より重ねた歳は多いはずだ。

「おい、そこの青二才とネズミ頭。ご所望のピーナッツとブルーチーズウォッカだ」

カウンターの親父が乱暴な手つきでご注文の品を持って来る。この珍道中に居座られたくないのか、太い眉を寄せていた。

「うわーい! ぼくピーナッツ大好き!」

チャリは周りの目も気にせず、ピーナッツを口いっぱい頬張る。俺達だって好き好んでこの酒場にいる訳じゃない。俺はウォッカを一口飲んでため息をつく。

「ここにいたんだね君達。さあ、お家に帰ろう」

酒場のドアが空き、白衣の男が入ってくる。アルコールの匂いが充満するこの酒場でも、そいつの薬臭い匂いは嫌に鼻に付いた。あと別の匂いも。

「ジェマー先生! 先生も何か頼むの?」

チャリが白衣の男に駆け寄ろうとするのを、俺は咄嗟に制す。こんな小綺麗な白衣を着ている男が、消毒液以外注文する訳がない。酒場の親父も慣れない客人に怪訝な顔をする。

「アンタ、何飲むんだ?」

「失礼。仕事柄、酒は飲まないのでね。そこのネズミと男を買い取りに来たのだよ」

ジェマーはほくそ笑み、俺達を見る。コイツの青い目は氷でできているみたいだ。親父は呆れ、好きにしろと言わんばかりにそっぽを向く。どうやらタダで俺達を売ってくれるみたいだ。

「何のつもりだ。獣医さんごっこなら他でやりな」

「おや、皮肉まで言えるようになったとはね」

俺の頭を見て奴は満足げに笑う。チャリは訳が分からず、捕らえられた小動物みたいにジェマーの顔を見る。

「その賢い頭で考えてみるといい。君達はどこに行ってもあの研究所が家なのだよ」

「悪いが、新居を見つけたんだ。アンタのおもちゃ箱よりよっぽど快適な所をな」

ジェマーの目元がひくつく。思い通りに動かないおもちゃはさぞかし苛つくだろうよ。

「おいおい、長い話し合いなら外で......」

「ダンディ!」

ジェマーの合図と共に、一匹のライオンがドアを蹴破り、親父に襲いかかる。親父の喉が食い破られ、空いたグラスに血が注がれた。出来上がったレッドアイを見て、店内の客達は散り散りに逃げ出す。チャリも怯え、テーブルの下に隠れた。ライオンは猫背で立ち上がり、血で汚れた手を舐める。

「よお! アル。久しぶりじゃねぇかぁ」

「相変わらずタンポポ並みの頭だな。ダンディ」

酔っ払った様な口調のダンディ。コイツは元々サーカスのライオン志望だったんだが、これじゃあ門前払いだな。チケットの拝見を歯形でつけそうだ。

「随分躾けたはずなのだけどね。猫に追い詰められないと君は理解できないのかな」

ジェマーが指を鳴らすと、ダンディは俺の喉元に向かって爪を突きつける。

「安心しなぁ、バラしゃしねぇよ。ちょっと齧るだけだからよぉ」

ダンディが舌舐めずりする。こいつの一噛みは俺の頭をブルーベリーみたいに潰すだろうよ。俺はウォッカの入ったグラスを手にし、ダンディの左目掛けて殴りつけた。

「うげぁっ! 目がぁ!」

ダンディは目を抑え、体勢を崩す。その隙に俺はチャリを抱え、逃げ出す。

「逃げるぞ! チャリ!」

チャリはよろけながらも走る。ジェマーはダンディを支えながらも、俺達を追いかけようとした。俺は酒樽を蹴飛ばし、ジェマーを妨害する。酒場を出て、街の外へと離れた。できるだけ遠くに。奴らの声が聞こえないところに。

街外れのガソリンスタンドに来た所で、俺達は一息つく。どうやら巻いたようだ。自動販売機でコーラを二本買い、俺達はスタンドの中に入る。幸い、とっくに潰れたガソリンスタンドだったため、俺達は店内のソファに寝そべることができた。陽炎がちらつく暑さを忘れるために、俺はコーラを一気飲みする。

「ねぇ。なんでジェマー先生、あんなに怖い顔していたのかな?」

チャリがコーラ缶を開けるのに手こずる様子を見て、俺は前歯を引っ掛けて開けて見せる。溢れ出る炭酸を抑えるように、チャリは缶を口に突っ込んだ。

「俺達を捕まえて悪い事しようとしてるんだよ」

無邪気に首を傾げるチャリ。オッサンのはずなんだが、髭が全然生えてないし、痩せてガリガリだ。だから、俺にはこいつが子供にも見えてくる。

「でも、ジェマー先生前はとっても優しかったじゃん。いつもテストが終わったら、ぼくの大好きなピーナツバターのキャンディくれたよ」

「そんなお優しい先生が、俺達にこんな傷を付けると思うか?」

俺は自分の額を出し、チャリの前髪を掻き上げる。鏡写しのように映るのは、額に真横に走った傷。縫合跡が残り、フランケンシュタインのようだ。

 そうだ。俺達はフランケンシュタインのように身体を弄られてきたんだ。あの薬臭い男に注射を打たれ、脳みそをバラされた。その結果、この珍獣と冴えないオッサンが生まれたんだ。体格は人間並みに成長し、人間みたいに手を使う。人間の言葉で喋れるし、人間の食べ物も食べられる。人間の開く学会とやらに出したら、何か賞でも取れるだろうよ。チャリも元々は普通のオッサンだった。だけど頭を弄られてこの様だ。奴のせいで、俺達はまともじゃなくなったんだ。

「それなら、これからぼくらはどうするの? このままずっと先生と鬼ごっこするの?」

チャリはくたびれた様子でソファに寝そべる。

こういう何気ない仕草はオッサンそのものなんだよな。さてと、これからどうするかとな。帰る道はないが、行く道ならある。

「チャリ、お前の家に行こう。お前には帰る家があるだろ」

「ええっ? でもぼくの家はあの白い家だよ」

俺はチャリの額を軽く小突く。お人好しもここまで来ると厄介だ。白い家に住むのは病人か大統領だけだ。

「何を寝言言ってやがる。お前が生まれ育った家だよ。小さい頃の思い出を辿ってみろ」

チャリの記憶を引き出す為に、俺は手当たり次第にスタンドの中の物を漁る。工具箱、オイル缶、レンチ。どれを見てもチャリは初めて見る物を興味津々にいじるだけだ。俺は疲れ、暑さで汗ばんだ革ジャンを脱ぐ。ふと、棚に置いてある雑誌が目につく。観光地のパンフレットみたいだ。俺は雑誌の中を覗く。立ち読み禁止だが、座っているから問題ないだろう。

 頭を弄られたせいなのか、俺はネズミにしては人間臭いネズミになった。こうした雑誌は齧るしか能がなかったのに、今は文字も、写真も、地図も理解できる。何々、アップルチークタウン名物、アイスクリームパーラー、"ドナーズサンデー"。読めたところで行きたいとは思わないな。

「あ、そのアイスクリーム屋さん、ぼく知ってるよ」

いつの間にかチャリが俺の脇下から雑誌を覗き込んでいた。チャリは興奮した様子でしきりにアイス屋の写真を指差している。

「名前はよく分からないけど、小さい頃にここに連れて行ってもらった気がするんだ」

 蘇った思い出に目を輝かせるチャリ。どうやら目的地は決まったみたいだな。アイスクリームパーラーまでおつかいだ。

「よし、こんな所に長居は無用だ。チャリ、行くぞ」

俺はチャリの手を引き、ガレージへ向かう。ガレージにはオンボロのバイクがあった。誰かが修理中にほっぽり出したんだろう。幸い、エンジンはかかったため、俺はチャリを後ろに乗せる。

「ね、ねえ。これ人のでしょ? これってドロボウじゃあ......」

「潰れた店にバイク取りに来る奴がいるかよ。それに悪い事なら、俺達とっくに家出っつう悪い事してるだろ」

チャリは動き出すバイクに肩をすくませ、俺を羽交締めするようにくっついた。おいおい、オッサンにくっつかれても面白くねぇよ。掠れたエンジン音を鳴らし、二人乗りバイクは道路を駆け抜ける。俺達が向かうはアイスクリーム屋。ここから2000キロも離れてやがる。長い旅になりそうだ。

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