第5話・幸運であれ
「なに、これ……」
惑わすように光り、煌々と瞬き、美しく虹色に輝く貝殻。
突然宙に現れた異物が、自然に落ちてこようとしている。
その時、本能がアレを喰らえと言った。
魂の内側から、アレを取り込めと聞こえた。
無意識に大きく顎を下げると、乙女のくちびるに貝殻が掠る。
奥歯で表面を擦りながら、ゆっくり喉の奥へと滑っていく。
(なんだろ……吐き気もしない、嫌悪感もない。まるで、最初から私の、みたいな……)
そして、ごくりと貝殻を飲み込んだ。
「………………へん、しん」
声にならない声で呟いた。
貝殻が、胃袋に落ちていくのを感じる。
直後、心臓が破裂したかのような激痛が乙女を襲った。
自分の絶叫が鼓膜の奥で響く。
意識が吹き飛びそうになり、何度も額を地面に打ちつける。
管という管で血が逆流し、全身の細胞が壊れては治り、また壊れてはすぐさま治る。
擦り潰されたかのように骨が粉々になり、音を立てながら修復されていく。
(なんだか、最高な気分だ……)
瓦礫を無理やり退け、両脚で立ち上がった。
なぜか、さっきより衣服が緩く感じる。
視界の端で真っ白い髪が揺れた。
首を鳴らし、べっとりと付いた口元の血を拭う。
目玉を転がして正面を見れば、真っ黒い人影が目前まで迫っていた。
鞭のようにしなる腕が、乙女の顔へと叩き込まれる。
「残っ……念!」
出来立てほやほやの左腕を振るい、拳で攻撃を弾く。
右膝を持ち上げて、体勢を崩した魔物の腹を蹴り飛ばした。
魔物が背中から吹き飛び、フェンスを押し倒して止まる。
乙女が地面を蹴り、凄まじい速度で魔物へと近付くと、その顔面に右拳をぶち込んだ。
黒い液体が乙女の顔に飛び散る。
拳の衝撃が周囲へと伝わって、魔物の体が金網を突き破った。
魔物が勢いよく宙を飛び、落ちた体が砂埃を巻き上げる。
それより早く、乙女は駆け出していた。
地面を踏み込んで跳躍し、砂に倒れる魔物を見下ろす。
「これは、殺れる!」
素晴らしき眺めに叫び声を上げ、乙女は口元を歪ませた。
――時は遡り。
とある住宅にて、1人の女がデスクチェアに座りながら、マウスを操作していた。
「んー! レポート書き終わった〜」
バッと背もたれに体を預け、大きく伸びをする。
ノートパソコンをパタンと閉じると、デスクの端に置いてあったスマホを手に取る。
「うーん……せっかくだし、ゲームでもしよっかな」
椅子から立ち上がると、デスクに背を向けて歩き出す。
その時、手元のスマホが突然振動し始めた。
「はいもしもしー、白羽ですよ。どうかされましたかー?」
『討伐任務です、白羽さん。推定ランクはD。発生場所の住所は、アプリの方で送っておきました。それでは、よろしくお願いします』
ツーツーという切断音がスマホから流れる。
耳元からスマホを離し、腕の力をだらんと抜いた。
「あー、めんどぉ……タイミング悪いぞ魔物ー!」
ブンブンと腕を振り回しながら文句を垂れる。
数秒ほどして、我に返ったかのように呟いた。
「よーし、さっさと着替えよっと。お仕事RTAのお時間だ」
白羽はスマホをデスクに戻すと、早足で部屋から出ていった。
茶髪を風でボサボサにしながらも、白羽は送られていた住所までやって来た。
目の前にあるブランコと鉄棒、すべり台の下には砂場が広がっている。
「ここであってるはずだよねー。おっ」
そう口にしながら周囲を見渡す。
すると、白羽から少し離れたところで、魔素が渦を巻き始めた。
「ついに目標のお出ましだねー」
錯覚みたいに景色が歪み、黒紫色の霧が薄く掛かる。
白羽はその場でくるりとターンをし、右手でピースを作り目元に当てた。
「『今日も幸運であれ!』」
そう声を上げた直後、白羽に白い光が走った。
髪が金色に染め上がって、ゆっくりと伸びていく。
真っ白い布が宙を舞い、全身をふわりと包み込む。
金色のポンポンがいくつも弾けて、リボンが泳ぐようにして結ばれた。
「魔法少女ラヴ・ホワイト、参上ってね!」
ポーズを決めたまま、可愛らしい声でそう宣言する。
その瞬間、魔素が大きく噴き上がった。
ヘドロのような黒い液体が溢れ、ぐちゃりぐちゃりと蠢く。
「うわぁ、やっぱり慣れないなぁ……来て、ラッキーソード!」
握られた右手に光が宿り、成長するように輝きが伸びていく。
やがてその光は一振りの剣となって、ラヴの手に収まった。
それと同時に、人型に形作られた魔物が、ついにラヴを目掛けて襲いかかった。
瞬時に剣を振るい、迫る右腕を切り落とす。
魔物は落ちた自身の腕を気にすることなく、今度は左腕を振り下ろしてくる。
「うちの剣に切れないものはない。なーんちゃって……!」
1度肘を引いてから腕を突き出し、剣先で左腕を貫く。
刃を引き抜きながら魔物を蹴り飛ばすと、剣身に滴る黒い液体を払った。
(右腕がもう無いし、もう左腕も使い物にならないでしょ)
どこか余裕を感じながら、ラヴは魔物へと飛び掛かった。
剣の柄を握り直し、流れるように振りかぶる。
その瞬間、腹部に鈍い痛みを覚えた。
視線をゆっくりと下げれば、黒い腕が深々と自分に突き刺さっている。
(まさか、再生持ち!?)
そんな魔物、最低でもCランク以上は確実だ。
両手で剣を逆さに持ち、突き下ろして腕を切断する。
流れるように剣を薙ぎ払い、相手の胴を浅く切り裂いた。
しかし、魔物は痛みを感じないのか、ラヴの元へと無理やり近付く。
そして傷が治っただろう左腕を振りかぶり、ラヴ目掛けて突き出した。
(まずいかもッ!?)
眼前に黒い拳が迫った瞬間、石か何かに躓いてラヴの体がひっくり返った。
魔物の左腕が空気を殴り、滑り上がった足が魔物の胸部を蹴り飛ばした。
「きっ、奇跡だ〜! 危なかったぁ……」
即座に体勢を整え、剣を握り直す。
そして目を丸くしながら、安堵のため息を吐いた。
魔法少女ラヴ・ホワイト。
能力は――
【幸運】




