第6話・不幸中の幸い、あるいは運命
「今日も運が味方に付いてる……! やっぱり圧勝しちゃうかも?」
足元が赤く染まり始め、腕が微かに震えている。
ラヴは両手で剣の柄を握ると、肘を引いて剣先を標的へと向けた。
(応急処置はしたけど、ちょっと深すぎかも!)
魔力で傷口を覆うことにより止血。
しかし穴を空けられた腹部からは、すでに大量の血が流れていた。
――能力【幸運】
危機が訪れたとき、無意識に回避が起こるというもの。
その強制力は凄まじく、変身中、ラヴは死線を容易に超える。
魔物は姿勢を低くすると、射出されたかのように駆け出した。
砂埃が巻き上がり、その中から黒い腕が伸びる。
反射的に剣を振るい、刃が素早く切り捨てる。
しかし即座に再生した腕が、ラヴの首を強く掴んだ。
(やばいかも……!?)
全身が持ち上げられ、その反動で柄を手放してしまう。
空中に浮かんだ剣が1度2度と回転し、重力に従って落下する。
そして、魔物の頭を貫いた。
突然の死角からの攻撃に、魔物は首から手を離して仰け反る。
「っ!? 戻って、ラッキソード!」
突き刺さっていた剣が消え、右手に再び握られて出現する。
ラヴは素早く腕を引くと、勢いよく前に突き出した。
剣先が魔物の顔を深々と貫く。
次の瞬間、真っ黒い拳が眼前へと迫っていた。
(あっ、これは避けら――)
骨が砕けるような音が鼓膜に響いた。
「ぅ、う〜ん……はっ、寝てた!」
バチッと目を開ければ、雲ひとつない青空が広がっている。
瓦礫に埋まった体を勢いよく持ち上げる。
服を捲って1度うなずくと、両手で顔をぺたぺたと触る。
「よし、傷は治ってるね!」
魔力によって腹部の傷、そして砕けた顔の骨はすでに再生している。
「ふんふ〜ん、終わりよければ全てよし〜」
魔物に顔を殴られる直前、ラヴの一撃は魔物の心臓――魔石を真っ二つにしていた。
魔石を失った魔物は、例外なく消滅する。
ゆっくりと起き上がりながら、ラヴは勝利を確信していた。
スキップするような気分で変身を解除する。
体に光を纏わせながら、白羽は楽しげに口にする。
「臨時でお給料も入るし、美味しい物でも食べ――」
それ以上、言葉を続けようとは思えなかった。
驚いて閉じたくちびるに、生温かい血が垂れてくる。
飛んできた金属片が、頬を掠ったのだ。
直後、轟音が白羽の鼓膜を揺らした。
「あの魔物、なんで死んでないの……!?」
唖然とした白羽の視界が捉えたのは、空中でお互いを殴り合う、黒い魔物と1人の少女。
少女が脚を振り上げると、凄まじい速度で魔物を蹴り落とした。
次の瞬間には、砂埃が大きく舞い上がり、少女の姿も空から消える。
(それに……協会にあんな子、いたっけ……?)
短く揃えられた白い髪。
動きやすく改造された、和服のドレス。
遠目からでは、顔立ちや服の柄までは見えなかった。
「まさかまさか、今さっき覚醒した子だったり……って、そんな訳ないかぁ」
再び、衝撃が辺りに響いた。
まばらに生える木々、その間を駆け抜ける。
晴れた視界に魔物を捉え、勢いよく飛び込んだ。
その瞬間、「しめた!」とでも言いたげに、魔物が頭部分の液体を揺らす。
目の前に迫る乙女へ、先に拳を突き出した。
「んな素直に殴るかよ」
空中で体を捻り、すんでのところで拳を躱した。
砂埃を立てながら魔物の背後に着地する。
右腕を体の前に引き、そのまま後ろへと振り回した。
魔物の後頭部に、フルスイングした腕がめり込む。
魔物の体が吹き飛んでいく。
それに追従するかのように、乙女は駆け出した。
魔物は腕を砂場に突き立てると、体の勢いを殺して止まる。
「隙だらけだよ、化け物」
無防備になった背中へ、乙女の飛び蹴りが炸裂した。
魔物の体が地に伏せ、衝撃で地面が抉れる。
(ここで仕留める……!)
両手を組んで持ち上げる。
そのまま振り下ろそうとした瞬間、魔物が勢いよく立ち上がった。
乙女の体が宙を舞い、一瞬の隙が生まれる。
真っ黒い魔物の殴り拳を、左右の腕を交差させて防いだ。
その威力は凄まじく、乙女の体が浮き飛んでいく。
乙女の視界に生い茂る葉が広がり、体を翻して枝の間を通り抜けた。
「早くくたばってくんないかなぁ! こっちもしんどいんだけど」
流れるように着地すると、自身を追いかける魔物を睨みつけた。
次で確実に殺す。
乙女はゆっくりと右肘を引き、姿勢を低くする。
視線を真っ直ぐに向け、か細く息を吐いた。
目と鼻の先に迫った魔物が、黒い腕をしならせて振りかぶる。
「くたばれ死に損ないッ!!!」
同時に、全てを込めた拳を突き出した。
先に攻撃が届いたのは――
「かはっ……!」
魔物の方だった。
鋭利に尖れた黒い腕が、乙女の胸元を深々と切り裂いた。
開いた傷口から、勢いよく血が吹き出す。
崩れ落ちる乙女の体。
直後、魔物の胸部を乙女の拳がぶん殴っていた。
拳が勢いよくめり込み、魔物の全身が潰れていく。
次の瞬間、魔物の体が内側から弾け飛んだ。
カランっという乾いた音が、足元から聞こえる。
数秒間の沈黙の後、乙女が小さく呟いた。
「……殺ったか」
姿勢を変えず静止していた乙女が、滑り落ちるようにその場に座り込む。
そんな彼女の胸元には、血痕以外に何も残っていない。
ため息を吐きながら立ち上がると、腕を持ち上げて背中を伸ばす。
「ふわぁ……帰ろ」
倦怠感を覚えながら、小さくあくびをする。
そして踵を返そうとしたとき、ふと背後に気配を感じた。
「うちは魔法少女協会の者。貴女の能力、所属部署を言いなさいな」
乙女の首元に、光の刃が添えられた。




